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婚約者もどきの公爵令嬢アシュリー  作者: 柑橘眼鏡
本編

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22/45

第22話

 聖剣の日は、朝から忙しい。いつもは昼過ぎまで眠る貴族もこの日ばかりは、朝から仕度やら屋敷の者へのプレゼントやらで忙しなく動いていた。


 ウェストビー公爵家は元々早起きの家ではあったが、この日は極めて朝が早かった。とはいえ、忙しいのは父であるダリウスと母であるロレッタであり、アシュリーは家族やカリスタにプレゼントを渡す以外はいつも通りの午前を過ごした。


 カリスタには銀のブローチを渡した。喜んでもらえるか心配だったが、カリスタはとても嬉しそうに受け取ってくれた。カリスタの笑顔に、アシュリーまで笑顔になった。


 午後はご機嫌なカリスタの手によって着飾ることになった。ドレスはこの前新調したもので、薄い水色をベースにしており、レースがふんだんに使われていた。


 くびれを出すことで、繊細さと儚さが出るデザインだったので、アシュリーとクリスタは、覚悟を決めコルセットをきつく締め上げることにした。昔ならコルセットが負けるところだったが、今回は本来の仕事を果たすことができた。


 アシュリー史上、最大の締め付けとなった。



「こ、これがコルセットの苦しさ……」



 美とは己との戦いである。



「お嬢様、お気を確かに!もう少し緩めましょうか?」



「いいえ! このままでいくわ!」



 アシュリーの固い決意に、カリスタは息をのんだ。主人の想いを受け止めたカリスタは、黙々とアシュリーにドレスを着させていく。髪の毛はいわゆるハーフアップにし、動きが出るように降ろすことにした。


 カリスタが完成した旨を告げたので、アシュリーは姿見の前へと移る。


 そこには、心ばかりのくびれを持った青い瞳の少女がいた。


 思わず、自身のくびれを触る。本当にへこんでいた。驚きのあまり言葉を失い、もう一度鏡を見るが、あの横綱と呼ばれていたゲームのアシュリーはいなかった。


 コルセットによって、快適に呼吸は出来ないが、もはやそんなことはどうでもよかった。込み上げてくる感情は、アシュリーに高揚感を与えた。



「私、本当に痩せていっているのね……」



 ぽつり呟いた言葉は、身体に沁み渡っていく。



――――あの格好でよくジェラルド様と踊れるわね。



――――存在感が誰よりもおありだこと。



――――恥ずかしくないのかしら。



 あの日、アシュリーを公爵令嬢と知らない令嬢たちが評価した時の言葉が過る。ジェラルドと踊るアシュリーに対する嫉妬もあっただろうが、良くも悪くも純粋な意見ではあった。彼女たちが今のアシュリーを見たらどんな評価をするのだろうか。ジェラルドが踊っていて恥ずかしくない相手になっただろうか。


 自身の踊る姿が気になり、アシュリーは姿見の前でくるりと回ってみた。水色のドレスは優雅に広がり、それに合わせて髪の毛も輝きながら舞う。悪くはない、と自分では思う。


 不安げにアシュリーはカリスタを見つめると、カリスタは満面の笑みを浮かべながら賛辞の言葉を述べてくれた。



「お嬢様、今までで一番お美しいです」



 アシュリーはその言葉を微笑みながら受け止めた。


 準備を終え、部屋でキャンドルを灯しながらお茶を楽しむ。ジェラルドからもらったキャンドルはアロマキャンドルで、火をつければすっきりとした花の香りが辺りに広がる。このそわそわする気持ちを落ち着かせるのに大いに役立った。


 他の家族も準備が出来たようで、馬車に乗り城へと向かう。アシュリーはフィルエンドと一緒の馬車に乗った。



「アシュリー、いつも綺麗だけれど、今日は特段美しいね。うちに妖精が住んでいるかと思ってびっくりしたよ」



 夜会用の服に着替え、髪の毛をオールバックに決めた眩しすぎるフィルエンドからの言葉は、いつも以上に攻撃力があった。その技の披露は城内の舞踏室だけでとどめて欲しいと思いつつ、他者からの評価が気になっていたアシュリーは、少しばかり嬉しい気持ちになった。



「ありがとうございます」



 声色も明るくなる。今日の舞踏会は、本当に楽しめる気がした。



「ああ、でもアシュリー、それじゃあお城の食事が楽しめないよ。もう少し緩くしてもいいんじゃないかな?」



「…………」



 今日は兄の傍から離れよう。アシュリーは自分のくびれを触りながらそう決意した。


 フィルエンドと今までの聖剣の日を振り返っていると、気がついたら城に着いていた。フィルエンドのエスコートを受けながら、馬車を降りる。久しぶりに見る城は、相変わらず大きく、美しく、荘厳であった。


 ゲームでは学園を舞台に話が進んでいくので、あまり城は出てこない。聖剣の日も学園で催しがあるので、生徒はこの舞踏会に参加しない。城が出てくるのはアルフレッドルートに入った後の終盤ぐらい。他の攻略キャラになると、一回も出てこない場合もある。


 学園訪問と違い、特に興奮することも無くアシュリーは淡々と城の中へと入っていった。


 たくさんの訪問者に城内は慌ただしくなっていた。城に勤める従者は、優雅に見せつつも驚きの速さで移動をしていた。その内の一人が公爵家を迎え入れ、男性と女性それぞれの控室に案内をする。その指示に従い、アシュリーはロレッタと一緒に、女性の控室へと向かった。


 コートを預け、身だしなみを改めて整える。鏡で確認した後、見えない部分に変なところが無いか、アシュリーはロレッタに確認をした。



「お母様、どこか変なところはありませんか」



「ええ、大丈夫よ。とっても素敵に仕上がっているわ。本当に、アシュリーは綺麗になったわね。あなたが楽しそうに、嬉しそうに食べるから止めなかったけれど、お母様としては今のアシュリーの挑戦が嬉しいの」



「お母様……」



 今まで気になっていたものの、聞けずにいた理由。フィルエンドはさておき、ロレッタは娘の感情を優先させていただけだったようだ。それでも止めて欲しかったと思いつつも、愛情に変わりはない。応援してくれるというロレッタにアシュリーはこそばゆい気持ちになる。



「せっかくそんなに綺麗なんだもの。今日は王妃様にたっぷりとご挨拶をしましょうね!」



 ロレッタはそれは嬉しそうに言った。感慨深い気持ちだったのが一転して、強い気持ちを持つ母から少し距離を取りたくなった。この人はそんなにも自分の子供を友人の子供に嫁がせたいのか。以前の自分なら王妃との会話に喜んでいたかもしれないが、今のアシュリーにとってあまり関心は高くない。まずはアルフレッド本人に認めてもらう必要があるのだから。


 別れた場所に戻ると、男性陣が先に待っていた。紳士な二人はアシュリーとロレッタが遅れたことに対して、気の利いた言葉を返してくれた。


 舞踏室に続く廊下を歩く。周りにはたくさんの騎士がいた。フィルエンドは何人か知り合いがいたようで、目礼をしながら楽しそうに歩いていた。


 アシュリーにも一人だけ騎士の知り合いがいるが、学園の警備を担当しているはずだ。今日は応援にも来ないだろう。


 国中の貴族が集まっているため、広い廊下もそれなりに埋まっていた。普段なら飾ってある絵画を楽しめそうだが、この混雑の中では難しい。そんな大勢がいる中でも、ウェストビー公爵家の人々は際立っていた。もちろん、良い意味で。ダリウスとロレッタは、若かりし頃は社交界中心の存在で、今も子供が二人いるとは思えないほど若々しい。フィルエンドは言わずもがな。廊下の時点で様々な熱い視線を横にいるアシュリーが感じるほどだ。


 そんな美の暴力のような集団の中を昔の横綱なアシュリーは、堂々と歩いていた。今のアシュリーにはとても出来そうにない行為だ。知らない、気づかないというのは、ある意味無敵な状態なのかもしれない。


 過去の自分を振り返りながら、アシュリーは今日何度触れたか分からないくびれを、今一度触る。ウェストビー公爵家の一員として、少しは恥ずかしくない人間になれたように思える。というのも、フィルエンドのとは意味が違うものの、自分に向けられた視線も感じるのだ。驚きや、好奇心を含んだその視線は、アシュリーに手ごたえを感じさせる。


 もっと、頑張ろう。そう決意を漲らせていると、いつの間にか舞踏室の前に来ていた。ダリウスはロレッタに腕を貸している。横を見れば、微笑みながら腕を差し出すフィルエンドがいた。遠慮なく借りる。



「デューク・オブ・ウェストビー、ならびにダッチェス・オブ・ウェストビー、ロード・ウェストビー、レディ・アシュリー・ウェストビー」



 一家の名前が呼ばれる。一歩踏み出すと、学園の舞踏場以上に眩しいシャンデリアが迎えてくれた。

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