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婚約者もどきの公爵令嬢アシュリー  作者: 柑橘眼鏡
本編

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13/45

第13話

 ジェラルドに送られ、屋敷に戻ったアシュリーを侍女が驚きながら迎えてくれた。夜会は深夜、場合によっては明朝まで続くこともある。こんなに早く帰ってくるとは、思いもしなかったようだ。


 心配そうな顔をするカリスタを安心させたいアシュリーは、ジェラルドと踊れて楽しかったこと、久しぶりにダンスをしたら疲れてしまったことを説明する。あのアシュリーが踊ったこと、否、踊れたことが嬉しかったのか、カリスタは満面の笑みを浮かべた。


 ご機嫌なカリスタに手伝ってもらいながら夜着に着替える。緩い格好になったアシュリーは、無駄に広いベッドに沈むとすぐに眠りについた。久しぶりのダンスのせいなのか、嘲笑のせいなのか分からないが、やはり疲れていたようだ。


 深い眠りは、アシュリーの深い部分に繋がったようで、あの誕生日に見たような夢をまた見ることになった。アルフレッド王子とヒロインが出会うシーンの夢だ。


 アルフレッド王子とゲームのヒロインの出会いは、学園の入学式。平々凡々な村出身で、運よく試験に合格したヒロインは、入学早々、ランドーガ家の令嬢とその仲間たちに目をつけられてしまう。


 入学式が終わると、さっそく囲まれて嫌味を言われるのだが、そこをアルフレッドが助け出すのだ。助け出すシーンはスチルが用意されており、メインヒーローらしく格好良く描かれている。よく見ると後ろの方には目撃しているアシュリーが描かれており、彼女の嫉妬がここから始まることも分かる。よく出来たスチルであった。


 令嬢たちが逃げ出した後、例の見惚れるスチルが続けて発生。差分はなんと7枚。メインヒーローのアルフレッドの待遇は非常に良かった。普通なら人気ナンバーワンだろう。伝統的な王子キャラで、庶民文化に関心が高い、という王道的な設定。部屋に閉じ込められたり、雨宿りしたり、お忍び外出をしたり、ヒロインが誘拐されたり、など発生するイベントも王道だ。


 しかしながら、アシュリーという王道とは真逆のお邪魔キャラによって、アルフレッドは数々の失言を繰り広げる。ヒロインは喜ぶが、プレイヤーは萎えた。


 そんなゲームではあったが、アシュリーの前世は一応、全キャラ、全エンドクリアしていた。中学生の僅かなお小遣いで買える乙女ゲーは少ない。『王子様との恋するラブレッスン』を手に取った理由はワゴンに陳列されていたからであった。買ったのなら元を取らなければ、という信念でクリアした。熱中したからではなく、義務感からであったが、やり遂げたときの達成感はなかなかのものだった。


 目覚めたアシュリーはため息を零すと、あの夜と同じようにドレッサーへと足を運んだ。鏡に映る姿は、大して変わらないように思える。久しぶりに会ったマーガレットがすっきりしたと言うのだから、きっとそうなのだろうが、もう少しはっきりとした変化が欲しい。


 あと、五ヵ月。あの出会いイベントと同じまではいかなくても、せめて心のこもった感想をもらいたい。それに、応援してくれている皆に応えたい。



「一ヶ月頑張った私は偉いわ。残りも頑張れるはず! 流行のドレスを着るのよ!」



 朝から元気に自分を鼓舞するアシュリーであった。


 ドレスに着替え、いつもと同じように食堂へ行くと、いつもと同じように父と兄は食事を始めていた。フィルエンドから昨夜について聞かれたので、ジェラルドと踊ったことを説明すると、朝からウザったいほど眩しい笑みが返ってくる。プラチナゴールドの髪と合わさり、輝きはもはや暴力的だった。


 疲弊しながら、紅茶とパン一切れをいただく。一ヶ月前だったら、足りない量。我慢を続けていたら、いつの間にかこれだけで十分になった。不思議なものだ。このまま食事制限と運動を継続していけば、もっと痩せることができるだろう。


 食事を終えたアシュリーは、ジェラルドから言い渡されている課題を行うために、席を立つ。すると、父であるダリウスが声をかけてきた。



「アシュリー、お母様が食事を終えたら部屋に来て欲しいと言っていたから、寄ってあげてくれ」



「お母様が?」



 母が呼び出すなんて珍しい。朝は同席しないので会話をしないが、昼やお茶の時間、夜などで十分話をしている。わざわざ呼び出すだなんて、それ相応の事情があるに違いない。全く見当がつかないが。



「ああ、どうやら急ぎの用事みたいだ。頼んだよ」



 ダリウスも詳しくは聞かされていないようだ。これ以上は何も分かりそうにないので、アシュリーは母の部屋へ向かうことにした。


 部屋の前に到着したアシュリーは、扉をノックした。部屋の主から「どうぞ」と返ってきたので、入室する。ベッドの上でのんびりとお茶を飲みながら読書をしている母、ロレッタの姿が見えた。



「お母様、おはようございます。あの、私に何か御用でしょうか」



 アシュリーが声をかけると、ロレッタは本を閉じ、同じ色の瞳を持つ自分の娘を見つめた。その瞳が怪しく光ったように感じたのは、アシュリーの気のせいだろうか。



「おはよう、アシュリー。実は、あなたにお願い事があるのよ」



「お願い事?」



「ええ、そうよ。今日の夜、観劇をする予定を入れていたのだけれど、あまり体調が良くないの。悪化させたくないから、今日は遠慮しようと思って……」



「えっ、お母様、大丈夫ですか!?」



 思いもよらぬ発言に、アシュリーは慌ててロレッタに近づく。心配になって手を握るも、熱くはなかった。間近で見ても体調の悪さは分からない。表にはまだ出ていないだけかもしれない。アシュリーは悪化しないことを祈った。


 ロレッタは握られた手を優しく握り返し、微笑む。



「ありがとう。今のところは、まだ平気よ。……ただ、ボックス席を押さえていて、相手にも悪いから、代わりに行って欲しいの。どうかしら」



「もちろん、行きます。行きますから、お母様は安静にしてくださいね」



「ありがとう、アシュリー。あなたが行ってくれるおかげで、落ち着いて休むことが出来るわ」



 柔らかく微笑むロレッタは、まるで神話に出てくるような女神を彷彿とさせた。詳しい日時や場所を聞き、アシュリーは部屋を後にした。……女神ではなく、恐ろしい策士であることにアシュリーが気づくのは、もう少し先のことである。


 夕刻、カリスタの手によってドレスアップしたアシュリーは、気楽な気持ちで劇場へと向かう。相手は遅れる可能性があるとのことで、先にボックス席に腰をかけることにした。


 誰が来るのか母に聞くも、はぐらかされたことだけが気がかりではあるが、この際、どうでもよかった。誰だとしても、変わらない。一緒に劇を見て、感想を共有して終わりだ。実際の社交は短い時間。大したことはない。


 時間潰しに、手元のプログラムを見る。そこには悲恋で有名な古典のタイトルが記載されていた。相思相愛なのに、すれ違いによって、二人は自ら死を選択してしまう劇だ。


 この劇はゲームにも登場した。アルフレッドが好きな劇なのだ。


 アルフレッドと劇を見に行くイベントは計三回あり、その三回とも選択肢を選ぶことになる。選択肢の内容は、劇の感想。「面白かった」、「普通」、「つまらない」、この中から正解を一つ選ぶのだが、この正解を導き出すヒントがどこにもない。セーブとロードを繰り返して、見つけるのが攻略の仕方であった。


 よくある流れではあったが、アルフレッドはそう簡単な男ではなかった。最初と二回目の劇は「つまらない」が正解の選択肢で、最後の劇だけは「面白かった」が正解なのだ。


 アルフレッドは基本、劇があまり好きではない。「付き合いなどで、仕方なしに観劇することが多い」と、二回目の観劇終わりに教えてくれるので、多くのプレイヤーは続けて三回目も「つまらない」を選ぶ。しかしながら、三回目はアルフレッドが唯一好きなジャンルである悲恋であったため、正解の選択肢は「面白かった」だったのだ。ロードして戻ればいいだけだが、その作業が地味にイラつかせるので、詐欺師だと話題になった。


 ゲームのことを思い出しているアシュリーを、ボックス席の扉を叩く音が現実に引き戻す。アシュリーが返事をすると、扉が開く音がした。挨拶するために、ドレスを整える。


 それにしても、なんだか今日はアルフレッド関連のネタが多い。夢といい、この劇といい、何かが起こる予感しかしない。


 そして、その予感は的中した。



「……あれっ、アシュリーどうして君が」



 思いもしない声に驚愕しながらアシュリーは振り向く。そこには少し髪の毛を乱したアルフレッドが、同じように驚いた顔をしながら棒立ちしていた。

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