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第11話

 中央の舞踏スペースでは、多くの男女が優雅に舞いながら、会話を楽しんでいた。その中でアシュリーは浮かないよう、一生懸命ダンスに興じていた。


 アシュリーはなんとかステップは踏めるものの、ターンになると話は変わってくる。思うように回転することができないのだ。身体の重さがダンスのスピードについていけない。


 やはり誘いに乗らなければ良かった、と心の中で思ってしまう。すると、ジェラルドが行動に出た。アシュリーの背中と手に重ねている自身の手に力を入れ、腕力や脚力を総動員し、力業でターンを補助してくれたのだ。


 近くで見たら、繊細さ皆無であることがすぐに分かる。だが、遠くから見たら、普通にダンスを踊っているように見えるだろう。


 アシュリーは礼を述べると、ジェラルドはウインクしながら「自信あるって言ったでしょ」と得意気に言った。



「私の相手を出来るのは、ジェラルド様以外いない気がします」



 騎士の鍛えられた筋肉がないと、今のアシュリーとワルツを踊ることはできないことがよく分かった。フィルエンドと踊ったら、ワルツもどきになりそうだ。外から見て違和感のないワルツは無理だろう。



「大丈夫、大丈夫。今着てるドレスがもっと緩くなれば、殿下とだって踊れるよ。入学式前にあるオリエンテーションの舞踏会、きっと楽しい時間になるよ」



「そうなるように、頑張ります。あの、舞踏会が近づいたら、ダンスの練習にお付き合いいただけますか……?」



「もちろん! アシュリーちゃんの夢を今一番応援しているのは俺だからね」



 ジェラルドは踊っている最中だというのに、器用に大きく頷く。


 その迷いのない回答にアシュリーは、どうして、と思わずにはいられなかった。なぜここまで応援してくれるのだろうか。自分は何もジェラルドにしてあげられないのに。


 目の前の微笑む騎士を見るのがなんだか辛くなってしまい、顔を背けてしまう。こんなに甘えてしまって良いのだろうか。


 その後もフィルエンドの騎士時代の話や、最近読んだ小説の話などで盛り上がりつつ、楽しい時間が流れる。このまま無事に終わるだろうと思っていたアシュリーの耳に、突然嘲笑う声が聞こえてきた。



――――あの格好でよくジェラルド様と踊れるわね。



――――存在感が誰よりもおありだこと。



――――恥ずかしくないのかしら。



 声がした方を向くと、扇子で顔を隠しながら笑い合う二人の令嬢がいた。名前は挙がっていないが、ジェラルドと踊っているのはアシュリーだけ。アシュリーのことを言っているのに違いはなかった。


 きっとアシュリーのことを知らない新興勢力の娘だろう。王家との信頼も厚いウェストビー公爵家の令嬢に、喧嘩を売るなんて愚かにもほどがある。現に、今まで参加していたパーティでアシュリーの悪口を言う人は誰一人いなかった。今更ではあるが、公爵家の威光に守られていたことにアシュリーは気がつき、自嘲する。なんて自分は無力なのだろう。


 アシュリーは二人の悪意ある発言に傷ついたが、否定はできなかった。前世の夢を見た直後、自分でも絶望したぐらいの体形だ。彼女らは難癖をつけているのではなく、事実を悪意ある表現で述べているだけなのだ。


 お世辞もいらないが、悪意もいらない。放っておいてほしいのだが、そうはいかないようだ。


 「やっぱり、転生先を間違えたわ」とアシュリーは思うも、今までの努力とジェラルドの応援を考えたら、全てを否定することは憚られた。理想的な転生生活とかけ離れてはいるが、あの夢を見てからの日々は決して悪くはない。


 アシュリーは、これまでの日々に彩りを添えてくれている一番の立役者の顔を伺う。いつもと同じ穏やかな表情だ。どうやら、耳に入っていないようだ。


 アシュリーは安心すると同時に、申し訳ない気持ちになる。アシュリーと踊ることで、ジェラルドの評判が下がってしまったら、なんと詫びれば良いのか。


 思わず長いこと見つめてしまうと、ジェラルドが目を細めながら優しく声をかけてくれた。



「アシュリーちゃん、どうかした?」



「い、いえ。何でもないです」



「そっかそっか」



 ジェラルドはそれだけ言うと追求することなく、自分が参加した舞踏会の話をし始めた。



「そうそう、舞踏会といえばさ、俺たちが参加した代は食事が酷かったんだよ。端に立食用のテーブルが並べられていて、そこに料理が用意されていたんだけど、食べられたものじゃなくて。変に温かったり、水っぽかったりしてさ。アシュリーちゃんもたぶん、驚くよ」



「それは……、凄そうですね」



 水っぽい料理を想像しながら、さっき聞こえたことはもう忘れることにする。アシュリーは気を取り直して、ジェラルドの話に耳を傾けた。


 その後は特に何もなく、ワルツを無事に踊りきることができた。聞こえてきた発言を除いたら、とても楽しい時間だった。お礼を言おうとジェラルドに顔を向けたアシュリーは、思わず言葉を失う。ジェラルドからはいつもの柔らかい表情が消え、鋭い視線を一点に向けていた。



「あ、あの、ジェラルド様……?」



 不安になりながら声をかけると、ジェラルドの表情は普段のものに戻った。さっきのは一体何だったのだろうか。疑問に思ったアシュリーは、先程向けられていた視線の方を確認する。例の令嬢が二人いた。


 やはり、ジェラルドにも聞こえていたのか。嫌な汗が流れる。アシュリーは慌てながら、なんと言えば良いのか考える。まずは謝罪をするべきか。それとも気にしていないと伝えるべきなのか。



「アシュリーちゃん、ちょっといいかな」



 一人脳内で混乱しているアシュリーをよそに、低い声が響く。ジェラルドはそう言うと、先に歩き始めた。良い案が浮かばなかったアシュリーは、とりあえずジェラルドに続いて歩くことにした。もちろん、行き先はあの二人がいるところだろう。


 これから何が起こるのか全くアシュリーには分からなかったので、何事も無く終わることだけを祈った。

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