8.おヒゲさんの暴挙
それから数日かけて、お師匠様に言われた通りアミ印の風邪薬をつくりました。たまたまカタリ村では風邪が大流行していたので、早速沢山の注文があり、すごくよく効いたと評判になりました。
私は大忙しで、同じ薬を何度もつくる羽目になりました。それはどれもお師匠様の手をわずらわせること無く成功し、二週間もすると、「アミちゃんの風邪薬ください」って来てくれる人もいるほどです。
お師匠様は他にも簡単な薬をつくるのは、私に任せてくれるようになりました。そのため私はこのところ、部屋の中から出ないで薬作りだけをしています。
「よし、良くできてる」
「はい」
お師匠様は私が作った栄養剤を確認すると頭をくしゃくしゃっと撫でてくれました。
こんな風にお師匠様に褒められるのは嬉しいはずなのですけど。
「お師匠様、私お役にたってますか?」
「ん? ああ。もちろん。ちょっと今立て込んでるからさ。お前がいつもの薬つくってくれると安心して留守が出来るから助かる」
「……そうですか」
お役に立っているなら、良しとしなくては。
そう思うのに、なんでかちょっと気持ちがもやもやしてしまうのです。
私が薬作りを任されている間、アミダはお師匠様から瓶の回収や畑仕事を頼まれているようでした。
それはそれまで私がやっていた仕事だったので、体力的には私はすごく楽にはなったのですが。お薬をつくるだけだと、あんまりお師匠様とお話しするタイミングがなくて。
しかも最近調子がいいので怒られないものだから、なんだか物足りないのです。私ってマゾだったのかもしれません。
簡単に言うと寂しいのです。お師匠様ともっとお話したい。怒られてもいいからこっち向いてほしいです。
「……って、アミダ、何やってんだ!」
でも怒られるのは、畑でドジを踏んでばかりのアミダばかり。窓の外からアミダがびしょ濡れになっているのを見て、お師匠様は外にかけだして行ってしまいました。
本気で羨ましいと思ってしまいます。
そんなお師匠様とアミダが、けたたましい音を立てながら家の中へ入ってきます。
「とにかく早く着替えろ」
「はひぃ」
お師匠様は、ご自分のワードローブの中から、小さめのものを取り出し、アミダに渡します。とは言え、お師匠様は大きいので、アミダが着ると腕も裾もたくさんまくらなければならないのですけど。
「アミ。俺とアミダ、ちょっと配達に行ってくるから」
アミダの着替えもそこそこにそう言い出すお師匠様。
「え? 私が行きましょうか?」
「いいよ。お前はこれ作っていてくれ。帰ったらチェックするからな。頼んだぞ」
「はぁ」
お師匠様は机から数枚のレシピを取り出し、私の手の上にバサリとのせます。最近ではレシピがあれば大抵の薬が作れるようになってしまいました。
一体どうしたっていうんでしょう。
思えば、アミダが出てきた日から、妙に集中力があるんですよね。アミダは、以前の私のようにドジばっかりですから、もしかしてアミダの中に私の浮ついた部分が入ってしまったんでしょうか。
今の私は、アミであってアミじゃないみたいです。お薬作りが得意になったのは嬉しいはずですのに、なぜこんなに寂しくて悲しいのでしょう。そして、興奮してお師匠様の周りを飛び跳ねるアミダに、もやもやした気持ちばかり感じてしまう自分も、なんだかとても嫌です。
「じゃあ、行ってくるな」
お師匠様がアミダを引っ張るようにして出て行きました。今日は何のお薬の配達でしたっけ。最近作ったのは風邪薬、栄養剤、睡眠導入剤、腹痛の薬、傷薬。どのお薬がどのお宅に行くのでしょう。お薬づくりができるようになったのは嬉しいですが、お客さんのことがわからなくなるのは問題かもしれません。
お師匠様が帰ってきたら、どこに配達したか教えてもらいましょう。お客さんの事をよく知ることで、新たに必要なお薬を考えることもできるでしょう。
誰もいなくなった部屋で、私はレシピとにらめっこします。
今日作るお薬は虫除け剤のようです。畑に使うのでしょうか。
私は、材料を集めるため、貯蔵部屋やら畑やらを行ったり来たりしました。ようやく全部揃ったところで、鍋を火に掛けます。
と、その時です。トントンと扉が叩かれました。
お師匠様は出がけに、「札はクローズにしておくから。誰か来ても出なくていい」って言っていたので、きっと出なくてもいいのでしょう。
気にせず薬草を切り刻んでいましたが、なかなかノックの音が止みません。
もしかしたら緊急のお客さまでしょうか。
私は火を止め、両手を綺麗に拭いてから玄関を開けました。
「はい。魔法のお薬屋ですよう」
開けた途端に、タプンとしたお腹が見えました。そのまま視線を上にあげると、いつぞやの太っちょおじさんが立っています。この間、お師匠様と畑で口論していましたよね。
「あのいま、閉めてるんですけど。お急ぎの御用ですか?」
「アンタが、イーグさんのお弟子さんのアミさん?」
「はい」
おじさんは、顎のヒゲを撫でるように触っていました。そうそう、おヒゲの事、褒めてあげようと思ってたんですよ。
「おじさん、おひげが……」
素敵ですね、と言いかけたところで、おじさんのじろじろと上から下まで値踏みするような視線に、言葉がでなくなってしまいました。なんだかちょっと怖いです。
「ふうん。こんな普通のかわいいお嬢さんなんだな」
「え? えへへ。可愛いですか?」
このおヒゲさんは全くタイプではありませんけれど、褒められるのは嬉しいものなのですね。
「これなら簡単そうだ」
おヒゲさんは口元を嫌な感じに歪めたかと思ったら、指先をパチンと鳴らしました。すると三人の黒い服を着た男の人たちがが後ろから現れて、私を一斉に取り囲んだのです。
「え? ええええ?」
「悪いが、一緒に来てもらうよ」
いやいや、悪いと思ってるならやめてください。
「ちょ、やー」
「デカイ声出すなよ」
叫ぼうとしたら、薄布で口を塞がれてしまいました。困ります、薬だって作成途中ですのに。誰か助けてください。
「もがもが、むー!」
そうこうしている内に、手首を縛られて、眼隠しをされ猿ぐつわをかまされて、馬車の荷台っぽいところに積まれてしまいました。空気がモワッとしているのでおそらく幌のついた荷台です。しかも、半端無く埃っぽい。
一体何なんでしょう、この急展開。
「悪いな。怨むならイーグさんを恨めよ」
おヒゲさんは悪者の定番みたいなことを呟くと、幌をぴっちりと閉めてしまいました。
私は荷物らしきものを背もたれにするように上半身を起こした状態で積まれたのですが、逃げ出したりはちょっと難しそうです。
うもー、おヒゲさんは悪者だったんですね! 一瞬でもおひげの事を褒めてあげようなんて、優しいことを思わなければよかったです。
馬車は時折石ころをふんずけてしまうのか、大きな振動を荷台全体に与えて進んでいきます。その度に、私はバランスを崩して転がってしまいます。ああんもう、腰が痛いです。一体どこへ連れて行かれるんでしょう。
お師匠様に心配をかけてしまいます。お留守番もまともに出来ないなんて、私ってなんて役立たずなんでしょう。
「……うう」
帰ってきて、「アミのやつどこに行った!」と怒るお師匠様を想像するだけで悲しいです。
違うんです。サボったわけじゃないんですよ。お師匠様嫌わないでください。
馬車はなかなか止まりません。こんなに長い時間ってことは、カタリ村から出てしまっている気がします。そうしたら、私、もうパパにもママにも会えないんでしょうか。
考えれば考える程空恐ろしくなって来たので、私は目をつぶって無心になることにしました。
先が見えない状態で不安だけ膨らませても仕方ないです。お薬の作り方でも反復していましょう。