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婚約者もどきの公爵令嬢アシュリー  作者: 柑橘眼鏡
本編

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33/45

第33話

 イードンが去った後、改めてカリスタに淹れてもらった紅茶を飲みながら、アシュリーは一人考えに耽っていた。


 もう少しで、入学式。もう少しで、オリエンテーション。年が変わり、より近くに感じるようになった。


 学園に入れば、イードンとは何度も顔を会わせることになるだろうが、ジェラルドとは暫く会えなくなるだろう。それが無性に寂しく感じてしまう。入学して、アルフレッドやアプロ、マーガレットなどに囲まれる日々を過ごすようになったら、そう思わなくて済むようになるのだろうか。夢で見た会話やイベントが実際に繰り広げられたら、そっちに夢中になれるのだろうか。


 生活の変化が近づいていることに気づく半面、今の生活の大切さを痛感する。もう少し、このままでいたいと思う気持ちは、一体何なのだろう。


 そんなまとまらない思考に耽っているアシュリーを、控えめなノックが現実に戻す。どうぞ、とアシュリーが勧めると、ジェラルドがゆっくりと入室してきた。どこかスッキリとした表情を浮かべている。アシュリーが席を勧めると、ジェラルドはアシュリーと向かい合うような形でソファに腰かけた。



「ジェラルド様、どうやら素敵な再会になったようですね」



「うん、やっぱり話をしてみないと分からないね。貴重な経験が出来たって、凄く良い表情で言ってて……。ほっとしたよ」



 リラックスした表情でソファに深く腰掛けるジェラルドに、アシュリーは思わず頬が緩んでしまう。



「お二人の姿を窓から拝見しました。流れるような剣捌きに目を奪われました」



「あはは、そうだったら嬉しいな。あの時はフェナーの動きに集中していたから、綺麗に動けてたか自分では分からなくて。それにしてもフェナーは成長したなぁ。基礎的な部分に磨きがかかっていて、これからが益々楽しみになったよ」



「ジェラルド様の推薦は間違っていなかった、ということですね」



 温かな声色で語りかけると、ジェラルドは片眉を上げながら深く息を吐いた。顔を下に向けたジェラルドの表情は、前髪が影になって、アシュリーから確認することはできなかった。



「今回はたまたま、ね。これから先のことは不安でいっぱいだよ。貴族っていうだけで、実力も、人望もあるイードンよりも早く隊長になってさ。自分のことで精一杯なのに、人の人生を左右するような選択を今後もしていくだなんて」



「ジェラルド様……」



 イードンはかなり前向きになっていると言っていたが、まだ少しだけ後ろ向きな部分があるようだ。アシュリーは自分に出来ることはないか、考えながら言葉を選んでいく。



「確かに、ジェラルド様の就く地位は、良くも悪くもその人の人生を左右させる力があると私も思います。貴族だからその地位に早く就けたのも、理由の一つでしょう。でも、私は思うのです。そうであるのならジェラルド様が貴族で良かったと」



 アシュリーの語りに、ジェラルドは顔を上げる。いつもと違う自信の無い表情を浮かべるジェラルドに、どう伝えれば自分の気持ちが伝わるのか、アシュリーは今までのことを思い出しながら、言葉を続けた。



「……私はジェラルド様と出会えて本当に良かったと心から思っています。ランドーガ家の夜会に誘ってくださったことも、学園で私を励ましてくださったことも、聖剣の日でアイスを一緒にいただいたことも、全部、私の中では素敵な思い出ですし、気づけなかった幸せに気づくことが出来ました。これもひとえに、ジェラルド様が私のことを考えて行動してくださったからです」



 自分がどれだけ恵まれているのか、ほんの少し前の自分なら気づけないままだった。色々な人に支えられていることにも気づけなかっただろう。そのことに気づくきっかけをくれたのは、間違いなくジェラルドだった。



「ジェラルド様のその優しさが、いつも優しい結果を生むとは限りませんが、その優しさがある限り、きっと気持ちは伝わるはずです。私にはもちろん伝わっていますし、部下の方にももちろん伝わっているのではないでしょうか。私はそのことがとても大事なことだと思います。だから、その、何が言いたいのかと言いますと、ジェラルド様なら大丈夫です、ということが言いたかったのですっ!」



 綺麗にまとめたかったのに、気持ちが先走ってしまったアシュリーは、勢いでなんとか終わらせる。ジェラルドは、その勢いに驚いたのか何度か瞬きを繰り返す。


 暫しの沈黙に、アシュリーは急に恥ずかしくなる。考えて言葉を選んでいたつもりだが、変なことは言っていなかっただろうか。偉そうな言葉になっていなかっただろうか。途中から気持ちの方が勝ってしまい、ずれたことを言ってしまったような気もする。むしろ、満足したのは自分で、ジェラルドは困っているのではないだろうか。


 嫌な汗すら流れ始めるアシュリーだったが、ジェラルドが満面の笑みを浮かべたことによって、一気にそれらは引っ込んだ。



「アシュリーちゃん、ありがとう。そこまで言ってもらって逃げるだなんて、そんな格好の悪いことは無いよね」



 そう言うとジェラルドは静かに目を閉じ、深く呼吸をする。次に目を開いた時、ジェラルドの瞳からは決意を感じ取れた。



「俺、頑張るよ。どうやったら、皆にとって有益な行動になるのかまだまだ勉強が足りなくて不安だけど、前に進まないとね。……アシュリーちゃん、俺、戻るよ、自分の場所に」



 アシュリーに真っ直ぐ向けられる視線に迷いは無かった。自分の言葉はどうやらジェラルドに届いたようだ。今までの恩返しになったように思えて、アシュリーは嬉しい気持ちと誇らしい気持ちでいっぱいだった。 



「ジェラルド様……!」



 アシュリーの気持ちは満面の笑みとなって表れる。ジェラルドも同じような表情を浮かべると思いきや、予想に反して、ジェラルドは寂しげに微笑んだ。不思議に思っていると、ジェラルドはアシュリーが想定していなかった言葉を口にした。



「――――うん、だから、アシュリーちゃん、トレーニングは終わりにしよう」



「えっ……」



 思いもよらない言葉にアシュリーの思考はストップする。だって、このような形で終わりを迎えるだなんて、考えていなかったのだ。


 元々ジェラルドの空いた時間を使って行われていたトレーニング。復帰するとなれば、終わってしまうことぐらい、普通に考えれば分かる。それなのに、アシュリーは完全に抜けていた。オリエンテーションまで、ずっと続くと思っていた。


 動揺で言葉が上手く出てこない。そんなアシュリーに気づいているのかいないのか、ジェラルドは言葉を続ける。



「俺から申し出たのに、オリエンテーションまで付き合えなくてごめんね。でも、けじめをつけたいというか、……ってこれは俺の理由か。とにかく、アシュリーちゃんは運動の習慣が出来てるし、基本の運動も、食事の制限も一人で出来るようになったから、俺がいなくても大丈夫だよ」



 キャラメル色の瞳は優しくアシュリーに視線を送るも、当の本人には全く届いていなかった。ジェラルドの言葉を理解するだけで精一杯だった。



「そ、そうですね。私もいい加減、ジェラルド様から卒業して独り立ちしないと……」



 なんとか言葉を返すも、心ここにあらずな状況のアシュリーだった。急な展開についていけない。もっとジェラルドと一緒にトレーニングをしたかったし、痩せる喜びを分かち合いたかった。それに、最後のトレーニング日は最後であることをしみじみと感じながら過ごしたかった。


 口から出る言葉とは違って、頭の中では、卒業しないで済む理由がないかを必死に探していた。でも、どれもジェラルドの足を引っ張るだけで、アシュリーの望む答えは見つからない。


 そんな中、一つだけ思い当たるものが見つかった。卒業は回避できなくても、これならもう一回、ジェラルドとトレーニングが出来そうだ。


 復帰するジェラルドにとって迷惑かもしれないが、それはジェラルドが判断すればいい。アシュリーはとりあえず、その案を言ってみることにした。



「ジェラルド様、ご迷惑を承知の上でのお願いですが、やはりまだダンスに不安があります。以前、お願いしたダンスの練習にお付き合いいただくのは難しいでしょうか」



 無理やりターンをしてもらっていた頃、約束をした覚えがあったアシュリーはそのことを口にする。


 アシュリーの不安とは裏腹に、ジェラルドは簡単に承諾した。



「もちろん。あの頃と変わらず、俺はアシュリーちゃんの夢を誰よりも応援してるから……。うん、だから、殿下と楽しいダンスが踊れるよう、俺に教えられることは全部教えるね」



 ジェラルドの快諾に、アシュリーは少しではあるが心を落ち着かすことができた。良かった。これで最終日は最終日として過ごすことが出来る。ジェラルドとの時間が終わってしまう悲しいこの気持ちとも、時間があれば折り合いをつけることができるだろう。


 最後のトレーニング日は、ジェラルドの非番の日に行うことになった。忙しくなるジェラルドに来てもらうわけにはいかないので、アシュリーが侯爵家に伺うことで話は決まる。非番の日が分かったら連絡をくれるというので、暫くはその連絡を待つことになるだろう。


 もう少し、このままでいたいという気持ちに気づいた途端、迎えることになったジェラルドと過ごす時間との卒業。自分の乱れる心を落ち着かせるだけで精一杯なアシュリーは、どうしてここまで気持ちが揺れるのか、そこまで考えが至ることは無かった。

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