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恐怖日和  作者: 黒駒臣
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ゆらぐ

  

  

 生きていて何かがうまくいったことなど何一つなかった。

 家族関係も学生時代の人間関係も就職活動も――最たるは恋人を親友に略奪されたこと。

 やっと入社できた小さな会社で親友が出来、取引先の営業マンと恋仲になり、やっと幸せが手に出来ると思った矢先。

 二人の仲を偶然知ってしまい、開き直られて彼に別れを告げられた。親友は申し訳なさそうにしていたが、口角は愉悦に吊り上がっていた。

 ショックで会社を辞めた。わたしが辞める必要などなかったが、居たたまれなかった。

 そのしばらく後、彼らが結婚したと風の便りで聞いた。

 悔しくて、悲しくて、自分だけがこの世のすべての不幸を背負ってしまったようで――幸せなものすべてを呪ってやると、爪が肉に食い込むほどぎゅっと手を握りしめ、がきっと歯が砕けるほど噛み締め、ぶちっと血管が切れるほど顳顬(こめかみ)に青筋が立った。

 その瞬間、わたしの身体からわたしが抜け出した。

 肉体のわたしは顔を憤怒に歪めたままその場で座り込んでいた。

 霊体のわたしは憎い二人の気配を辿り、彼らの家へと飛んだ。


 窓から見える部屋に元恋人と元親友がソファに並んで仲睦まじくテレビを見ていた。

 ワインを片手に時々見つめ合い微笑み合ってキスをした。

 (はらわた)が煮えくり返って窓を激しく叩く。

 二人はこっちを見たが、わたしの姿は見えていないようで、風が鳴らしたものと思ったのか、すぐ視線を逸らした。

 悔しい。こんな浅ましい姿になってまでも、まだあいつらに一泡吹かせてやれないなんて。

 屋内に入れることに気づき、侵入したわたしは怒りに任せ家中を飛び回った。

 こんなことをしても虚しいだけ、どんなに裏切りを嘆き悲しんでも、怒りに身を焦がしてもあいつらはわたしのことを露ほども気にしていない。

 きっとあの時わたしが見せた怒りや悲しみなども覚えてすらいないのだろう。

 虚しい、虚しすぎる。わたしも二人を忘れてやり直せばよかったのでは? もう許して楽になろうか、そしたら身も心もきっと軽くなる。

 そう心が揺らぐ。

 甘い匂いのする薄暗い部屋に気づいて、ゆらり中に入った。

 ベビーベッドにすやすやと赤ちゃんが眠っている。

 柔らかそうな無垢な寝顔を見て、吊り上がった目も口元もほどけていくのがわかる。

 すべてを忘れ、新しい幸せを目指していれば、わたしにもこんなかわいい赤ちゃんができたかもしれないのに。

 愛する人を見つけ、見つめ合い微笑み合ってキスをして……

 また心が揺らいだ。

 だが、脳裏にさっきの二人の姿が思い浮かび――

「許す……んなわけねえだろぉっ!」

 揺らぎの止まったわたしは目の前の赤ちゃんを呪った。あの二人の子供だ。裏切りの子供だ。まともな人間に育つわけがない。

「不幸になれ。不幸になれ。不幸になれっ!」

 わたしの黒い息が赤ちゃんに降りかかる。

 絶対にお前たちを幸せなどにしてやらない。

 そう決心したわたしの心は、もう二度と揺らぐことはなかった。



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