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青春の影  作者: noir99
10/10

10.

 

 椎名は、自分に訪れた変化に戸惑っていた。

 最近、並木のことを考えるより、高頭のことを考えている時間のほうが長くなってきているのだ。

 あの吉永を振るほどに、好きな相手とはいったいどんな人物なのか。

 気になって仕方ない自分がいた。


 並木を見ても、そこまで心が高ぶらない。自分の心変わりを認めたくなかった。


 ふと視線を高頭に合わせると、高頭もこちらを見ている。

 視線が交わって、二人同時にそっぽ向く。


 そんなことが、ここ最近頻繁に起こっていた。


 高頭が、自分の目の前にくると、恐ろしく胸の鼓動が高まった。

 並木に感じていたあの高鳴りとは大きく違った。


 呼吸ができなくなるような。

 手足が緊張で固まるような。

 体全体が心臓になってしまったような。鼓動がはっきりと聞こえるほどだった。


 いじめられていたとき以上に、高頭を意識するようになっていた。

 他愛のない会話をして、高頭は去っていく。


 椎名は、まともに目を合わせられず、うまく回答もできなかった。

 おかしい。

 自分がおかしい。

 ずっといじめられて、急に優しくされ始めたから、戸惑っているだけだ。

 そう自分に言い聞かせてみたが、そんなの嘘ということは一番椎名がわかっていた。


 もう遠い昔のように感じるが、あの高頭に抱きすくめられ、キスまでされたということを思い出すと体から火が出るんじゃないかと思うくらい、熱くなった。


 なんで、高頭はあんなことをしたのか。いまだに椎名はわからなかった。

 ただ、何度もあのときの感触を思い出し、唇に触れるたびに胸が痛くなるのだった。



 ◇◇



 最近、高頭と椎名が一緒に話している姿を見て、並木はほっと胸をなでおろしていた。

 あの二人の間にあった何とも言えないよそよそしさは、喧嘩か何かをしていただけなのかもしれないと思うにいたった。


 現に、あの山登りの後、椎名に声をかけてみたら「いじめはなくなりました」と答えてくれた。

 さすがは、高頭といったところか。

 いじめの首謀者は、他にいて、高頭がなんとかしてやったのかもしれない。

 並木は、どこまでも鈍く、ポジティブな男であった。


 ◇◇


 高頭は、吉永の一件以来、よく椎名の元にやってきて話すようになった。

 昔のように、椎名が自分に一切興味のない様子じゃなく、意識しているように感じたからだ。

 あえて、目をあわせまいとしている様子が、ほほえましく、高頭の支配欲をくすぐった。

 明らかな椎名の変化に、戸惑いつつ喜んでいる自分がいた。

 このまま押し倒してしまいたい気分に何度駆られたかわからなかったが、学校ということもあり、なんとか抑えた。


 何度となく、気持ちを伝えようかと思ったが、そのたびに並木がちらついた。

 椎名の並木を見る目つきの穏やかさは、高頭に対するものとは全く別物だった。

 やっぱり、椎名は並木のことが好きなのだとそのたび思い知らされた。

 そして、高頭は高まった気持ちを抑え込むのである。

 毎日がその繰り返しであった。



 ◇◇



 そんな折の出来事だった。

 椎名は、登下校の際、何か強い視線を感じた。

 その視線は、ずっと後をつけてきているようだった。

 それは、毎日続いた。誰かにつけられているようだった。


 昔からこんな風貌のせいもあって、変質者に狙われることがあった。

 ここ数年なかったのに、急に現れた。


 いつもは、朝早くでて、陽がのぼっているうちに帰るのだが、今日は、文化祭の準備で、帰るころには夜9時近くになっていた。帰り道、街灯のないところもあるので、正直夜道を帰りたくなかった。


 誰かにつけられていることを、誰にも相談できずにいた。

 いじめはなくなったものの特別な友達ができたわけでもない。

 相変わらず一人であることは変わりなかった。


 親に連絡して、迎えに来てもらうことも考えた。

 高頭に一緒に帰ってもらうことも一瞬頭をよぎったが、断られたときのショックが大きそうで言えなかった。


 帰り支度をしたまま、なかなか教室を出ない椎名を見て、並木が声をかけてきた。

「もう遅いぞ、はよ帰れ」という並木の言葉を不安げな表情で受けた椎名が気にかかり、さらに並木はどうしたのか尋ねた。


「ここ最近、ずっと誰かに後をつけられてるようなんです。それが誰だかわからず怖くて」


 並木になら教師ということもあって、正直に話せた。


「そりゃ、まずいな。

 つけられてるだけか? 他になんもないのか?」


「はい、いまのとこ被害はないんですが、いつか何か起こりそうで・・・」


 椎名が深刻な表情で、並木に相談していたとき、文化祭の準備が終わって教室に高頭が戻ってきた。


「どうしたんですか?」


 椎名と並木のただならぬ雰囲気に、高頭が尋ねてきた。


「ちょっとな、椎名がもしかしたら変質者につきまとわれてるかもしれないんだ。

 心配だから、俺の車で送ろうかと思ってな」


「俺が、送り届けますよ」


「いやいや、お前逆方向だろ。

 それに、いくらお前が強いとはいえ、やっぱりまだ高校生だしな。

 生徒が危険を訴えてるのに、教師として動かないわけにはいかん。

 とりあえず、おまえも早く帰れ」


 高頭は、納得いかないという顔をしていたが、渋々帰って行った。

 椎名は本当は、並木ではなく高頭と一緒に帰りたかったと思っていた。

 しかし、並木の張り切りように気おされて、車で送ってもらった。


「朝の登校は、大丈夫だろうか。

 迎えにきてもいいけどな。俺が」


「いえ、朝は陽が昇ってからの登校ですから、そこまで怖くないです。

 僕も一応男ですから、なんかあったら戦います」


「ん~~、俺や高頭みたいなバカでかいのが相手でもやれるかぁ?」


 並木は冗談めいて笑った。


「いざというときは、やりますよ」


 椎名も笑う。


 やっぱり、並木といると楽しいと思った。

 自然体でいられる。安心できる。これまでにない穏やかな気持ちになれた。

 椎名は、やっぱり並木が好きなんだなと思った。

 でも、それは恋ではもうないかもしれないことも薄々感じていた。


 ◇◇



 翌朝、学校に行こうとした椎名は、玄関先で驚いた。高頭が、いたからだ。

 家は、学校を挟んで逆方向にも関わらず、朝早くから椎名を迎えに来ていた。


「よう」


 無愛想に、高頭が挨拶をする。


「お・・・おはよう」


 あまりに驚き、椎名は気おくれして、まともに礼も言えなかった。


「犯人いたら、俺が捕まえるから」


 高頭の目は、本気だった。

 その力強い言葉に、胸が高鳴り、締め付けられる感じがした。

 あの高頭が自分を守るためにここに来てくれたことの喜びに椎名は酔いしれた。


 しばらく、歩いてようやく口にできた。「ありがとう」という言葉。

「別に」の一言で、高頭に片づけられたが、それでも椎名はうれしかった。


「なんで、俺に相談しなかった」


 高頭が、ぼそっとつぶやくようにいった。

 高頭の機嫌がなんとなく悪い理由はそこにあったようだ。

 椎名は、得も言われぬどうしようもない愛おしさを感じた。


「ごめん、危ない思いさせたくなくて」


「大したことじゃねぇよ」


 高頭は、ぶっきらぼうに答えた。


「ほんとに、ありがとう」


「ああ」


 二人の間に、今までで一番の穏やかな時間が流れた。

 何も言わなくても相手の心がわかるようなそんな夢のような時間だった。


 しかし、突如として、その穏やかな幸福な時間を引き裂く輩が現れた。

 見知らぬ男だった。

 黒い革のパンツに黒のタートルを来た全身黒づくめで、銀縁のメガネをかけている。

 細い体がより細く強調されている。

 薄気味悪い印象のする青白い男だった。


「なに、君だれなの? 瞬君の友達?」


 なぜ、椎名の名前を知っているかわからなかったが、なれなれしい口調で話してきた。


「おめーこそ、誰だよ」


 高頭は、椎名を庇って男の前に立ちはだかった。

 高頭の大きく広い背中に守られて、椎名は胸が高鳴った。


「俺は、瞬君の運命の相手だよ」


 イヒヒヒと変質者がニタつく。


「警察呼ぶぞ」


「呼べば~? 俺は何もしてないよ。ただ瞬君を見守ってるだけ。運命の相手だから」


 こういう思い込みの激しい変質者は、相手にするだけ無駄なケースも多いが、下手に放置するとエスカレートしていく可能性もある。


 高頭は、一つ賭けにでることにした。


「瞬は、俺と付き合ってるんだよ。運命の相手とやらは、お前じゃなくて、俺」


 名前でいきなり呼ばれたことと、いきなりの運命の相手宣言に椎名は驚きを隠せなかったが、高頭は眉一つ動かさず、冷静だった。


「はぁ??? 何言ってくれちゃってんの? 高校生の坊やがわけわかんないこと言ってんじゃないよ。

 瞬君はね、もうずいぶん昔から俺のものって決まってんの。

 お前みたいなのに出る幕じゃねーの!!」


 変質者は、怒り狂って怒鳴り散らした。

 椎名はその狂い様に、心底恐怖を感じていたが、高頭は相変わらず落ち着いていた。

 この男は、何にも動じなかった。


「瞬君から、離れろ! 俺の瞬君に手を出すな!」


 とち狂った変質者が、高頭に殴りかかった。

 高頭は、椎名を背中で守って、一切、手をださなかった。

 ひたすらに殴られ続けた。


 きゃーーーっという女性の叫び声が聞こえた。

 大人の男が、高校生を殴り続けているのを目撃して、悲鳴を上げたのだ。


 その声を聞いて、椎名の母親が飛び出してきた。

 変質者の話は、親にもしていたので、すぐに状況を理解したようだった。


 警察にすぐさま通報し、男は逃げようとしたが、逃げている途中で警察に捕まった。


 高頭は、口の中を切ったようで、口から血を流していた。

 椎名は震える手で、その血をぬぐった。


「大したことじゃねぇよ」


 高頭は、相変わらずだった。

 椎名は、そんな高頭を見てその胸で泣いた。初めてだった。

 高頭は、号泣する椎名を強く抱きしめた。


 恐怖と感謝と愛情で感情がぐちゃぐちゃになりながら椎名も高頭の背中に腕を回した。


 この世界に残されたのは、自分たちだけのような感覚に二人は陥った。



「学校・・・ばっくれようぜ」



 高頭が、ぼそりとつぶやいた。


 椎名は、「うん」と高頭の胸の中でうなずいた。



 ◇◇


 二人で、手をつないで歩いた。

 なんだか不思議な光景だったと思う。

 男子高校生が手をつなぐという光景は。


 高頭と椎名は、しばらく歩いて、誰もいない河川敷にたどりついた。

 芝生に二人で腰かける。


 椎名がそっと高頭の頬に手を当てる。


 その手を高頭は握りしめて、自分の頬に押し当て、目をつぶった。

 その姿を見て、椎名の目からまた涙があふれ出す。


 高頭がゆっくりと目を開ける。


「泣くなよ」


 といって、握りしめた椎名の手に口づける。


「だって・・・、涙が止まらない・・・」


 泣き続ける椎名の涙を高頭がぬぐう。

 その手を椎名が握りしめた。


「椎名、好きだ」


 

 瞬間、椎名の目からまた涙があふれ出したが、うれしそうにはにかんだ。

 

 その笑顔は、高頭が小学校の入学式のとき、見た桜を見上げて笑っている椎名の笑顔そのものだった。



~ FIN ~



 

いかがでしたでしょうか。

最期まで読んでいただきましてどうもありがとうございました。


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