3.
高頭は、自宅のベッドに横たわり、椎名のあの挙動不審な態度を思い返していた。
担任であるからなのかと思っていたが、人に興味を示さないあの椎名が、珍しく顔をあげて、教師の顔をよく見ていたことにずっと胸騒ぎがしていた。
椎名が何かを見ているとき、その視線の先には、必ず並木がいた。
3年で、ようやくクラスが一緒になり、高頭はこの先の一年のことを思うと胸が高鳴った。
常に、椎名がいる。何をしているのか常に見ることができる。話しかけることもできる。
この2年は、なかなか会えず、歯がゆい思いをした。
会っても、仲間とくだらないちょっかいを出して、さらに嫌われることばかりしていた。
いい加減そんな子供じみた自分に嫌気がさしていたころだった。
このクラス替えで、椎名の顔は青ざめているかと思ったが、なぜか嬉しそうな顔をしていた。
今思えば、並木が、担任だったからだろう。
自分とクラスが一緒になったことの絶望を上回るほど、椎名は並木が担任である喜びに浸っていたのだ。
あのときは、わからなかったが、今になって判明して、高頭は歯ぎしりをするほど並木に嫉妬した。
椎名が並木のことが好きなのだということを今日の出来事で高頭は確信した。
息ができない。
ずっと思い続けてきた相手が、見つめ続けてきた相手が、自分ではなく別の誰かを見つめ、心奪われているという事実。
嫌われて当然のことをしてきたが、自分に関心を抱かせ続けたくてやってしまったことだ。
自分のことだけで、椎名の頭の中をいっぱいにしていたつもりだった。
でも実際、椎名にとっては、高頭のことなど眼中になく、並木のことだけを考えていたのだ。
この数か月の自分が情けなく、自分に一切興味を抱いてない椎名に憎悪の念さえ湧いた。
悔しさと苛立ちで、気が狂いそうになりながら、椎名のことを考える。
考えれば考えるほど、身もだえするほどに、椎名への想いが再燃する。
そして、小学校入学式のあの時の椎名の笑顔がよみがえる。
今まで生きてきて、あの笑顔以上に美しいものを見たことがない。
時間が止まったように思えたあの瞬間。
どんなに憎んでも、どんなに恨んでも結局、高頭は自分の心から椎名を消すことはできなかった。
◇◇
椎名は、冷や冷やしていた。
今日の一件で、一番知られたくない相手に、自分の思いがばれてしまったんではないかということに。
何をされるかわからない。
クラス中に、ばらされるのか。
並木にばらすのか。
学校中に、男が好きなホモ野郎とののしられ、親にもばれて、並木にも拒絶されて・・・。
学校にも家にもどこにも居場所をなくして、自分はどうなるのだろう。
この思いがばれた瞬間、何もかも終わると覚悟していたのに。
なんで、ばれたんだろうか。
なんで、自分はあのときちゃんと否定せずに、逃げ出してしまったのか。
後悔してもしきれない。
椎名は、明日が来るのが怖かった。
高頭が、ニヤニヤと笑っている姿が想像できる。
最大の弱点を握られた。
この思いだけは、守り通したかったのに。
これだけが、自分の生きる希望だったのに。
椎名は、涙があふれてきて、止めることができなかった。
この思いに終止符をうち、なかったことにしなければならないのか。
こんなにも純粋で、こんなにも謙虚な思いなのに。
何も望んでいないのに。
想うことすら許されないのか。
椎名は、絶望した。
明日、自分は死ぬのかもしれない。
椎名は、ふとそんなことまで考えた。そこまで、この事態は椎名を追い込んでいたのだった。