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恐怖日和  作者: 黒駒臣
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星空ロマン

  

  

「あ~星きれ~。晴れてよかった」

 深夜、車中泊の車窓から見える満天の星に、座席を倒して寝転んでいた星湖(せいこ)は満足そうに微笑んだ。

 懐かしいな。故郷の星空みたいだ。

 標高の高い山中の駐車場、民家も街灯もなく、車中にも照明を点けていないので星がよく見えた。

 アウトドア設備など施していないただの軽自動車だが、一応目隠しのためにカーテンは取りつけている。

 防犯のためにキーを掛けたか確認し、カーテンを閉める。星空が見えるようにほんの少し隙間を開けた。

 眠る前に閉めればいいよね。

 じゃり。

 外で微かに音がし、星湖は息を詰める。

 ん? 足音? 他に車止まってなかったよね。後から来た音もしなかったし……

 じゃり。

 やっぱ足音っぽい。でも人じゃないよね。近くに家もなかったし――って、もしあってもこんな夜中に徒歩でここまで来ないだろうし、懐中電灯の光も見えないし――いやいや人じゃなかったら何? 物の怪?

 うわ、こっわ。でも……人も物の怪もどっちも怖いけど、よりどっちが怖いかと言えば、わたしは人かな?

 などと思っていると、カーテンの隙間からぎょろっとした目が覗いた。血走った大きな目玉が黄色く光って、明らかに人のそれではない。

 それが窓から離れると、車の周りを回ったり、車体を揺らしたり、ばんばん叩いたりする。

 星湖は無人の振りをしようと、うっかり声を上げないよう口を押さえた。

 けど、さっき見られたみたいだし、誰もいない振りはもう無理かな? 寝たふりはどうだろ? 起きて来ないと思って諦めて帰ってくんないかな? 

 でも、起きていようがいまいが、獲物を狙う物の怪には関係ないよね。

 そう思っている間に、車がゆっさゆっさと大きく揺れ出した。

 うそっ! 引っ繰り返すつもり? やっと買った車なのに壊さないで欲しい。

「ちっ、しゃあないな」

 人だと事件だなんだのって後々面倒だけど、物の怪ならいいよね。やっても。

 星湖は車のドアを開け、外に出るとでかい丸太のような形状をした一つ目で一本足の物の怪と対峙した。

 そして本来の、故郷の星から旅立つ前の姿に戻った。

 相手が人ならば警察沙汰を起こせば逃亡生活を余儀なくされる。だが、これが相手ならばそうはならない。

 星湖は地球上でいうところの蜘蛛に似た顔を相手に向けると、上下に映えた牙をぎちぎち擦り合わせた後、咆哮し威嚇した。

 物の怪はでかい身体をふるふる怯えさせると、くるりと踵を返してぴょんぴょんと飛びながら逃げ出した。

 星湖は――顔は蜘蛛似だが――爬虫類のようなしなやかな肢体を跳躍させ、物の怪の前に立ち塞がって、ぎちぎちと牙を鳴らした。

 せっかく満天の星空ロマンに浸っていたのに、邪魔するからだ。

 方向を変え森の中に逃げ込んだ物の怪を追いかけ、星湖も樹々の隙間に身を滑り込ませた。


「おはようございます」

「おはよう」

 星湖は出勤してすぐエレベーター前で会った同じ課の男性の先輩と挨拶を交わした。

「昨日、ソロキャンどうだったよ? たった一日の休日、(せわ)しなくてたいして楽しくなかったろ?」

「そんなことないですよぉ。それとソロキャンじゃないです。ソロドライブ? と、ソロ車中泊?」

「なんだそれ」

 先輩がふっと鼻で笑うと同時にエレベーターが到着し、待っていた数人と一緒に乗り込んだ。

「ただ単に一人で山までドライブしてぇ、夕飯はコンビニ飯買って車の中で食べます。楽しみと言えば、車内を暗くして寝転がって星空を眺めることかなぁ」

「ふうん。つまんなくない? 恋人と一緒だといいかもだけど」

 チーン。二階に着いて一人下りた。

「いいえ。たまにハプニングが起こったりして、それが結構楽しかったりでつまんなくはないです。基本満天の星空見れたらオッケーなんで。高い山から見る星空すんごいですよ、もう宇宙にいるって感じで」

 チーン。三階に着いて二人下りた。

「それ、わかります。私も車中泊行くんですよ。星空見に」

 四階まで行く自分たちと一緒に残ったもっさりした男性社員が話に割り込み、わたしを見てにっと笑う。

 草臥れたスーツに、しわの寄ったワイシャツを着たもっさりさんは片隅のブースでちまちま書類を整理している人だ。

 先輩はこの人のことを無駄な人材だと言って嫌っていて、今も端整な顔を歪めて蔑みの視線を送っている。

 だが星湖は、

「わっ! お仲間(、、)なんですね。どの山がお勧めですか? わたしは――」

 チーン。四階に着いてドアが開く。

 もっさりさんは左側に、星湖たちは右側へと進む。

「今度星がきれいに見えるお勧めの山教えてくださいね」

 そう言いながら会釈すると、もっさりさんは嬉しそうに片手を上げて自分のブースに向かった。

「おいおい、一緒に行こうなんて誘われるんじゃないか。危険だぞ」

 先輩は歪めた顔を戻そうともせず、忠告してくれたが、それも楽しそうでいいな、と星湖は思うのであった。



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