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第6話

 ジェラルドからもらったキャラメルが身体全体に効いてきたのか、暫くするとアシュリーは元気になった。お礼を言って一人で帰ろうとすると、ジェラルドが心配だからと家までの同行を申し出てくれた。純粋な好意と親切に弱いアシュリーはただただ頭を下げるしかなかった。


 アシュリーが馬車に乗ろうとすると、ジェラルドがスッと手を差し伸べる。



「アシュリーちゃん、気をつけてね」



 慣れない扱いに顔が熱くなる。淑女として扱われたことに嬉しさやら恥ずかしさが込み上げ、顔を足元に向けながらアシュリーはその手を借りた。



「お心遣い、ありがとうございます」



 アシュリーは横綱な自分をエスコートさせることに罪悪感を覚えると同時に、ジェラルドの平等な対応に感動した。兄以外からこのような優しさを向けてもらうのは初めてであった。……痩せたら、もっとたくさんの初めてを体験できるのだろうか。


 馬車が家に着く。乗る時と同じように、ジェラルドはアシュリーに手を差し出してくれた。お礼を言って、手を借りる。するとフィルエンドが玄関から勢いよく飛び出してきた。帰りが遅かったのを心配していたのだろう。急いだのか息があがっていたが、それすらフィルエンドはキマっていた。全く、イケメンはこれだから腹立たしい。アシュリーは心の中で悪態をついた。


 そんなイケメンの顔も思いもよらぬ友人の登場に歪ませることになった。ジェラルドがフィルエンドに説明すると、さらにその顔が歪んだのは言うまでもない。アシュリーはその場で叱られてしまった。食事を抜いて倒れたのだから、フィルエンドが強く言うのも仕方ない。アシュリーは粛々とお言葉を頂戴した。


 ジェラルドは公開説教が始まると同時に一歩ずつ、一歩ずつ後ろに下がった。そして結構な距離がとれたことを確認すると、アシュリーに向かって手を振った。フィルエンドを無視して手を振るわけにはいかないので、目だけで挨拶をする。ジェラルドはその挨拶を受け取ると、静かに去っていった。


 話が止まらないフィルエンドが友人のお帰りに気がついたのはそれから十数分後であった。


 フィルエンドから解放されたアシュリーは自室に戻り、改めてドレッサーの前に立つ。げっそりした顔の横綱が映った。こんな状態ではアルフレッドの見惚れた顔も、逆ハーも、断罪も夢のまた夢。どうにかせねば。


 深く考えていなさそうとはいえ、一人応援してくれる人ができた。未来のことは正直よく分からない。それでもアシュリーは頑張ってみることにした。ものぐさでも頑張る時は頑張るのだ。やれるだけ、やってみよう。……いつまで続くか分からないが。



「色々考えたけれど、結局のところお昼を抜くという暴挙に出るほど私は痩せたいのよ」



 誰に聞かせるでもなく呟き、アシュリーは頷いた。アシュリーにとってのストレス解消法である食事を抜くだなんて、アシュリー史上においてなかなかの大事件だ。



「大丈夫。お昼を抜くことができたのだから、運動もできるはずよ!」



 鏡に向かってエールを送る。この鏡に映る姿が変わる日を妄想し、胸を躍らせた。


 次の日からアシュリーは朝食をまた食べるようになった。しかしながら、その量は以前と大きく変わった。トーストとベーコンを飽きるまで食べていたが、それを止めてそれぞれ1切れだけに抑えた。フィルエンドが「また倒れるんじゃないか」と心配そうにこちらを見つめてきたので、「お兄様と同じ量です」と返し、それ以降の発言は無視することに決めた。


 部屋に戻るとアシュリーは朝食時の自分を褒めた。



「我慢した私、偉い」



 いちいち自分を褒めないとやっていけないアシュリーだった。


 お稽古や家庭教師による勉強の時間がある日は屋敷の庭園を30分。ない日は1時間散歩することに決め、実行に移す。王都にある屋敷の庭園とはいえ、その広さは大したものであった。乗馬も楽しめる場所があるぐらいだ。


 秋になったとはいえ、庭園の彩りはとても鮮やかで、賑やかであった。もう少ししたらバラも見頃になるだろう。見ごろの花だけでなく、膨らむ蕾も楽しみながら散策をする。庭師のこだわりや頑張りを感じたのは初めてで、もっと仕事を評価しなければと歩きながらアシュリーは思った。


 今まで部屋で可能な限り動かずに生きてきたアシュリーにとって、散歩も急な運動の一つであった。道中にある東屋やベンチで休みながら、散歩を行う。暫くは歩くことで基礎体力を身につけなければ。


 歩き終えたら、鏡の前で自分を褒め、継続出来るよう自分を鼓舞する。……それを毎日繰り返すも、華やかな庭園に慣れてしまったアシュリーはだんだんと歩くことが苦痛になってきた。花々の小さな変化に気づけるほど、アシュリーは繊細な感性を持ち合わせていなかった。


 足が止まったのは5日目のことであった。


 その日は家庭教師が来て、アシュリーが一番脳を使う日であった。前世の夢を見たところで、得たものは前世で活用している知識。そもそも中学を卒業し、高校に入学する前で前世は終わったのだ。深い知識は何もなかった。知っていて役に立ちそうなのはゲームに出てきた細々した情報だけ。故に、真面目に勉強しなければならなかった。


 勉強の時間を終え、外の空気を吸いがてら散歩をすることしたアシュリーだったが、庭園に出ようとするも廊下で立ち止まってしまう。庭師から見れば毎日、毎時間、毎秒、姿が変わっているように見えるだろうが、感性が育っていないアシュリーにとって庭園は変化が無いように思えた。代わり映えしないことに飽きてしまったのだ。


 5日で飽きるだなんて情けない。アシュリーは自分で自分を叱咤した。


 殿下。逆ハー。断罪。


 この野望に挑戦すると決めたのだ。やれるところまでやらなければ、残りの長い人生後悔で終わってしまう。


 アルフレッドが見惚れたスチルを思い出す。あの光景を、私にも向けてもらわなければ。アシュリーは意思を強くし、外に出ようとする。するとフィルエンドとジェラルドの声が聞こえてきた。立ち止まって、声の方を向くと暢気にジェラルドが手を振っていた。やけにボロボロな皮の手袋に目がいく。それ以外は貴族のご子息らしくリングで留めているアスコットタイがやけに似合う、上品な身なりであった。



「やあ、アシュリーちゃん。こんにちは」



「ごきげんよう、ジェラルド様。お越しいただいていたなんて、気づきませんでしたわ」



「さっき着いたからね。今日はフィルエンドに手合わせを願おうと思って」



 フィルエンドは同意の意味を込めて頷く。



「アシュリーちゃん、最近どう? また無理してないよね?」



「と、当然ですわ! 本当にあの時はご迷惑をおかけしてしまい……。申し訳ありませんでした。あの時、ジェラルド様がお傍にいたのは私にとって幸運でした。ありがとうございました」



「ジェラルド、お前がいて助かったよ。感謝している」



「大したことじゃないよ。それよりアシュリーちゃん、運動はしてる?」



「一応、今のところは毎日散歩しております。……先程、心が折れそうになりましたが」



 ジェラルドには何故か嘘をつきたくなかったので、アシュリーは本当のことを口にした。情けないと自覚していたので、声は小さかったが。



「折れてないなら大丈夫、大丈夫。結果が大事だよ。もし今日の散歩まだなら一緒にどうかな? フィルエンドとの練習試合の後になるけど……」



「是非、お願いいたします!」


 新しい刺激を求めていたところに、思いもよらぬ提案。アシュリーは考えるより先に返事をしていた。

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