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第21話

 百貨店を後にし、屋敷へ戻ったアシュリーは、フィルエンドにさっそくお礼の言葉を述べつつ、手袋を返した。フィルエンドは嬉しそうにアシュリーの報告を聞きながら、手袋を受け取った。アシュリーは、改めてどこで入手したのか探りを入れたが、フィルエンドは同じように「秘密」としか答えなかった。真相は闇の中である。


 依頼した手袋は、聖剣の日の一週間前に届いた。依頼した通りの出来映えに感動するものの、また不安が生まれる。気合いを入れた分、怖くなってしまう。


 受け入れてもらえなかったらどうしよう。好みじゃなかったらどうしよう。手袋を見つめながら、悪いことばかり浮かんでいると、フィルエンドが覗いてきた。



「この手袋、ジェラルドに渡すやつ? 色味がいいね」



 まじまじと手袋を見つめるフィルエンドの言葉に、不安しかないアシュリーは疑うような気持ちになってしまう。



「本当ですか、お兄様」



 固い声色のアシュリーを優しく解すように、フィルエンドは甘い笑みを浮かべる。



「うん、もちろん。アシュリー、考え直して、それを大切なお兄様にプレゼントしないかい?」



「前提を覆すようなことを仰らないでください! それに、ジェラルド様に合わせて作られていますから、お兄様には合いません!」



 アシュリーが全力でお断りすると、フィルエンドは「確かに、それはそうだ」と笑いながら言う。


 一頻り笑い、フィルエンドはアシュリーの頭を撫でながら言い聞かせるように話し始めた。



「ジェラルドはもちろん手袋のプレゼントを喜ぶだろうけど、それ以上にアシュリーの気持ちを喜んでもらえると思うよ。だから、何も不安に思うことはないんだよ」



「お兄様……」



 兄の優しい言葉が心に沁み渡っていくのを感じる。



「その手袋をいつ渡す予定か決めてる?」



「聖剣の日当日ですと落ち着いて渡せそうにないので、その3日前にあるトレーニング日でお渡ししようと考えています」



 聖剣の日の貴族は、夜の舞踏会に向けた準備で慌ただしい一日になる。家族ならすぐに渡せるが、ジェラルドとなると、渡しそびれてしまう可能性もあった。それなら落ち着いた別日に確実に渡す方が良いとアシュリーは判断した。


 フィルエンドはその判断に同意を示してくれた。



「うん、それがいいね。きっと良い一日になるよ。なんとなく分かるんだ。成功するのが」



「なんとなく、ってどういうことですか」



 フィルエンドのあやふやな回答に疑問を抱くアシュリーだったが、フィルエンドは笑って最近の口癖である「秘密」としか言わなかった。唐突な兄の秘密主義にアシュリーは首を傾げるも、当の本人が楽しそうなので、追及することはしなかった。


 あっという間にトレーニング日が訪れ、いつも通りジェラルドが屋敷を訪れた。今日はフィルエンドが不在のため、すぐにトレーニングへと移る。


 アシュリーの頭の中は、渡すプレゼントのことで頭がいっぱいで、トレーニングに集中は出来ないし、会話もまともに出来なかった。さっさと渡して、このドキドキから解放されたいと思うものの、渡すタイミングが見つからない。アシュリーからいつ声をかけられても大丈夫なように張り付いているカリスタからの視線も痛い。


 結局、渡せないまま、お別れの時間になってしまった。



「ジェラルド様、今日もありがとうございました」



「こちらこそありがとうね、アシュリーちゃん」



 いつも通り玄関前でお礼の言葉を述べる。このまま馬車に乗るジェラルドを見送りたいところだったが、流石にここで何も渡さずに帰すわけにはいかなかった。多くの人に協力をしてもらったというのに、成果なしでは申し訳が立たない。


 アシュリーは覚悟を決めた。



「あ、あの、ジェラルド様」



 アシュリーに声をかけられたジェラルドは、温かい眼差しでアシュリーを見つめた。



「アシュリーちゃん、どうかした?」



 これから自分はプレゼントを渡すのだと改めて意識したアシュリーは、思わず視線を逸らす。そんなアシュリーの挙動に言及することなく、ジェラルドはアシュリーの言葉を待った。


 自分が行動しないと、ずっとこのままである。アシュリーは観念するようにジェラルドへその場で持ってもらうようにお願いする。寒い外で待たせるなんて気が利かない行動だが、そのことに気づけるほどアシュリーは冷静では無かった。不安と期待の波が交互にアシュリーを襲い、プレゼントを渡すことしか、頭に無かったのだ。


 慌てて屋内に戻ったアシュリーはすぐさまカリスタの姿を探した。カリスタはアシュリーの姿を確認すると、すぐに奥へと消えていく。自分の仕えるお嬢様がようやく覚悟を決めたことに、瞬時に気づいたのだ。物凄い速さで戻ってきたカリスタは手にしたプレゼントをアシュリーへ渡す。


 カリスタは何も言わなかったが、目から応援していることが痛いほど伝わった。アシュリーも言葉にはせず、目で行ってくることを伝えた。


 戻ってきたアシュリーが綺麗に包装された箱を持っていることに気づいたジェラルドは、キャラメル色の目を大きくした。その反応すら緊張するアシュリーは、なるようになれ、と半ば投げやりな形で、顔を下に向けながらジェラルドに箱を差し出す。



「そ、その、これはいつものお礼で……! 言葉だけでは足りていない気がしていて、それで! あの! 聖剣の日も近いし、ジェラルド様へのお礼の気持ちを形にしてみました! よろしかったら、お使いくださいっ!」



 なんとか言い切った。アシュリーは、自分からすべきことが終わったことに達成感を覚える。あとはジェラルドがどう受け取るかを待つだけだ。ここまで来たら、この流れに身を任せるしかない。顔を上げ、ジェラルドを見つめる。


 ジェラルドは想像していなかったのか、箱を見つめながら静止する。暫くし、理解したジェラルドは満面の笑みを浮かべながらプレゼントを受け取ってくれた。



「ありがとうアシュリーちゃん。まさか用意してくれていたなんて……。本当に嬉しいよ!」



 ジェラルドの言葉に嬉しくなったアシュリーは、その表情をしっかり見たくなった。少し頬を染めながら、目を細めるジェラルドからは嬉しいという気持ちを身体全体で表しているように思えて、アシュリーは改めて渡せて良かったと思った。


 そのまま嬉しそうな表情が続くかと思いきや、突然ジェラルドは困った顔をしながらぽつりと呟いた。



「ああ、でも先越されちゃったなぁ」



「先……?」



 意味が分からず聞き返すも、ジェラルドはそれには答えず「ちょっと待っててね」と、先ほどのアシュリーのように言って、馬車へと向かっていった。


 馬車で何やらごそごそしているかと思うと、お目当てのものを見つけたらしく、ジェラルドはアシュリーの元へと戻ってきた。その手には水色の包み紙に金色のリボンで装飾された箱があった。


 アシュリーはその包み紙、リボンに見覚えがあった。これは、あそこの……。



「はい、アシュリーちゃん。俺からも、プレゼント」



 思いもよらぬプレゼントを受け取り、今度はアシュリーが静止する番になった。これは、もしかしなくても……。



「これって、あのお店の……」



「フィルエンドからアシュリーちゃんがいつも使っている香水のお店を聞いたんだけど、あれ、間違ってる?」



「い、いえ! ここは私がいつも使っている香水のものです!」



「あはは、よかった。従業員の方もアシュリーちゃんのこと知ってたから、ブランドは合ってるとは思っていたけど、ちょっと心配だったんだ」



 「いやぁ、どきどきした」と笑いながら言うジェラルドを見つめながら、アシュリーはこの間の不審なクラリッサの行動を思い返していた。どうりで、クラリッサが新商品を紹介したがらなかったわけだ。



「よかったら、開けてみてよ。気に入ってくれると嬉しいな」



 ジェラルドの言葉に誘導されるまま、アシュリーはプレゼントの包装を解いていく。箱を開けると、そこには可愛らしいボトルに入ったボディミルクと、グラスに聖女のデザインが施されたキャンドルが入っていた。



「……とっても素敵」



「毎日使っている香水は決まっていると思っていたから、香水はやめて、部屋で楽しめるものにしてみたよ。気分転換したいときに、使ってくれたら嬉しいな」



 アシュリーの反応に安心したジェラルドは、頬を緩めた。アシュリーはさっきまで緊張していたことを忘れ、ジェラルドからのプレゼントに心を躍らせていた。



「ありがとうございます! さっそく使います!」



 こんなにプレゼントが嬉しいことはあっただろうか。自分のことを考えて選んでくれただなんて……。時間が経てば経つほど、胸はどんどん温かくなっていく。少し速い鼓動にすら、心地よさを覚えていた。


 すっかりプレゼントに魅入っていたアシュリーは、ジェラルドの発言によって現実に戻されることになった。



「ところで、アシュリーちゃん。俺も、プレゼント開けていい?」



 遠慮がちなジェラルドのお願いに、思わず固まる。確かに、プレゼントしたこと自体を喜んでくれたが、中身である手袋の評価はまだ未知数。ふわふわしていた気持ちは忘れ、緊張感に包まれる。



「ど、どうぞ……」



 不安になりながらアシュリーはジェラルドの反応を見守る。ジェラルドは手際よく包装を解き、すぐに箱を開けた。



「これって、手袋……?」



「はい。その、以前からジェラルド様が使われている手袋が気になっていて……。よかったら、毎日使ってもらえるものが良いと思って、こちらにしました」



「ああ、だからフィルエンド、俺の手袋貸してくれって……。そっか、そういうことか」



 どうやらジェラルドには思い当たる節があったようだ。アシュリーは、フィルエンドが不法に入手した手袋では無かったことを知り、安堵した。



「ありがとう、アシュリーちゃん。本当に嬉しいよ。いつか、いつかと思って、手袋このままにしていたんだ。明日から……、ううん、今から使うよ!」



 そう言ってジェラルドは自身の手袋を脱いで箱にしまい、アシュリーが贈った手袋を身につけた。見た限り、サイズもあっているようだ。



「うん、いい感じ! アシュリーちゃん、流石だね」



 ジェラルドは手を動かしながら、嬉しそうに伝えた。アシュリーはようやく本当に緊張感から解放された。



「気に入っていただけて良かったです。お好みかどうか、本当に、心配で……。お渡し出来て良かった」



 安堵の笑みを浮かべながら、アシュリーはしみじみと言う。きっと鏡で見たら情けない表情を浮かべているに違いないが、仕方がない。それほど、アシュリーにとって、このプレゼントを渡すことは大きいイベントだったのだ。



「アシュリーちゃん……」



 ジェラルドは、そんなアシュリーを静かに見つめていた。


 その後、聖剣の日は一緒に踊ってアイスを食べようと約束をし、アシュリーはジェラルドを見送った。


 フィルエンドの言う通り成功したが、結局のところ、フィルエンドの掌の上で転がされていただけだった。アシュリーはそれが少し面白くなかったが、ジェラルドが喜んでくれたのは、間違いなく兄のおかげ。ただ、何もやり返さないのは少しつまらない。アシュリーは「どうだった?」と帰って来てそうそう聞いてきたフィルエンドに「秘密」と意味深に返し、暫くの間は二人だけの思い出にすることにした。

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