5.
放課後の時間になった。
高頭から校舎裏に来るように言われていたが、別に行く義務はない。
椎名は、どうするか迷っていた。
とりあえず、帰り支度をして、カバンをもって教室から出ようとした。
そのとき、ぐいっと腕をつかまれた。
「帰るなよ。校舎裏に必ず来い」
高頭だった。
並木よりも低く、大人びた声だった。
この声が聞こえるたびに、ビクビクしていた。
ナイフよりも鋭利で、氷よりも冷たい椎名の心をえぐるような言葉でいつも攻撃してきた。
蔑まれ、罵倒され、笑われて、この声がいつもクラスを扇動してきたのだ。
椎名は、観念したかのように力なくうなずいた。
「後から行く。先に行っとけ」
高頭の乱暴な物言いに、椎名はいちいちびくつきながら、教室を出た。
一体、話とはなんなのか。
並木のことだとしたら、どうかわせばいいのか頭の中でぐるぐる考えながら校舎裏へやってきた。
人っ子一人いない。
一日中太陽が当たらない校舎裏は、ひんやりとした。
コンクリートと湿った土の独特の香りが漂っていた。
「おい、こっちこい」
振り向くと高頭がいた。
校舎裏にある機械室の裏に連れていかれた。
「ここなら、誰にも聞かれずにゆっくりできるだろ」
高頭が独り言のように言うのを椎名はすぐ横で返事もせずに聞いていた。
高頭は、椎名の無反応な態度に呆れた。
「お前、ほんとに俺のこと嫌いなんだな」
なぜそんな当たり前のことを聞いてくるのか椎名には理解できなかった。
今までのことを考えても、好きなはずがない。
高頭は、相変わらず目もあわせず、返事もしない椎名を寂しそうな表情で眺めた。
「並木って、男だけど、お前男好きなの?」
高頭がぶしつけな質問をしてくる。
いい加減苛立った椎名が反論する。
「だから、並木のことは好きでもなんでもないし。僕はこんな感じだけど、男には一切興味ないから」
「俺にも興味ない?」
椎名は、高頭の言ってる意味がわからなかった。
興味もへったくれもない。この世で一番嫌いなのだから。
「この世で一番嫌い」
椎名は、しまったと思った。心で思ったことが口にでてしまった。
今まで言いたくてもどうしても言えなかったことだった。
高頭が、どうなるか恐ろしくて、顔を上げることができなかった。
「だろうな」
意外にもあっさりとした回答だった。
高頭は、椎名のはっきりとした拒絶に、こう答えるので精いっぱいだった。
怒る気力もなかった。
当然のことを、至極当然に言われたまでだ。
わかってはいても、高頭の心は深く傷ついた。
椎名の並木に対する想いとは、正反対の想いを抱かれていることに。
ここまでの拒絶を受けたのは、出会って以来初めてだった。
出会ってからずっと思い続けていた相手から、一番聞きたくない言葉を聞いた。
高頭の中で、何かが壊れる音がした。
もうどうでもよかった。
「並木のこと黙っててやるよ。男が好きなことも。
でも、その代わり俺の相手しろよ」
「相手って?」
「俺の好きなようにさせるってことよ」
「わ・・・わかんない。どういうこと?」
「こういうこと」
そういうと高頭は、椎名を抱きすくめて、無理やり椎名の唇に唇を押し付けた。
椎名はあまりの出来事に、手足がすくみ、呼吸が止まった。
しばらくして、抱きしめたまま、高頭が椎名の耳元で、「奴隷になれよ」と言った。
椎名は、この先待ち構えているいままでよりさらに残酷な仕打ちを思い浮かべて、身も心も震えたのだった。