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第31話

 窓から差し込む朝陽を受けたアシュリーは、目を覚ますとゆっくりベッドから起き上がった。見渡す景色は見慣れた部屋とは違う。改めてアシュリーは自身の失態を思い出し、ため息をこぼした。


 昨晩のことは忘れられそうにない。


 倒れたアシュリーが目覚めたことをジェラルドから聞いたフィルエンドは、すぐに駆けつけてくれた。珍しく沈んだ顔のフィルエンドに、アシュリーは自身がどれほど心配をかけたか痛感する。


 部屋に入ってすぐにフィルエンドはアシュリーの容体を確認した。ただの熱であることが確認できると、フィルエンドは心底安心した表情で「よかった」と静かに呟いた。


 その後、淡々とフィルエンドとジェラルドは今後のことを決めていき、暫くアシュリーは侯爵家で世話になることが決まった。公爵家から侯爵家の移動はそこまで長くはないが、体調が悪化してしまうかもしれないと、ジェラルドが気を利かせて提案してくれたのだ。


 フィルエンドも一泊することが決まり、侯爵家の使いから連絡を受けたフィルエンドの従者とカリスタが各々荷物を持って侯爵家に到着した。


 カリスタはアシュリーの姿を確認すると、ベッドの横で膝をつきながら頭を下げた。アシュリーの手を包むカリスタの手は微かに震えていた。



「お嬢様、私の注意が足りないせいで……。あの時、もっと止めておけばこのような事態は防げたというのに……。申し訳ございませんっ」



 泣きそうな声にアシュリーは焦ってしまう。どう考えても悪いのはアシュリーで、ここは叱責してもらいたいところなのだが、どうやらカリスタは、自分が原因だと思っているらしい。



「カリスタ、それは違うわ。私が……、私があなたの注意を聞かずに寒い外へ出たのがいけないの」



「いいえ、私が悪いのです。もっと出来たことがあるはずです。私がもっとしっかりしていれば、このような事態は避けられたはずです……」



 カリスタの悲痛な面持ちにアシュリーの心は酷く苦しくなる。いっそ怒られた方が楽だった。自分が一番悪いのに、責められないのがこんなにも辛いだなんて。


 アシュリーはかける言葉を失った。沈黙が場を支配する。そんな中、口を開いたのは二人のやり取りを見守っていたジェラルドだった。



「そんなことを言ったら、そもそもの元凶は俺だよ。毎日走って、なんて冗談だったとはいえ言っちゃったし」



「ジェラルド様は何も悪くありません。その後、天気と体調が良い日に、と仰ったのに、それを無視して走ったのは私です。私が一番悪いのです……」



「皆、それぞれ思うところがあるってことだね。反省するのは後にして、今は出来ることをやろっか」



 ジェラルドはそう言うと、廊下に控えていた侯爵家のハウスキーパーを呼ぶ。屋敷の説明をするとのことで、彼女はカリスタを連れて行った。


 出て行くカリスタはジェラルドの発言にハッとさせられたのか、真剣な面持ちでハウスキーパーの声をきいていた。それでもまだ自分のことを責めているのか、暗さは拭いきれていなかった。


 その後、ジェラルドに世話を焼いてもらいながら眠りについたアシュリーだったが、朝起きても胸は痛いままだった。


 身体の重さと心の重さを感じながらベットから抜け出し、チェストの上に置いてある水差しを手に取って、コップに水を注ぐ。誰もいないのをいいことに、淑女らしからぬ速度で飲み干した。


 体内に水が沁み渡っていくのを感じると、少し気持ちも軽くなった。


 過去に起きたことは変えられないが、未来のことは変えられる。


 もっと人の意見と、人の注意を聞こう。アシュリーは自身を恥じながら、今後このようなことが起こらないように決意した。


 気持ちを切り替えたアシュリーは、ベッドの横にある紐を引っ張り、カリスタを呼ぶ。すぐにカリスタは様々な身支度用の品を持って現れた。まだ暗い顔をしているカリスタに辛い気持ちになる。きっと何を言ってもカリスタに届かないだろう。言葉ではなくて、行動で示す必要がある。


 そう思うアシュリーは、笑顔で挨拶をすると、カリスタは控えめに微笑みながら返してくれた。


 カリスタの手によって清潔なワンピースに着替え終えると、フィルエンドが顔を出してくれた。アシュリーの容態が悪化してないのを確認すると、これから公爵家へ帰る旨を告げられた。治ったら迎えに来てくれるらしい。フィルエンドはアシュリーの髪をゆっくりと撫でると、部屋を出ていった。


 侯爵家はアシュリーを、それはもう手厚く歓迎してくれた。ジェラルドはもちろん、侯爵夫人のアマンダも定期的に顔を出しては、教養深い話や流行のスイーツについて話をしてくれた。カリスタも侯爵家の使用人に親切にしてもらっているようだ。


 一度、アマンダに迷惑かけていることを詫びたところ、「体調の優れない女性を揺れる馬車に乗せるだなんて、私の選択肢にないの。私が好んでしているのだから、謝罪では無くてお礼の言葉の方が嬉しいわ」とジェラルドの母らしい答えが返ってきた。


 更にアマンダは続けて「それに年頃の女性とお話できて、私の方が毎日楽しいのよ?」と言うと、可愛らしいウインクをした。その様子がジェラルドと瓜二つで、アシュリーは温かな気持ちになった。


 清潔な部屋で、考え抜かれた食事をいただき、アシュリーは順調に回復していく。もう少ししたら、侯爵家を後にすることになるだろう。寂しさを覚えながら高く昇る太陽を窓越しに眺めていると、扉を叩く音が響いた。訪れたのは何故だか自信なさげな表情を浮かべるジェラルドだった。



「アシュリーちゃん、体調は良さそうだね」



「皆様のお陰です。ありがとうございます」



 心からそう伝えると、ジェラルドの表情は少し和らぐ。ジェラルドはそのままゆっくりと窓の前に立つアシュリーの横に移動する。



「うちの庭、色気ないでしょ?」



 ジェラルドはそう言いながら窓の先にある庭を見つめる。アシュリーもつられて視線を移す。確かに、冬とはいえ緑の部分が少なく、訓練用に整地されたスペースが庭の大部分を占めていた。


 以前、話を聞いたときは訓練用の剣や槍が落ちているのを想像したが、流石に無造作に散らばってはおらず、専用のスペースに納められていた。



「確かに色気というか、華やかさは感じませんが、質実剛健な印象を受けました」



「あはは、アシュリーちゃんは上手に返すね」



 アシュリーとしては、思ったままを口にしただけなのだが、ジェラルドにはそれが響いたようだ。大きく頷きながら、楽しそうに窓から庭を眺める。


 しかしながら、やはりどこか雰囲気は重いままで、アシュリーは恐る恐る尋ねてみた。



「ジェラルド様、お顔が暗いようですが……。どうなされたのですか?」



「……アシュリーちゃんにはバレバレだね」



 眉尻を下げながら、頼り無さげにジェラルドは言葉を続ける。



「実はさ、今日、イードンとフェナー……、ああ、前に話したことのある俺の部下なんだけど、その二人がうちに来るんだ」



「まあ、そうでしたか」



 そういえばイードンが以前、選抜合宿が終わったらジェラルドに活を入れるとかなんとか言っていたような気がする。年明けに終わると言っていた合宿が終わったのだろう。活を入れる際はアシュリーも手伝ってくれと言われた覚えがあるが、今の状態じゃ役に立たなさそうだ。



「フェナー様にお会いするのは久しぶりなのでしょうか」



「うん、半年以上かな。選抜の合宿に行っててね。あはは、なんだか、会わせる顔がなくて。困っちゃった」



 わざとらしく明るく振る舞うジェラルドは言葉を続ける。



「その選抜の合宿に推薦したのは俺なんだけど、本当に本人の為になったのか分からなくて。結構やっかみもあったみたいなんだよね。しなくてもいい苦労をさせちゃったんだ。もう、なんか、上手くできない自分が情けないや。こういう風に、アシュリーちゃんに話して慰めてもらおうと思っているところもね」



 自嘲気味に笑うジェラルドに、アシュリーはゆっくりとありのままの気持ちを伝える。



「私は、ジェラルド様のそういうお話を聞けること、実は光栄に思っています。だって、気を許してもらえているように思えて。少なくとも私はそうであると思っています。私でお役に立てるのなら、いつでもどうぞ。お待ちしていますから」



「アシュリーちゃん、優しいね。ありがとう。前向きな気持ちになったよ」



 ジェラルドに、アシュリーの気持ちが伝わったようだ。そのことにアシュリーは安堵する。よかった、少しは役に立てた。


 照れくさい気持ちになりつつも誇らしく思っていると、部屋の扉が叩かれた。どうやら例の二人が到着したようだ。



「酷い再会になったら、申し訳ないけど、慰めてくれる?」



「ええ、もちろんですっ!」



 アシュリーが自信満々に宣言すると、ジェラルドはキャラメル色の目を細める。部屋を出て行くジェラルドの足取りに迷いはなかった。

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