第18話
変化の無い苦しい時期を乗り越えたアシュリーは、その後も努力を続けた。あの舞踏場で、輝けるように。
成果はついに、明確な形になって現れた。いつの間にか、手持ちのドレスでは、サイズが合わなくなっていたのだ。
嬉しそうに笑いながら「ドレスを新調しなくてはいけませんね」とカリスタが言ったのを機に、アシュリーは仕立て屋を呼んだ。頭を抱えながら誕生日のドレスを仕立てた職人は、憂鬱そうに屋敷を訪れたが、アシュリーの姿を見るなり、生気を取り戻した。アシュリーの重量感ある体型をカバーしつつ、流行を取り入れる苦行が終わったことが相当嬉しかったようだ。まだまだ、すらりとした身体には遠いものの、職人はアシュリーのサイズを測る度に、感嘆の声をあげた。
新しいドレスには新しい小物が欲しくなる。アシュリーは、百貨店を訪れることにした。外商もいいが、外に出て買い物をしたい気分だった。秋は去り、本格的な寒さを感じるようになったというのに、それでも外に出て買い物をしたいというのだから、ものぐさな自分も随分と変わったものだ。アシュリーは自身の変化に驚きながら、外套を羽織って馬車に乗った。
カリスタと意見を交換しながら、新しいリボンやレースなどを一通り買い終える。アシュリーは、いつもより買い物を楽しめていることに気がついた。鏡を見ながら襟元にレースをあてることが、こんなにもわくわくしてときめくことだなんて、全く知らなかった。
各フロアを楽しく周っていると、久しぶりにあの眩しい銀髪を目にする。アプロもアシュリーの視線に気づいたようで、思わず目が合ってしまう。
いつもは優美な動きで歩くアプロであったが、何故か勢いよくアシュリー目がけて接近してくる。思わず、アシュリーは後ずさる。
「な、なに……!?」
アシュリーが警戒する中、アプロは気にせずアシュリーの前に立つ。ほんの一瞬、アシュリーを上から下まで見たかと思ったら、アシュリーの周りを一周した。
アシュリーの前に再度立ったアプロは、顎に手を当てながら、感心するように喋りはじめた。
「マーガレットから聞いてはいたが、アシュリー、キミは意外にも頑張れるタイプだったようだね」
「意外とは失礼ね! 挨拶も無しに言う言葉じゃないでしょう!」
「ああ、すまない忘れていた。こんにちは、アシュリー。今日もここは美しいモノが多くて、最高の場所だね」
「今更遅いわよ!」
アプロのペースに翻弄されながらも、アシュリーは勢いよく言葉を返す。当の本人は、アシュリーの非難などお構いなしに話を進めていく。
「あのどうかしている食事制限だけで痩せようとしていた時は、これは駄目だと思ったんだが……。僕はどうやらキミのことを勘違いしていたようだ。この調子で頑張れば、無事にアルフレッドから一言もらえるはずさ、きっとね」
「……そうなるよう励むわ」
「僕としても、煤汚れたサファイアなんて見たくないからね。せっかくなら美しいサファイアを見ていたい。アシュリー、応援しているよ」
アシュリー自身のためではなく、アプロ自身の幸せのためのようだが、それでも応援は応援。アシュリーはお礼を述べることにした。
「ありがとう。思わず見惚れてしまうぐらいのサファイアになるよう頑張るから、楽しみにしててちょうだい」
思わず煽る様な言葉を加えてしまったが、アシュリーは後悔していなかった。このまま頑張れば、現実になるような気がしていた。
思いもよらぬ挑戦状を叩きつけられたアプロは、「楽しみにしているよ」と楽しげに言って去っていった。
その後も買い物は続き、気がついたら帰る時刻が近づいていた。最後に香水の専門店へ寄ることにした。普段使用している香水が無くなりそうだったので、この機会に購入したかったのだ。せっかくだし、新しい香りに挑戦してもいいかもしれない。そう思うほど、今日の外出は刺激的で気分が高揚していた。
入店すると担当のクラリッサと目が合う。一瞬、間があったのものの、いつも通り声をかけてくれた。案内されるまま、奥の部屋へと向かう。
革張りのソファに腰掛けると、クラリッサが少し茶目っ気を含んだ笑みを浮かべた。
「アシュリーお嬢様、お越しいただけて光栄ですわ。益々美しくなられたようで」
訪れたのは、あのアプロから指摘をもらった日以来だった。この言葉は、自身の体型の変化によるものだと確信したアシュリーは、屋敷の階段を何度も昇降した日々を思い出し、一人で胸を熱くした。美意識の高いクラリッサに褒めてもらえたことは、予想以上の嬉しさだった。
「ありがとう。ここ最近、痩せようと思って運動と食事制限を続けているの。あなたに気づいてもらえたのなら、自信をもって良さそうね」
アシュリー本人としては謙虚な姿勢で話をしたつもりだったが、その口角は分かりやすいほど上がっていた。アプロに続いてクラリッサにも気づいてもらえたのだから、仕方がない。クラリッサはそれを確認すると、笑みを増した。
「アシュリーお嬢様……、もしかして、お嬢様は恋でもされたのでは?」
唐突なクラリッサの発言に、アシュリーは目を見開き、固まる。
「それも、素敵な殿方に。……なんて、私の考えすぎでしょうか。失礼いたしました」
楽しそうに話すクラリッサに、何か返さなければいけない。アシュリーはなんとか口を開く。
「え、ええ。その……、ドレス姿を褒めていただきたい方がいて、そのために頑張っているの」
やっとの思いで返すも、アシュリーはその答えに疑問を抱いていた。最初は、確かにアルフレッドに褒めてもらうためにダイエットを始めた。途中からは、逆ハーやら断罪という野望も加わっていたが、今はどうだろうか。
自分のため、応援してくれる人のために、頑張りたい。気持ちに答えたい。その気持ちが増してきたように思えた。
――――本当に! アシュリーちゃんが頑張ったからだね!
ジェラルドの顔と激しく揺らされた手の思い出が過る。自分のことのように喜んでくれていた。
先程のアプロといい、無茶な食事制限から付き合ってもらっているカリスタといい、気がついたら自分一人だけのダイエットではなくなっていた。
もちろん、最大の目標は変わらずアルフレッドから心ある称賛をもらうことではあるものの、今のアシュリーにとって痩せることは、それだけではなかった。
「素敵ですね。是非私もアシュリーお嬢様を応援させてください」
クラリッサからの温かな言葉に、アシュリーは改めて自身の幸せを噛み締めた。アプロに続きまた一人、こうして応援してくれる人が増えた。自分はなんて幸運なのだろう。
クラリッサから美容の極意を一通り聞き終えた後、今日来た目的を伝える。すぐにクラリッサは用意してくれた。可愛らしくラッピングしてくれたようで、外箱は水色の包み紙に金色のリボンが結ばれていた。
「ありがとう。とても素敵ね」
「聖剣の日向けに入荷した資材で、昨日届いたばかりなんです。喜んでいただけたのなら光栄です」
「もう、そんな時期なのね……」
聖剣の日とは、前世のイベントで言えばクリスマスのようなものだった。元々は、現王家の先祖が聖女に贈り物をし、その聖女がお返しに聖剣を渡したとされる日なのだが、今は親しい人に贈り物をする日とされている。聖剣の日は、全貴族とその年で目覚ましい活躍をした者を招く国王主催の舞踏会が、城で開かれるのも習わしだった。
「ええ、本当に時が過ぎるのは早いですね。実はそれに向けた新作もいくつかご用意する予定でして、お近くにお越しの際は、是非お立ち寄りください。アシュリーお嬢様にも気に入っていただけるような、華やかで軽やかな香りの物も入荷する予定ですので」
「ありがとう、是非寄らせていただくわ」
この間の新作は、アシュリーにはまだ早い香りだったので、今から入荷予定の商品が楽しみだ。アシュリーは改めてラッピングのお礼と新作が楽しみであることを伝え、店を去った。
帰りの馬車に乗ったアシュリーは、先ほどのクラリッサとの会話を思い出していた。聖剣の日が、もうこんなにも近いだなんて。
手元にある装飾された箱を見つめながら、今年はどうしようか悩んでいると、ふと自身の手袋に目がいく。そういえば、ジェラルドの手袋は大層ボロボロではなかっただろうか。そのことに気づいたアシュリーは、思わず自画自賛したくなるような名案が浮かんだ。
――――そうよ、ジェラルド様に感謝の気持ちを伝えるいい機会だわ。
日頃からお世話になっているジェラルドに、何も返せていないのがここ最近のアシュリーの悩みだった。この機会に手袋をプレゼントして感謝の気持ちを伝えよう。
受け取ったジェラルドは、どんな表情をするだろうか。考えるだけでわくわくするアシュリーだった。




