第15話
様々な人から応援を受けたアシュリーは、襲いかかる日課を真面目にこなした。
公爵家を訪問していた従妹とばったり鉢合わせすると、「大きな湖から水を一杯すくったところで、何も変わらないのよ!」と大きな声でわざわざ言ってくれた。そのありがたい発言により、アシュリーは改めて自身の身体が少しスッキリしたことを実感した。
僅かとはいえ、痩せたことに自信を得たアシュリーは、より現実を受け止めるべく、体重計を自室に導入した。自分の体重など、見たくはなかったので、今まで一度も使ってはいなかったが、ついに使用することになった。
覚悟を決めて体重計に乗る。示された思いもよらない数値に、気を失いそうになりかけたが、これが現実。アシュリーは粛々と受け止めた。
朝起きては体重計に乗り、日課のトレーニングを怠らず、食事は控えめに。アシュリーは鏡に映る自分を褒めながら、頑張った。
継続の結果は、体重計が教えてくれた。
徐々に落ちていく体重に喜びを見出しながら過ごし、早一ヶ月。事件は起きた。
「…………?」
アシュリーは体重計が示した数値を凝視する。異変に気がついたカリスタが駆け寄る。
「お嬢様、いかがしましたか」
「一週間前から、数値に変化がないの。どうしたのかしら」
七日連続で数値に変化がないのは初めてのことであった。
「……不思議ですね。お嬢様、そのままお待ちいただけますか」
カリスタはそう言うと、上下にある錘をスタート地点に戻し、改めて計り直す。棹が真っ直ぐになるよう錘を再調整するも、結果は同じだった。
「うーん。やっぱり、変わらないわね。機械の調子が悪いのかもしれないわ」
夢で見た時代の体重計は、体脂肪率やら体内年齢なども計ることが出来たが、この世界の体重計は、もちろんできない。錘を調整しながら体重を計るのが精一杯だ。どこまで正確かも分からない。
「明日また計ってみることにするわ」
明日にはきっと、変化があるだろう。気楽に考えるアシュリーであったが、現実は甘くなかった。
結局、次の日も、そのまた次の日も数値に変化は無かった。
初めての状況に困惑しながらも迎えたジェラルドとのトレーニング日。薔薇は散り、秋風の冷たさが増す中、二人は庭でウォーキングを行っていた。
いつもどおり、ジェラルドは最近あったことを面白おかしく話すも、悩んでいるアシュリーはあまり反応できなかった。
そんなアシュリーの態度に違和感を覚えたのか、ジェラルドは遠慮がちに尋ねてきた。
「ねえ、アシュリーちゃん。大丈夫? 何かあった?」
ジェラルドの察しの良さは大したものだと思いながら、アシュリーは最近の悩みを打ち明けた。
「ジェラルド様、実はここ一週間、体重が減らないのです。今までこんなこと無くて……。食事だって、意識して減らしておりますし、運動も欠かしておりませんのに……」
「うーん、それは、辛いね……」
「私の最近の励みでしたから、また心が折れそうになってしまいそうで……。それに、もうこれ以上効果が無いのかもしれないと思うと……」
アシュリーは顔を下に向け、手を強く握りしめる。言葉にしがたい悲しみが襲った。もうこれ以上、体重が落ちなかったらどうしよう。せっかく、皆が応援してくれているのに。二ヶ月という長い期間、付き合ってくれているジェラルドを、あの舞踏会の日みたいにまた喜ばせたいのに。
ジェラルドは、黙りこんだアシュリーを心配そうに見つめる。
「痩せようとしたことって、正直ないから分からないけど、俺も鍛えている時に似たようなことがあったよ」
俯くアシュリーに優しくジェラルドは語り続ける。
「学園を卒業して騎士団に入団したあと、新人専用の本格的なトレーニングを受けることになったんだ。俺は小さい頃から騎士を目指していたから、身体を動かしていた方だったんだけど、それでも結構ハードで、大変だったなぁ。その分、筋肉がついたんだけどね。でもある時から、効果を実感できなくなって」
気になる展開にアシュリーは思わず顔を上げた。
「そ、それでどうなされたのですか」
「正直、ガッカリしたんだけど、トレーニングメニューだから辞める選択なんてなくて、続けたよ。そうしたら、暫くしたあとに、またトレーニングの効果を感じるようになったんだ。アシュリーちゃんの悩みと違うけど、もしかしたら同じ状況かもしれないね」
ジェラルドの言葉を受け、アシュリーは少し安心した。脂肪を落とすことと、筋肉をつけることは、あまり似ていないように思えるが、身体の変化という意味では一緒。諦めずに続けたら、前と同じようにまた体重が減っていくかもしれない。
「ジェラルド様、貴重なお話をありがとうございます。もう少し頑張ります」
「役に立てたのならよかったよ。でも、やっぱり変化がないの辛いよね」
「はい、暫くは自分との戦いになりそうです」
「うーん、何か他に気分が上がることでもあればいいんだけど……」
ジェラルドは目を瞑り、思案し始めた。無言が続く。アシュリーは、黙って待つことしかできなかった。
暫くすると、あっ、という声と共にジェラルドは目を大きく開き、手を叩いた。良い音が響く。
「明日、アシュリーちゃんの予定が大丈夫なら、気分転換でもしようか!」
「気分転換……?」
突然の発言に怪訝な顔で返すと、ジェラルドは嬉しそうに大きく頷いた。
「一緒に下見に行こうよ!」
「下見……?」
「舞踏会の会場である学園の舞踏場に行こう!」
「舞踏場……!?」
「そう、舞踏場! 次に殿下にお会いできるのは、舞踏会なんだよね? 現地に行けばイメージが湧いて、これからの励みになると思うんだ」
思いもよらない提案に、思わずアシュリーは瞬きを何度かした。
学園の敷地には校舎以外にも、建物がいくつかあった。その内の一つである荘厳な白亜の邸宅は、パーティーなどで用いられた。オリエンテーションの舞踏会もそこで開かれる。
次にアルフレッドと会うのは、その舞踏会。確かに、見に行くことができれば、モチベーションも上がるだろう。どういう風に舞踏会を過ごし、どういう風になりたいのかを思い浮かべることが出来るはず。行ってみたい。そうアシュリーは思うものの、同時にここまで甘えていいのかという不安がよぎる。
「ジェラルド様、素敵なご提案をありがとうございます。ですが、この前の夜会といい、何かと私のためにお時間を割いていただいておりますし、そんな甘えてしまっては……。私なら大丈夫ですから……!」
ジェラルドの善意はありがたいが、もらってばっかりだ。何一つ、お返しできていない。慌てて辞退する方向に持っていこうとするも、ジェラルドは暢気に笑いながら、「大丈夫、大丈夫」と繰り返した。
「ちょうど俺も学園に行こうと思ってたんだ。それに、警備の管轄は俺の部隊と同じ第一師団に所属する部隊だから、融通も利くんだよ。だから、そんな気にしなくていいよ」
せっかくだし、一緒に行こうと続けてジェラルドは言う。
お願いするか、遠慮するか。アシュリーは悩むも、行きたいという気持ちがあったため、すぐに答えは出た。
「……では、ご同行させていただいてもよろしいですか?」
遠慮がちにアシュリーが伝えると、満面の笑みが返ってきた。
また一つ、お世話になってしまった。申し訳ないはずなのに、満面の笑みにつられてアシュリーも笑顔になってしまう。
「もちろん! よし、じゃあ決まりだね。時間は明日の午後で大丈夫?」
「はい、空いておりますので是非よろしくお願いします」
急遽決まった学園訪問。体重計の示す数字が変わらず、塞ぎこんでいたアシュリーにとって、久しぶりに明日を迎えるのが楽しみになった。




