1.
※ 男性同士の恋愛を描いた作品になりますので、
苦手な方は、ご注意ください。
「なんで、椎名はいじめられるんだろうなぁ・・・。」
N高3年5組の担任の並木 隆は、放課後の誰もいない教室で、生徒の椎名 瞬を呼び出しそうぼやいた。
「僕が、女みたいでなよなよしてるからですよ。気持ち悪いんじゃないですか」
椎名はうつむいて、並木とは目も合わせず答えた。
「ん~~、いじめの首謀者っていうか中心は、誰なんだ?」
「同じクラスの高頭 諒一です」
高頭は、成績優秀でスポーツもよくでき、文武両道の優等生である。
明るく、リーダーシップにあふれ、生徒からの人気も高く、教師からの評判もいい。
椎名の口から高頭の名前が出て、並木は驚いた。
「ほんとに、あの高頭がお前をいじめてるのか? 」
「あいつは、賢いから周りからはわからないようにするんですよ」
「たとえば?」
「僕は唯一の友達だった長瀬をあいつのせいで失いました。
僕が、長瀬の悪口を言っていると吹き込んだんです。
僕は、そんなことしてないのに。
長瀬は、僕を憎むようになって、今では高頭の仲間になって僕をいじめる側です」
「証拠はあるのか?」
「そんなもの! そんなものあるわけないでしょう!
なんでそんな僕を疑うようなこというんですか? 本当のことをいってるのに。もういいです!」
椎名は、並木の制止を振り切って、教室を出て行った。
並木は、失敗したと思った。
せっかく、普段寡黙で何を考えているかわからず、人を寄せ付けない雰囲気の椎名が、やっと口を開いてくれたのに。
証拠と言ったのは、別に疑ったわけではなく、証拠があればそれをもとに高頭に話しもできたのにと思ったからだ。
並木は、頭を抱えた。
教師になって、5年。
県内有数の進学校に転勤となり、このN高にきて2年目。
みんな勉強熱心で、いじめみたいなアホらしいことにかまける暇のない生徒ばかりだと思っていた。
それが、先日、手洗い場で体操着に着替えた椎名が、制服のシャツを洗っている現場を目にして、いじめが行われていることを知った。
トイレにこもっていたら、上から水やらゴミをかけられて、制服が汚れてしまったという。
「誰がやったんだ」と聞いても、「わかりません」の一点張りだった。
それから、椎名の様子は気にかけるようになった。
いつもぼっーとしており、誰とも話さず、机に座って、本を読んでいた。
特別に教師が話しかけるのも違和感があるかと思い、並木は話しかけることができずにいたが、ちょうどトイレの前で椎名を発見し、放課後の呼び出しに成功したのだった。
今後、どう対応していくべきか。
高頭に話を聞くべきだろうか。いや、聞けば教師にチクったとかで、さらに椎名のいじめがひどくなるかもしれない。
それだけは避けたい。
どうするのが一番なんだろうか。
並木は、大きなため息をついた。
◇◇
椎名は、教室を出た後もずっと走り続けて、そのまま下駄箱まで来た。
椎名は、数学の教師であり担任の並木に、ずっと想いを寄せていた。
二人でどうこうなりたいとかそういう望みはもたず、ただただ、眺めているだけでよかった。
いじめられていることは知られたくなかった。
同情されるのが嫌だった。
一生徒として、ふつうに接してほしかったからだ。
どんな目にあっても、必死に我慢して、隠していたのに、あの日知られてしまった。
並木にいじめを知られてしまってから、並木の視線が自分に向けられていることに気づいていた。
自分を心配してくれてる。何度も声をかけようとしているのもわかっていた。
椎名は、うれしかった。
ほんとは、何もかも話してしまいたかった。
でも、恥ずかしくて。
並木のすらりとした体躯や筋張った腕や手が好きだった。
教室に響く低く穏やかな声も。
理知的で、スマートな語り口も。
広い背中も。
男が好きな自分を嫌悪することもあったが、並木へのこの想いはどうしても消せなかった。
気づいたときには、ずっと目で追っていた。
その並木が放課後自分を呼び出して、二人で話したいことがあると聞いて、椎名はついにきたと内心舞い上がっていた。でも、それを顔に出すことは必死で抑えた。
何もなくていいのだ。ただ、そこにいてくれて、眺めることだけで。
それなのに。
並木だけは、ちゃんと話せば、信じてくれると思ったのに。
並木すら、自分を疑った。
椎名は、手が震え、唇が震えていた。思い出しても今にも泣きそうだった。
そこに、ふらりと現れたのは、高頭だった。
「並木に俺のことチクったの?」
下駄箱によりかかり、椎名を上から見下ろす。
高頭は、並木と同じくらい背が高く、185cmを優に超す高さだった。
「別に」
椎名は、高頭を見もせずに、うつむいたまま答えた。
「お前、いつも並木のことばっか見てるよな」
並木のことを好きなのが、高頭にばれたのかと思い、椎名は一瞬呼吸が止まった。
「なんで?」
「別に見てないよ」
「見てるよ。しょっちゅう」
今日はやけにからむなと椎名は心の中で、思った。
どう切り抜けるか、自然に、並木のことを悟られることなく。
「好きなの?並木のこと」
単刀直入に聞いてきた高頭に、椎名は一瞬たじろいだ。
返す言葉を失う。
「ほ・・・ほっといてほしいんだ。お願いだから。僕のことは、いないものと扱ってくれていいから。」
「・・・・・・」
高頭は、何も言わず、椎名をじっと見つめている。
「アイツのことが、好きなのか」
もう一度、念を押すように高頭が、聞いてきた。
椎名は、たまらなくなって、靴箱から靴をとりだし、シューズをしまって、靴を履いた。
くるりと高頭に背を向けて、歩き出した。
何を言っても、ばれるような気がした。
何も言わず、歩き出すことでも察知されてしまいそうだったが、もう高頭の姿を見たくなかった。
高頭は、追ってはこなかった。
椎名は、そのまま自宅へと帰った。