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恐怖日和  作者: 黒駒臣
119/132

羽虫

  

  

「おいっ、あんまスピード出すなよ。こんな夜中に危ないやろ」

「だいじょぶ、だいじょぶ。夜中やさかい人通りもないし、走ってる車も少ないんやから」

 ほんまこいつスピード狂やで。

 オレは助手席から智明を睨んだ。

「お前んことどーでもええけど、オレが怖いんや」

「伸也はほんまビビりやな」

 そう言うと智明はますます加速する。

「そんなスピード出したら、哲男と良樹見逃してまうで」

 道中で待ち合わせしている友人たちをダシに注意するも、

「大丈夫やちゃんと見てるし」

 智明は聞こうとせず、ますます加速していく。

 こうなったらこいつの運転技術を信用するしかなかった。


 休日が重なった高校時代の仲間たちと久しぶりに遠出しようと、深夜から動き始めた。

 いつものように智明の運転だ。オレを先に拾ってもらい、近隣の哲男と良樹は後から一緒に合流する、これもいつもと同じ。

 以前から智明のスピードの出し過ぎには恐怖を感じていたが、ドライブが好きなのも技術があるのも智明なのだ。

 それを理解しているし、乗せてもらっている身ではあるけれども、景色の流れる速さはやっぱり慣れない。

 知らず知らずのうちに両足を踏ん張り、左手はアシストグリップをきつく握りしめていた。あまりの緊張のためか、身体中が痛い。

 ふと、フロントガラスに小さな虫がいくつか張り付いているのが目に入った。細長く赤茶色をした羽虫。

 こんなスピードでよう振り飛ばされへんねやな、と思う間にもどんどん数が増えてくる。

 大量発生している場所にでも突っ込んだんだろうか?

「あーっ痛いっ」

 急に智明が叫んだ。

「えっ?」

 隣を見ると智明の顔や体に無数の羽虫が(たか)っていた。付いたり離れたりを繰り返しながらぶんぶん車内を飛び交っている。

 それを見て羽虫は外にいるのではなく、中にいるのだと気づいた。

「痛いっ」

 智明の叫びにつられ、オレも身体の痛みが増してくる。それとともに多量の羽虫が目の前で飛び交い、それがうっとおしくて両手を滅茶苦茶に振った。

 赤茶色い羽虫が車内いっぱいに飛び交って、もう智明の姿は見えなかった。



「ちょ、遅いな……時間()うてる? もう夜明けてまうで」

 哲男が言うと、

「ははは、そんな大層(たいそ)な。まだ一時回ったとこや」

 良樹が笑う。

 待ち合わせのコンビニ前で二人はかれこれ一時間近く待っていた。

 智明たちが来る方向からヘッドライトの明かりが猛スピードで近づいてくる。

「あ、あれ(ちゃ)うか」

 哲男がそれに気づいて指をさす。

「ぽいけど……えらいスピードやな。智明もええ加減にせな仕舞いに事故るで」

 顔を(しか)める良樹に哲男が頷き、「いっぺん動画撮っといたろ」とスマホを操作した。

 段々近づいて来る車は色も車種も良樹の愛車に違いなく、当然駐車場に入ってくると思っていたが、速度を落とすことなくコンビニの前を通過していった。

「おおーい」

 哲男と良樹は慌てて手を振るが、テールランプの赤が遠ざかっていく。

「こんなけ待たして置いてけぼりて……なんで?」

「速過ぎて俺らのこと見えんかったんちゃうか?」

 スマホの操作をいったん止めて、茫然とつぶやく哲男と良樹。

「ほんまふざけてるで――」

 哲男はぶつぶつ文句を言いながら、動画を再生し始めた。その時良樹の携帯の着信音が鳴った。

「あ、おばちゃん、こんばんは――そう、ずっと待ってんやけど、それが今――え?」

「ちょ、おい良樹……これ見て……」

 電話中の良樹の肩を哲男がとんとん叩く。

 携帯を耳に当てたまま、差し出されたスマホの画面に視線を落とした。

 そこには智明の車が段々近づいて来て通り過ぎていく映像が映っている。あまりの速さに哲男が巻き戻して停止、通り過ぎる瞬間のコンビニの明るい光に照らされた車内には血塗れの智明と伸也がいて、何かを払うように両手を振っていた。

「こいつらどうしたんやろ……」

 哲男のつぶやきに、携帯電話を切った良樹は、

「今の電話、智明のおかんやったんやけど……智明ら三十分前に事故ったって、警察から連絡あったらしい……」

「事故ったぁ?」

「スピードの出し過ぎで衝突して……二人とも即死やったって……」

 良樹の呆けた表情に哲男は、智明と伸也が映る停止したままの映像を向けた。

「ほな、これなんなんや……」


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