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魔法薬あります  作者: 坂野真夢
番外編
23/34

Episode4 使い魔さん、こんにちは・後編

 お外はぴかぴかの青空です。モカちゃんは顔をぐーんと上に向けてお空を見ています。


「やっぱり夢だぁ。だってあたし、屋根の上でお月様見てママとお話してたんだもん。ママに会いたいようーって叫んだらここにいたんだもん」

「ママ? モカちゃんと同じ黒猫ちゃんですか?」

「綺麗な三毛猫なの。夢の世界なら、ママに会えるかもしれないの。お願い、ママを探して?」

「三毛猫ちゃんですね! 分かりました」


 ネコちゃん探しくらい、お安いご用です。


 私はモカちゃんを連れて、いろんな家を回りました。この村で、ネコを飼っている人は結構います。飼われていないネコちゃんも、結構自由気ままにくらしているようです。


 ぶちネコ、白猫、黒猫。ああ、三毛猫ちゃんも発見です。


「このネコちゃんですか?」

「ううん。違う。ママじゃない」


 モカちゃんは小さく首を振ると前足をこすり合わせました。


「ね、ここって面白いね。あたしが見たことないものがたくさんある」

「見たことないものって?」

「あれとか」


 ああ、物見やぐらですね? たまに消防団の人が上って、安全を確認したりするやつです。


「見たことあるものはないし」

「たとえば?」

「信号とか」


 信号っていうのは、狼煙とかああいうやつですかね。いや、あれは合図ですか?


「道路にあって、ピカピカするものなの。青く光ったらわたってもいいの。赤のときは駄目なの。そういう、決まりなの」

「へぇ。私は見たことないです。ずーっと赤だったらどうしたらいいのですか?」

「ちゃんと変わるの。アミちゃん、そんなのも知らないんだね」


 ネコちゃんに言われると変な気分です。

 すごいなぁ。モカちゃんは物知りのネコちゃんなんですね。でも、じゃあモカちゃんは何処から来たネコちゃんなのでしょう。私の知らないことを沢山知っているようですが。


 結局、三毛猫ちゃんは三匹くらい見つけたのですが、モカちゃんによると、皆違うみたいです。


 段々疲れてきて足取りも重たくなってきました。見ると、モカちゃんもそんな感じです。モカちゃんのほうが体が小さいのですから、余計疲れますよね。


「モカちゃん疲れちゃったんですか? 私でよければ抱っこしますけど」

「はあ。うんでも。アミちゃんも疲れたでしょ」

「そうですねぇ。ちょっと一度家に帰ってお休みしましょう」


 モカちゃんを抱っこして戻りましょう。ああもうクタクタです。


 増築工事は再開したらしく、家の近くまで来たら音が響いてきました。


「ねぇ、アミちゃん、さっきの変なおじさん、まだいるかなぁ」

「お父さまの事ですか? 今はお仕事してくれてますよ。私たちの寝室を作ってくれているのです」

「じゃあいないね。よかった」


 モカちゃんはそんなにお父さまが苦手なのでしょうか。じゃあ、出会わないようにキッチンで過ごしましょう。

 お部屋の中は少し涼しくて、私とモカちゃんは同時にはあーと息を吐き出しました。


「疲れましたね。ミルクでいいですか?」

「うん」


 ネコちゃんが飲むにはお皿でしょうか。探してミルクを注いでいる間、モカちゃんが私のおなかをジーっと見ています。


「アミちゃん、おなか」

「あ、わかりますか? えへへぇ。おなかに赤ちゃんが居るのですよ」

「赤ちゃん? じゃあアミちゃんはママなの?」

「そうですね。この子が生まれてきたらそうなりますね」


 そうです。私はママになるんですね。言葉にするとなんだか実感が湧くというか、ドキドキしてしまいます。


「ありがとう。おいしい」


 モカちゃんは一生懸命ミルクを舐めてます。なんて可愛いんでしょう。何でもしてあげたくなっちゃいます。赤ちゃんが生まれたら、やっぱりこんな気持ちになるのでしょうか。



 そこへ、お師匠様が水を飲みにやってきました。

 何か魔法を使っていたのか、黒のローブを羽織っています。


「おい、アミ」

「あ、お師匠様」

「黒猫? どっからつれてきた? こんなの」


 お師匠様は眉をよせてモカちゃんをじっと見つめます。


「モカちゃんと言うんですって。とっても可愛いんですよう」

「でも、なんかこいつ空気がおかしいぞ。お前まさか……」


 ギクリ。なんて鋭いんでしょう、お師匠様。

 お師匠様は使い魔とかに興味がないって、お父さまが言ってましたけど、勝手に呼び出したことが知れたら怒られちゃうでしょうか。


「えっと、実はお父さまとお話していて、教えてもらって。……その、使い魔さんを呼んでみたんです」


 言った途端にお師匠様の声に怒りが宿りました。


「使い魔を制御できるほどお前は色々使いこなしてねーだろ。まず自分の魔力をちゃんとコントロールできるようにならねぇと駄目だ」

「でもとっても可愛いのですよ」

「駄目だ。自分の能力をよく考えろ!」


 ピシャリと言い放ち、お師匠様は再び奥へと戻ってしまいます。


「……怒られてしまいました」


 悲しくてしょんぼりしてると、モカちゃんが指先を舐めてくれます。とっても一生懸命に。


 私のこと慰めてくれているんでしょうか。


 お師匠様の言うことは、色々もっともなのですけど。だって、モカちゃんこんなに可愛いんですよ?

 ああああん。ずっと一緒に居たいです!!


「モカちゃん、私とずっと一緒に居てくれませんか?」


 モカちゃんは一度私をジーっと見ました。真っ黒い体だからお目目だけがくりくりして見えます。


「……ずっとは無理よ。ミネちゃんが待ってるから」


 モカちゃんは、はっきりとそういいました。


 ミネちゃんって、誰でしょう。でももしかしたら、探してたママより、信じられる相手なのかもしれないです。

 だって、ママを探していたときはあんなに不安そうだったのに、今はとても堂々として見えるのですもの。


 ……使い魔をお願いするのは無理そうです。モカちゃんにはきっともう帰る場所があるのでしょうから。



「……そうですか」


 残念な気持ちを隠して笑ったつもりですが、声に元気が入りませんでした。

モカちゃんはもっともっと手を舐めてくれます。


 優しい、可愛い子猫ちゃん。慰めてくれてるんですね。大好きです。


 その時、指先に空気の振動を感じました。

 モクモクと白い煙がモカちゃんの足元から湧き上がります。もしかして、呼び出し呪文の効果切れですか?


「モカちゃん!」

「みゃーおん」


 もう言葉も通じなくなってしまいました。伸ばした手も届かない。煙の向こうにモカちゃんが消えていきます。


 せめてこれだけは伝わりますようにと、私は大きな声で叫びました。


「モカちゃん、ちゃんとミネちゃんのところに戻ってくださいね!」


 煙が晴れた時には、可愛い黒猫ちゃんの姿は何処にもなくなっていました。



 数分後、バタバタと歩く音が奥から近づいてきます。


「そういえばアミちゃん。そろそろ呪文が切れる頃だぞー」


 キッチンに入ってきたのはお父さまです。


「あれ、泣いてるのか?」

「お父さま」


 お別れが悲しくて涙が出てきました。可愛いモカちゃん。もっと一緒に居たかったです。

 お父様は優しい声で尋ねます。


「使い魔にはしなかったのかい?」

「ひっく。駄目です。モカちゃん、待ってる人が居るんですって」

「そうか。アミちゃんは、あの子の幸せの方を優先させたわけだね」


 お父さまはそう言うと、私の頭をぽんと叩いて出て行ってしまいました。そしてしばらくすると、今度はお師匠様が凄い勢いで入ってきます。


「悪かった!」

「はぁ?」


 どうしました、いきなり。


「お師匠様?」

「や、親父が。俺が泣かせたって言うから。さっき言い過ぎたよ。悪かった」


 あらん、お父さまったら。でもこれはきっとお父さまの優しさです。私が泣いてるから、お師匠様を呼んでくれたんですね。


 弱り果てた様子のお師匠様を見ていたら、じわじわと嬉しさが沸き上がってきます。


「ネコちゃん、帰ってしまいました」

「……そうか」

「寂しいです」

「たった一時間一緒に居ただけのネコにそんなに入れ込んだのか?」

「すっごく可愛かったんですもん」


 お師匠様とお話してるうちにようやく涙が止まってきました。こんな時に一人じゃないってとっても幸せなことなんですね。


「……どうすればいい?」

「え?」

「お前はどうすれば元気になんの?」


 照れたようにそっぽを向いて、ぶっきらぼうな口調で優しい言葉をくれるお師匠様。

 これはちょっと図に乗っても良さそうです。両手を伸ばしておねだりのポーズをします。


「ぎゅってしてくれたら元気になります」

「……今?」

「はい」

「あー」


 頭をかきながら、何度も辺りを見回して。

 お師匠様は私を抱きしめると、頭のつむじのあたりにキスをくれました。


 お師匠様の優しさで私、ポカポカになってきました。幸せです、ずっとこうしていたい。

 ところが、お師匠様はアッサリ離れてしまいます。


「はい、終わり。俺はまだ仕事あっから、じゃーな」

「えー! もうちょっと!」

「また今度な」


 ああんもう、照れなくてもいいのに。

 でも、耳まで真っ赤にして部屋を出て行くお師匠様に、胸の奥があったかくなりました。


 モカちゃん、私も大丈夫です。私にもちゃんと傍に居てくれる人が居ますもん。


「大好きです」


 ホカホカになる呪文みたいな言葉。

 

 ねぇお師匠様。私はいっつもこの言葉を唱えてるんですよ。


 だって、いつだって前よりもっとお師匠様を好きになるんですもん。



【fin.】


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