6.
抱きすくめられた椎名は、高頭を突き飛ばした。
その力の強さに、高頭は驚く。
「言えよ! 言いふらしたいなら言えよ!」
初めてだった。
椎名が、まっすぐ高頭を見たのは。
その目からは、涙があふれ出している。
「並木が・・・好きだよ・・・。どうしようもないんだ・・・」
最期通告のような椎名の言葉に、高頭は絞首台の床が抜け落ちるような感覚になった。
椎名が最後のカードを切り、返す言葉を失った。
機械室の壁によりかかり、高頭は空を見上げた。
泣き続ける椎名との間に、沈黙が続く。
椎名が、手の届かない遠くへ行ってしまったようだ。
高頭の知らない椎名がそこにいる。
「わかった。ごめん」
高頭は、そう言い残し、その場を去った。
椎名は、突然取り残され、高頭の一連の謎の言動に振り回され、混乱の坩堝にいた。
(なんだったんだよ、今の・・・)
強く、抱きすくめられたときの高頭の太い腕と厚い胸板の感触がまだ残っている。
そして、何より・・・そのあとの押し付けられた唇の感触が、生々しく残っており、椎名は目をつぶって首を大きく横に振った。
(嫌だ嫌だ嫌だ!!)
椎名は、高頭に汚されたという感覚しかなかった。
高頭の椎名への想いは、何も伝わらなかった。
この一件は、椎名の高頭への嫌悪感を増幅させたに過ぎなかった。
◇◇
高頭に対して、啖呵を切ったもののやはり、並木への想いを言い触らされて、世間からさらなる好奇の目にさらされるのは嫌だった。
そして、何よりも並木にばれるのがこの上なく嫌だった。
拒絶されるのが怖かった。
この純粋な想いを否定されるのが、辛かった。
ただ、椎名の予想とは裏腹に、あの後も高頭は誰にも一切この件については、言わなかった。
それどころか、あの日から椎名にちょっかいは一切出さず、見ているそぶりもなかった。
完全に、椎名への興味がなくなったようだった。
何事もない日々が1週間ほどすぎて、椎名はほっとしたと同時に、逆に高頭のことが気になりだした。
どうしても高頭を信用することができず、何か企んでいるのではないかと思ったからだ。
いつかとんでもないことになるのではないかと冷や冷やする日々を過ごしたが、椎名の予想に反して、何も起こらなかった。
高頭の椎名への過度な干渉がぱったりと止み、それにつられてクラス全体のいじめもなくなり、長かった冬の時代が終わりをつげて、ようやく平穏無事な学校生活を送れるようになった。
椎名にとっては、15年ぶりにようやく訪れた春だった。
◇◇
並木は、椎名のいじめの話し合いが失敗してからというもの、椎名にどう接していいかわからなかった。
相変わらず、本の世界に入り込み、周りを拒絶している椎名には取りつく島もなかった。
自分を見ると逃げ出してしまい、目が合うと避けられる。
困ったもんだと深いため息をつく毎日だった。
ただ、ある日を境に、その状態に少し変化が訪れたのを並木は感じていた。
並木が椎名から目を離したとき、じっと並木を見つめる椎名が窓越しに見えたからである。
その表情は、穏やかで、男であるというのに、可憐な少女のような雰囲気だった。
そのまっすぐな目に、並木は普段の冷静さをかき乱されるような感覚に襲われた。
なんなんだ、この子は。
なんでそんな目で俺を見る?
並木は、普通の妻帯者の男であったため、椎名が自分に想いを寄せているなどと思いもしなかった。
男が男を好きになるというそんな世界は、遠いどこかの自分とは全く関係のない世界であり、自分の身に起きることとは思ってもみなかった。
話しかけようとすると避けられて、近づこうとすると距離を取られる。
でも気づくとずっと見られている。
並木は、この状態がなんとも居心地が悪かった。
一度、腹を割って椎名とは話をしなければと思っていた。
突然その機会が訪れたのは、話し合い失敗の一件から1か月経過した日の放課後だった。
図書室で、読む本を選んでいる椎名を並木が見つけ、急いで駆け寄り声をかけた。
「もう一度、話をじっくりさせてくれないか?」
急に並木が、話しかけたのが、びっくりしたのか椎名はたじろいでいた。
大きく目を見開いて、並木を見てすぐ、目をそらした。
断られるか・・・。
並木は、また失敗したのかと思った。
が、並木の予想と反して、椎名はこっくりとうなずいた。
それどころか椎名から信じられないことを言った。
「学校で話すのは、嫌です。誰かに聞かれたり見られたりするのが怖いです。
学校以外でならいいです」
並木は、困った。
基本は、学校での出来事は、学校内で解決するのが得策だと思っていた。
一人の生徒だけ特別扱いをするのはどうかと思われた。
でも、勇気を振り絞って自分との話し合いに応じてくれた椎名の思いに応えたいとも思った。
「山、一緒に登らないか?」
並木の突然に誘いに、椎名は驚いた。
「初心者でも簡単に登れる山だから。頂上はすごく見晴らしがよくてな。
まあ、人はそんなにいないから、気にせずのんびり話せるぞ。
ピクニックみたいなもんだと思えばいい」
そういって、並木はにっこりと椎名に笑いかけた。
椎名は、並木と二人きりで話しができるうえに、長時間一緒にいられるということに胸が躍った。
でも、この喜びを並木に悟られてはいけない。
必死で、笑いそうになるのをこらえながら、平静を装い、椎名は「はい」と返事をした。
「じゃあ、善は急げだ! 今週の日曜日朝8時に、S駅前集合で。
歩きやすい格好でこいよ。そこまで高くない山だが、天候が変わったときのために、一枚羽織るもの忘れずに。
あと水とな!」
並木は、張り切っていた。
椎名は、そんな並木を見て、少しはにかんだ。
この二人の会話を、高頭が図書室の本棚に隠れて聞いていたことを、二人は知らなかった。