表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者もどきの公爵令嬢アシュリー  作者: 柑橘眼鏡
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/45

第24話

 新しい曲が流れ始め、アシュリーはアプロのエスコートによって、会場の中央へと導かれる。


 ダンスは男女に分かれて一列を作り、向かい合ってお互いを往き来するものだった。ステップを踏みながら会話をするのはなかなかの重労働で、さらにコルセットの苦しさも加わったが、日々鍛えているアシュリーは顔を歪めることなく、淑女らしく踊ることができた。



「キミとダンスを楽しむ日が来るだなんてね」



 親しみを込めた声でアプロは言った。



「私も、あなたとダンスをする日が来るだなんて思いもしなかったわ」



 アシュリーの同意する発言に、アプロは感慨深そうに頷く。アシュリーの誕生日のパーティで、アプロから暴力的な真実を聞いた時は、一緒に踊ることになるだなんて、二人とも想像もしなかったのだ。



「良い意味で予想を裏切るようにキミが変わっていくからね。予想しないことが起こるのも当然さ。オリエンテーションも、僕らが想像しないことが起きるかもしれない。もちろん、こちらも良い意味のね」



 アプロは何を考えているのか、目を伏せながら楽しそうに笑う。目を閉じていたらステップを踏み外しそうだが、そこは器用にこなしていた。アシュリーはそんなアプロを見ながら同意を示しつつ、苦笑いした。


 ダンスが終わって中央から離れると、マーガレットが駆け寄ってきた。薄紫色のドレスをエレガントに着こなしており、場に相応しい輝きを放っていた。



「アシュリー! あなた、どうしたの!」



 目を輝かせながら、マーガレットはアシュリーのくびれを凝視する。興奮気味な様子のマーガレットに少し距離を取りながらも、アシュリーは答える。



「コルセットの締め付けを頑張ったらこうなったの。私自身、驚いているわ」



 率直な気持ちを伝えると、横にいたアプロが何度も頷きながら会話に入ってきた。



「マーガレットの驚く気持ちはよく分かる。思わず、僕はダンスを申し込んでしまった」



「そう、そうなの! アプロが踊っていると思ったら、相手がアシュリー、あなたで……。本当に驚いたんだから!」



 元々活発なマーガレットだが、気持ちの高まりが声に出て、勢いが増していた。止まらないのか、まだまだ彼女は言葉を続ける。



「気づいていないかもしれないけれど、二人とも、結構目立っていてよ? 今だって、視線を……って、あれはディアンガー侯爵家の……」



 思いもよらぬ名前に、マーガレットの視線の先を追いかける。そこにはジェラルドとイードンがいた。二人ともこちらを見ていたようで、すぐに視線が合う。ジェラルドは、見ているのが気づかれるとは思っていなかったのか、少しばつの悪そうな顔をすると、会釈して、微笑んだ。


 アシュリーとマーガレットは淑女の礼をし、アプロは同じように会釈する。


 探していたジェラルドが見つかり、アシュリーはすぐにそちらの方へと向かいたくなる。この場を失礼するためにジェラルドと約束がある旨を伝えようと口を開くが、マーガレットが一人で何か呟く声が聞こえ、言葉が出なかった。



「ふーん、そう……」



 マーガレットは企むような表情を浮かべたかと思うと、突然、両手を合わせながらアプロに声をかけた。



「そうそう、アプロ。さっき耳寄りな情報を手にしたの。いつもは宝物庫に保管されている貴重な王室コレクションが特別に公開されているんですって。公開するのは50年ぶりの作品だと聞いたわ」



 最初は困惑していたアプロだったが、美を追い求める者としてその情報は非常に有益だったらしく、目の色を変えて、マーガレットの方を向く。



「なんだって! それは見に行かないと! そういうことで、アシュリー。僕はこれにて失礼するよ。ダンスの相手をしてくれてありがとう。キミの変貌を楽しみにしているから」


「私も応援しているわ。それじゃあ、アシュリー、またね」



 声をかける間もなく、嵐のように二人は去っていく。美を追い求める血筋の力強さを感じながら、アシュリーは二人が人ごみに消えていくのを見送った。


 残されたアシュリーもジェラルドの所へ向かおうと振り向く。すると、すぐ近くのところまでジェラルドは来ていた。イードンの姿は見えなかった。


 はしたなくない範囲の小走りで、ジェラルドのところへ向かう。ジェラルドは申し訳なさそうな顔をしながらアシュリーを迎えてくれた。



「ごめんね、楽しそうに話をしていたのに」



「いいえ! 大丈夫ですから! それに二人とも、別の用があったみたいで、凄い勢いで私を置いて去ってしまいました。どうやら宝物庫に保管されている作品が、特別に公開されているとか……」



「あはは、あそこの家系らしいエピソードだね。流石としか言いようがないや」



 社交界では有名な話なので、ジェラルドもすぐに理解することができたようだ。


 ジェラルドは、姿勢を正すと、アシュリーに向かってを手を差し伸べた。



「レディ・アシュリー、あなたと踊ることが出来る幸運をこの私に授けてくださいませんか?」



 温かなキャラメル色の瞳に、アシュリーの心も温まっていく。気取った台詞に思わず笑いたくなるのを我慢しながら、アシュリーは差し出された手に自身の手を重ねる。



「……ダンス終わりにアイスを一緒に食べていただけるのなら」



 アシュリーの返しに、ジェラルドは楽しそうに笑う。



「もちろん。一緒に食べようね」



 やけに決まっているウインクをすると、優しくアシュリーの手を引き寄せ、中央へと歩き始めた。


 会場の中央に近づけば近づくほど、様々な視線を感じる。マーガレットはアプロとのダンスが多くの視線を集めていたと言うが、今ほどではないだろうとアシュリーは思う。羨望や嫉妬、それに加えて好奇……。様々な意図や感情を思わせる視線がアシュリーを襲う。公爵家の人間として相応しく振る舞わなくては。今一度、くびれを見て、気持ちを落ち着かせる。



「なんか、凄い視線を感じるね」



 基本、ジェラルドは視線に鈍感だと思っていたアシュリーは、その発言に驚いた。ジェラルドまでもが感じる視線の量らしい。



「アシュリーちゃんがどんどん綺麗になっているから、当然か。今日のドレス、凄く似合ってるよ。アシュリーちゃんの透明感が引き立つし、日々頑張っていることも伝わるドレスだね」



「あ、ありがとうございます……」



 満たされていなかった気持ちが、満たされていくのを感じる。やっぱり、褒めてくれた。安心感を覚えるも、アシュリーは恥ずかしくなって、顔をあげることが出来なくなった。


 今度の曲はワルツだった。自然な流れでジェラルドはアシュリーの背中に手を回す。恥ずかしがっていたアシュリーも、流れ始めた曲に慌てながらジェラルドの肩に手を置く。


 上手く最初のステップに入ることが出来、ダンスは上々の出来だった。ジェラルドの筋肉に委ねなくても、ターンはそこそこ綺麗に決まった。そのことに安心したアシュリーだったが、ジェラルドは少しつまらなさそうな顔をした。



「……アシュリーちゃんのダンスの相手が出来るのは俺だけだと思っていたんだけど、さっきも上手に踊れていたし、なんだか嫉妬しちゃうなぁ」



「えっ」



「なーんて、冗談冗談! アシュリーちゃんの殿下への気持ちの強さが、見事に形になったんだからね。これなら、殿下と楽しい時間を過ごせそうだね。応援している俺としては……、とっても嬉しいんだ」



 冗談だったことにアシュリーは安堵するが、それでも鼓動の速さは変わらない。落ち着かせるために、アシュリーは感謝の言葉を述べながら、話題を変えることにする。



「……ここまでこれたのはジェラルド様のおかげですから。いっぱい支えていただいて……。感謝しなければいけないのは、こちらの方なのに、この間はプレゼントまでいただいて。今日も家を出るまで、いただいたキャンドルを使用していました。素敵なプレゼントを、本当にありがとうございます」



「気に入ってもらえたようで何よりだよ。俺も、アシュリーちゃんからもらった手袋使ってるよ。周りからも良く褒められるんだ」



 嬉しそうに報告してくれるジェラルドに、アシュリーも笑みが濃くなる。


 楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、曲はすぐに終わってしまった。離れていく手に切なさを感じる。もう少し長く続けばいいのに、なんてアシュリーは柄にもなく思った。


 結局、ダンスが終わっても鼓動の速さは変わらなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ