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第1話

 王都の中でも五本指に入るエリアに優美な屋敷があった。夜中だというのにその館の一室には明かりが灯っていた。部屋の主であるウェストビー公爵令嬢のアシュリーがまじまじと自身の姿を鏡で確認していたのだ。


 アシュリーは衝撃的な夢を見たばかりだった。自身の前世と言えば笑われるかもしれないが、そうとしか思えない夢であった。その衝撃で目が覚めたアシュリーは広すぎるベッドから飛び出し、部屋の明かりを灯してからドレッサーの前に立つ。そして絶望した。



――――ベタな交通事故で死ぬならせめて悪役令嬢に転生させてよ!



 そう思ったのはアシュリーの前世が死ぬと悟った時だった。そして前世が願った通り、見事、乙女ゲーの世界の、それも悪役令嬢に転生することが出来た。ここまでなら諸手を挙げて喜んでいただろう。だが転生はそこまで甘くはなかった。


 鏡に映るアシュリーの姿。大きな青い瞳に、美しいプラチナゴールドの髪。釣り目で気の強そうな、でも冷めているようなそんな雰囲気。アシュリーの前世もご満悦だろう、ここまでは。



「どうして、どうして、よりによってもどきに転生なのよ!」



 アシュリーは夜中なので自重しつつも叫んだ。叫びたくなるのも当然だった。彼女が転生したアシュリーは悪役令嬢とは思えないスタイルを持つ女性なのだから。


 アシュリーという悪役令嬢が登場するゲームは『王子様との恋するラブレッスン』というタイトルの作品だった。恋とラブが入っていてくどいと発表早々から話題になった作品で、貴族は強制、平民は試験を乗り越えた者が通う学園を舞台にしており、身分の高い男達を落としていくという内容のあまりひねりの無い乙女ゲームだった。


 タイトルだけの出落ちかと思われたその矢先、とんでもないキャラクターの紹介が追加され、色々な意味で盛り上がりを見せることになった。その原因となったキャラこそ、このアシュリーだった。


 メインヒーローのアルフレッド王子には婚約者候補がおり、それがライバル的立ち位置になるとだけ情報があったため、多くの人がアシュリーのことを「身を引く系令嬢」か「高飛車自爆系令嬢」のどちらかだろうと思っていた。


 しかしながらその実態は「勘違いモブ系令嬢」で横幅はヒロインの二倍という圧倒的存在感の令嬢であったのだ。その堂々たる登場からネットでは「横綱」と呼ばれ発売前から人気を博した。タイトル同様一発ネタかと思われたが、彼女の力量はそんなものではなかった。ゲームが発売されるとアルフレッド王子のあまりにも悲しい発言がさらに彼女の人気に火をつけたのだ。



――――ああ、アシュリーね……。彼女は自分のことを婚約者だとか唯一の婚約者候補だとか言っているけど僕はそんな風に思ったことなんて一度もないよ。彼女は、そうだな、言わば婚約者もどきってところ。



 なんという冷たい発言。残酷な発言。ネタキャラとして確立していたアシュリーの更なるネタ要素に作品ファンは歓喜し、そしてアルフレッド王子の好感度は下がった。


 乙女ゲーとしてあるまじき内容とファンの反応で大いに話題となり、そしてあっという間に空気になった作品がこの『王子様との恋するラブレッスン』だった。


 アシュリーは先程見た夢を思い出す。悟ってから死ぬまでに「悪役令嬢に転生して逆ハーレム築く!」とか「もしかしたらヒロインが転生者でビッチになるかもしれない! 断罪だ!」と思っていた。


 ああ、何ということだろう。それは全部不可能だ。そもそもハーレムを築き上げるには容姿が足りていない。ヒロインが運よく転生者でさらに幸運なことに男たらしだったとしてもモブ系横綱令嬢が断罪という盛大なイベントを起こすことが出来る訳がないのだ。


 アシュリーは嘆いた。色々と嘆いた。今日はアシュリーの15歳の誕生日。きっとこれが原因で夢を見たのだろう。アシュリーの前世も同じく15歳で、ちょうど誕生日の日が命日だった。


 昨日までのアシュリーは自分の姿に何の疑問も思わなかったが、前世の記憶が入り混じったアシュリーは鏡に映る自分の姿が許せなかった。


 ドレッサーからクローゼットへよろよろと向かい、中に仕舞っているドレスを確認する。今日の誕生日パーティに着るドレスだ。


 濃いめの青色をしたこのドレスは今流行の身体のラインが出るタイプのものではない。胸元は大胆にあいているものの、下の方は身体のラインが出ないよう布がいくつも重なり合っていた。デザイナーがトレンドを何とか入れようとした努力の跡は見えるが、やはり最近のドレスとは形が大きく異なっていた。


 身体のラインが出るようなドレスが流行る。すなわち、この世界では痩せていることが美しいと認識されていた。それなのにどういうことだろうか。このだらしない身体は。



「お父様もお母様もどうして言って下さらないの……。それどころかお兄様に限って言えばどんどん食べ物を勧めていたじゃない……」



 家族で太っている人は誰一人いない。異端なのは自分だけだ。どうして昨日までの自分はこの体型に疑問を抱かなかったのだろうか。アシュリーは大きく絶望し、そしてそのまま朝を迎えてしまった。


 アシュリーは誕生日パーティに出ることを拒否したが、当然上手く行くわけが無く、不機嫌なのか気まずいのかよく分からない表情でお祝いの言葉を受け入れていた。夢を見る前までのアシュリーなら彼女を褒める言葉を気持ちよく受け止めていただろうが、今ではむしろ彼女の機嫌を悪くさせるだけであった。


 お世辞にも態度が良いとは言えないアシュリーにあきれたのか、兄であるフィルエンドが部屋の隅にアシュリーを呼んだ。



「アシュリー、その態度はどうしたんだ。お前のことを褒めてくれているのに」



 片眉を上げながら言うフィルエンドはやけに決まっていた。母から受け継いだプラチナゴールドの髪はさらさらとまるで絹の様。瞳は父から受け継いだ翡翠の色をしている。そしてほどよく筋肉がつき、ほどよく細身で……。ただのイケメンであった。


 『王子様との恋するラブレッスン』に登場していたら、少しは作品の寿命も長くなっていたかもしれないのに。そうアシュリーは思いつつも圧倒的美醜の偏差値差を感じ、苛立ちを加速させた。



「褒めているとは思えませんわ。お兄様は何も思わないのですか? 私、こんな体型をしているというのに。お世辞なんていりませんし、かえって失礼です」



「何を言っているんだ! アシュリーはとても可愛らしいよ。特にふっくらしたところなんて、他の女性には無い魅力があると僕は思うよ」



 的外れな意見にアシュリーは頭を抱えた。



「お兄様の趣味が変わっているだけです」



 真実を告げるとフィルエンドは不思議そうな顔をした。自覚は無いのだろうか。



「そうかなぁ。でも、例えそうだったとしても、せっかく善意を込めてお前に優しい言葉をかけてくれるのだから、もっと愛想よくしなさい」



「善意だけとは思えないのですが」



 さっき挨拶してきた従妹は「あら、とても素敵じゃない。あなたにしか着こなせないドレスね」とあからさまな嫌味を言ってきたのだが、兄には見えていないようだ。



「もっと素直になっていいんだよ、アシュリー。君は僕の自慢の妹で、この会場の誰よりも素敵だよ」



 口説く相手を間違っている。アシュリーはため息を一つ吐きながら密かにそう思った。


 いつもなら機嫌を良くする妹の変化にフィルエンドは困惑し、かける言葉が見つからないようだった。そんな彼に助け船が現れた。



「アルフレッド殿下のご到着ー!」



 良く響く声の主はアシュリーの家の家令であった。王子の到着ということで会場は盛り上がりを見せた。フィルエンドは妹の愛する人が現れたことで機嫌が直ると思ったのか、弾む声でアシュリーに話しかける。



「アシュリー、ほら、殿下が到着したみたいだよ。せっかく素敵なドレスを着ているんだからご挨拶に行ってきなよ。殿下も褒めてくださるよ」



「……お世辞でしょうがね」



 可愛くない言い方をするとフィルエンドは少しだけ強くアシュリーの名を呼んだ。これ以上この場にいても意味がないと判断したアシュリーはフィルエンドの呼びかけを無視し、さっさとご挨拶を済ませにアルフレッドの元へと向かった。

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