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婚約者もどきの公爵令嬢アシュリー  作者: 柑橘眼鏡
本編

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第23話

 舞踏室はすでに多くの人で賑わっていた。着飾った招待客は豪華絢爛な舞踏室に相応しい華やかな装いをしており、磨き抜かれた床が反射していた。全てが輝いている光景は、何度見ても美しい。この輝きの一部に、今日はなれるような気がして、アシュリーの気持ちは高揚していく。


 一家揃って挨拶すべき面々に挨拶を終えると、それぞれ自由行動となった。


 アシュリーはロレッタについていくことにする。母の知り合いや友人は、アシュリーの姿に驚きながら、賛辞の言葉を贈ってくれた。今日の姿をそれなりに自分でも評価していたアシュリーは、照れながらその言葉を受け取った。


 途中、遅く到着した従妹一家に遭遇する。母同士楽しそうに会話する中、従妹はアシュリーの姿を確認すると驚愕し、慌てながら「急な変化は、同じ早さで戻るものよ!」と言い放って人混みの中に消えていった。アシュリーは確かにその通りだと思った。慢心せずに過ごし、元の体型に戻らないよう日々努めなくては。


 あっという間に時間は過ぎ、国王と王妃が入室し、開催の宣言が行われた。国王は挨拶の言葉を述べると、今年活躍した家や人物の名前を挙げ、勲章を授けた。ランドーガ家の名前が挙がったのは気になったが、それ以外は特に印象に残らなかった。


 勲章を授け終えた国王は王妃と共に中央の広場へと進む。どこかに姿を潜ませている楽団が演奏を始めると、二人は踊り出した。それに続くように着飾った男女たちも踊りに加わる。舞踏会が始まった。


 例年、アシュリーは舞踏会が始まると同時に別室へと向かい、用意されている食事を終わりが来るまで楽しんでいた。そのため、聖剣の日の舞踏会を普通に楽しんだことはなかった。もちろん、いつも踊っている人などいない。アシュリーはどうしたものかと立ち悩む。ジェラルドとしか約束していないが、そのジェラルドの姿は未だに確認できていない。


 周りは談笑していたり、ダンスの誘いを受けたりで賑わっている。浮き始めた自分に焦りが生まれる。すると、思いもしない人物に声をかけられた。



「レディ・アシュリー、久しぶりだな」



 学園の警備を管轄しているはずのイードンが、何故か目の前にいた。



「イードン様、ごきげんよう……?」



 なんとか挨拶を返すものの、疑問が顔と声に出てしまう。そんなアシュリーを見てイードンは喉を鳴らしながら笑う。



「そんなあからさまに不思議がらなくても。学園の警備を抜け出したわけじゃないんだ。命令でね。おかげさまで、この窮屈な制服をかっちり着なければならない」



 確かに、あの時着崩していた制服は全てのボタンが閉じられ、袖も捲られていない。この姿も悪くはないが、着崩している方がイードンらしかった。



「一体どうしてこちらに?」



「トラブルが起きたときの処理対応で、学園を管轄する部隊から毎年一人代表で送られるんだ。はしゃぎすぎる令息や、変な奴に絡まれる令嬢を助けるのに、馴染みのある騎士がいると便利らしい。その大役を今年も俺が請け負ったわけだ」



「今年も、ですか? それでは昨年も?」



「ああ、最近は俺ばっかりだよ。仲良かった卒業生もいるから、会えるのは楽しいんだがな」



 困り顔でイードンは言うが、その声は楽しそうであった。アシュリーは微笑みで返す。人徳のあるイードンが選ばれるのも納得であった。



「そうそう、さっきはフィルエンドに会ったよ。ジェラルドにはまだ会っていないが……。レディ・アシュリーはもう会ったか?」



「いいえ。私もまだジェラルド様を見かけていなくて……」



「そうか、あなたもまだ会えていないのか。フィルエンドもジェラルドも、女性の視線の先を辿れば見つかるんだが……」



 どんな見つけ方だ、と言いたくなるが、実際に効率が良さそうだとアシュリーは思った。あの二人の視線の集め方は尋常ではない。



「警備がてら探してみるよ。見つかったらジェラルドにあなたが探していたことを伝えておこう」



「ありがとうございます」



 お礼を受け止めたイードンは、アシュリーに背を向けて警備に戻っていく。と、思ったら、突然振り返ってアシュリーに微笑んだ。



「レディ・アシュリー、言い忘れていた。今日のあなたはとても綺麗だ」



 澄んだ空色の瞳で真っ直ぐアシュリーを見ながらイードンは言い切ると、今度こそ会場内の警備に戻っていった。


 この国の騎士は、やっぱり何か特別な訓練を受けているのではないだろうか。そう思いながら、ストレートな褒め言葉に頬が紅くなるアシュリーであった。


 そんな状態を落ち着かせるために給仕から飲み物を受け取ろうと、視線を彷徨わせる。すると、見慣れた栗色の髪が目に入る。舞踏室の中央で、誰かと踊っているのは間違いなくジェラルドだった。夜会服がやけに似合うのは知っているのに、思わず目を奪われてしまう。


 暫し見ていると、女性の顔も分かった。ランドーガ家の令嬢だった。相変わらず、身に着けている多すぎるアクセサリーがシャンデリアの光をあちらこちらに跳ね返していた。そんなぎらついているアクセサリーはさておき、それ以外は絵になる様な二人であった。


 アシュリーは楽しそうに踊るランドーガ家の令嬢が羨ましくなった。きっとジェラルドは前と同じように、ランドーガ家の令嬢を褒めているのだろう。ランドーガ家の令嬢の様に、ジェラルドはアシュリーを褒めてくれるのだろうか。


 毎回褒めてくれるのはアシュリーが一番知っているのに、何故だか不安に駆られた。きっと、軽やかに踊る二人が羨ましくて、自分はまだそこまで美しく踊れなくて……。ランドーガ家の令嬢と比べることに意味などないのに、何故か比べてしまう。


 これ以上見続けても良いことは無い。ジェラルドと踊る約束をしているのだから、後で自分も踊れるのだから、その時を楽しみにすればいい。アイスだって待っているのだ。自分に言い聞かせ、二人から視線を外す。


 釈然としない思いのまま、中央から壁の方に視線を向けると、シャンデリアの光を見事に反射させている銀髪が目に入った。なんだかすっきりしない気持ちのアシュリーは、せっかくなのでこのくびれを見せびらかすことにした。



「ごきげんよう、アプロ」



 アプロは涼やかな顔で会場を見回していた。きっと、会場の美しさを堪能していたのだろう。


 アシュリーが声をかけると、アプロは視線だけこちらに向けたかと思うと、すぐに身体ごとアシュリーに向けてきた。驚きの表情が、気持ちいい。もやもやとした気持ちが晴れていく。



「アシュリー、キミのそれは……!」



 言葉にしなくてもアプロはアシュリーの言いたいことが分かったようだ。



「コルセットの力を借りてはいるけれど、こういうドレスも着れるようになったの。見惚れまではしないでしょうけど、視界に入れてもいいレベルにはなれたんじゃないかしら?」



 アシュリーは意味ありげにくびれの部分を撫でた。



「……キミには驚かされるよ、全く」



「褒め言葉として受け取るわ。ありがとう」



 得意げな顔でアプロにお礼を言う。声ももちろん弾む。さっきまでの気持ちは消え去り、アプロの反応が楽しい。そんなアシュリーに対して、アプロはまだ目の前にあるくびれを受け止めきれ無いようだ。



「……これにはアルフレッドも驚くだろうな」



 暫しの間の後、アプロはしみじみと言った。



「オリエンテーションまで、あと三ヶ月か。この調子なら、アシュリー、本当に可能性があるぞ。アルフレッドがキミに見惚れる日も近いかもしれない」



「殿下が……」



 事の始まりであるアプロからそう言われると、可能性が高まっているのを感じずにはいられない。あのスチルの光景を目の前で見られる……。アルフレッドに認めてもらえる日が本当に……。


 皆に褒めてもらえただけで嬉しいのに。殿下から褒めてもらったら、いったいどんな気持ちになるのだろうか。アシュリーには想像もつかなかった。



「そうね、そうなってほしいわ。でも、今はそれだけが目的ではないの。自分自身や応援してくれる人のために頑張りたいと思って」



 今の自分の考えは意外にも簡単に言葉になった。何だかんだで、最初から知っているアプロには話しやすいのかもしれない。アシュリーは言いながら、心の中で思う。



「アシュリー……。キミは変わったね」



「良い意味だと良いけれど」



「ああ、もちろん。……美しく変わっていくキミに、一曲申し込んでも?」



 アプロの突然の誘いにアシュリーは言葉を失う。そんな日が来るとは思わなかったのだ。



「……もちろん」



 ようやく返せたアシュリーの返事にアプロは深緑の目を細めた。

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