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第7話

 フィルエンドとジェラルドの練習試合は、庭の訓練用スペースで行われた。ジェラルドを待つために、試合観戦することになったアシュリーだが、二人の動きの早さに驚くことになった。素人のアシュリーにも分かるほどレベルが高いものであったのだ。


 次の動きを読む力、瞬発力、集中力。どれもレベルが高すぎてアシュリーは棒立ちするしかなかった。散歩でひいひい言っている自分が情けなくなった。


 手合わせを終え、傍のベンチで休む2人にアシュリーは無理のない速度で駆け寄る。脂肪の揺れをやけに感じたのは気のせいだと決めつけた。



「お兄様も、ジェラルド様もなんて優雅な剣捌きでしょう……! 私、感動しました」



 散歩という運動とも呼べない行動をするだけで精一杯なアシュリーには、2人がとても眩しく見えた。滅多に褒めてくれない妹の素直な賛美に、フィルエンドは相好を崩した。



「これでも腕は落ちた方だよ。やっぱり、現役で頑張っているジェラルドは凄いね。僕も日々訓練しないと」



「俺だって、現場で頑張っている騎士の皆に比べたら、全然さ。……皆の上に立つ人間として、もっと努力しないとね」



 笑顔の印象が強いジェラルドが寂しげに言う。気になったアシュリーが声をかけようかと考えあぐねていると、すぐにジェラルドが笑みを取り戻した。



「努力していると言ったら、アシュリーちゃんだよね。頑張っていて、偉いよ」



「い、いえ、私はそんな……」



 あんな凄い動きを見て、アシュリーは少なくともこの場で自分の賛辞を受け取れる気がしなかった。鏡の前で、自分が自分に向けて褒めるのとは訳が違う。散歩で努力だなんて、むしろ恥ずかしさすら込み上げてくるが、ジェラルドは本気で称賛していた。



「アシュリー、どうして急に食事や運動を気にするようになったんだ。ふっくらしていて、そこがとても可愛いのに」



 フィルエンドは真顔でそう言った。



「それはお兄様の趣味です!」



「アシュリーちゃんがとても素敵な女性であることは分かるけど、そこが特別素敵だというのには賛同できないかな……」



 アシュリーはジェラルドが援護してくれたことに歓喜し、その紳士っぷりにくらっとした。フィルエンドは納得できないのか難しそうな顔をしている。 



「なんで分かってくれないんだ」



 フィルエンドはその後、ふっくらしたアシュリーの良さを力説し続けた。が、終わりがあまりにも見えないので、ジェラルドはフィルエンドを無視し、アシュリーの手を取った。



「行こっか」



 目を細めていたずらっ子のようにジェラルドは笑う。少女漫画なら、キラキラが付近に飛び交っているに違いない爽やかさだ。


 まるでスチル付きのイベントが発生したかのような一瞬に、アシュリーはときめいた。こういうイベントが多くあれば、作品だってネタにならずに盛り上がっただろうに。兄といい、ジェラルドといい、作品に出すキャラを間違えているとアシュリーは思った。


 アシュリーのときめきに気がつくことなくジェラルドは歩いていく。フィルエンドが何か言っているような気がしたが、二人には届かなかった。


 観賞用のエリアに移動した二人は道中にある草花を愛でながら歩いた。



「アシュリーちゃんの家はお庭が豪華で華やかだね。俺の家なんて、訓練する場所が庭を侵食しているから、庭師がいつも不満そうな顔をしてるよ」



 ジェラルドの家に訪問したことはないが、庭の様子が想像つく。鮮やかな庭ではなく、訓練用の剣や槍が落ちているに違いない。アシュリーはくすくすと笑う。



「騎士の家系ですから、何もおかしくありませんわ。我が家の庭がこのように広いのは、初代に嫁いだ王女が大層お花が好きだったからだと聞いております」



 初代公爵は王女を迎えることでこの爵位を賜った。この土地も同時に与えられ、王女が好むような屋敷になった、とアシュリーは父から聞いたことがあった。



「なるほど、じゃあその血をアシュリーちゃんも受け継いでるのかな?」



「私は全く造詣が深くなくて……。そのため、先ほど心が折れそうになったのです。花々の小さな変化に気がつければきっと楽しいのでしょうが……」



「俺も全然分からないや。専門外」



 ジェラルドは明るく言い切った。



「心が折れそうとはいえ、折れなかったアシュリーちゃんは偉いよ。どうしてそこまで痩せたいと思うの?」



「そ、それは……」



 殿下。逆ハー。断罪。


 なんて言えるわけがない。頭がおかしいと思われる。……考えている時点で頭がおかしいかもしれないが、そこは触れないことにアシュリーは決めた。


 アシュリーはジェラルドに嘘はつけなかったが、言わないという選択肢は存在した。一番言っても問題ない要素を伝えることにした。



「殿下です」



「アルフレッド王子?」



 ジェラルドは、突然出てきた王子の名前を不思議そうに繰り返した。



「この前の誕生日パーティー、ジェラルド様もお越し下さいましたが、殿下もいらしたのです」



「ああ、あのパーティーね。料理がとても美味しくて、おもてなしの気持ちを感じる素敵なパーティーだったね。アシュリーちゃんもドレスがよく似合ってたよ」



 騎士というのはここまで紳士的な回答が出来るのかとアシュリーは驚愕を飛び越え、恐れすら感じた。この国は逆ハニートラップでも仕掛ける気なのか。


 気を取り直し、アシュリーはジェラルドにお礼を告げて、話を続ける。



「そこで殿下にもジェラルド様のようにドレスについてお褒めの言葉をいただいたのです。しかしながら、それがあまりにも社交辞令に満ち溢れていて……」



 思い出すだけでも胸が苦しくなる。感情が一切こもっていない声色と瞳。ヒロインに向けた眼差しを夢で知ってしまったが故に、苦しみは増した。



「私は、この国の王子としてではなく、アルフレッド様としての感想をいただきたかったのです。私の姿を見て感情を揺すぶってほしかった。でも、今の私の体型では難しいことは分かっております。故に痩せようと日々行動しているのです」



「……そっか、そうだったんだね」



「ええ。でも、散歩だけで諦めちゃいそうになってしまうだなんて、殿下への想いもそれ程度ってことですわ。ダメですね、私ったら」



「アシュリーちゃん、仕方ないよ。今まで運動してなかったのなら、そういう日が来るのも当然。諦めなかった理由がアルフレッド王子なら、それが答えだよ。アシュリーちゃんの気持ちの強さを感じるな、俺は」



 「……そう、でしょうか」



 そうアシュリーが戸惑い気味に答えると、ジェラルドは優しい笑顔と共に頷いた。殿下以外にも理由があると知ったら、こんな言葉はかけてもらえない。そんな気がしたアシュリーであったが、励ましの言葉を素直に受けとることにした。


 暫く庭を散策する。フィルエンドは何か用事があるのか、合流してこない。珍しい。こういうことに喜んで参加するタイプなのに。


 忙しい兄のことを考えていると、ふとアシュリーは疑問を抱いた。ジェラルドは騎士として国に貢献しているはずなのに、何故こんな頻繁に、それも私服姿のジェラルドに会うのだろうか。



「ジェラルド様。一つ伺ってもよろしいでしょうか」



「なんでもどうぞ」



 軽やかな声が返ってくる。遠慮なく聞くことにした。



「あの、ジェラルド様、騎士のお仕事は最近いかがですか……?」



 直接聞くのは難易度が高かったため、ちょっとだけ遠回しに聞いた。



「ああ、実は今おやすみ中。ちょっと領地で竜巻が発生しちゃってさ。いつもなら父が王都の屋敷で領地のことを管理してるんだけど、今回は事が事だから、現地に行くことになったんだ。で、何かあったとき連絡できるように俺は待機」



 屋敷が暇すぎて週一でフィルエンドに構ってもらってるんだけどね、とジェラルドは笑う。



「そうでしたのね。……お見舞い申し上げます。兄でよければいつでもいらしてください」



「あはは、じゃあ遠慮なくお邪魔するね。アシュリーちゃんともまたこうして散歩したいな」



「そんな、私からお願いしたいほどですわ。こんなに散歩が楽しかったの、初めてですもの……」



 今まで無理して散歩してたのが嘘のようだった。いつもより複数のエリアを歩いてるため、距離は今日の方が長いのに。人と時間を過ごすのはいいものだとアシュリーは思った。


 アシュリーの率直な意見を聞いたジェラルドは少し考えるような顔つきになったかと思うと、あっという声と共に優しい微笑みをアシュリーに向けた。



「そうだ! アシュリーちゃん、せっかくなら一緒に運動でもする?」



「えっ?」



 ジェラルドは楽しそうな声色で何かを言っているが、アシュリーはそれをすぐに理解できなかった。一緒に運動だなんて、そんな無茶である。



「週一でお邪魔してるのはフィルエンドに練習相手をしてもらっているからなんだけど、その後よかったら一緒にトレーニングしようよ。アシュリーちゃんの真摯な気持ちが報われてほしいんだ」



「で、でも騎士であるジェラルド様と、こんな私ではトレーニングの内容も大きく異なりますし、ご迷惑では……」



「基礎トレーニングこそ大事だからね。初心に戻ってやることは俺にとっても大切なんだよ。アシュリーちゃんの役に立ちたいだけだから、迷惑なわけないし、むしろアシュリーちゃんにとって迷惑じゃないか心配」



 名案が浮かんだと思ったジェラルドは勢いよく喋った。アシュリーはその勢いに呑まれていく。



「迷惑だなんて、そんなことはありませんわ……!」



 ジェラルドがぐいっと近づいてアシュリーに語りかけるため、アシュリーは一歩下がって返答した。



「じゃあ決まりだね。来週からよろしくね、アシュリーちゃん。一緒に王子を驚かせよう!」



 整った顔によく似合う爽やかな笑みを浮かべ、ジェラルドはアシュリーの肩を叩く。


 こうしてアシュリーに専属トレーナーが付くことになった。


 

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