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恐怖日和  作者: 黒駒臣
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語り部

  

  

 こんな辺鄙な里へようお越し。あんたらみな若いなぁ――卒業旅行? そうかそうか。男女一緒にらわしの時代やったらご法度やったで、羨ましなぁ――

 わしは語り(ばば)いいますでぇ。こん村の伝承語らせてもうてます。ほなさっそく聞いてもらいましょかぁ。


 こん村はぁ、今でこそ何とか暮らしていけるもんの、昔はそら貧しい村やった。そいでもみな()(つくば)って生きとった。

 そやけどなぁ、毎年(まいねん)日照り飢饉が続いて、ただでも作物が実りにくい田畑やったで、生活はいっこもマシにならんかった。


 こん村にはなぁ、木彫りの神さん祀られとるんや。もうほんまものすごう昔から――こん(ばば)のな、その婆の、そのまた婆の、そのまたまた婆の時代――まあ言うたら、村の始まりあたりかのぉ、そん時から見守ってくれてるんやぁ。言い伝えやけどなぁ。

 五つくらいん子の()きさでぇ、お顔は大昔は剥き出しでいつでも見れたらしけど、尊いお顔し過ぎとる言うて、そん顔が消えんようにて晒し布で隠すようになったんやと。

 ご尊顔は何年かにいっぺん拝めるんや。歴代の村長だけやけどな。

 中にはなんやら村の役に立った言うて見せてもろた村人もあるらしわ。

 そん人らの話では、そらそらもう何とも言えん慈悲深いお顔で、拝めた人は村長も含め、みな涙溢れて止まらんのやと、ありがたやぁ言うて。


 話は戻るけど、こん村はほんま貧しいて悲惨やった。

 年頃の見目のええ娘いてたら、身売った金を弟妹の食い扶持にした。そいでまたそん妹が大きなったら、家族んために身売るんや。

 しまいには売れる子もおらんよになって、ますます食うに困るよになってしもた。日照りで田畑はもとより山にもまともに草も生えん。そんなで虫やら蛇やらの生きもんも少ない。食いもんて言えんようなわずかな食いもんをみなで取り合いや。

 ちっさい子供や弱い年寄りからばたばた死んでいって、働き盛りの男や女も動かれんよになってゆうてる間に死んでった。

 残ってるもんは神さんを拝み倒した。

 どうぞ助けてください、言うてな。

 そやけどなんも変わらへん。

 こんなん言うたら身も蓋もないけど、いくら神さんや言うて崇め奉ってもただの木彫りの人形や。

 生き残ったもんはもうやけくそでなぁ、あれだけ大事にしてたのに言うて、腹立ちまぎれに神さんを引き倒して顔に巻かれた晒し布も(めく)ってしもたんや。

 ほいたらな、あんな穏やかなええ顔してた神さんの顔、憤怒の形相に変わってたんやと。

 (ばち)当たるんちゃうかてみな怖がったけど、新し村長が言うには、

「村人に怒ってるんやない。こんな悲惨なことになってんのに助けも出来ん、神やいうのに情けないて、(おのれ)に怒ってるんや」

 新し村長は餓死した元村長の息子や。

 ほんまか嘘か知らんけど、村長になったら神さんの言葉がなんとのうわかるらしい。

「みな安心せぇ、神さんが何とかする言うてはる。そやけもっと祈ろうや」

 新村長の言うこと聞いて、残った村人たちはまた神さんを拝み倒したんや。そやけど神さんの顔は元へ戻らんかった。


 ――あれあれ、もう飽きたんかいな。婆の話も聞かんと、いちゃいちゃして……さっきも温泉の中でご乱交やったんやろ? まだし足りやんのかいな……うちゃ混浴やないのに一緒くたに入って、ほんましゃあないなあ。他に客いてへんかったで良かったけども――話もあともうちょっとやさかい辛抱しなされ。

 もうええ言われても、これも旅行の『おぷしょん』やで、わしも仕事や。

 そやけどあんたらほんま罰当たりやわ。好き嫌いあんのか知らんけど、料理も食い散らかしてたし――ええ時代に生まれ暮らしてんのに、出されたもんはちゃんと食べなされ。

 こらいっこも聞いてへんな……もうちょっとで終わるで辛抱(しんぼ)して聞きや。


 結局な、新し村長もかろうじて生きてた村の衆もみぃんな死んでしもた。

 村の中は白骨やら腐乱死体やらごろごろしてて蠅がぶんぶん飛んでた。

 その中にあの木彫りの神さんも転がってて、顔は憤怒のままやった。


 そや、村は全滅した。なんかおかしいか?

 ほいたら今の村はどうしたんいうんか?

 いやいや、新し村人来たんやないで。ふふふ教えちゃろか?


 みな生き返ったんや。死にたても腐乱死体も白骨もみぃんな生き返ったんや。

 神さんがな、生き返らしてくれたんや。ほいでもう二度と死なん身体にしてくれたんや。

 後ろ見てみ。

 そない怖がらんでも……お化けやない。ここの村人や。

 来た時、気づかんかったろ? そらそや。表で動いてんのは死にたての生きてるもんと変わらんもんだけやよってな。お化けみたいなもんらは隠れてるんや。こんな村人見たらお前ら逃げてまうやろが。

 自分らどうなんのか? わしらに食われんの決まってるやろ。

 一応食わんでも死なん身体になったけどな、やっぱり食うことは楽しみの一つやで、どうせやったら牛や鶏や豚やのうて人食うてみるかてなってな、旅行客誘う罠仕掛けてるんや。

 今頃逃げよ思ても無駄や。暴れんなっ、棚に祀ってる神さん落ちてくるやろが。

 その木彫りの神さん見たげて。何とも言えん慈悲に満ちたええお顔してるやろ。わしら生き返らした後、お顔が元に戻ったんや。

 ああ、ありがたやぁありがたやぁ。




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