第2話
アルフレッドは変わらず麗しい姿だった。金髪碧眼。短すぎず長すぎない手入れの行き届いた髪は柔らかい雰囲気を作り、整った甘い顔立ちが多くの女性の目を奪う。流石、メインヒーローである。
それに比べて自分はどうだろう。
……ただの横綱だ。
輝かしい彼の前に立つ自分の姿はあまりにも滑稽で、この場から去りたい衝動にアシュリーはかられた。
それでもアシュリーが去らずに済んだのは、アルフレッドへの気持ちが変わらずあったからであった。恥ずかしくても傍にいたい。夢で見たアルフレッドとの未来は絶望一色でも、アルフレッドのとんでもない発言を知ってでも、アシュリーの彼への気持ちが揺らぐことは無かったのだ。
どうやって声をかけようか悩んでいるとアルフレッドが優しい笑顔を浮かべながら声をかけてくれた。自然とアシュリーも笑顔になる。
「今日はお招きありがとう、アシュリー」
「とんでもございませんわ、殿下。お越しいただけるだなんて光栄です」
アルフレッドはアシュリーの右手を軽く持ち上げると触れるだけのささやかなキスを落としてくれた。アシュリーの体温が一気に上がる。
「君の瞳に良く合うドレスだね。素敵だよ、アシュリー」
変わらず優しい笑顔をこちらに向けながら喋るアルフレッドは正しくこの国の王子だった。
そう王子だった。ただの義務。そこにアルフレッドはいなかった。
アシュリーは自分の体温が一気に下がるのを感じた。一瞬、笑みも失ってしまうが、なんとか耐えることができた。
「ありがとうございます、殿下。お食事もご用意しておりますので、よろしければお楽しみください」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
和やかに挨拶が終わる。
アルフレッドを見送ると、アシュリーはついに表情を失った。
――――お世辞って、こんなにも辛いものなのね。
終始アルフレッドは優しい笑みを浮かべていたが、それだけであった。熱いまなざしなんてもっての外。立派な淑女としても扱われていないように思えた。あの褒め方はまだ小さい子供にするものだったし、何より一個人としての褒め言葉では無かった。王子としての仕事であった。
この世界の美的感覚からだいぶずれていると自覚できるようになったアシュリーは先程までお世辞に対して苛立ちだけを覚えていた。内心馬鹿にしていたり、憐れんでいるのが透けて見えていたからだ。
しかしながら、さっきのアルフレッドのは違った。別に心のこもった言葉を期待していたわけではない。ただ、それまでは見た目がどうであれ、アルフレッドと同じ場所に立っていると思っていたのだ。アシュリーは思い知った。アルフレッドとは全く違う場所に自分がいるということを。
兄は騎士時代の友人と盛り上がっているようで、このやるせない気持ちをぶつけることは出来そうにない。兄に八つ当たりする以外のアシュリーのストレス解消法はというと……。食べることだった。いけないと分かっているのに立食エリアへと向かってしまう。この悲しみを食べることで癒したかったのだ。
流石、アシュリーの誕生日パーティ。全部アシュリー好みで作られていた。どれから手をつけようか目移りしてしまう。
そんなアシュリーに向かって馬鹿にする様な冷たい声が投げられた。
「それだから太るんだよ、キミは」
思わず殺意をまといながら声がした方を向くと、そこにはアプロがいた。
アプロは『王子様との恋するラブレッスン』に出てくる攻略キャラの一人だ。美しいものが好きで、ヒロインの美しい見た目と美しい心に惹かれたアプロはそれはもうもの凄い勢いでアプローチをしてくるキャラクターだった。美に拘る彼はもちろん美しい。格好良いというよりは綺麗という言葉が似合う。長く光沢のある銀髪は三つ編みにして前に垂らし、深緑の目は澄んでいる。彫刻の様な顔の持ち主だ。
そんなアプロ、美しいものが好きな反面、美しく無いものには相当冷たい男であった。
「余計なお世話よ」
今まで冷めた態度でしか接してこなかった男をアシュリーは軽くあしらいつつ、季節の野菜を使ったムースを一口で飲み込む。目線はそのまま卓上に固定し、喋る意思が無いことを態度で示すも、アプロは気にせずアシュリーにつっかかる。
「キミはそれでいいわけ?」
「……何が言いたいのかしら」
「アルフレッドのことが好きなんだろ? あの言い方は遠い親戚の小さい女の子を褒めるような言い方だったじゃないか」
言われなくても分かっているアシュリーは無言で睨み、近くにあったパスタを投げやりに乗せ、一口で食べた。
「痩せる気はないの?」
アシュリーは無視を決めた。この人を招いたのは誰だと苛立ちながら、赤ワインで煮込んだ頬肉を皿に乗せ、また一口で食べた。
「人は様々な容姿を持って生まれてきて、それは大変素晴らしく価値のあるものだと思う。それなのにキミの体たらくが招いたその体型ときたら。君が持つ本来の素晴らしさをかき消している。僕は美に対して不誠実な人は嫌いだ」
「……うるさいわね」
流石のアシュリーも食べるのを止め、アプロの方をしっかりと向きながら抗議の声を上げた。アプロは気にせずに言葉をつづけた。
「見惚れるアルフレッドの姿を見たいとは思わないのかい? キミが変われば可能性だって無いとは言い切れないだろうに」
見惚れる姿なんてこの間の夢の中で見ている。違う女性に向かって、だけれども。
出会った時から一目でヒロインを気に入ったアルフレッドはスチルで細かく描写されていた。羨ましいと思った。アシュリーだって同じように自分を見て欲しいと思った。少し目を見開き、僅かな間固まって、視線を斜めに逸らす。そんなアルフレッドを間近で見たかった。
しかしながらそれはほぼ不可能に近い。ドレスやヘアアレンジでどうにか出来る問題ではないのだから。
「そんなの、非現実的だわ」
「まだ何もしていないのに諦めるのは早いだろう。第一歩としてその食生活から改善したらどうだい」
「食生活……」
「まず、かなりの量を一口で食べきるのを直すべきだね。もっと小さく、ゆっくり食事を楽しむべきだ。ストレスか何かのはけ口として利用しているようだが、せっかくの美しい食事に失礼だ」
「残すよりかはマシよ」
「それはその通りだ。そこをクリアしている点は称賛に値する。もっと美しく上品に食べることが出来たらより素敵なんだがね」
「…………」
アシュリーは振り返った。今までの自分の食生活と食事の仕方を。確かにガツガツと食事をしていた。この間見た夢の世界での価値観を思い出しても、間違っているといえる。これを改善したら少しはまともになるのだろうか。
「入学式の前にあるオリエンテーションでは舞踏会が行われる。あと半年もあるんだし、それまで努力をしてもいいんじゃないか?」
「……どうしてそこまで私に興味を持つの」
「一言で言えば可哀想だからさ。サファイアの様な美しさを持ち合わせているのに、今の君はそのサファイアを煤で汚し、泥の中に埋もれさせている。我慢ならなくてね」
「失礼な人」
「一番キミに失礼なのはキミ自身だけどね。痩せる努力をするべきだ」
「……考えておくわ」
――――痩せる。
考えもしなかった。現状を嘆くことで精一杯だったアシュリーにとってその発想は青天の霹靂。何かが変われるような気がした。
半年もあるなのか、半年しかないのかは分からないが試してみる価値はある。
早速指摘された食事の仕方を改めてみようと15になったばかりのアシュリーは思った。




