第16話
学園は、王都の中心部から少しだけ離れた場所にあった。敷地内には湖や川があり、自然豊かで美しく、国中が憧れる学園だ。寮が備わっており、生徒はそこから通うことが原則で、王子や貴族も例外ではなかった。休日などは自由に外出できるが、それ以外は同じ空間で過ごすというのだから、なかなかの濃い付き合いになる。
学園へ向かう道中、馬車に揺られるアシュリーは変わっていく外の景色を見つめながら、自分の学園生活に不安を抱いていた。
ゲームのアシュリーは、アルフレッドを追いかけ、ヒロインとその想い人の関係を邪魔することに、貴重な時間を費やしていた。前世では送れなかった高校生活。それなりに楽しいものにしたいのだ。
様々なことに想いを馳せていると、あっという間に目的地に着く。公爵家の邸宅から馬車で大体1時間ぐらいで到着した。
先に降りたジェラルドが慣れた手つきで、手を貸してくれる。アシュリーは、照れながら自身の手を重ねた。
馬車から降りると重厚な鉄の門が待ち構えていた。付近には騎士が二名で監視しており、扉は閉じていた。
ジェラルドは起立している騎士に迷わず声をかける。用件を聞いた騎士は敬礼後、すぐに門を開けて下がった。暫くして出てきたのは、騎士の制服をラフに着崩した男だった。
専用の白いシャツは二、三個ボタンを閉めておらず、はだけていた。金の刺繍が入った同色の上着は、シャツと一緒に袖をまくられており、そこから覗く鍛えられた腕が、やけに眩しい。
短く切られた藍色の髪は動きやすそうで、澄んだ空色の瞳は生命力に満ち溢れていた。
「よう、ジェラルド! よく来たな」
その男はジェラルドの前に来ると、その肩に勢いよく手を置き、何度も何度も叩く。
ジェラルドはその叩きを受け入れながら微笑んだ。慣れているのか動じなかった。
「久しぶりだね、イードン」
「うちへの応援以来だもんな。会えて嬉しいよ」
イードンと呼ばれた男は大きく笑うと、ジェラルドに握手を求めた。すぐにジェラルドは応じる。
「ところで、そちらのお嬢様は?」
イードンは握手を続けたまま、アシュリーに視線を向ける。アシュリーが一礼すると、ジェラルドがすぐに紹介してくれた。
「こちらはレディ・アシュリー・ウェストビー、つまりはフィルエンドの妹君さ」
唐突な兄の名前に、アシュリーは目を丸くした。
「アシュリーと申します。あの、兄をご存知なのですか?」
「ああ、フィルエンドの妹か! 俺はイードン・ロズダ。フィルエンドとは騎士時代からの友人だ。よろしくな」
そう言って、イードンは先程と同じように握手を求めたが、アシュリーはすぐに反応できなかった。手の甲で口づけを受けることに慣れているアシュリーにとって、握手を求められるのは変化球だった。
すぐに気づいたイードンは、慌てながら謝罪した。
「って、ご令嬢に対して失礼な態度だったな。申し訳ない、平々凡々な生まれなもんで、こういうのに慣れていないんだ」
そう言うとイードンは、アシュリーの手を引き寄せ、その甲に口づけした。繊細さの欠ける荒っぽい所作だったが、それがむしろ印象的で、好ましくあった。
「レディ・アシュリー、ようこそ王立学園へ」
「あ、ありがとうございます。イードン様」
制服を着崩してはいても、背筋の良さや凛とした声から、騎士らしさが溢れでている。存在感があり、魅力的な人物のように、アシュリーは思えた。
アシュリーとの挨拶を終えると、イードンはジェラルドに向き直った。
「えーっと、確か、舞踏場を見に行くんだっけか。案内するよ」
「ありがとう。頼むよ」
イードンはジェラルドのお礼に「任せろ」と返し、門の先へと進む。アシュリーとジェラルドは、先を行くイードンに続いた。
白亜の邸宅までの道のりで、イードンから様々な話を聞くことができた。
イードンはフィルエンドやジェラルドと同じタイミングで、騎士団に入団したらしい。生まれも育ちも郊外の平民。貴族であるフィルエンドやジェラルドと交友を持つようになったのは、入団後すぐにあった合宿がきっかけだったようだ。
話は盛り上がり、あっという間に目的地にたどり着いた。
「アシュリーちゃん、ここが舞踏場だよ」
魅入ってしまうほど、立派で優美な館であった。汚れ一つない白が眩しい。ゲームの背景よりも美しくて、思わずアシュリーは浮き立つ。体重に変化がないと落ち込んでいたのが、嘘のようだった。
興奮が外に駄々漏れなのか、イードンが笑う。
「案内できて嬉しいよ。今日は使用予定がないから、入り放題だ。レディ・アシュリー、遠慮なく見学をしてくれ」
「ありがとうございます!」
元気なアシュリーを見られたからか、ジェラルドは安堵の笑みを浮かべた。どこまで優しいのだろうか、この人は。アシュリーはそう思わずにはいられなかった。
さっそく玄関ホールに進むと、大理石の床と見事な天井絵が迎えてくれた。壁には大小様々な絵画が飾られている。数人の警備以外、誰もいないからか、華やかな場所だというのに静寂に包まれていた。ここが賑やかなオリエンテーションの場になるだなんて、アシュリーは想像できなかった。
案内されるまま、ホールで一番大きい両開きの扉前まで進むと、ジェラルドの落ち着いた声が響いた。
「この先が、舞踏場。オリエンテーションの舞踏会が開かれる場所だよ。アシュリーちゃんのイメージするゴールが、より具体的になるといいな」
そう言うとジェラルドが左部分のドアノブに手を置く。イードンも右部分のドアノブを持つと、二人は一斉に扉を開けた。
視界に入った舞踏場は、光輝いていた。よく磨かれた寄せ木張りの床は、窓から入る光を反射しており、辺りを照らしていた。高い天井には見事なシャンデリアが吊らされている。
ゲームの背景よりも、断然綺麗だった。
「す、凄い、光が眩しいです……!」
アシュリーの新鮮な反応にジェラルドは笑う。
「あはは、眩しいよね。たまに学園主催のパーティがあったけど、場内の明かりが凄いって話しかしなかったなぁ」
「俺もここの警備担当になって初めて見たとき、驚いたよ。こんな世界があるだなんてね」
壁に寄りかかりながら、イードンはしみじみと言った。
アシュリーは、ゆっくりと確認するように場内を歩く。ジェラルドも後ろから続いてくれた。
美しさに息を呑むアシュリーは、自分の背筋が伸びるのを感じた。ここで一番とまではいかなくても、そこそこでいいから、輝きたい。場に恥じない人間になりたい。
もっと、痩せたい。
アシュリーは歩みを止め、ジェラルドの方に顔を向けた。
「ジェラルド様、私、ここで軽やかに踊ってみたいです。恥ずかしながら、今の私では、ジェラルド様に支えていただかないと、ターンすらままなりません」
真っ直ぐにジェラルドを見つめるアシュリーを、ジェラルドも真っ直ぐ見つめ返してくれた。
「もっと努力する必要があるのは重々承知です。ですから、諦めずにトレーニングも食事制限も続けます。今出来ることを、し続けたいと思います」
「気持ち、固まったみたいだね」
「はい……! お心遣い、本当にありがとうございます。もう大丈夫です。私、これからも頑張ります。頑張りたいです。――――ですから、ジェラルド様、これからもお付き合いいただけますか……?」
遠慮がちに尋ねるアシュリーに、ジェラルドは迷いなく答える。
「もちろん! だって、俺はアシュリーちゃんの取り組みを、誰よりも応援してるからね。途中で見捨てられる方が困るな。だから、一緒に頑張ろうね」
「………はいっ!」
アシュリーの明るい声は会場に優しく響いた。




