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恐怖日和  作者: 黒駒臣
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ゆびさし

  

  

 はじめは何かの影――例えば玄関前に置いた釣り竿とか植木鉢とか自転車とか――その影が重なり一つになって見えているのかと思っていた。


 亜佳里の愛車が故障したとかで、修理の間、勤務先への送迎を頼まれた。

 コンビニスイーツを手土産に部屋を訪れた彼女は、わたしの幼馴染で親友だ。

「確かにヒマだよ。ブラックにブチ切れて、辞表叩きつけてきてから。そう、ほんっとヒマ。全然、まったく、再就もできてないからね。

 ええ、ええ、確かにヒマですとも。

 だけどね、なんであんたの送り迎えしなくちゃいけないの?」

「親友じゃん」

「親友でもやだよ。そんな面倒なこと。寝転んで尻掻いて屁ぇこいてテレビ見てるわ」

「ん~~、修理が済んだら、ちゃんとお礼するからさ」

「現金で?」

「それでよければ」

(はした)はやだよ」

「ん! そこはちゃんと考える。そのかわり送迎時間が早朝や夜遅になるかもだけど、文句垂れないでね」

「くれるもんくれるなら、きちんと仕事しまっす」

 わたしが敬礼すると、亜佳里が「世知辛いね~~」と苦笑した。

「背に腹は代えられないのだよ」

 そういってわたしはたっぷりの生クリームが入ったロールケーキを頬張った。


 翌日から指示された時間通りに亜佳里を勤務先まで送迎した。

 亜佳里は老人ホームに従事する介護士だ。

 シフトの関係で早朝に出勤したり、深夜近く帰宅したりと時間はまちまちだ。

 今晩も遅番勤務の終了を待ち、駐車場で待っていた。

 このような施設だからか、たまたまこういう場所に土地が空いていたからなのか、田圃に囲まれた長閑(のどか)な場所にホームは建っていた。

 だからと言って、広大な敷地に一軒だけ、というわけでなく、近隣には一戸建てが並んだ住宅地や二階建ての瀟洒(しょうしゃ)なハイツも駐車場から見えている。

 ところで、各シフトの終了時間は決まっているものの、きっかりその時間に亜佳里が現れたことはない。数分、長ければ二十分以上待たされるのは常だ。

 だが、その分も礼金に色を付けてくれるということで文句を垂れず、機嫌よく待とうじゃないか、あっはっは。

 そうして深夜に近い時間、音楽を聴きながら待っていると、ここから見えるハイツの二階、開放廊下に黒い人影が立っていることに気づいた。

 とは言っても、ここから近距離でなく、周囲がほぼ田圃でまる見えているだけで、ハイツまでは結構離れている。

 なので、ちゃんと視認できているわけでなく、人影のようなものと言ったほうが正解か。

 玄関前に置かれた何かの影が、一つになってそんなふうに見えているのかもしれない。

 ――まったく微動だにしないし。

 ただ、その人影のようなものは、腕を伸ばしてどこか指さしているように見えた。

 何がどうなってあんなふうに見えてるんだ?

 それが気になった。


 その夜以降、駐車場に入ると自然とハイツに目が行くようになってしまった。相変わらず人影は指さししながら立っている――ように見える。

 亜佳里はほとんど遅番勤務だが、たまに日の明るい時間に迎えに行くこともあった。

 そんな時は人影ではなく人が立っているように見えた。白い服を着た女性のようだが、待機している10分、20分、何なら30分過ぎても微動だにしないので、やはり人ではないのだろう。

 ほんとに何をどうやったらあんなふうに見えるんだろと、そればかりが気になる。

 一度待ち時間を利用して、歩いてあのハイツまで確認しに行ってみようか? よし行ってみよう!

 そう決心した矢先、亜佳里の愛車の修理が済み、送迎も終了した。

 礼金を貰った日に、亜佳里にハイツに見える人影について訊いてみたが首を傾げられた。見た、見ないではなく、そんな離れた場所まで注意を払ったことなどないそうだ。

 じゃいっぺん見てみと促してみたが、覚えてたらねと言ったきり、見たかどうかの返事はない。

 用事を頼むだけ頼んで、終わったら愛想もくそもない。礼金はしっかり貰ったから、まいいか。


                 *


 面接と不採用を繰り返し、(くじ)けそうになりながらうつむいて歩く日々。

 ある日、面接の帰りに寄ったスーパーから出てくると雨が降っていた。

 まだぽつぽつと降り始めで、傘がなくても行けるかと空を見上げたら、目の前にあるマンションのベランダに人が立ってどこかを指さしていた。

 思わずその方向に顔を向けてしまったが、灰色の空が広がるばかりで何もない。

 もう一度ベランダを見る。指さししているのは白い服を着た女性だ。

「あっ」

 マンションの外壁もベランダの柵も風にはためく洗濯物もはっきり輪郭があるのに、指さすその人だけぼんやりとした輪郭で、目鼻立ちも滲んだようにぼやけている。

 あのハイツの女性(ひとかげ)だとわかった。

 見てはいけないやつ、存在に気づいてはいけないやつだったんだ。

 だが、もう遅かった。


                 *


 それから、どこに行ってもその女性の滲んだような人影を見た。そして彼女は必ずどこかを指さしていた。

 それが気になって、就活に集中できず、しまいには外に出たくなくなってしまった。

 それでも洗濯物を干したり、コンビニに行ったりする。そして、見たくないのについ人影を探し、いるのを見つけてしまう。

 もう~~~~~~っ

 指さしてるのは、何かを教えてるってことだよね。よしっ、こうなったら調べてやろうじゃない。原因を探して満足させて、わたしの前から絶っ対、消えてもらうからっ!


 その日からわたしはできるだけ詳細な地図を買い、四方八方へ外出しては、そこで見る彼女の指さす方向に線を引いた。

 そしてついに見つけた。

 引いた何本もの線が交差する点を。

 彼女が指さしている場所を。

 その場所は亜佳里の勤める老人ホームから数キロ離れた田圃に囲まれた空き地に立つ農業倉庫だった。トラクターが三台、余裕で入りそうな広さがあるが、明らかに廃倉庫だとわかった。

 トタン壁は全面赤茶色の(さび)で覆われ、ガラス窓には中から段ボールで目隠しされている。

 側壁には人が出入りできるサッシドアがあった。このガラスにも目隠しがされていた。

 絶対怪しい。見目もそうだが、彼女が指さしている場所なのだから確実に怪しい。

 なので二日ほど、朝から夕方まで、少し離れた道の端に車を止め様子を窺った。近隣に住宅はないものの通行する車がないわけでなく、不審者として通報されないよう、食料調達も兼ねて時々その場から離れた。

 その少しの間以外に、人の出入りはなかったので、もう少し攻めてみることにしたわたしは、三日目の深夜、車から降りて倉庫の前まで行ってみた。

 廃倉庫だからこそ事件性があると思ったからだ。

 あの女性の人影は何らかの事件に巻き込まれ、すでに殺されていて、ここに死体が隠蔽(いんぺい)されているのではないかと、わたしは考えた。きっと彼女のゆびさしは自分の遺体を早く見つけて欲しいという願いなのだ。

 周囲に蔓延(はびこ)る雑草を踏み分け、サッシドアに近付く。

 ノブを回すと軋んだ音を立ててドアが開いた。

 いくら廃屋でも管理者がいるはずなので、鍵がかかっていないことに驚いた。

 よく見ればシリンダー鍵が壊れている。これで自由に出入りできることがわかり、死体の隠蔽の可能性がより高まったように思えた。

 倉庫内へと身を滑らせる。

 ドアガラスから入る街灯の鈍い光がコンクリート床と無造作に置かれた収穫コンテナの山や農具をぼんやりと浮かび上がらせていた。だが、微々たる明かりは奥に行くほど闇に吸い込まれていく。

 塞がれた窓からは一ミリの光も入ってこない。

 (つまづ)かないようにスマホライトを点けて奥へと進んだ。

 倉庫内の中程まで事件性を感じるものはなかったが、仕切り棚の奥を覗くと、光に浮かぶ異質なものが見えた。

 大型犬用の檻だ。

 不必要になったものをただ保管しているだけだとしたら異質でも何でもない。

 だが、赤錆の浮いた檻の中には手錠がぶら下がっていた。片隅には血か錆かわからない赤い染みで汚れたくしゃくしゃの布もある。

 元は白かったであろう、その布はいったい――

 ふと答に行き着いて心臓が大きく跳ねた。

 予想していたとはいえ、衝撃過ぎる。

 目に見えるのはそれだけだったが、仕切り棚より奥の床はコンクリートが剥がされ、でこぼこした地面が剥き出しになっていた。

 穴を掘って――埋めた?

 地面に当てていた光の中に泥に(まみ)れたか細い裸足が映った。

 驚いてライトを上へ移動させると、あの滲んだような曖昧な女性がわたしをゆびさしている。

「なに? 今度は何を言いたいの?」

 そう訊いた途端、後頭部を殴られ意識が飛んだ。


 身体のあちこちが軋み、その苦痛で目が覚める。

 闇の中、全裸にされ檻に手錠で繋がれているのがわかった。

 檻の外では何かが動いている気配がある。

 ぶつぶつと小さな声が聞こえてくるが、何を言っているのか全くわからない。それが日本語なのか、外国語なのか、もしかして言葉ではないのかもしれない。男か女か、人間なのか――違うのなら何なのか――

 手元もわからない真っ暗闇なのに、何者かは何かをしている。

 時折、はあはあと湿った荒い息がして、背筋がぞっとし、無駄だとわかっていても手錠が外れないかと引っ張ってみる。

 だが、金属の擦れる(むな)しい音だけが闇に響くばかり。

 もし仮に手錠が外れたとしても、ここから出られるはずなどないのに。


 あれから何時間、いや何日経ったのだろうか。

 自分の汚物とその臭いに塗れ、次第に頭がぼんやりしてくる。

 女の人影はあれから見ない――暗闇だから見えないのか、ただ姿を見せないだけなのか――そんなことなどもうどうでもいい。

 混濁してくる意識の中、それでも今だ知りたいことがひとつある。

 彼女のゆびさしは自分の遺体を発見して欲しかったからなのだろうか、それとも、自分と同じ仲間(、、)を誘導したかっただけなのだろうか――



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