7.アミの才能
さて、それでは風邪薬を作りましょう。まずは貯蔵部屋に行き、材料を調達します。
干した薬草を探しているところで、先日私がこそっといただいたのが、イモリではなくヤモリだったことにも気がつきました。
どうして私ってこう、うっかりなんでしょう。あまりにも色んな間違いが混ざっているので、分裂剤をどうやって作ってしまったのか分析しようにも分からなくなるばかりです。
必要な干し薬草を木のトレイに並べて顔をあげると、窓から薬草畑が見えます。お師匠様が朝な夕なにお世話をしているので、色んな薬効のある草花がたくさん咲いているのですよ。。
今は、お師匠様がアミダがそこにいます。畑から何かを掘り出しているみたいですね。
「凄い凄い! お師匠様素敵です!」
「よし。ほらお前もやってみろ」
アミダのはしゃぐ声が私のところまで聞こえてきます。ああ、目からハートマークが飛び出していそうです。お師匠様もまんざらでもなさそうですよね。
「あー、折れてしまいましたー!」
「バーカ。お前アミにそっくりだな。ドジなところまで」
……やはり私もドジって思われてるんですよね。本当のことだからいいのですけど、ちょっとへこんでしまいます。
その後も、お師匠様とアミダの声は途切れることなく響いてきて、楽しそうなその会話を聞いているだけの私は、とても切なくなってきました。
いいな、アミダ。私もお師匠様と一緒にお仕事したいです。
はっと気づいて、頭を振り切れんばかりに振ります。
落ち込んでいちゃダメです。ドジなアミから役立つアミになれるように頑張らなきゃ。頼まれたこともちゃんと出来ないようじゃ、お師匠様に呆れられるばかりです。
私頑張ります。ちゃんと上手に風邪薬を作って、お師匠様の役に立ってみせます。
そうしたら、私にもあんな風に笑ってくれますよね?
*
材料をそろえて、いつもの大鍋で作成開始です。
風邪薬は、村の人が一番飲む薬で、お師匠様がつくるお薬の中では一番簡単なもの。風邪薬って名前が付いてますけど、ベースは栄養剤なんです。
みなさん病気の症状が出ると、「風邪かな?」って思いますよね。だから栄養剤にくしゃみと鼻水を抑える効果を少しだけ加えたもの。それがお師匠様のつくる風邪薬です。
前にも何度かつくったことがありますが、その時は結局最後にお師匠様に手直ししてもらったのでした。
今度こそ、頑張ってちゃんとつくって見せます!
まずは深呼吸をして、大鍋にお湯を沸かします。煮だったら、干した薬草を入れて煮込みます。
そこに水で抽出してあるイガイガ草のエキスを追加。混ぜるのは右左交互に40回。
『体の調子が良くなりますように』
心を込めて、願うことも忘れずに。
その後、喉に効く樹液を入れ、更にひと煮立ち。最後は薬草を取り出して、出来上がりです。
うん。今日は集中力も途切れず、最後まで出来た気がします。
冷ましている間に、瓶の洗浄でもしましょうか。庭に出て、汚れ瓶を洗おうかと腕まくりをしていると、畑の方から話し声が聞こえてきます。
トゲトゲした荒い声。お師匠様はどうやら不機嫌みたいです。さっきまで、アミダと楽しそうでしたのに。
ちらりと覗いてみると、お話している相手は、先日自白剤を頼んでくれた太っちょのおじさんでした。いつの間にやってきたのでしょう。全く気づきませんでした。
お師匠様はあのおじさん嫌いなのでしょうかね。毎回、機嫌悪く応対している気がします。
まだまだ語気荒く話す二人に怯えているのか、アミダは隠れるようにして離れたところでツルイモを掘り出しています。ツルイモは睡眠導入の薬になるのでしたっけ。今度つくるのは睡眠薬なのでしょうかね。
それからしばらくの間、私は洗い場に溜まっていた瓶を一心に洗いました。やがて、太っちょおじさんがドテドテと歩いていきます。
「あ、お帰りですか」
声をかけると、ぎょっとしたように私を見ます。相変わらずいかつい顔つき。でもおひげはお似合いですね。ぜひ褒めてあげましょう。
「ふん」
おじさんは鼻息荒く出て行ってしまいます。なんでしょう、つんけんした態度は嫌われますよ?
ぼうっとおじさんを見送っていたら、いつの間にか後ろでツルイモがたくさん入ったかごを持ったお師匠様とアミダが立っていました。
「アミ、何してんだ?」
「瓶を洗ってたんです。もう終わりますよう。そうだ! お師匠様。お薬みてください」
「ああ。ちょっと手を洗わせてくれ。アミダ。ここ置いとけ。明日使う前に洗うから」
「はい!」
お師匠様の背中を押すようにして家に入り、薬を見てもらいます。
ドキドキします。今回は自信あるんですよ。失敗したと思うところもありませんし。
「どれどれ、うん。……あれ?」
にやにやと、からかうような表情を浮かべていたお師匠様の顔が引き締まりました。スプーンですくって、匂いや味を確認しています。
「……驚いたな。アミ。成功だ。直すところはない」
「え? 本当ですか!」
その返答は私のほうが驚きです。
「それどころか、俺のより効き目がいいかもしれない。魔力がこもってる」
「ええ?」
何の呪文も唱えてませんけど。無意識に込めちゃったってことですか?
「凄いな。これ、このまま売れるぜ。瓶詰めする時、ラベルの作成者のところにお前の名前書けよ」
「え? でも」
「実際アミがつくったもんだろ。これはいい出来だ。ちゃんとお前の名前で出すべきだと思う」
「は、はぁ」
ほ、褒められたんでしょうか? なんか慣れないから変な気分です。
照れて俯いていると、じとっとした粘着質な視線を感じました。顔をあげると、いかにもうらみがましい視線を投げつけてくるアミダを発見です。
でもでも、私は私でアミダが羨ましかったんですから、おあいこですよう。
*
帰り道、私とアミダはいろんな話をしました。
「でね。お師匠様はすっごく怖いこと言うんだけど。でも優しかった」
「そうそう。お師匠様ってそうですよね。怖いけど優しい。それがなんかつぼにはまるというか」
「そうー。なんかどんどん好きになっちゃうよね」
恋愛トークはなんて楽しいんでしょう。
他の人に言っても分かってもらえないお師匠様の良さが、アミダは分かってくれるのでとっても嬉しいです。
「僕がアミの服を着てるのを見てね、お師匠様、古着をくれたんだ。これ早速明日着ようっと」
「えー、いいなぁ、アミダ。ずるいです」
「これってアミは無理だもんね。僕だけの特権だ」
でも、こんな言い方をされると頭に来ます。アミダなんて私の分身なのに。
大体、私があんなに頑張って弟子という地位を手に入れたのに。私の親戚って触れ込みだからって、あっという間にお師匠様の懐に入って行って、すっかり仲良くなっちゃうなんてずるいです。
これまで、お師匠様の一番近くにいるのは私だったのに。いつの間にかアミダにその場所を奪われてしまったみたい。
アミダは私だ、と言えばそうなのですが。それでも今、私とアミダは別々の入れ物に入っているわけで。
心も二つに分かれていて、アミダが感じた幸せを私は感じられないのですから。やっぱりジェラシーが沸き立つのです。
ああ早く、アミダが私の中に戻ってきてくれたらいいのですけど。
やがて家が見えてきて、私たちが同時に「お腹すいたよー」なんて声を出すと、ママが嬉しそうに迎えてくれます。わあ、いい匂いがします。
「二人共おかえりなさい」
「今日はシチューですか? 美味しそうな匂い!」
「正解。手を洗ってきたら手伝ってちょうだい」
言いながら、ママの手は止まること無く皿にシチューをよそって行きます。
「はい、アミちゃん運んで。アミダちゃんはお水くんでくれるかしら」
「はーい。あ、わ、うわあ。ごめんなさい、こぼしちゃった」
私がシチューのお皿を抱えている脇で、アミダは水をこぼしてずぶぬれになってしまっています。
ママは「あらあら」と笑って、優しい手つきでアミダの体を拭いてあげています。
「もう、ドジね。アミダちゃん。ふふ。アミちゃんがもう一人いるみたい。かわいいわ。ずーっとここにいてくれてもいいのよ。私もパパも、もうアミダちゃんが大好きになったんだから」
「あ、ありがとうございます。こぼしてごめんなさい」
「大丈夫。次は気をつけてね」
びしょぬれのアミダが、嬉しそうに笑って。私はなぜだか複雑な気分で、そんなアミダとママを眺めています。
アミダが現れてから、何となくですが皆アミダにばっかり構っている気がして、嫌な気持ちがむくむく湧いてきます。
私はいつから、こんなに嫌な子になってしまったのでしょう。
*
そしてその夜、パパもママも眠りについた頃、こそっとアミダが私の部屋にやってきました。
「ねぇ。アミ」
「んー?」
私は半分寝かかっていたので、呼ばれる名前に生返事をするだけです。
アミダは私を踏まないような位置に腰掛け、ベッドから見える窓の外の星を指さしています。
「僕ねぇ、今日すごく楽しかった。僕はアミなんだから、今までもこんなことをしてきたんだろうけど。でも今は初めての気分で、だからすごく嬉しい」
アミダの頬が興奮気味に赤く染まっています。
「アミダ?」
「パパもママも優しくて、お師匠様はとっても格好良くて素敵で。そんな人たちに囲まれてる僕たちってなんて幸せなんだろう」
「そう、ですね」
私もそう思います。うちのパパとママは優しくて、私のことが大好きですし。つれないところも沢山あるお師匠様も本当はとっても優しい方です。
アミダが現れるまで、私はそれを独り占めしてたんです。そして今は、それを共有するアミダにやきもちを焼いちゃっているんです。
「僕、何でもするよ。お師匠様の力になりたい。ドジばっかりの僕が出来るのって、力仕事くらいなんだけど。それでもお役にたてるなら、喜んでもらえるなら。すっごく嬉しいんだ」
……なんだか泣きたくなってきました。胸が、ギュギュって詰まって苦しいくらい。
アミダの気持ちは私と同じ。お師匠様が好きって、それだけ。
消えてほしいなんて考えたことが、ひどいことのように思えてきました。
ひどいアミ。ダメなアミ。反省です。アミダは私の分身なのですから、私が一番大事にしてあげなきゃいけませんのに。
どうせ、直す薬の作り方も分からないし、とりあえず両親もお師匠様も誤魔化せたのですから、自然に消えるまではこのままでもいいかもしれないです。
そうですよね? アミダ。