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恐怖日和  作者: 黒駒臣
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妄想女

  

  

 たまに自己嫌悪に陥る保奈美は眠れずに深夜ハイツの部屋を出た。

 真ん前の駐車場の片隅にある自販機で缶コーヒーを買い、その後ろの陰に座り込んで物思いに(ふけ)る。

 落ち込むだけ落ち込んでから、『ま、えっか』で自然回復するのだが、そこに至るまで少し時間がかかるのだ。

 ぐずぐず思い悩んでいると、ハイツのほの暗い入り口から誰か出て来た。パジャマの上にガウンを羽織っている女性だ。きょろきょろ辺りを窺い、脇に立つ電信柱の陰に隠れた。

 数分後、今度は隣にあるアパートの一室から男性が出て来て外廊下を階段へと向かう。下りて道に出ると迷いなく電柱へと進んだ。

 女性と落ち合うと抱き合い、磁石がくっつくように勢いよくキスし始める。

 うえぇぇ……

 保奈美はえらい現場を見てしまったと思った。

 あの女の人、旦那さんも子供もおるよね? 

 動くに動けず、そのまま自販機の陰に隠れたままで様子を窺った。

 幸い向こうに気づかれることはなかった。

 二人は抱き合ったまま歩き始める。

 その方向には児童公園があるので、そこに行くんやなと保奈美は思った。

 なぜなら、公園内の公衆トイレがいかがわしいことに利用されているので注意喚起と情報提供の回覧板が最近回ってきていたからだ。

 トイレの個室内で放置された使用済みの避妊具が頻繁に発見されているのだという。

 ラブホ行けよ。や、せめて痕跡消して帰れ。子供らが遊ぶ公園で何やってんの。

 と、回覧板を読んでドン引きしたのを覚えている。

 やつらか? やつらなんか?

 浮かぶ妄想に、後をつけて確かめてやろうかと思ったが、さすがにそこまでする気力はなかった。

 あんなとこでいたしてるとこ見たないしね。興味あるけど――あんのかいっ。

 自分ツッコミしながら、二人が消えた方向を見つめていたが、部屋に戻ることにしてコーヒーを(あお)った。

 顔を戻すと一人の男性が同じ方向へ小走りに駆けていくのが見えた。

 え? どっから来た? ハイツ? え? もしかして……

 保奈美は、あれは女性の夫じゃないかと妄想し始めた。

 ――旦那はうすうす不倫に気づいていた。寝たふりしていたら、案の定嫁が出て行った。

 不倫を咎めるのか? 相手を突き止めるだけなのか? 証拠を押さえに行ったのか?

 なんか手に持ってたみたいやし、スマホかカメラで写真撮って証拠にするつもりなんか?

 でも、持ってたん、そんなもんやなかったような……もっと細長い……はっ! 包丁っ?

 もしかして二人を殺しに行ったん?

 ……いやいやいや、まさか。この平和な町内で? 妄想が過ぎたわ。たまたま通った人やんな? ははは。

 保奈美は立ち上がり、空き缶を缶入れに捨てると自分の部屋へと戻っていった。


 翌日、保奈美はニュースやワイドショーで放映されている殺人事件を見て、妄想がちょっとだけ当たっていたことを知った。

 現場はあの児童公園のトイレ。

 やはり後を追った男性は彼女の夫だった。妻の不貞を確信し、二人を包丁で殺すつもりだったらしい。

 ここまでは妄想通り。外れていたのはトイレ内で殺されていたのは夫のほうだったことだ。妻と不倫相手に返り討ちにあったのだろう。

 ただ所詮二人は小市民。殺人に恐れ戦き、すぐ自首したのだという。

 かわいそうなのは殺された夫や残された子供だけでなく、不倫男性の妻もだろう。

 ――と思っていたが、事件から数週間ほど経った後、さっぱりした顔で引っ越ししていった妻だった女性を見て、もしかして不倫を仕組んだのは妻? などと、また妄想を膨らます保奈美であった。

 もちろん既に自己嫌悪からは回復済みである。


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