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魔法薬あります  作者: 坂野真夢
番外編
18/34

Episode3 ラベンダーの花言葉・2

 翌日、お師匠様はいつものように、午前中は配達と材料の調達に出かける予定です。お腹に赤ちゃんがいると分かってからは、お師匠様はちょっと過保護になりました。激しく動くのも重いのを持つのもダメで、配達なんてもっての他だそうです。


 口調は怖いんですが、こういうところが本当に優しいんです。このギャップもまた堪らないんです。

 だけど、私は仕事が少なすぎて、退屈してしまうのですけど。


「昨日のガキが来てもほっとけよ」


 荷物を鞄いっぱいに詰め込んでから、釘を刺すように言われます。


「でもお客さんですよ?」

「ああいうの客っていわねーの」


 お師匠様はそれはそれはくどくどと『お客とはどういうものか』を語り、私に通じていないのが分かると、諦めたようにため息をついて出て行ってしまいました。


 ごめんなさい、お師匠様。心配をかけていますね。

 なんとなく言いたいことは分かるのですけども、ゲンくんが何かを求めてここに来たのは本当だと思うのですよ。だからやっぱり、お客さんだと思うのですけど。


 そうしてお昼頃、再び華麗なリズムで扉がノックされます。絵を描くって言っておられましたし、芸術的な才能があるんでしょうね、きっと。


「はぁい」


 扉を開けると、やっぱりそこに居たのはゲンくんです。


「今日はアイツいる?」

「アイツってお師匠様のことですか?」

「そうだよ! 昨日締め出しやがって、やな奴!」

「お師匠様は優しい方ですよ。ゲンくんこそ、お口が悪いと大人に嫌われますよう」


 一応たしなめてみますと、ゲンくんはほっぺをぷーと膨らませました。

 何か地雷を踏んでしまったのかも知れません。さっきまでの滑るような口調がピタリと止まってしまいました。


「なんだよ。皆して大人ぶって。……だから俺だって大人になりたいのに」

「ゲンくん?」


 いじけてしまったのでしょうか。どうしましょう。困りましたね。

 お師匠様はほっとけって言ってましたけど……それも私的には……うーん。

 ほっとけ、ほっとけ、……ホットケーキ。


「そうです! ホットケーキでも焼きましょう!」

「はぁ?」


 名案を思いついたとばかりに両手を合わせると、ゲンくんは怪訝そうな表情で私を見ました。

 

「一緒に焼きましょう、ゲンくん」


 にっこり笑ってみせると、ゲンくんは顔をひくつかせつつ笑ってくれました。



 そんな訳で、私とゲンくんはテーブルでホットケーキをつついています。若干のお焦げはご愛嬌ということにしておきましょう。


「苦い」


 あら。ゲンくんは細かいことが気になるみたいです。


「シロップつけたら気になりませんよう」


 言い返してみたら、ゲンくんは呆れたようにため息をつき、焦げたホットケーキを目線の高さまで上げました。


「魔女のねーちゃん、いつもこんな料理作ってんの? へったくそ」

「これでも少しずつ上手になってるんですよ?」

「モニカねーちゃんなら、何作っても上手なのに」


 ゲンくんの顔が、花が咲いたみたいにほころびました。子供らしい表情は、出会ってからはじめて見たかも知れないです。


「モニカさん、知ってますよ。初等学校で後輩だったのです」

「え? 魔女のねーちゃんのほうが年上?」

「そうです。私十八歳ですよ?」

「へぇ。意外。モニカねーちゃんのほうが大人っぽい」


 呆れたように言われてしまいました。


「まあそれは認めますけどね」


 モニカさんの話をするときだけ、とても嬉しそうなゲンくん。これは鈍い私でもさすがに分かります。


「ゲンくん、モニカさんが好きなんですね?」


 途端にゲンくんの顔が真っ赤になりました。うふふ。こんなところは子供らしいのですね、可愛いです。


「大人になりたいのはそのせいですか?」


 ゲンくんは十歳って言ってましたよね。モニカさんは私より一つ年下だから十七歳。その差は七歳。ちょうど私とお師匠様の年の差と一緒なので人事とは思えません。


「……モニカねーちゃん。結婚するんだ」

「結婚? 学校行ってたんじゃなかったでしたっけ」


 卒業は来年あたりって話だったと思うんですけど。


「セイリャク結婚だよ! 家のためにするんだ!」

「ええええええ」


 政略結婚なんて、今時あるんですか! びっくりです。

 ゲンくんは私の反応に満足したように頷くと、身を乗り出してきました。

 

「だから、俺が助けてあげるんだ。大人になればさ、俺がモニカねーちゃんを守れるだろ?」

「なるほど」


 そうか。そうですよね。家のための結婚なんて悲しいです。やっぱり結婚は好きな人としないと。


 それにしても政略結婚するほどお金に困ってるんでしょうか。コールゴールさんのお宅は、村一番のお金持ちですのに。


「……でも、ゲンくん、ごめんなさい。子供が大人になれる薬ってないのですよ」

「魔法使いだろ? 作れないの?」

「お師匠様なら何か出来るかもしれませんが。私は見習いですので、レシピがないと作れません」


 レシピがあっても失敗してますけどね。


「なんかないのかよ! 探してよ!」

「ええー」


 困りましたね。でも何もせずにできません、ってのもお店としては情けない限りです。何か探してみましょうか。


「じゃあ、ちょっと本で探してみますから。食べながら待っててください」


 私は失礼して貯蔵部屋に向いました。そして本棚に並んでいる魔法薬のレシピをぱらぱらとめくります。すると、後を追うようにゲンくんが入ってきたのでびっくりです。


「ゲンくん、駄目です。このお部屋はお客様立ち入り禁止なのです」

「ケチ。いいじゃん。一人で探すより二人で探すほうが早いだろ? 俺、ちゃんと字は読めるよ?」

「それはそうなんですが」


 困っている私を横目に、ゲンくんは低い棚から本を取り出して眺めます。そしてパラパラと見ながら、鼻をくんくんさせます。


「……この匂い」

「え? 匂い?」

「これラベンダーの匂いだろ?」

「ああ」


 窓際には、確かにラベンダーが逆さにしてつるされています。乾燥してから貯蔵しようと思って干していたのですね。


 それにしても鼻がいいですね。この部屋は、風邪薬の強烈な匂いやら薬草類の匂いやら、色々と混ざってしまっているので、私は鼻が麻痺してしまっていて嗅ぎ分けられませんが。


「そろそろラベンダーの季節も終わりですけどね」

「まだ少し庭に咲いてる。モニカねーちゃんが好きなんだ。よく庭に出て……泣いてる」

「え?」

「一人のとき、誰も見てないところで泣いてるんだ。だから俺、ねーちゃんは結婚がイヤなんだろうなって思うんだよ」

「そうなのですか」

「俺が守ってあげるんだ」


 いたずらっ子みたいなゲンくんが、モニカさんの話をしてるときだけはなんだか格好いいです。本当に好きなのでしょうね。

 私、何かしてあげれるとよいのですが。


「ゲンくん。私、何かいい方法探しておきますから。また明日来て下さいな」

「んー。わかったよ。またね」


 そうして、ゲンくんが帰って行った後、私は実家に向かうことにしました。ママならお友達も一杯いますし、何かいい情報を持ってるんじゃないかなって思ったんです。


 たった十分ほどの距離ですけど、帰るのは久しぶりです。


「こんにちは、ママ」

「あらぁ。アミちゃん。来たの?」


 ママが玄関に入ってくる私を見て、嬉しそうに笑いました。


「今お客さんが来てるのよ。アミちゃんも一緒にお茶しましょう?」


 リビングに入ってびっくりです。なんてタイムリーなんでしょう。そこにいたのはコールゴールさんの奥さんです。


 コールゴールさんの奥さんは、理知的な顔に笑顔を浮かべて私を見つめました。


「アミちゃん、大きくなったわね。新婚生活はどう?」

「楽しいです。失敗ばかりですけれど、お師匠様に呆れられないように頑張っていますよ。コールゴールさん」

「コールゴールさんちのモニカちゃんも、来春結婚ですって。今日は結婚衣裳の相談にいらしたのよ?」


 ますますいい感じです。天は私に味方していますね。これは聞きたいことが聞けるかもしれません。


「モニカさんは、絵の学校に行っていたのではなかったでしたっけ」

「ええ。私と同じように絵を描いてくれたらって思ってたんだけど。才能ってやはり限界があるのね。筋で言ったらゲンのほうがいいの。あ、ゲンってのは今うちで面倒見てる子供なんだけど」


 知ってますよ。ついさっきまで一緒にいましたもん。


「結局今は違うことをしてるわ。一応入学したからには卒業だけはさせるつもりだけどね。モニカは結婚して家庭に収まったほうが幸せなのかもしれないわ」


 ええ? そうなのですか。

 私から見たらモニカさんもとってもお上手でしたのに。でもそれで政略結婚させられるのだとしたら、やっぱり可哀想です。モニカさん、まだ十七歳ですのに。


「でも遠くに行くのでしょう? コールゴールさん寂しくなるわね」

「まあね。仕方ないわ。それが本人のためよ」


 ママは以前にも聞いているのか、細かいところを聞いてくれませんでした。ううん、肝心なことが分かるようで分かりませんね。

 コールゴールの奥さんもモニカさんの幸せを願ってるようなのですけど、だとしたら政略結婚なんておかしいと思うのですけど。


 とにかく、結婚するのは確かなことと、結婚したら遠くに行ってしまう。そのことだけは分かりました。


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