Episode5 呪いと婚約者・8
翌日の昼になってお父様が皆を呼び出しました。
「さて」
オーバーアクションで皆を振り返ります。すると不思議とみんなの視線がお父様に集まるのです。
人をひきつける人って言うのはこういう人のことを言うのですね。きっと。
「それぞれに考えた方法を聞こうか。ここに集まった魔法使いは皆得意分野が違う。一つとして同じ案は出ないだろう。意見を出し合って一番いいものを採用する……これでどうだ」
「異議なし」
「ええ」
クールに返答するのはお師匠様とお母様。こうやって並んでいるとお顔とか凄く似ていますね。
私はアミダに抱っこされながら、息を詰めてみんなを見つめています。ドキドキです。
「じゃあまずはイーグ」
「ああ。俺は昔アミが作った分裂剤を作ろうと思ってる。本人と会話出来ないから一体成分が何だったのかわからないが、ベースは自白剤だったはずだ。そこからなんとか創りだしてみようと思う」
なるほど。作成室にずっとこもっていたのはそれを作っていたからなのですね?
でもごめんなさい。もしお話できたとしても、私もどうやってあれを作ったのか覚えていませんー! だって私は本の通りにやったはずなんですもの。なのに出来上がったものは自白剤じゃなかったのですもの。
「……できそうか?」
お父様の問にお師匠様は大きくバッテンが書かれた小瓶を振りながら、苦い顔で首を振ります。
「正直言うと難しい。色々試してみたが、どう成分を変えても人を分裂させるまでのものにはならないんだよ。アミは一体どうやってあんなもん作ったんだか」
「だろうな。アミちゃんはちょっと変わった子だよな。魔力をふんだんに持っている割には、使いこなせてなかったし。呪文も唱えていないのに頻繁に魔法効果を出していたろう」
「ああ……。でもあいつその自覚はなかったと思う。薬作りは失敗ばかりしていたし、魔法は下手だって認識しかなかったんじゃないかな。実際は、余計な魔法を無意識でかけちまうから、変な薬が出来上がっていたんだろうが」
あああああん。そうなんですか? 私、意図的に魔法使おうなんて思ったことないのですけど。
「分裂剤を再現するのは難しそうだな。そもそも、イーグの魔力とアミちゃんの魔力は質が違う。確かに体が分裂すれば三人をそれぞれに戻すだけで良いから、名案といえば名案なんだが」
お父様はお髭をなでつけながら、次にお母様の方を向きました。
「サーシャはどう思う?」
「……私は」
お母様はちらりとアミダを見て、アミダは体をビクつかせました。
そのままお母様の視線はお師匠様の元へと移ります。
お師匠様も、複雑そうな顔をして押し黙っています。緊迫した雰囲気です。私も心配です。お母様は何を言い出すか分かりませんもの。
「まずは赤ん坊の体の中からアミさんを元の体に移すことが先決だと思うわ。アミさんの体だったら、二人分の魔力が入っても持ちこたえれるから。赤ちゃんはその後ターニャちゃんを呼んで呪いを解いてもらえばいい」
「そうだな。順序としては正しい。ただ、どうやってアミちゃんを戻すんだ?」
「ちょっと強引な方法だけど、アミダさんの方から引っ張ってもらうのよ。二人に別れて違う意識が生まれてしまったのだけど、基本は分身だから共有してる部分も確かにあるの」
「ほう」
「その為に、一度アミダさんのほうの魔力を上げるわ。そしてアミさんの意識……赤ん坊に【従順の呪い】をかける。そうすれば呼びかけた方の思うがままに彼女は動くから」
「ちょっと待てよ、そうしたら戻った時にはアミとアミダどっちが表に出るんだ?」
口を挟んだのはお師匠様です。
「より魔力の強い方でしょうね。やってみないとなんとも言えないわ。こんな事例はさすがにはじめてだもの」
「その場合、ちゃんと二人を分けることはできるのか?」
「それも分からないわよ。結果としてアミさんかアミダさんのどちらかが消えるかも知れないし、上手く共存してしまう場合もある。もしくは新しく融合されて二人に似た別人格が出来上がる可能性だってあるわ」
さらっと言われましたが、それってかなり……
「……それじゃあ、かなり危険じゃないか」
そうですよ。最悪の場合、私もアミダもいなくなってしまいます。
「だったら他にいい方法があるの?」
挑むような眼差しでお母様はお師匠様を見つめます。
「ねぇけど。……でも」
苦虫を噛み潰したような顔で、反論しようとしたお師匠様も、口をつぐんでしまいます。
お師匠様は、私達が消える事を心配してくれてるんでしょうけど、お母様の言うとおり、他の手立ても思いつきません。
「……アミ、それでいいか?」
お師匠様はすがるような瞳で私を見つめます。あのお師匠様が、私のためにこんな顔してくれるなんて。それだけで、私は生まれてきてよかったなぁって思えます。
仕方ないです。このままだと、アイーダの体まで危険になってしまうわけですし、お師匠様とお母様を信じるより他には何も思いつきませんもの。
「あーぶー」
私のお返事はちゃんと通じたようです。お師匠様は心配そうな表情のままですが、口元だけを柔らかくほころばせてくれました。
「アミダは? それでいいか?」
続けてアミダにたずねると、アミダは迷いもなく頷きます。
「はい。僕は消えて当たり前の存在ですから。僕を消してください」
「……アミダ」
お師匠様は悲しそうな顔をして唇をかみ締めています。
そんなこと言っちゃ駄目ですよ。アミダ。アミダは消えちゃ駄目なんです。お師匠様だって私だって、アミダが消えたら悲しいです。
「親父はなんかないのか? いい案」
「わしか? うーん。わしは物理的になんか動かしたりするのは得意なんだが、どうも見えないものに対しては上手く魔法を使えんのだよなぁ。まあ、とにかくとんでもないことが起こったときには何とかしてやる。とりあえずサーシャの案が一番有効のようだし。それでやってみようじゃないか」
「親父はいつもテキトーだよな」
「あなたらしいわ」
お母様がクスリと笑う。少しほほが染まっていてその顔がとても可愛くて。お父様にはこんな顔ができるのですねなんて、少し意地悪く思ってしまいました。
「じゃあ早速はじめましょうか」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
立ち上がろうとしたお母様を止めたのはアミダです。
「あの、三十分だけ時間をください。心の準備をしたいんです」
「あ、ああ」
「そうじゃな。それも良かろう」
「じゃあちょっとだけ、別の部屋に行ってますね」
アミダは私を抱え、寝室に向かいました。二人きりです。
なんだかドキドキしてきました。すべて上手くいくならいいですけど、もしも失敗した場合、アミダとちゃんと話せるのは最後になるかも知れませんもの。
「これ、ここに飾っておくね」
ベッドの枕元に、ゲンくんのくれた額縁が置かれます。とってもキレイなラベンダー畑の絵。香りもちゃんとします。寝室に置かれたままの猫ちゃんのぬいぐるみもおんなじ色と香りがします。ギュッと抱きしめたくなって、手をのばすと、気づいたアミダが私に持たせてくれました。
「ねぇアミ」
「あー」
なんですか? アミダ。
「願って欲しいんだ。僕が消えて、アミ自身がこの体に戻れるように」
「あぶ?」
アミダは泣きそうな顔で私を見ます。
「僕は存在してちゃいけないと思う。もともと存在していないんだし、実際こうして男なのか女なのかも分からないほど不安定だし。僕がいることで、お師匠様とアミの間のバランスも崩れてしまう。今回の魔法でどんな風になるか分からないけど、アミの魔力があったら僕を押さえ込むことはできると思うんだ。お願いアミ。僕を消して欲しい。記憶もなくなるほどしっかり。存在そのものさえ」
「あぶ、あぶっ」
何言ってるんですか、アミダ。私もお師匠様も、お父様やお母様だって、アミダを生かそうとして頑張っていますのに。どうしてそんなこと言うのですか。
「僕にはここに居場所がないんだよ。お師匠様はアミのことが好きなんだ。どんなに同じ姿形をしても、僕はお師匠様には選ばれない。……辛いんだよ。誰にも必要とされないのに生きているのは。僕の存在する価値なんて何一つない」
「ぶー、あぶっ」
違いますってば。昔、転びそうになった私を助けてくれたこともあったじゃないですか。あの時にもし本当に勢いよく転んでいたら、アイーダが死んでしまったかも知れない。アミダが助けてくれたんですよ。
今だってアミダがいなかったら、ターニャさんに押しかけ女房になられてしまって大変な事になったはずです。
「僕は消えたいんだよ……!」
「ぶ、あぶうううううう!!」
駄目、駄目、駄目です。何にもできない私ですが、そうしたら皆が傷つくことくらいは分かります。
ぬいぐるみをギュッと抱きしめながら、必死に訴えますが、アミダは聞いてくれません。
「お願いだよ、アミ」
「あぶっ、あぶっ、うわあああああああん」
「どうした? 大丈夫かアミダ」
泣き声に驚いたお師匠様が入ってきて、私を抱きしめてくれました。
「よしよし、赤ん坊のアミはよく泣くな」
「……赤ん坊はそれが仕事ですよ」
「まあよくそういうけどな。でも中身はアミなんだろ?」
拗ねた声を出すアミダに、お師匠様がなだめるようにいいます。
でも私だって好きで泣いてるわけじゃないですよ。悲しいだけで泣けてきちゃうんですから。
それよりお師匠様。何とかしてアミダを説得してください。
「ハラ減ってるのかもな。授乳してやったらどうだ? 始まったら時間かかるかもしれないし」
「あ、そういえばそうですね。もう前の授乳から四時間くらいたってる」
そういえばお腹は空きましたね。ホントに屈辱的ではあるんですが、今飲めるものがそれしかないんだから仕方ないです。
お師匠様が少し視線をそらしているうちに、アミダはこそこそと服をはだけて私におっぱいをくれます。
温かいです、アミの体。それはアミダが一生懸命体を温めてくれているからで。今回のことだって、もし赤ちゃんの方がアミの体に残ってしまったらきっと上手くご飯も食べられないわけで。
この程度で済んでいるのはアミダがいてくれたからですよ。ちゃんと役に立ってます。アミダは必要です。
おっぱいを飲みながら、目をつぶって願います。
どうか、自分が要らない人なんて思わないで。
要らない人なんていません。私もお師匠様も、アミダのことが大好きです。
自分から諦めちゃ駄目です。絶対に居場所を見つけるんです。
どうしても見つからない時は、私と一緒にアミの体にいましょうよ。ちょっと不便かも知れないですが、意識の切り替え方みたいなことができるようになればいいんです。
私、アミダとなら、それでもいいです。一緒に生きていきましょう?
「ぶー」
おいしかったです。ご馳走様。
「ふふ。可愛いなぁ」
アミダが、私の口元を拭いてくれて、それを見ていたお師匠様が優しい顔で隣に座りました。
「やっと笑ったな。アミダ」
「え?」
「あのな。お前がいらないなんてことはないんだ。頼むから自分が消えたらいいとは言わないでくれ」
アミダはお師匠様をじっと見ると、さっきまでの自然な笑顔ではなく、無理やり作ったような笑顔を見せました。
「……でも、アミが消えるよりは僕が消えた方がいいじゃないですか。お師匠様だってそうでしょう。だから前だって」
「そうだな。俺はアミを選んだ。でも、お前を失ったことはずっと心残りだった。だから今度はどっちも生かすんだよ。欲張りになれ、もっと。俺は前に言ったよな。薬作りには心をこめることが大切だって。何でもそうなんだよ。願わなければ願いは叶わないぞ」
「お師匠様」
「もう少ししたらはじめる。気をしっかりもつんだ。アミも、アミダも、ちゃんと生きろ」
「はい」
扉がばたんと閉まり、お師匠様がいなくなります。
「……願ったら叶うの?」
「あぶっ」
心もとなげに呟いたアミダを勇気付けたくて、私は一生懸命手を振りました。




