2.魔法薬の作り方
そうと決まれば話は早いのです。
「さあ、お師匠様、明日作る薬の仕込みをしましょう!」
「なんだ? やけに張り切ってんな、アミ」
眉根を寄せて、不審そうな表情で私を見つめるお師匠様。そんな顔も格好いいですよ。でもね、今は恋にうつつを抜かしている場合ではありません。真剣に、本気で! 薬の作り方を覚えなくては。
「自白剤とか格好いいです。私もぜひ! お手伝いしたいです!」
胸の前で拳を握りしめて熱弁するも、お師匠様の反応はイマイチです。眉を下げられてしまいました。
「あー、でもなぁ。こいつはちょっと繊細なんだよな。お前じゃ無理かも」
「えー?」
そんなぁ。
あからさまにしょげる私を見てため息をついたお師匠様は、本棚から一冊の本を取ってきて見せてくれました。
「これが作り方だ。ちょいと手順が難しいんだよ。材料も揃えなきゃならんしな。気になるなら読んでみればいい。それより、今日のところは今出来たこの薬の瓶づめを頼む。百本、均等に入れろよ」
「はぁい」
お師匠様が、外のドラム缶で熱湯消毒していた瓶の山を持ってきてくれました。ザルに入れられてはいますが、ホカホカ湯気が出ていてまだ熱そうです。今触ったらやけどしそう。
「今日は瓶づめが終わったら帰っていいぞ。俺は材料集めに行ってくるからな」
「はーい。お気をつけて!」
ピシッと背筋を伸ばして言うと、お師匠様はクスリと笑います。
「はは。アミはいつも元気だな」
「それが取り柄です!」
「じゃあ行ってくる」
パタンと扉が閉まり、お師匠様の姿が見えなくなりました。椅子の上にお薬調整のために一瞬だけ来た黒のローブが残されていたので、いそいそとたたんでみます。ついでに、ちょっとだけ匂いを嗅いでみたりして。
「あ、だめだぁ。臭い」
お師匠様の匂いを期待したのに、薬のキョーレツな匂いしかしませんでした。うはぁ、意識が飛びそうです。
ああんもう、残念。
でも、いいです。頑張ります。私の元気の元は、お師匠様の笑顔ですもん。
さっきの一言でもう元気一杯、徹夜もできそうです。
「ようし、瓶づめするぞう」
腕まくりをして、ぐつぐつ煮えたぎった薬をろうとを使って移していきます。
『咳がでなくなりますように』
ゆっくり願いを込めながら、お薬を移していきます。
これは、お師匠様に一番最初に教わったことです。魔法薬に大切なのは、魔力もそうだけど心だって。
心をこめて作った薬は必ず効くから、アミは瓶を洗う時も薬を詰めるときも煮こむ時も必ずそれを願えって。
お師匠様は口は悪いけど、心はとっても優しい人。
だってお師匠様の薬は、いつだってすごくよく効くんですもの。
**
薬の瓶づめが終わるまでにお師匠様が帰ってこなかったので、私は手近にあった紙に、『自白剤』の作り方をメモすることにしました。
**材料**
三日干しのイモリ
クスクス草
ルッコラの根
ネズミの生き血
朝露数滴
**作り方**
1.大鍋に半分ほどの水を入れ、三日干しのイモリを漬け込んでおきましょう。
2.一晩経った後、それを取り除き、五センチほどに刻んだクスクス草を入れ火にかけます。
3.煮だったら、ルッコラの根をすりいれ、右に五十回、左に三十五回かき回します。
この時に、魔力を込めるのを忘れないように。口ずさみの呪文が効果的です。
4.さらに一時間ほど煮込んだところで、ネズミの生き血を数滴加えます。
5.そのあと、右に三十五回、左に五十回かき回します。
6.そのまま火を止め、余熱にて一晩過ごし、早朝に朝露を数滴入れて出来上がり。
7.クスクス草はすでに成分が煮出されているので、瓶詰めする際には、濾して入れるようにしましょう。
(※葉の食感が残ると、不快感が出るので自白の効果が弱まります)
***
「……こうしてみると簡単そうだけど」
私はレシピを書き写しながら、ため息一つ。
クスクス草とルッコラの根は、裏の畑で栽培されているのですぐにとってこれます。ネズミもチーズでおびき寄せれば私でも何とか捕まえられると思うのです。
「三日干しのイモリかぁ」
うちの両親はイモリとかヤモリとかカエルとか、その手の生き物は全般好きではないらしく、一度部屋に干していたら、失神されたことがありました。
だから、ちょっと家でやるのは難しいのです。
「お師匠様の貯蔵部屋をあさってみようかな」
貯蔵部屋には、日別管理された干した草や生き物なんかが置かれています。
普段はあまり入れてもらえないその部屋にこっそり入り、きょろきょろとあたりを見回します。
どうして、悪いことをしようという時には、誰もいなくても挙動不審になってしまうのでしょう。
「お師匠様ごめんなさい。一つだけくださいイモリ!」
貯蔵棚の前で頭を下げ、三と書かれた物干しからイモリを一つ拝借します。見つからないように、メモを取った紙に包んで、こっそりポケットに忍ばせましょう。
さあ、後は畑によってクスクス草と、ルッコラの根を採ってこなきゃ。
泥棒さながら一通り必要なものを探し出し、私は帰り道につきます。
お師匠様、許して。私どうしても、この自白剤をつくってみたいんです。
そして知りたい。あなたの気持ちを、知りたいんです。
**
「アミちゃん、遅れるわよぉ」
ママのおっとりとした声がします。
「ま、ママっ。入っちゃダメです。今っ、今すぐ出ます」
「なあに、何かママに内緒にしてるの? アミちゃんたら、一人前に隠し事するなんてぇ」
さめざめと泣く声がします。いやん、とっても面倒くさいです。
でもね、ただいまイモリ水をつくろうと、私の部屋にはバケツが持ち込まれ、その中には三日干しのイモリがプカプカ浮かんでいるんですよ。
こんなの、ママが見たら卒倒しちゃいます。
平和のためです、娘の隠し事くらい我慢して下さい。
「ママがキライな訳じゃないです。私もお年頃なのですよ」
後ろ手に扉を閉めて、ママを抱きしめると、ふわりといい匂いがします。
「そうなのね。寂しいわ、アミちゃん」
いつまでも少女みたいなママが小首をかしげて私を見ます。
「だから、お部屋には入らないでくださいね」
「なんだかお年頃の男の子みたいなこと言うのね?」
男も女も関係ないのです。
親に見られたくないものの一つや二つあるのですよ。
「では、ママ、行ってきます!」
専業主婦のママに手を振って、私はお師匠様の元へ参ります。
*
そして、お師匠様の大鍋の中にも、同じように昨日から漬け込まれたであろうイモリがプカプカ浮いています。
お師匠様は黒のローブを着こみながら、机に置いた自白剤のレシピを目視で確認しています。
黒のローブを着るということは、魔力を込めるお薬なのですね。
魔法薬には、ハーブなどの植物自体に宿る効能を利用したものと、魔法使いの魔力を封じ込めたものと二種類あります。
前者は私のような見習いでも作れるんですが、後者は正式な魔法使いが作らないといけません。
って考えると、やっぱり自白剤は難しい物なのですね。
でもでも、お師匠様は昔、私が弟子入り志願した時に、『アミは魔力だけは豊富にある』って言ってくれたし、可能性がないわけではないと思うのです。
拳を握りしめていると、頭を本で叩かれました。
「こら、何ボケっとしてるんだ。レシピは読んでみたか?」
「読みましたよう」
それどころか、メモって持ち帰ったりもしました。
「まあ手順は書いてある通りなんだよ。ポイントは、魔力の込め方だな。今回は横で見てろ」
私が興味があるといったからでしょうか。いつもよりも丁寧に教えてくれます。ポロッと言ったことでも、ちゃんと覚えていてくれる。うん、やっぱりお師匠様は優しいです。
「じゃあ、ここから見てます」
私は、言われたとおりに鍋が横から見える位置にスタンバイします。
お師匠様は大きな手で、先ほど私が五センチに刻んだクスクス草を一つかみとり、お鍋に投入します。煮え立っていた鍋が一瞬温度を下げたのか静かになり、再びグツグツとあぶくを立て始めます。
お師匠様は神妙な顔で、鍋の中を見続けています。
私も、負けじと鍋の中を……と思うけど、お師匠様があんまり格好良いのでどうしても見とれてしまいます。お鍋にヤキモチ焼いちゃいそうです。私なんてそんなふうに見つめられたことないですもん。
次に、お師匠様はルッコラの根をとりだし、すりいれました。私、お師匠様のこの作業見てるの大好きなんです。だってね、男の人の手ってただでさえ格好いいのに、力を込めると筋が浮かび上がって、とってもたくましく思えるんですもの。
ああもっと、ずっとすり続けてくれたらいいのに。
私がお師匠様の手に夢中になっているうちに、ルッコラの根はすっかりすりおろされてしまいました。
お師匠様は、その後小さく何かの呪文を口ずさみながら、右に50回、左に35回かき混ぜます。
「しばらく煮るぞ。時間測ってくれ。1時間な」
「はい!」
私は仕事部屋の壁にかけられている鳩の出てくる時計を見ました。
今は10時15分。いつも忘れてしまうので、今日はメモをとりましょう。
「ねぇ。お師匠様。さっきの呪文はどんな呪文なんですか?」
「ああ。あれは口遊みの呪文だ。心に思ったことを独り言に出す呪文。この薬のキモみたいなもんだな」
「私にも教えてください!」
「難しいぞ。
【アドアダリテ ラカストモデス マジョリータナ ブルンゲス】
これを混ぜてる間ずっと繰り返すんだ」
「あ、メモをとらせてください」
お師匠様が言った呪文を、ノートに書き込みます。
うん。呪文さえ分かれば、見習い魔女でも何とかなるはずです。
ブツブツ呟いていると頭にポンと何かが乗った気配。何事かと手を伸ばせば、お師匠様の手とぶつかりました。
ええええ! お師匠様が私の頭の上に手を?
見上げれば、ニヒルに笑うお師匠様。
「今日はやる気あるんだな。偉いぞ」
「は。はいぃ」
今ので、私、二週間位お休みなくても働けそうです。