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婚約者もどきの公爵令嬢アシュリー  作者: 柑橘眼鏡
本編

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19/45

第19話

 名案が浮かんだアシュリーは実現に向け、さっそく次の日の朝食でフィルエンドに尋ねることにした。


 意気揚々と食堂に入ったものの、どのタイミングで聞けばいいのだろうかと不安になる。普通に聞けば良いのに、普通に聞くということが、今回に限っては難しく感じられた。アシュリーはとりあえず普段通り着席をし、朝食をいただくことにした。聞けるタイミングがどこかにあるはずだ。


 トーストとベーコン一切れだけの量に、何も言われなくなったことに感慨深さを感じながら食事を進める。たわいのない話が続き、機会は一向に見えてこない。


 気がついたら、皿は空になっており、温かい紅茶だけになってしまった。


 聞くタイミングを完全に見失っていたが、いい加減ここで質問しないと、機会を逃してしまう。


 アシュリーは、遠慮がちに口を開いた。



「お兄様、お尋ねしたいことがあるのですが……」



 同じ様に紅茶を飲んでいたフィルエンドは、カップを1度置き、朝から眩しい笑顔を浮かべる。



「アシュリー、どうしたんだい?」



 父であるダリウスも微笑みながら視線をアシュリーに向ける。自分に注目が集まってしまい、アシュリーはなんだか言うのが恥ずかしくなってしまった。よく考えれば、身内とアルフレッド以外にプレゼントの品を用意するのは初めてだった。なんて切り出せば自然なのか。いや、そもそもこれは自然な会話になるのか。悩みが悩みを呼ぶ。


 どうしたものかと口ごもっていると、フィルエンドが不思議そうな顔をしながら、もう一度アシュリーの名前を呼ぶ。


 ここで変に間を空けてしまったら、更に変になるだけだ。覚悟を決めたアシュリーはストレートに尋ねた。



「ジェラルド様に、その、お礼を考えていて……。聖剣の日に、革の手袋でもと考えているのですが、お兄様、良いお店をご存じではありませんか?」



 アシュリーの言葉に、フィルエンドは少し驚いた後、小さく笑った。ダリウスは変わらず微笑んだままだった。



「ああ、確かにあいつの手袋は限界一歩手前だったなぁ。僕が良く買っているブランドでも良いかい?」



 最初の反応はさておき、フィルエンドは普通に答えてくれた。一安心したアシュリーは、頬を緩ませた。



「はい、是非教えてください!」



 アシュリーはフィルエンドから聞き出した店名と場所をメモしていく。場所はあの百貨店の近くであった。



「周りに店が多いエリアだし、タイミングが合った時に行くといいよ。いつも使っている香水が無くなった時とか、ね」



「香水はこの間、小物を見に百貨店へ行った時に買ったので当分は持ちそうです。もう少ししたら、新作が出ると聞いたので、それを見に行く時にこちらのお店に伺いたいと思います」



「あれ、アシュリーの使っている香水のブランドって、百貨店に入っているんだっけ?」



「はい、2階にある香水専門店です。素敵な女性の従業員もいて、私、とても気に入っています」



 素敵な空間に、素敵な香りに、素敵な接客。この間、訪れたときのことを思い出すだけで笑顔になってしまう。


 嬉しそうに伝えるアシュリーの気持ちが伝わったのか、フィルエンドは爽やかさを極めた笑みを浮かべた。



「香りにも気を遣うアシュリーは、素敵な淑女だね。お兄様として誇らしいよ」



 相変わらず、口説く相手を間違っている。



「僕としては、もう少し、ふっくらしてても良いと思うんだけどね」



 相変わらずの趣味にアシュリーは思わず苦笑いをしながら、少し温くなった紅茶を飲んだ。


 その後フィルエンドは、ジェラルドの手袋のサイズをこっそり調べて教えてくれると約束してくれたので、アシュリーはその報告を待つことにした。お飾りではなく、実際に使ってもらいたかった。


 フィルエンドの報告を待ちながら、自主トレーニングを忘れずに行う。身体を動かすのも悪くはない、むしろ気持ちが晴れる。そう思えるほどには、アシュリーの身体も精神も運動という行動に慣れていた。


 次に訪れたトレーニング日は、庭にある訓練用スペースで行われることになった。吐く息が白くなる寒さに、聖剣の日が近づいていることを否応なしに考えさせられる。アシュリーはジェラルドの手袋を気にしないように過ごすものの、視界に入る度に気になって気になって仕方が無かった。


 その日、一緒に行う課題はジョギングに決まった。ジェラルド曰く、「寒くなってきたし、身体を温めよう!」とのことだった。自堕落なアシュリーはストーブの前に行けば温まるのにと思ったが、口にするのは控えた。


 身体を動かすのも悪くはない、と思っていたアシュリーであったが、寒い中走るのは違ったようで、思い直すことになった。呼吸をするのが、こんなにも大変だったなんて。一通り走り切った後、もう二度とこの寒さの中で走りたくないという気持ちでいっぱいになったのだ。毎日のトレーニングメニューにこれが加わったらと思うと、恐ろしさに震えてしまう。これは何としてでも無理だと伝えなければ。



「じぇ、ジェラルド様……」



 息が整わない中喋るので、途切れ途切れになってしまう。アシュリーに呼びかけられたジェラルドは、まだまだ余裕なようで笑みを浮かべていた。



「アシュリーちゃん、今日も頑張ったね。けっこう距離あったのに凄いよ。お疲れ様」



 甘く優しい声に、何を伝えようと思ったのか一瞬忘れてしまう。しかしながら、伝えないと後が大変になってしまうことをアシュリーは理解していた。決意を新たにジェラルドへ伝えようと口を開く。



「あ、ありがとう、ございます。あ、あの! ジェラルド様! ジョギングは、今週の課題でしょうか……?」



「本音を言うと体力づくりのために毎日取り入れて欲しいけど、無理して体調崩したら元も子もないからね。今週の課題は別にするとして、天気と体調が良い日は走って欲しいなぁ。……どうかな、難しいかな?」



「うっ……」



 少し困った顔で尋ねられてしまっては、アシュリーも全否定しにくい。



「ま、毎日は無理ですけど、それでしたら善処します」



 アシュリーの返事に、ジェラルドは満面の笑みを浮かべながら大きく頷く。



「アシュリーちゃん、来週の報告楽しみにしてるからね!」



「は、はい……」



 ジェラルドの視線が真っ直ぐ過ぎて、アシュリーは思わず目をそらしながら答えた。キラキラした顔のジェラルドに、自分はどこまでその期待に応えられるか不安になる。でも、それと同時にやれるだけやってみようという前向きな気持ちも沸き上がってくる。自分の矛盾した感情をアシュリーは面白いと感じていた。


 恒例であるご褒美のキャラメルをもらい、近くのベンチに腰を掛けながら二人でそれを楽しむ。口に広がる甘味は、心地よい癒しを提供してくれた。寒さも走り終えた後だからか、感じない。むしろ風が気持ちよかった。


 ジェラルドも同じなのか、目を閉じ栗色の髪を風に遊ばせながら、この一時を楽しんでいた。



「俺、アシュリーちゃんの走る姿好きなんだよね。一生懸命なところが出ていてさ」



「一生懸命、ですか」



 そんなに必死な走り方になっていただろうか。客観的に自分の走り方を見たことがないアシュリーは、変な行動をしていないか不安になる。



「うん、頑張ろうっていう気持ちを感じるんだよね。走る姿からさ」



 どうやらフォームの話ではなかったようだ。少なくとも変な走り方はしていないようで、安心する。



「えっと、あ、ありがとうございます……?」



 褒め言葉として受け取っていいのか分からず、疑問系になってしまう。ジェラルドはそれが面白かったようで、目を細めた。


 そして、何か思いついたのかジェラルドは「あっ」と声を発すると共に、茶目っ気のある表情を浮かべ、恐ろしい言葉を続けた。



「やっぱり、毎日走ってもらおうかな」



 あんまりな発言にアシュリーは思わず立ち上がり、後ずさる。



「そ、そんな鬼畜な! ご無体な!」



「あはは、ごめんごめん。冗談冗談。天気が良くて、体調も良い日だけで十分だから。アシュリーちゃん、だから逃げないでー」



 逃げないでと言われると、逃げたくなるもので。アシュリーはジェラルドが一歩踏み出すごとに、一歩後退した。


 いつの間にか、意味もなく追いかけっこが始まり、それはフィルエンドが声をかけるまで終わらなかった。

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