Episode3 ラベンダーの花言葉・3(ややR15)
ママの美味しいお茶とお菓子を頂いて外にでるともう夕日になっていました。
大変です。お師匠様が帰ってきてしまいます。
少し小走りで帰ると、やっぱり明かりがついていました。
「すいません。遅くなりました」
なんて言い訳しようか考えながらお家に入ると、お師匠様は読んでいた魔術書から顔を上げてため息をつきました。
「お帰り。何処行ってたんだ?」
「あ、ママのところです」
「ふうん。元気だったか?」
「ええ。とっても。いつもどおりです」
なんとなく世間話でごまかせそうです、と胸をなでおろした時、お師匠様がいきなり核心を着いてきました。
「ところでアミ。あのガキ今日家に入れただろう」
「え!」
ギクリです。切っ先鋭い枝を心臓に突き刺されたよう。ああんもう、何でそんな鋭いんですかお師匠様。
「な、なななな、なんで」
「ハーブの棚がぐちゃぐちゃになってる。お前はこういうことしないだろ?」
ああ……。確かにゲンくんが適当に触ってましたね。
「……すみません」
「謝ることは無いけどよ。あんまりあのガキに深入りするなよ」
そうは言われましてもね。でも気になって仕方ないのですもん。
「でもお師匠様。ゲンくん、本気みたいなので、力になってあげたいんです。本気で大人になりたいんですよ」
「大人に、……なってどうすんだよ」
「え? どうって」
お師匠様の問いかけに、私は応えることが出来ません。
「体を大きくする薬をつくれないことはない。でも、体だけ大人になってどうすんだ。見ての通りアイツは人とちゃんと会話することさえ出来ないガキなんだぞ? 体が大人になれば、人はその人間を一人前として扱う。その扱いに見合う精神年齢がアイツにはないだろう」
「それは……」
そうかも知れないです。体だけ大人になったって、辛いのは本人です。
こういうとき、お師匠様は大人だなって思うんです。私は目先の現実にすぐ夢中になってしまいますが、お師匠様はちゃんと先のことまで考えられるのですもの。
ああ一気に落ち込んできてしまいました。
「……私も子供ですね」
ポツリとそう言ったら、お師匠様が変な顔をしました。
「アミ?」
「子供がお腹にいるんだし、お仕事もしてるんだから大人だって思ってましたけど。私も子供みたいです。後先考えなくて。……ごめんなさい」
あまりに幼稚な自分がなんとなく悲しくて。私はうなだれて椅子に座ります。お師匠様は途端に焦ったように私の顔を覗き込みました。
「俺は別にお前のことは怒ってないぞ?」
「違うんです。怒られてしょげてる訳じゃないんです」
どうやっても、縮めることの出来ない年齢差。でももしかしたら、年齢差以上に精神年齢差があるんじゃないか、なんて思ってしまったんです。私、本当にお師匠様と釣り合っているんでしょうか。情けなくて恥ずかしくなってしまいます。
「……ガキってのは、自分で何にもしないくせになんとかしろーって騒ぐ奴のことを言うんだよ。アミは違うだろ。失敗は確かにするけど、お前は何でも自分でやろうとするじゃないか」
それは好奇心の表れといいましょうか。責任を取ろうとしているわけでも無いのですが。
焦っているお師匠様をじっと見つめると、不意に手が伸びてきて私の顎を掴んで持ち上げました。
「……それに」
重なる唇。いつものお師匠様からは考えられないほど自然な動作です。
私はドキドキして、泣きたくなるくらい嬉しくて、じっとお師匠様を見つめていました。
「俺は、ガキにキスはしない」
お師匠様は視線を反らすと、手を離して奥の寝室のほうへ行ってしまいました。
「ま、待ってください」
さっきのキスは、まるで言葉みたいでした。
いつも照れて途中で黙ってしまうお師匠様の、普段は聞こえない甘い言葉。
もっと聞かせてください。お師匠様の心からの声、私、たくさん聞きたいです。
その気持ちのまま、背中を向けてベッドに腰掛けているお師匠様に後ろから抱きつくと、しばらくの沈黙の後、ゆっくり腕を解かれました。
振り向いたお師匠様の照れた顔。見惚れていると額にキスをしてくれました。
「私、お師匠様が好きです」
「……知ってる」
「大好きです」
照れないでください。もっと話をして、私にも話させてください。
言葉で伝えきれない気持ちを、今日は教えて下さい。
私の願いが通じたのか。お師匠様はたくさんキスをしてくれました。最初は唇に、そして首に、肩に。体中に刻むようにたくさん。
アミダがお腹に宿った日のことを、私は残念ながら覚えていないので、記憶の上では初めての夜です。なのに少しも怖くはなくて。むしろ、こうなることが自然なような気がしました。
普段の私からでは絶対に出ないような甘い声も、普段のお師匠様からは絶対に聞かされないような荒い呼吸も、みんなみんな魔法の一部みたいに、とても甘くて幸せな記憶を作り出したのです。
そうして、二人で時を刻んでいると、いつの間にかすっかり真っ暗になっていました。
最初になったのは私のお腹。
「ひゃん」
「ぷっ」
恥ずかしくて変な声を出したら、お師匠様が私を抱きしめてくれていた腕を解いて、笑い出します。
「そういや、夕飯くってなかったな」
「ですね。お腹すきました。お師匠様もすきましたよね」
「すいたな。今日は俺が作ってやるよ。もう少し休んでろ」
上半身を起こしたお師匠様が服を着こむ気配がします。
「は、はい。ごめんなさい。私、奥さんなのに夕食も作らず」
「気にすんな。もう最高のご馳走を頂いたから」
「ほえ?」
お師匠様の言ってる意味は分かりませんでしたが、お夕飯をつくってくれるというお言葉には甘えることにしましょう。なんだかちょっと体が痛かったりしますし。
立ち上がって部屋を出ようとするお師匠様を見送ってから、もう一度ベッドにもぐりこみます。お師匠様の肌の感触を思い出してしまって、私は布団にくるまり悶えていました。




