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青春の影  作者: noir99
7/10

7.

 



 椎名からはっきりと並木が好きだという言葉を聞いたとき、高頭は何かが終わるように感じた。

 自分の椎名への長年の思いを断ち切れるものならば断ち切りたいと思った。


 あの日以来、一切椎名への干渉をやめた。

 四六時中眺めることもやめた。


 関わらなければ、この思いも次第に薄くなり、しまいには忘れてしまうんではないかと思っていた。


 しかし、ふいに椎名が視界に入ったとき、その視線を外すことのできない自分がいた。

 椎名を抱きしめたとき、椎名に口づけたときの感触がよみがえり、体が熱くなる。

 今思えば、椎名相手によくあんなことできたもんだと高頭は思う。


 忘れようとすればするほど、気持ちは昂り、否定しようとすればするほどに、気持ちは増幅していった。

 椎名に対して、無関心を装うことに気が狂いそうになりながらも耐えた。


 自分からの干渉が止み、安心しきって、並木を見つめる穏やかな椎名の横顔を何度も見て、歯ぎしりをした。

 自然と体が目が椎名の姿を追っていた。

 椎名を探していた。


 放課後の図書館で、本を探す椎名を本棚の本の隙間から眺める。

 椎名は自分に気づいていない。

 そこに並木がやってきて、椎名に声をかけたとき、心臓が止まりそうなほど嫌な予感が駆け抜けた。


 二人が約束をかわし、椎名がはにかんだとき、そのはにかみがこの上なく可憐で、神々しく見えた。

 でも、それは自分のためではなく、愛する別の男に向けられたものだった。


 どうやったら、あの笑顔を自分のものにできるのか。

 考える先からむなしくなる高頭であった。



 ◇◇



 並木と一緒に山に登る。二人きりで。

 そのことを想像するたびに、椎名は身もだえするほど、うれしい気分になった。

 寝ても覚めても、そのことで頭がいっぱいだった。

 早く日曜日が来ないかとワクワクする気持ちが止まらないまるで小学生のような気分だった。

 好きだという気持ちを悟られてはいけないので、ある意味辛い時間であるはずなのに、そんなことに頭が回らないくらい椎名は有頂天になっていた。


 待ちに待った日曜日が来て、椎名はいそいそと出かけた。

 並木は先にきていた。

 背が高く、体も大きいので目立つ。

 椎名を見つけると並木は大きく手を振った。

 椎名は、胸がいっぱいになりながら、並木の元へ駆け寄る。


「おはよう! 椎名! 今日は絶好の登山日和だぞ! がんばって登ろうな」


「はい」


 椎名は、この上ない笑顔で答えた。

 こんな笑顔は初めて見るなと並木は内心驚いた。

 今回、山登りに誘ったことは、成功だったと確信した。


 二人が出発しかけたその時だった。二人が予想だにしない人物が現れた。


 高頭 諒一だった。


 二人を見て、ぶっきらぼうに「何してんすか?」と問いかけてきた。

 並木は焦りながら、「山に登ろうかと思ってな」と答える。

 椎名の表情から一瞬にして笑顔が消え、青ざめながら高頭を見つめている。


 並木は、まさかいじめの中心人物にこの場を発見されるとは夢にも思ってなかった。

 高頭は、ニヤッと笑い、「俺も一緒に行きたいです」と並木に向かっていった。

 並木が、困ったように「ん~~」とうなり、返事につまった。


「先生に相談したいことがあるんです。二人で話したいんです」


 椎名が、高頭をまっすぐ見ながら言った。

 でも、高頭は椎名のほうには目もくれず、並木だけを見て聞き返す。


「先生と生徒が、校外で二人きりで何の話ですか? 何するつもりですか?」


 高頭の冷静で澄ました何もかも見透かしたような表情に心底椎名は腹がたった。

 わかってるくせに、なんで邪魔をするのか。

 ここにきて、1か月の平穏が崩れ去るような気がした。

 高頭は、何も変わっていない。

 自分を追い込む機会を虎視眈々と狙っていただけだ。

 椎名は、高頭の姑息さに反吐がでるほどの胸糞悪さを感じていた。


 並木は、どこかで椎名を特別扱いしようとしていることに負い目を感じていた。

 それを、高頭に見事に指摘されて、教師として失格の烙印を押されるような後ろめたい感情に支配された。

 並木は、椎名のほうに目をやり、椎名に申し訳なさそうな表情をしながら、声をかける。


「まあ、別に怪しいことは何もないんだけどな。

 なんというか、その、学校では話しにくいこともあるからな。

 ちょっと気分転換というか・・・、本当にやましいことなんてなんもないんだ。

 当たり前だけど、俺も椎名も男だしな。

 変な想像はやめてくれよな」


 並木は、苦笑いをしながら、冗談を交えて話したつもりだったが、椎名にとってそれは目の前に突き付けられた現実そのものだった。

 そう、何もないのだ。男同士なのだから。

 並木の中に、自分がそういう対象として微塵も映ってないことが、わかっていながらもひどく悲しかった。


「じゃあ、いいじゃないですか。

 俺に聞かれたらまずいことでもあるんですか?

 同じクラスメートとして、もし椎名が何か悩んでることがあるんなら、力になりたいです」


 よくもまあそんな心にもないことを言えるもんだと椎名は呆れた。

 高頭は、畳みかけるように並木の説得をし始めた。


「椎名は、いつも本ばかり読んでて周りとあまり交流しようとしないから、ずっと心配だったんです。

 こんな風に話せる機会があればと思ってました。

 二人だと椎名も緊張するかもしれませんが、先生がいてくれればもっと気軽に話せるかもしれません。

 だから俺も連れてってください。」


 椎名は、怒りで体が震えていた。

 自分自身を追い込み、いじめぬいておきながら、いけしゃあしゃあと先生の前では優等生のふりをする。

 いかにも心配するふりをしながら、こいつはいつも背中から刺してくるのだ。


 並木は、断る理由が見つからず、どうしようもないと悟り、「椎名、高頭がこう言ってる。一緒に連れて行ってもいいか?」と尋ねた。


 椎名は、この登山が地獄のような時間になると予想できたが、並木と一緒にいれる時間でもあり、こんなにも身近に感じられる機会を失いたくないと思った。


「いいですよ」


 ただ、一言それだけ椎名は応えた。


 誰の本当の思いも誰も全く気づいていない不毛な3人の登山が始まった。



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