Episode4 使い魔さん、こんにちは・後編
お外はぴかぴかの青空です。モカちゃんは顔をぐーんと上に向けてお空を見ています。
「やっぱり夢だぁ。だってあたし、屋根の上でお月様見てママとお話してたんだもん。ママに会いたいようーって叫んだらここにいたんだもん」
「ママ? モカちゃんと同じ黒猫ちゃんですか?」
「綺麗な三毛猫なの。夢の世界なら、ママに会えるかもしれないの。お願い、ママを探して?」
「三毛猫ちゃんですね! 分かりました」
ネコちゃん探しくらい、お安いご用です。
私はモカちゃんを連れて、いろんな家を回りました。この村で、ネコを飼っている人は結構います。飼われていないネコちゃんも、結構自由気ままにくらしているようです。
ぶちネコ、白猫、黒猫。ああ、三毛猫ちゃんも発見です。
「このネコちゃんですか?」
「ううん。違う。ママじゃない」
モカちゃんは小さく首を振ると前足をこすり合わせました。
「ね、ここって面白いね。あたしが見たことないものがたくさんある」
「見たことないものって?」
「あれとか」
ああ、物見やぐらですね? たまに消防団の人が上って、安全を確認したりするやつです。
「見たことあるものはないし」
「たとえば?」
「信号とか」
信号っていうのは、狼煙とかああいうやつですかね。いや、あれは合図ですか?
「道路にあって、ピカピカするものなの。青く光ったらわたってもいいの。赤のときは駄目なの。そういう、決まりなの」
「へぇ。私は見たことないです。ずーっと赤だったらどうしたらいいのですか?」
「ちゃんと変わるの。アミちゃん、そんなのも知らないんだね」
ネコちゃんに言われると変な気分です。
すごいなぁ。モカちゃんは物知りのネコちゃんなんですね。でも、じゃあモカちゃんは何処から来たネコちゃんなのでしょう。私の知らないことを沢山知っているようですが。
結局、三毛猫ちゃんは三匹くらい見つけたのですが、モカちゃんによると、皆違うみたいです。
段々疲れてきて足取りも重たくなってきました。見ると、モカちゃんもそんな感じです。モカちゃんのほうが体が小さいのですから、余計疲れますよね。
「モカちゃん疲れちゃったんですか? 私でよければ抱っこしますけど」
「はあ。うんでも。アミちゃんも疲れたでしょ」
「そうですねぇ。ちょっと一度家に帰ってお休みしましょう」
モカちゃんを抱っこして戻りましょう。ああもうクタクタです。
増築工事は再開したらしく、家の近くまで来たら音が響いてきました。
「ねぇ、アミちゃん、さっきの変なおじさん、まだいるかなぁ」
「お父さまの事ですか? 今はお仕事してくれてますよ。私たちの寝室を作ってくれているのです」
「じゃあいないね。よかった」
モカちゃんはそんなにお父さまが苦手なのでしょうか。じゃあ、出会わないようにキッチンで過ごしましょう。
お部屋の中は少し涼しくて、私とモカちゃんは同時にはあーと息を吐き出しました。
「疲れましたね。ミルクでいいですか?」
「うん」
ネコちゃんが飲むにはお皿でしょうか。探してミルクを注いでいる間、モカちゃんが私のおなかをジーっと見ています。
「アミちゃん、おなか」
「あ、わかりますか? えへへぇ。おなかに赤ちゃんが居るのですよ」
「赤ちゃん? じゃあアミちゃんはママなの?」
「そうですね。この子が生まれてきたらそうなりますね」
そうです。私はママになるんですね。言葉にするとなんだか実感が湧くというか、ドキドキしてしまいます。
「ありがとう。おいしい」
モカちゃんは一生懸命ミルクを舐めてます。なんて可愛いんでしょう。何でもしてあげたくなっちゃいます。赤ちゃんが生まれたら、やっぱりこんな気持ちになるのでしょうか。
そこへ、お師匠様が水を飲みにやってきました。
何か魔法を使っていたのか、黒のローブを羽織っています。
「おい、アミ」
「あ、お師匠様」
「黒猫? どっからつれてきた? こんなの」
お師匠様は眉をよせてモカちゃんをじっと見つめます。
「モカちゃんと言うんですって。とっても可愛いんですよう」
「でも、なんかこいつ空気がおかしいぞ。お前まさか……」
ギクリ。なんて鋭いんでしょう、お師匠様。
お師匠様は使い魔とかに興味がないって、お父さまが言ってましたけど、勝手に呼び出したことが知れたら怒られちゃうでしょうか。
「えっと、実はお父さまとお話していて、教えてもらって。……その、使い魔さんを呼んでみたんです」
言った途端にお師匠様の声に怒りが宿りました。
「使い魔を制御できるほどお前は色々使いこなしてねーだろ。まず自分の魔力をちゃんとコントロールできるようにならねぇと駄目だ」
「でもとっても可愛いのですよ」
「駄目だ。自分の能力をよく考えろ!」
ピシャリと言い放ち、お師匠様は再び奥へと戻ってしまいます。
「……怒られてしまいました」
悲しくてしょんぼりしてると、モカちゃんが指先を舐めてくれます。とっても一生懸命に。
私のこと慰めてくれているんでしょうか。
お師匠様の言うことは、色々もっともなのですけど。だって、モカちゃんこんなに可愛いんですよ?
ああああん。ずっと一緒に居たいです!!
「モカちゃん、私とずっと一緒に居てくれませんか?」
モカちゃんは一度私をジーっと見ました。真っ黒い体だからお目目だけがくりくりして見えます。
「……ずっとは無理よ。ミネちゃんが待ってるから」
モカちゃんは、はっきりとそういいました。
ミネちゃんって、誰でしょう。でももしかしたら、探してたママより、信じられる相手なのかもしれないです。
だって、ママを探していたときはあんなに不安そうだったのに、今はとても堂々として見えるのですもの。
……使い魔をお願いするのは無理そうです。モカちゃんにはきっともう帰る場所があるのでしょうから。
「……そうですか」
残念な気持ちを隠して笑ったつもりですが、声に元気が入りませんでした。
モカちゃんはもっともっと手を舐めてくれます。
優しい、可愛い子猫ちゃん。慰めてくれてるんですね。大好きです。
その時、指先に空気の振動を感じました。
モクモクと白い煙がモカちゃんの足元から湧き上がります。もしかして、呼び出し呪文の効果切れですか?
「モカちゃん!」
「みゃーおん」
もう言葉も通じなくなってしまいました。伸ばした手も届かない。煙の向こうにモカちゃんが消えていきます。
せめてこれだけは伝わりますようにと、私は大きな声で叫びました。
「モカちゃん、ちゃんとミネちゃんのところに戻ってくださいね!」
煙が晴れた時には、可愛い黒猫ちゃんの姿は何処にもなくなっていました。
*
数分後、バタバタと歩く音が奥から近づいてきます。
「そういえばアミちゃん。そろそろ呪文が切れる頃だぞー」
キッチンに入ってきたのはお父さまです。
「あれ、泣いてるのか?」
「お父さま」
お別れが悲しくて涙が出てきました。可愛いモカちゃん。もっと一緒に居たかったです。
お父様は優しい声で尋ねます。
「使い魔にはしなかったのかい?」
「ひっく。駄目です。モカちゃん、待ってる人が居るんですって」
「そうか。アミちゃんは、あの子の幸せの方を優先させたわけだね」
お父さまはそう言うと、私の頭をぽんと叩いて出て行ってしまいました。そしてしばらくすると、今度はお師匠様が凄い勢いで入ってきます。
「悪かった!」
「はぁ?」
どうしました、いきなり。
「お師匠様?」
「や、親父が。俺が泣かせたって言うから。さっき言い過ぎたよ。悪かった」
あらん、お父さまったら。でもこれはきっとお父さまの優しさです。私が泣いてるから、お師匠様を呼んでくれたんですね。
弱り果てた様子のお師匠様を見ていたら、じわじわと嬉しさが沸き上がってきます。
「ネコちゃん、帰ってしまいました」
「……そうか」
「寂しいです」
「たった一時間一緒に居ただけのネコにそんなに入れ込んだのか?」
「すっごく可愛かったんですもん」
お師匠様とお話してるうちにようやく涙が止まってきました。こんな時に一人じゃないってとっても幸せなことなんですね。
「……どうすればいい?」
「え?」
「お前はどうすれば元気になんの?」
照れたようにそっぽを向いて、ぶっきらぼうな口調で優しい言葉をくれるお師匠様。
これはちょっと図に乗っても良さそうです。両手を伸ばしておねだりのポーズをします。
「ぎゅってしてくれたら元気になります」
「……今?」
「はい」
「あー」
頭をかきながら、何度も辺りを見回して。
お師匠様は私を抱きしめると、頭のつむじのあたりにキスをくれました。
お師匠様の優しさで私、ポカポカになってきました。幸せです、ずっとこうしていたい。
ところが、お師匠様はアッサリ離れてしまいます。
「はい、終わり。俺はまだ仕事あっから、じゃーな」
「えー! もうちょっと!」
「また今度な」
ああんもう、照れなくてもいいのに。
でも、耳まで真っ赤にして部屋を出て行くお師匠様に、胸の奥があったかくなりました。
モカちゃん、私も大丈夫です。私にもちゃんと傍に居てくれる人が居ますもん。
「大好きです」
ホカホカになる呪文みたいな言葉。
ねぇお師匠様。私はいっつもこの言葉を唱えてるんですよ。
だって、いつだって前よりもっとお師匠様を好きになるんですもん。
【fin.】




