忘れもの
人からの愛情
生きる希望
―――あの日、ボクが忘れたものは一体何だろうか。
***
木漏れ日が差す暖かい部屋の窓辺で壁に寄りかかり体育座りをしながらブックカバーをかけた本をぱらぱらと捲る。長年の念願だったひとり暮らしにも慣れ、静かな空間で本を読んでいると、さも当たり前というように、無遠慮に部屋に入ってきた腐れ縁の幼馴染。
「やっほー…ってまた本読んでるしぃ。いい加減なに読んでんのか教えてよ。」
「…来るなら来るで連絡入れてよね。あといい加減鍵開いてるからって、勝手に入ってこないで。本はキミが一生読まないもの。」
何かぶつぶつと言いながらビニール袋を片手にガサガサと音を鳴らし、荷物を下ろす幼馴染。ボクは視線を幼馴染に少しの間向け、その後すぐに本へと視線を移す。
「これ、買ってきたから食べてね。」
「ありがとう」と短くお礼を告げる。幼馴染はその後、グイっとボクの前まで来るなり、
「ねぇねぇ、自分は今果たして『自由』なのだろうか。また、『自由』の定義はなにか。あんたの意見を聞きたいな。」
急に飛んできたその質問に対して、
「自分は今『自由』ではない。だって、生きているから。じゃあ、『自由』の定義はなにか?なにを考えずに、モノにふれないということ。この答えじゃ、満足できない?」
ボクは目の前で頬を膨らませている幼馴染に、視線を変えないまま答える。そうすれば、ため息のようなものが聞こえた。直後、ガッと勢いよく頭の側面を両の手で摑まれ強引に上に向けられる。グギッと骨の音がし、小さな痛みが走る。
「な、にすんの?」
「あんたはそれでいいの?」
少しの嫌悪感を隠す気もなく声色に出す。しかし幼馴染の少女は気にしないというようにそのまま光輝く瞳に、ボクを映しながら力強く言い放った。
「それでいいって、なにが?これがボクの出した答えだから当たり前だろう。」
「そういうことじゃなくって!それってつまり『自由』なときって死ぬときってことでしょ?!」
「まぁ、そうなるね。」
「っううう、もうっ!バカ!!」
その言葉とともに素早い平手が飛び、右頬に熱が集まった。叩いた本人は振り返ることもせず、大きな戸が閉まる音を残して去って行く。ジンジンとする頬を押さえながら、
「欠陥品だから、しょうがないよ…。」
零れた言葉も一瞬見えた幼馴染の泣き顔も、全部全部無かったことにしてしまえ。そう心の中で言ってボクは、本をまた読み進める。
(早く『自由』になりたいな…。)
***
そもそもボクは世の中の「穢い部分」に幼少の頃から触れすぎてしまっていた気がする。
ボクが産まれてすぐに離婚した両親。なのに同居しながら喧嘩を繰り返すふたり。ボクより4,5年早く産まれただけで偉そうにする兄弟。自分を棚に上げ何も見えていないふたり。年を重ねるにつれ、表面化する家庭内での暴力等。まず、家族という縛りからおかしかった。
家庭内の中では常に劣等に位置し、行動は最低限に制限される。普通の人だったらこの時点で、『自由』ではないと思うだろう。だけどこんなもん耐えられるし、どうでもいい。ボクは…。
学校に行っても、人の悪意が判ってしまうから友達というものをつくる気にもなれない。寧ろ信じようと思ってみた途端、裏切りに遭う。すべての責任をボクに押し付けて知らないふりをした。そのとき解った
(ああ、結局この程度なんだな…。)
って。
そこから不登校になれば、ボク達を引き取った父親にいろいろ言われ、先に不登校になった兄たちからは価値もないような眼で見られた。常に誰かと比較され、生きている価値も解らなくなった。
バイトをすればさらに「社会」に触れる。ボクが幼すぎたのか、「大人」が悪かったのか今は知りもしないが、ボクは完全に答えを見つけてしまった。だけどこれだけは言わせてもらう。経営者は、労働者に感謝をしろ。だけど労働者は調子に乗らず、働かせてもらうことに感謝しろ。信頼関係を築けなければ、仕事なんて成り立たない。当たり前を当たり前に思うな。
ボクが知ってはいけない、気付いてしまってはいけない答えは、『死』という救済であり、『自由』だった。
この時点…というよりも産まれたころから、ボクは『自由』が欲しかった。だけど、その答えは残酷だった。人生がボクを捻じ曲げて、未来を奪った。
今までこの答えに気付いた人たちはみな、『自由』に慣れたのかな?そう考えると「『自由』になりたい」という欲求が滝のように流れてくる。ボクがいつも読んでいる本、それは――――――。
***
完全自殺マニュアル――――。
そしてあの幼馴染はいつもボクがこの本を読んでいるときに、家を突発的に訪れる。そして、必ず何か買ってくる。その中にはボクが好きなお菓子だったり、飲み物だったり。その中に必ずレシートも入っている。
ボクは幼馴染が置いていったビニール袋を持ち上げ、側面に書かれている文字を見る。そこには「LIFE」。
これはボクの自殺したいという気持ちに気付いているのだろう。そしてボクの『生』を祈ってくれている。優しすぎる、人の悪意を知らないあの幼馴染。だからこそボクではない誰かと幸せになってほしい。
そんなことを思いながら今日もレシートを見る。いつも通り普通なんだろうなと思ったが、今日は裏面に黒ペンで付け加えられている。ボクは携帯を持って走り出した。
***
あいつが死にたがってるのは気付いてた。だけど認めたくなかった。なのに、今日あいつは『自由』になるには『死』しかないと言った。それは、死にたいと面と向かって言われたということだった。思わず叩いてしまった。
ていうか、そもそもあんな万年病んでて鬱な人好きになる予定なかったのに。本当に人間って単純だよね。たった一言。
「そのままでいいよ。」
その一言でわたしを救ってくれたのは、あいつだけだった。もう十何年片想いで、叶わない初恋で。バカみたい。
わたしは、あいつの家から近くの公園でブランコで足をブラブラさせ、頭を抱えていた。
「ああああ。どうしよう、絶対怒ってるって。あああああ、もう!そもそもあいつが。」
今日渡したレシートみてあいつはどう思ったのかな?
「あんなのプロポーズじゃんほとんど!?わたしバカなのか?!うん、バカだな!!」
ひとり悶絶していると、
「ほんとだよね。変な奴だし、バカだよお前。」
「!?」
聞こえた愛しい人の声。何かぶつぶつと言いながら、レシートを見せてきた。
「―――。」
わたしは一筋の涙を流しながら、精一杯笑った。今までで一番の笑顔だったと思う。
***
「なんてこともあったな…。」
「何が?」
白く輝くドレスとタキシードに身を包んだふたりが幸せそうに微笑む。男はその瞳に女を映しながら、手を差し伸べる。
「佩、愛してるよ。ボクを『自由』にしてくれてありがとう。」
「『自由』なんていくらでもあげるよ。幸となら『自由』もあるんだから。」
そう言ってふたりは―――――。
『ねぇ、さっき何を思い出してたの?』
『あの日くれたレシートのことだよ。』
『懐かしいね、まだ持ってたんだ。』
『ねぇ、あのレシートの裏なんて書いたか覚えてる?』
『!?覚えてないっ!!』
『そっか、残念だな…。ボクはもちろん覚えてるよ。確か…。』
『―――If you will live with me, call my name』
最後ふたりがとった選択は考えてください。
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