3.自分でやってみましょう
*
そうこうしているうちに一時間がたちました。
次はネズミさんの登場です。残念ながらネズミさんとはお友達ではありません。捕まえるのはもちろんネズミ捕りを使ってです。
「おーかかってる、かかってる」
お師匠様が嬉しそうです。左手でネズミさんを掴み、鍋の上まで連れてきます。チューチューとキーキーの間みたいな声で泣いているネズミさん。お師匠様は容赦なく小刀でその足にだけ切り傷をつけます。
ポトポトとお鍋の中に血が落ちていきます。
ネズミさんは痛みのせいか湯気の熱さのせいかずっともがいていて可哀想です。
「アミ、こいつに傷薬ぬってやって」
差し出されて、私はネズミさんを受け取ります。逃げられては困るので少し強く握りますけど、いじめてるわけじゃないですよ?
「よしよしごめんね。痛かったでしょう。でもお陰でお薬が出来ます。お師匠様も感謝してますよ。ありがとうございます」
お薬を塗りながら、声をかけると、ネズミさんからは「ちゅー」というお返事。私の言ったこと、わかってるんでしょうか。分かってくれてるといいな、と思います。
“手伝ってくれる可哀想な生き物には手当も欠かさずに”
お師匠様から教わったことです。お師匠様はホントに優しいんです。だからネズミさんにも嫌ってほしくないんです。
手当を終えて手を離すと、ネズミさんは壁に向かって走って行ってしまいました。きっとどこかに、お家への道があるんですね。
「お師匠様、終わりましたよう」
お鍋の方を見ると、もうかき回し終えたらしく、火が消されていました。お師匠様は肩をコキコキ揉んでいます。
「明日の朝、朝露を入れれば出来上がりだ。今日は、残りの時間で入れ物の準備をしよう。アミ、町中に渡した薬瓶の回収と配達に行ってきてくれ。終わったら洗って、外のドラム缶に入れておけ。明日の朝煮沸するから」
「はい!」
何気に人使いが荒いのですけど、それだけお師匠様はお仕事熱心なのです。
お役にたてるなら、私は頑張ります。
「それでは行ってきます!」
私は大きなカバンを持って、瓶の回収に向かいました。
*
カタリ村は平和な村です。それでも、病気というのはどこにでも起こるものですし、不慮の事故というのも起こってしまうものなのです。
お師匠様がこの村にやってくるまで、この村には魔法使いはいませんでした。お医者様はいましたが、いつも忙しそうでちょっとした病気でおじゃまするのはなんだか申し訳ないような感じだったのです。
三年ほど前です。村外れに家を建てるように頼まれた、という噂を、当時親方の元で大工見習いをしていたキートンさんから聞きました。
『どうも怪しいやつらしい』
最初にそれを聞いた時から、パパは私に「その家には近寄らないように」と言っていました。うちのパパは少し過保護なのです。
なので、私はあまりその家のことや家に住む人のことがわかりませんでした。
村の人のお話で、「魔法薬っていうのを作る人らしい」とか「怖い顔の男だ」とか「変なものを飲まされたら怖いねぇ」とか聞かされていたので、どちらかと言うと怖いイメージを持っていました。
お師匠様がどうやって魔法薬の販路を広げていったのかはわかりません。だけど、気がついたら、皆が「イーグさんの魔法薬は効くよ」と言うようになっていました。
そして、今から一年前、私は以前言ったように怪我をして、お師匠様と魔法薬に惚れ込むわけなのですが、今ではお師匠様のお薬はこの村に浸透しまくっているのです。
「お薬の瓶の回収に来ましたぁ」
「おお、アミちゃん。よく来たなぁ。みかんを多べていきな?」
「でも私、今お仕事中なのです」
「お仕事中なら休憩時間にすればいい」
いつも栄養薬をかってくれるご老人は、寂しがり屋さん。お話し相手が欲しいらしく、来るといつも捕まってしまいます。
「イーグさんのお薬のお陰で毎日元気でいられるよ」
「ですよね! 凄いですよね! お師匠様のお薬」
まあ、私もお師匠様が褒められるのが嬉しくて、ついついノリノリでお話してしまうのですけど。
次は、先日腹痛の薬を買っていった赤い屋根のお宅です。ついでに、この間怪我した大工のキートンさんへの塗り薬。
ここまでで、小瓶は二十本ほど回収出来ました。最後はガラス屋さん【ボトルシップ】に入ります。このお店は薬瓶や、ジュース瓶、飾りものとしてのガラス細工なんかを作ってくれるお店です。お師匠様はこのお店のお得意様なのです。
回収できるお薬瓶は消毒してまた使いますが、他の町など遠くに行ってしまったものまでは回収できないので、新しく買い込みます。
「おばさん、薬瓶をください」
「ああ、アミちゃん。イーグさんから聞いてるよ。でも重いよ?」
「ありがとうございます。大丈夫です、頑張ります」
合わせて小瓶は五十本。結構重たいですけど頑張ります。時々休んだりもしますけど、土の上をズルズル引っ張ったりもしますけど、ちゃんとお師匠様のもとまで持っていくのです!
お店まで戻った時にはもう汗だくでした。
「アミ、こっちだ」
外にある洗い場の桶に水が溜まっています。
「お師匠様ぁ。五十本ですぅ」
「よしよし、重たかっただろう。ご苦労」
私が必死こいて持ってきた瓶の袋を、お師匠様は軽々持ち上げると、全部桶の中に突っ込みました。
「あ、多い方の袋は新品ですよ?」
「いいんだ。どうせ洗うから。お前は中で休んでこい」
「あ、はい。ではお言葉に甘えて」
さすがに疲れました。さっき二週間は休まず働けるっていいましたが嘘です。人間の体力には限界があるのです。
お店の中に入ると、テーブルの上に小さなお菓子と栄養剤が置いてありました。栄養剤はお師匠様がよく作ってくれるもので、すっごい苦いんですけど、なぜか後味がほんのり甘くなるんです。
お師匠様みたいで、私の好きなドリンクです。厳しいけど、ちょっと甘い。大変なお仕事を頼んだ後はちょっと優しい。
「美味しいです」
最初どんなに苦くても、ちょっと甘さが感じられたら癖になってしまいます。ああやっぱり、お師匠様が大好き!
早く自白剤を作って、お師匠様の気持ちを聞いてみたいです。
ゴクゴクと栄養剤を飲み干し、さあお仕事を終わらせましょうと外にでると、お師匠様が瓶を洗ってくれていました。
「お師匠様、私がやります」
「いいよ。まだ休んでろ」
「でも今日は早く帰りたいので」
瓶を奪ってそう言ったら、お師匠様は再び私から瓶を奪い返しました。お師匠様の手についていた泡が、鼻のてっぺんについてしまいましたよう。
「なんか用事あるのか? だったら今日は帰ってもいいぞ。俺も今日は明日の薬の準備をするだけだし。その代わり明日少し早く来い」
「はい! わかりました!」
私は、手の甲で鼻の泡を拭って頭を下げました。今日はお言葉に甘えることにしましょう。
呪文を書きとめたノートを手に、いつもの肩掛けバックを下げてお家に帰ります。
私とお師匠様の家は十分ほどしか離れていません。
急いで帰りましょう。そうそう、チーズで罠を張って、ネズミを捕まえるのも忘れないようにしなきゃ。
*
準備を全部整えて両親が寝静まった頃、薬作り開始です。
魔法をかけるので本当は黒のローブが必要なのですが、私はまだ持っていないので私服の中から黒っぽいものを選びます。襟元に刺繍があるのはこの際ご愛嬌ですよね。
深夜の台所で精神統一します。思い出すんですよ、アミ。お師匠様がやっていた手順を。
まずはイモリを漬け込んでいた水からイモリを取り出し、両親が見つけると悲鳴を上げそうなのでお外まで捨てに行きます。そして、五センチくらいに切ったクスクス草を投入。
私が作る量は少なく、小さな鍋を使っているので予想よりすぐ煮立ってしまいます。
案外忙しいですね。次はどうするのでしたっけ。
確か……ルッコラの根をすって、呪文を唱えながらかき混ぜる……んだったはず。
呪文もメモをしたはずです。えっとえっと、これかな?
「えっと。アドアダリテ、ラカストモデス、マジョリータナ、プルンゲス!」
それから、かき混ぜるんですよね。失敗しないように、いつもよりもずっとずっと集中して右に50回、左に35回。……数、合ってますよね。後はしばらく煮ておけばいいはず。
「はーっ」
思わず安心してため息が出ちゃいます。でもでも、気を抜いちゃいけません。このお薬は失敗したくないのですから。ちゃんと座って見張っていましょう。
私は、台所の椅子に腰掛け、弱火にかけられているお鍋を見つめていました。
――――――……
口元を何かの液体が流れていきます。おっとっとこぼれてしまいますよう。
ハッと我に返って目をあけると、周りには誰もいません。嫌だ、ヨダレが出てます。私は慌てて口元を拭きました。
どうやら眠ってしまったのですね……って、ダメじゃないですか。
時計を見て、血が一気に下がっていきました。もう一時間半経っちゃってる。どうしましょう、時間が過ぎてしまいました。
鍋をのぞくと、かなり煮詰まったようには見えますがまだちゃんと薬は残ってます。
「と、とにかく続きをしましょう」
私は青くなりながらも、ネズミ捕りを覗きに行きます。
ちゃんとチーズにつられてかかっていてくれました。
私はネズミさんを掴み、小刀を出します。鈍色に光る刃先が顔を出した途端、ネズミさんは生命の危機を感じたのか暴れ始めました。
「ごめんね。ごめんね。じっとしてて」
お願いしてみても、聞き入れて貰えるはずもありません。
もがくネズミさんを押さえて切り傷をつけるのって、なんて難しいんでしょう。お師匠様って凄いです。
「えい」
「チュイイッ」
悲鳴が痛々しいです。ごめんなさい、我慢して下さい。
何とかして足に少しだけ傷をつけ、ネズミさんの血を頂戴します。
「ごめんね。ごめんね」
謝りながらお師匠様直伝の傷薬を塗ります。手を離すと、ネズミさんは不満の声をあげて走って行ってしまいました。まあそうですよね、ごめんなさい。
これで再びかきまぜて。火を消したら完了です。
「ふー。やっぱり一人だと大変」
額にじんわり浮いた汗を拭って、私は再び椅子に座り込みました。なんだかぐったりです。
私が弟子になるまで、お師匠様はずっと一人でお薬作りをしていたのでしょうか。この量でも大変なのに、あんなにたくさんの量を。
お師匠様は手際がいいので、難なくやっていたのかもしれませんが、一人きりのお師匠様を想像するだけで、私の胸は切なく締め付けられます。
もっとお役に立たなくては。力仕事でもなんでも、このアミにお任せください。
「明日はもっと頑張りますからね!」
気合も入れたところで、とりあえず今日は寝ることにしましょう。