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恐怖日和  作者: 黒駒臣
109/132

客の並ばない中華料理店

※閲覧注意 残酷描写、グロ描写あります。



「あの店やってんのやぁ」

「あ、ほんまや。もう潰れてんやな思てたけど」

「あはは、わたしもぉ」


 県道●号線、市境の峠道にある中華料理店は昼間通ると看板の営業中のネオンも店内の明かりも点いておらず、廃店のようで、店前の駐車場の入り口も黒ずんだロープで塞がれていて、すっかり潰れた店なのだと通りすがりのカップルは思っていた。

 ドライブに行く昼間にこの道を利用し、見ているだけでお互い口に出したことはなかったが。

 だが、初冬の夕暮れ、たまたま帰り道に通った暗い峠道の中華料理店には営業中のネオンが灯り、駐車場にたくさんの車が止まっている。

 入り口のガラス扉や窓の向こうからは店内の明かりが煌々と外の暗闇に漏れ出ていて、下半分磨りガラスの向こうでは人の影が動き、この店が廃店ではなかったことが判明する。

 すでに出先で夕食を済ませていたので、寄ることはできなかったが、「今度いっぺん入ってみよな」と二人で約束した。

 だが、それが果たせることはなかった。

 次に夜通りがかった時には、いつか見た昼間同様、看板も店内も暗いままで、駐車場の入り口に張られたロープが風に揺れていた。街灯もない峠道の暗さも相まって、店が闇に包まれているように見える。

「結局潰れたんか……」

「楽しみにしてたのに……」

 二人はお腹を空かせたまま、店の前を通り過ぎた。


    *


「カメラ回してるか?」

「回してるで。そやけど懐中電灯古いさけ、ぜんぜん暗いな」

「なんでもええで、それらしん撮れれば。ちゅうか、逆に暗いほうが微妙な感じでええん(ちゃ)う?」

「こんなんでバズるんか?」

「さあわからん。そやけどたまに心霊スポットや言うて、ここで配信してるやつおるで、バズったかどうか(あと)知らんけど」

 深夜の暗い峠道、ここに怪しい廃墟があると聞いてちょい悪男子高校生五人組はやってきた。

「廃墟言う割にあんまぼろぼろやないな」

「包丁やらお玉やら残ってるしな」

「お皿もきれいに積まれてるで。鉄鍋も錆びてへんし」

「ほんまここ潰れた中華屋か? 営業時間終わっただけ(ちゃ)うか?」

「けど閉まってるだけにしたら、なんかおかしい気ぃする」

「どこが?」

「う~ん。なんかとしか言えやんけど……」

 その時奥から、がたんっと大きな音がした。

 がちゃんと金属の触れ合う音もする。

「人いてるやん。やっぱ廃墟(ちゃ)うかってんや」

「はよ逃げよら。警察に電話されたら捕まってまうで」

 ひそひそ声でお互い頷き合い、五人は足音を(ひそ)めて入り口へと向かう。

 入ってくる際、ガラス扉には鍵がかかっておらず、すんなりと入って来た。五人の誰かが扉を閉めたという記憶はない。

 だが、ガラス扉は閉まっていた。

 何かの弾みで閉まったのだろう、扉に近付くまで五人はそう深く考えていなかったが、取っ手に手をかけた途端、冷や汗が溢れ出て来た。

「鍵掛かってる」

「はよ開けぇよ。下か上についてるやつ回したらええんや」

「下にあるけど回れへんのや」

 しゃがんで本締鍵(ほんじまりじょう)を開錠しようとした一人が泣きそうな声で言う。サムターンが回らないのだ。

 外は街灯もなく真っ暗闇で、車一台通っていない。懐中電灯の鈍い光が恐怖に怯えた五人の顔を暗いガラスに反射させていた。

 厨房の奥からにちゃにちゃと油の染みついた床を歩く足音が聞こえてきた。

 五人は振り返ったと同時に横振りされた何かに五人まとめて頭を殴られ、全員が一瞬で気を失った。


 呻き声と泣き声に反応してタクは目が覚めた。

 手と足をロープで縛られて床に転がされていたが、自分だけではなく、マサとショウも同じように床に転がされて啜り泣いている。

 ケンとユウマが見えなかったが、呻き声がするので視野の外にいるのだろう。

 自分たちはあれから一体どうなったのか。

 暗闇から頭を横殴りされ、全員が一撃でやられたのだと思った瞬間には目の前が暗くなった。

 ずきずきと頭の傷が痛む。顔に生暖かいものが流れているので流血するほどひどく殴られたのだと思った。動かすとひどく痛むが首を回して状況を把握しようとした。

 ここはどこなのか? 殴られるまで店内や厨房はすべて暗闇だったが、今は薄ぼんやりした蛍光灯が灯っていた。

 だが見える景色は店内でも厨房でもない。

 あの時厨房の奥に扉が一つあるのを見た。裏口に出る扉だと勝手に思っていたが、まだ部屋があったのかもしれない。

 頭の痛みを我慢しながら芋虫のように身体をくねらせ向きを変えた。

 裸にされ縛られて寝転がされたケンが見えた。顔が反対側を向いて見えなかったが、すでに呻き声は止んでいる。

「ケン、大丈夫か?」

 小声で訊いてみたが返事はない。

 ケンの身体は床を這う黒い水溜りに(ひた)されていて、タクはできるだけ頭を持ち上げてケンの様子を窺った。

「っ!」

 ケンは水ではなく、血溜りの中に横たわっていた。裸の腹部が縦に切り裂かれ、内臓がでろでろと床に溢れている。さっき呻き声がしていたのは、この状態で生き永らえているということだ。だが、今はもう微かな呼吸音さえ聞こえてこない。

 タクはケンが味わったであろう切り裂かれた腹の激痛を我が身に置き換え身震いした。

 マサとショウはずっと啜り泣いている。なぜかもう二人は正気ではないような気がした。

 ユウマは? ユウマはどこへ行ったんや?

 タクは傷の痛みを忘れて首を巡らせユウマを探した。

 この部屋のさらに奥にある場所から水音が聞こえ、誰かが入って来た。

 大柄で坊主頭の男だった。電灯の光が逆光になって顔は見えない。裸の上にビニールエプロンを着け、白い長靴を履いている。手に何かをぶら下げていた。

 それは裸で水を滴らせたユウマだった。

 左右の足首をそれぞれロープで括られ、逆さまにぶら下げられている。まるで絞められた鶏のようなユウマを男は軽々と持ち上げ、天井に取り付けられた大きなフックに片足ずつ引っ掛けた。

 Ⅴの字に下げられたユウマの顔がタクのほうを向いた。白目を剥き、口がだらんと開き放しで、すでに死んでいるのか、気を失っているだけなのかわからない。

 坊主男は壁際の棚から中華包丁を手に取り、ユウマの股間目掛けて思い切り振り下ろした。

 湿った打撃音を立てユウマの股間が裂けた。

「ひぎゃぁぁぁぁぁいだ()いぃぃぃぃ」

 ユウマがかっと目を見開き悲鳴を上げた。

 目と目が合い、「だず()げでぇぇぇ」と懇願されるも、縛られ転がされているタクにはただ泣くだけしかできない。ユウマを哀れに思ってだが、数分後、数十分後には我が身だ。マサとショウの異常な啜り泣きの意味が分かった。

 間髪入れず男が二打目を振り下ろす。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ」

 びしゃっと生暖かい血がタクの顔に降りかかった。

 深く裂けたユウマの真っ赤な股間に刃が入れられ、一気に腹を割かれる。ぞろぞろと内臓が飛び出すのを確認してから男はユウマをフックから外し、床に転がるケンの上に放り投げた。

 どさっと音を立てユウマがケンに重なると、血溜りがみるみる広がっていく。

「いだいよ~」と泣きながら呻いていたが、その声は徐々に小さくなっていった。

 タクは男が棚の横の洗面台で中華包丁についた血を洗い流しているのをぼうっと見ていた。あまりの恐怖に感情が麻痺していたのだろう。

 だが、振り返った男が逆光の黒い顔で見下ろしてきた時、感情が動き出し全身が怖気立った。

「い、いやだ……いやだ」

 首を振って拒否をするもタクは縛られた足を掴まれて奥へと引き摺られていく。

 奥の部屋には水を張った浴槽があった。そこへ放り込まれると裸に剥かれ、ざばざばと洗われた。

 まるで解体する前の家畜を洗浄するかのように。


「あれ? あの店また開いてるやん」

 ドライブ帰りのあのカップルが、件の中華料理店の前を通りがかった。

 彼の言う通り、駐車場には何台か車が止まっていて、看板のネオンも店の明かりも煌々と明るい。

「あ、ほんまや。潰れたんと(ちご)たんやね」

「きょうの夕飯、コンビニ飯するか言うてたけど、ここ寄る?」

「賛成ぇ! 今度いつ開くかわからんもんね。行ける時行っとかんと」

 車は店の前を通り過ぎていたが、そうと決まればとUターンして、わくわくしながら中華料理店へと急いだ。


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