6.見つかってしまいました
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私とアミダは競うようにお師匠様の家まで走りました。
身長がほぼ同じな私達は、足のリーチも同じくらい。それでも足はアミダのほうが速いらしく、先に行ってしまいます。だけど道順とかをはっきり覚えてないようで、突然きょろきょろして立ち止まってしまいます。コレはチャンスと私が抜かすと、直ぐにアミダに抜かされる。そんなことを繰り返して、ようやくお師匠様のお店兼おうちに着きました。
ただいまお師匠様は配達のため三つ先の町までお出かけ中です。
「あれ、アミ、開かないよ。お師匠様いないのかなぁ」
「いませんよ。今はお出かけ中です」
あまり記憶は共有していないのか、アミダは困ったように頭をたれます。
「じゃあ入れないじゃん」
「大丈夫。留守を預かる弟子はちゃんと鍵の在処を教わっています」
お師匠様の家の鍵は、玄関前の大きな石の下に隠してあります。これには魔法が掛けられていて、決まった言葉を言わないと重たくて持ち上がらないのです。
「タッダイーマキガアケテ」
これで持ち上がるはず……と思ったらあれれ? 持ち上がりません。
「間違えたんでしょうか。えーと」
焦るほどに呪文が思い出せなくなります。タッタイーマでしたっけ、それともタタイマでしたっけ?
どうして私っていつもこうなんでしょう。いっつもドジばっかりで自分でも嫌になってしまいます。
「どうしたの、アミ」
アミダに不安そうな眼差しで見つめられて、私はハッとしました。落ち込んでいる場合ではないです。今は私の失敗によって困るのは私だけではないです。アミダもいるのですもの、ちゃんとしなくては。
すうと深呼吸をして、鍵のことを教えてもらって日を思い出します。いつもはもやもや色んな事を思い出してしまってなかなか考えがまとまらないのに、今日はスーッとその時の記憶に辿り着きました。
『いいか、アミ。【ただいま、カギ開けて】で覚えろ。それをちょっと言いかえるだけだ』
そうそう。お師匠様は確かそう言ったんでした。
ああそうか。ほんのちょっと言い換えるだけなのでした。さっきは濁点の付ける場所を間違えていたみたいです。
「……タッダイーマギカアケテ」
すると先ほどまで重たくて仕方なかった石が急に軽くなって。勢いよく持ち上げようとしていたものだから、急に持ち上がって反動で転んでしまいました。私のおしりは、地面に激突。思わず悲鳴が出てしまいます。
「痛いですー」
「アミ、大丈夫?」
心配そうな顔でアミダが私を上から眺めています。自分と同じ顔の人に心配されるのってなんだか不思議な気持ちです。
「大丈夫です。玄関開けてください」
「うん」
アミダがカギを拾い上げてドアを開け、私はお尻をさすりながら、カギを元通りにしました。
これでよし、……と思って遅れて家の中に入ると、アミダがお師匠様の黒いローブの匂いをクンクン嗅いだ後、顔をしかめて言いました。
「お師匠様の匂いって鼻が曲がりそうなんだね」
「……それはお薬の匂いだと思います」
やっぱりアミダは私の分身です。変態具合がそっくりでした。
「それより、遊んでいる場合じゃありません! アミダ、なんとか元に戻るためにレシピを探しましょう!」
「う。うん」
二人で力を合わせて、本棚にある魔法薬のレシピ本を片っ端から調べまくります。
私はまず、自白剤のレシピが書いてあった本を見ます。そもそも私は自白剤を作ったつもりなのですから、どこかにミスがあったはずなのですよね。
一体何を間違えてしまったのでしょう。
材料……は、朝露かどうかわからないの入れてしまいましたね。
呪文……はメモしたとおりに読み上げたはずですけど。間違ってないとは言い切れません。
あとは、煮込みすぎたとかもありますね。
うーん。原因が多すぎて分かりません。アミダの言う通り、私って才能ないのかもしれません。
アミダはといえば手当たり次第に本を取り出しては、パラパラとめくって投げつけていきます。
「アミダ、まじめに探してください」
「だって、何を探せばいいかわからないよ」
「そうですね。分裂した人間をくっつける魔法薬、とか」
そこまでダイレクトなレシピがあったら逆にビックリですけども。
「とにかく、出たものを戻すような魔法薬がないか探してみてください」
「うん。分かった」
アミダはようやく真剣な顔で落としたレシピを拾い上げて見始めました。
大丈夫そうですね。そっちは任せることにして、私はまず間違いの原因を突き止めましょう。原因が分かれば、そこから解決策が見いだせるはずですし。
一番怪しいのがやっぱり朝露。後は呪文。
そう言えばさっきも呪文間違えてましたしね。同じ要領で間違えてたりして……。
「じゅ、呪文の本」
呪文の一覧が載っているすんごくぶっとい本を取り出し、口遊みの呪文を確認します。
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【口遊みの呪文】
"アドアダリテ ラカストモデス マジョリータナ ブルンゲス"
【解説】
アドアダリテ ラカストモデス で、心の中の言葉を吐き出させる。
マジョリータナ は時間効果の指定
その後に期間を指定する ブルンゲス…3時間以内
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記憶をたどってみても、さすがにあの時なんて言ったのかは思い出せないんですけど、アミダがいまだ消えないってことは呪文を間違えた可能性もありです。
ブルンゲスのところを間違えたとしたら、一体私は何日分の指定をしてしまったのでしょう。
でもでも、永遠ってことはないですよね。いつかはきっと消えますよね。……と自分に言い聞かせてみてますが、血が下がっていく感覚がしているのは否めません。
青くなっている私とは別に、アミダは再び情けない声をあげました。
「だめだー。全然わかんない」
右と左に魔法薬レシピの本を持ったアミダは、ちんぷんかんぷんといった顔。頭にクエスチョンマークが浮かんでいるのがみえるようです。私もよくこんな顔してるんだろうなぁなんてしみじみ思ってしまいます。
「頑張りましょうよ。ちゃんと調べてください」
アミダから本をひったくって私も最初から目を通し始めます。
でも、あれ? いつもは私、文字を追ってるうちに訳が分からなくなってしまうのですけど、今日はなんだかすんなり頭に入ってくるみたい。
「これなんかどう思います? アミダ」
「ん? えーと。ひゃっくりをとめる魔法薬? ……ひどいな、アミ。僕はひゃっくりじゃないよ!」
「でも喉から出てきたのを戻すってことじゃないですか」
「喉から出たわけじゃないからね! まあどこからって言われたらわからないけどさ」
アミダが感情的になってもう一冊のレシピで頭を叩いてきます。そんなこと言ったって、何でも試してみなきゃ始まらないじゃないですか。
私も、レシピ本で応戦しつつ言い返します。ところが腕を振り上げた瞬間、アミダは本をポイと投げ出して、私の脇をくすぐり始めました。
「あはは、やめてくださいよう」
「だって! アミひどいよ。自分はオリジナルだからって」
「分かりました。私が悪かったです。だから、くすぐるのはやめてー!」
子供みたいに、二人で叩き合ったりくすぐりあったり。喧嘩しているのに、クスクス笑い出したくなるような気持ち。兄弟がいたら、こんな感じなのかも知れませんね。
ひとしきりひっかきあった後で笑い出したその時、玄関のドアが、ぎぃと軋んだ音を立てながら開きました。
「ただいま。おいおい、なんだか騒がしいな」
「お、お帰りなさい」
思わず、二人同時に言ってしまいましたが。
もう、帰ってきちゃう時間ですか? ヤバイです! アミダが見つかっちゃう。
「あ、アミダ隠れて」
「アミ、誰か来てんのか……って。……アミ?」
お師匠様の不機嫌そうな声が、そのまま素っ頓狂な声に移行していきます。
もう言い訳のしようがありません。二人揃った状態でバッチリ見られてしまいました。
お師匠様の筋張った指が、私とアミダを交互に行ったり来たりして、明らかに戸惑った顔です。
あまり見ない表情ですね。ちょっと得をした気分って思うのは不謹慎でしょうか。
「そんなお師匠様も格好いい……」
隣のアミダが小声でポロリです。ああ、考えることは一緒なのですね。
萌え萌えする私たちとは逆に、お師匠様は焦ったように口をパクパクさせていました。
*
「落ち着こう」
お師匠様はそう言うと、手で私達にじっとするように指示し、リビングの椅子に座りました。
「どういうことなんだ。なぜアミが二人に」
「ち、違うんです!」
慌てて駆け寄る私と、何をパニクったのかお師匠様のローブを自分の前に広げて、今更隠れようとするアミダ。
今こそ私が落ち着かなければ。どこまでごまかせるか分かりませんが頑張りましょう。
「この子は私の親戚で、名前はアミダです!」
私がそう言い張ると、アミダもおずおずとローブから顔を出し、ぺこりと頭を下げました。
「親戚? それにしても似てんなぁ。……あーでも、こっちは男か」
「はい。僕、アミダといいます」
「すっげー名前つけられてんな。親の顔が見たいわ」
くっくっと笑いをこらえるお師匠様に、アミダは「そうでしょう?」って言いながらチラチラ私の方を見ます。
うもう。いいじゃないですか。あの名前は名案だと思っていたのに、お師匠様に言われるとショックです。
「しばらくうちにいることになったので、もし、お師匠様さえ嫌じゃなければ、アミダも一緒にお手伝いさせてもらえませんか」
「お願いします! 僕何でもやります。力仕事もお任せください!」
「あー、そうだな。男手なら助かるな。いいぞ」
あれ? ずいぶんすんなりと受け入れられてますね。
私の時なんて、最初っから冷たかったですのに。何日も何日も通いつめてようやく弟子入り許可をくださったんじゃないですか。
男の子だったらこんなにアッサリだったのですか? 女の子の弟子はいらなかったんですか?
「アミも楽になるだろう。これからは力仕事はアミダに任せればいい。……それにしても」
お師匠様は私の顎を掴むとクイと上を向かせました。
大きなお師匠様の手。ごつごつしているのに痛くない。それって、お師匠様が優しく触ってくれてるからですよね。
「お前、調子悪くない?」
「え? いいえ? 元気ですよう!」
ドキドキして、むしろ心臓張り裂けそうです。
「そうか? ……ふーん、まあいいけど。あんまり無理すんな?」
「はい」
なんでしょう。そんなに疲れた顔でもしていたんでしょうか。確かに寝不足は寝不足なのですけど、お師匠様に心配かけるなんて、弟子失格です。気をつけなきゃ。
頭をゴチンゴチン叩きながら自分に喝を入れていると、お師匠様は困った顔をして頭を撫でてくれました。
「違う違う。別に責めてる訳じゃねーよ。魔力がいつもより感じられないから」
「え? 私って魔力あるんですか?」
「あるよ。誰でもある程度の魔力ってのは持ってるもんなんだ。魔法使いってのはその使い方を知ってるってだけだ。お前はさ、潜在的魔力はかなりあるんだぜ。多分俺より強い」
「ええええええー!」
「でなきゃ、いくら粘られたって弟子にしねぇよ。全く見込みのない奴を仕込んだってどうにもなんねぇだろ」
じゃあ、私、もしかしたら凄い魔法使いになれちゃったりするのでしょうか。
「そうなんですか。じゃあ私は見込みあるんですか?」
「まあな。ただ、今まで見てる感じでは、使い方がへったくそ」
「ええええええー!」
上げて落とされると余計ショックです。まあ確かに失敗ばかりですけどね。
「でも前よりはずっと上手くなってる。地道で嫌になるかも知れねぇけど、今まで通り頑張れよ。
……でさ、アミ。ちょっと俺は厄介な仕事を頼まれたんで、忙しいんだ。悪いけどお前、いつもの風邪薬つくっておいてくれないか?」
「え、私がですか?」
「ああ、あれなら失敗しても魔法で何とかなるから任せる。力仕事を頼みたいからこいつは借りるな」
お師匠様がアミダを指差し、途端にアミダはピシっと背筋を伸ばして敬礼しました。
「畑だ。行くぞ」
「はい!」
引っ張られるアミダは戸惑ってるというよりはニヤニヤしています。
いいな、アミダ。私もお師匠様と一緒がいいですのに。
でも、お師匠様から仕事を一任されるほど信頼を勝ち得たと思うことにしましょう。確かに風邪薬なら今までにも何度も作りましたし、きっと私でもできるはずです。
レシピをだして、材料を確認。
必要なものをメモに書きながら、帰ってきてすぐのどこか苛立った様子のお師匠様を思い出しました。
厄介な仕事って何なんでしょう。
それでなくとも、最近お仕事が多い気がしますのに。
お師匠様こそ、疲れて倒れたりしなきゃいいのですが。
そのためにも、やっぱり私が頑張らなくちゃ。
お師匠様のお役にたてる、立派な弟子にならなくっちゃ。