Episode2 親父襲来・前編
カタリ村は今日も平和だ。窓から差し込む日光が、部屋の温度を適度に温め、座っていると眠くなる。
「いかん。寝てる場合じゃない」
貯蔵部屋の整理も良いが、肉体労働をしないと体がなまりそうだ。俺は椅子から立ち上がり、痛くなるほどに体を伸ばす。
頼んでたヤツがくる前に、出来る限り仕事を終わらせておかないとな。
「お師匠さまぁ。お薬みてくださぁい」
隣の部屋から響くのはアミの声だ。今日は栄養剤を作らせていたんだが、果たしてちゃんと出来ただろうか。
先日、村人を集めた結婚式を終え、俺達は形式上は“夫婦”になっている。翌日からアミはこの家に住み始めたのだが、相変わらず俺を呼ぶときは“お師匠様”だし、俺も腹の子が気になって手を出す気にはならず、結局は師弟関係が続いているようなものだ。
「どれ、見せてみろ」
扉を開けるなり、アミは鍋の中からお玉ひとすくいぶんの薬を茶碗によそって、ニコニコしながら俺に寄越した。
「どうですかぁ?」
上目遣いで見るなよ。仕事中なのに気が散るじゃないか。
「大体よさそうだけど、何か妙な匂いじゃないか?」
「そうなんですよねぇ。書いてある通りに作ってるんですけど」
「ちょっと直すな」
これだとおそらく栄養が強すぎて逆に毒になるパターンだ。軽く効果を抑える魔法をかけ、香料を追加する。
前々から、書いてある通りにやって失敗できるアミを不思議に思っていた。
魔法薬と言うのはレシピがあるのだから失敗しにくいものなのだ。作り手の魔力の強さによって効果の強弱は変わってくるが、基本アミは魔力は強いので、普通に作っただけでも効能のいい薬が作れるはずだと。
それがおかしな失敗にばかりなってしまうのは何故なんだ、と。
原因はおそらく、魔力が強すぎて自分で扱いきれないからなのだろう。それに気づけたのはあの自白剤事件のお陰だ。アミダが現れた時、アミの魔力は分裂により半減していた。その期間だけは薬を上手くつくれていたので、あれがアミの制御できる魔力レベルなのだろう。
とは言え、いちいち薬で魔力を下げるわけにもいかないので、今後彼女に薬作りを続けさせるためには、アミが自分の魔力を制御できるくらいに精神力を高めてやらなきゃならない。
「……できる気がしないな」
「え? なんです?」
「や、なんでもねぇ」
できる気はしないが、今更魔法薬づくりは諦めろとも言えない。長期戦で頑張るしか無いんだろう。
最終調整をしてひと混ぜし、アミにお玉を渡す。
「よし。これでいいだろ。冷めたら瓶詰め頼む。俺はちょっと出かけてくるから」
「どこに行くんですか?」
「大工のキートンのとこ」
「キートンさん? どうしてですか?」
「木材を頼んでるんだよ。この家狭いだろ? 子供も生まれること考えりゃさ。そのうち増築しなきゃって思って手配してたんだ」
ついでに薬を配達してこようと、作りおきの薬をカバンに積めて家を出ようとすると、瞳をキラキラさせたアミがとことこすり寄ってくる。なんだ? 猫みてぇだな。
「なんだよ」
冷たく言ってもアミは少しもめげない。腕に頬をすり寄せてニコニコと甘えてくる。
「えへへぇ。嬉しいです! 私とアミダのこと考えてくれてたんですね」
「……っ、行ってくるからな!」
カッと熱くなった頬を見せないようにそっぽを向いて家をでる。
どうにも俺は素直に感情を表現するのは苦手で、アミのような態度にどう返したらいいのか分からない。
分からないから考えたくも無いのだ。
さあ、余計なことは忘れて大工のところに行こう。そのうち、頼んでおいた助っ人も来るはずだ。
*
家を出てすぐに、ふわっと風が吹いて俺の髪をなびかせる。釣られるように見上げると一点の曇りも無い青空……イヤ、点があるな。青の中に目障りな黒い点。
黒い一点は徐々に大きくなりその形をはっきりとさせていく。
カラスでもない、鷹でもない。無意識に舌打ちが飛び出す。それはホウキに乗った魔法使い。胡散臭い口ヒゲをはやし、どっからもってきたのか黒いシルクハットをかぶった怪しいおっさん魔法使い。
空いた口がふさがらない。よりによって一番会いたくない奴が来やがった。
男は俺を見つけると、ホウキに乗ったまま俺の目線まで降りてきた。
「やあ、イーグ久しぶりだな」
「何でここにいやがる、親父!」
「お前が手紙くれたんじゃないか。結婚したんだってな、おめでとう!」
「俺は兄貴を呼んだんだよ」
「あいにくだな。バーグは奥方が産気づいていて来れなくなったんだ。三人目だぞ。今度こそ男がいいな。
だからわしが代わりを頼まれたんだ。ほれ、ちゃんと感謝しろ」
「マジか。だったら誰も来ないほうが良かったのに」
兄貴め。俺が親父を苦手としているのを知っているくせに。
「何を言う、この親不孝息子が。大体結婚式に呼ばないなんてどういうことだ」
ストンと地面に足をつけて、わざわざ顔を斜め45度の角度に向け、気取ったポーズを取る親父。はっきり言おう、ウザい。
親父は声がでかい。そのせいだろう、ひょっこりとアミが顔を出した。
「お師匠様、誰か来てるんですか?」
またタイミングの悪いところで出てくるな。
「おお可愛らしいお嬢さん。君はイーグのお弟子さんかい?」
「は、はい。アミと言います。……あの」
「わしはこいつの父親だ」
「お父さまなのですか!」
ぱあっと顔が晴れ渡り、勢いよく頭を下げるアミ。畜生可愛い。そんな顔、親父に見せなくてもいいんだよ。
「ふつかものですが、宜しくお願いします」
「バカ、それを言うなら不束者だろ」
すかさず訂正する俺とアミを見比べて、親父はにんまりと笑う。ああ、なんか嫌だ。だから親父は呼びたくなかったのに。
「もしかして、君がイーグのお嫁さんかぁ」
「はい」
「可愛いなぁ。いやはや、こんなに若いお嬢さんだったとは」
親父とアミはしばらく楽しげに話し、やがて親父のほうがこちらをじっと見て口パクでこう言う。
「ロ・リ・コ・ン」
……イラっとくる。だから嫌なんだよ。
こんな親父はもう放っておいて大工のところへ行こう。
「行ってくるぞ! アミ」
アミにだけひと声かけて歩き出すと、慌てたようにおやじの声が続く。
「おおい。待てぃイーグ」
うるさい、おっさん。奴に追いつかれないように駆け出したが、すぐに黒い影が追いついてくる。
畜生、ホウキに乗るのは卑怯だ。
「きゃー、すごいですー! ホウキに乗るのってお伽噺の中のことじゃないんですね! 初めてみました」
アミは遠くで大興奮。ここからでも、ぴょんぴょん飛び跳ねているのが分かる。辞めろ、妊婦。安静にしてろよ。
顔に青筋が立っているのが自分でも分かる。親父は低空飛行のまま、俺の横についた。
「いやいや、あの子はかわいいなぁ、反応が。お前、趣味が変わったんじゃないか?」
「うるさい、アミのことをどうこう言うな」
「お前が落ちるのがああいう子だったとはなぁ」
すうと高度を上げ、浮かれた調子で一回転。相変わらず派手な魔法は得意な親父。俺は苦々しい思いでやつを見上げる。アンタがそんなんだから、俺はあの町に居たくなかったんだ。
*
俺が生まれたのは、ここよりもずっと西の方にある、マナータと言う町だ。魔法の町という異名もあるそこは、古くから魔法が盛んだった。その中でもうちの家系――ジャスト家は、由緒正しい魔法使いの家系だ。 父も母も兄も、ご先祖全部遡ってもみんな魔法使い。マナータの要人も魔法の教師もジャスト家の流れを組んだ人間が多数だ。
そんなサラブレット一家で育った俺は、魔法の知識についてはかなりあるが、一族の中では格段に魔力は弱い。悠々とホウキで空を飛ぶ親父や、でかい木材を自由に操り、今や魔法家具職人として名を馳せている兄貴に対して、何度劣等感を感じたか知れない。
とにかくエリートの中にいるのは萎縮されて嫌だった。だから、中等教育が終わるのと同時に家をでたのだ。
俺が目指す魔法の姿を見つけた、と思ったのは薬作りのお師匠に出会った時だ。派手さは全くなく、基本は薬草の力を主として、必要に応じて魔力で効能をあげてやるという魔法薬。それは、魔力など関係なく自分の力で生きている人間に寄り添った魔法使いの姿であり、俺の理想そのものだった。
お師匠の元で修行すること四年。やがて独立の許可がでてからは、東を目指して旅にでた。魔法は西のほうが発達している。まだ未知の領域である東のほうで、魔法薬を役立てられたら、と思ったのだ。
そして落ち着いたのがこの村だ。俺はここでの暮らしを気に入っていたし、別に家族と絶縁していた訳でもない。落ち着く先を決めた時は、兄貴にちゃんと連絡をした。
ただ、親父にだけは会いたくなかったのだ。派手好きで、いつもちゃらんぽらんで、そのくせ誰よりも強い魔力を持っている。
素直に尊敬させてくれるくらい立派なら良かったのに、いつだってふざけられてしまうから苛立って仕方が無い。
「お前どこへ行くんだ」
「大工のところだよ」
しつこいな。どこまで着いて来るんだ。
……でも待てよ。確かに助っ人は必要なんだった。
「なあ親父、木材運んでくれないか」
「ああ。かまわんが。なんだ、家でも建てるのか?」
「ちょっと増築だよ」
見えてきたのは大きな倉庫。大工のキートンは俺がこの村に来て最初に世話になった男だ。当時はまだ見習いだったが、あの家を建てるのに奮闘してくれた。
「やあ、イーグさん。揃ったよー、木材」
「ああ、悪いな」
「でも運ぼうにも相棒のやつが昨日怪我しちゃってさ。親方も腰が痛いって言ってるし。相棒の怪我が治るまで増築作業は待ってくれないか」
困ったように腕を組むキートン。どうやら親父が来たのはタイミング的には良かったらしい。
「大丈夫だ。助っ人を連れてきたんだ。頼むぞ親父」
「ふふん。任せるがいい」
「え? イーグさん、この人誰だい?」
「俺の親父だ」
「はっはっはっ、この私に任せ給え。これか? イーグの愛の巣を増築するために必要な木材とやらは」
余計なこと言うなよ、と突っ込む前に、親父は呪文を唱え、重たい木材をふわりと浮かび上がらせた。
そのまま、建物にぶつからない程の高さまで上昇させると、一気に手を振り、俺の家まで横滑りさせた。
たまたま見ていた村人からは歓声が沸く。キートンも口をぽかんと開けて、次々と運ばれていく木材を見ていた。
「すっげぇ。なあなあ、イーグさんはあんな魔法使えないのかよ」
「俺は使えないよ。物運びは親父と兄貴の専売特許だ」
「惜しいなぁ。あんな魔法があれば、俺たちの商売も楽なんだが」
久しぶりに聞く言葉に多少の劣等感を感じつつも、そのまま、キートンを連れて家まで戻る。木材を動かしてくれるやつがいるうちに仕事を進めてもらおう。
家の前ではアミが口をまんまるに開けて待っていた。俺達に気がつくと、ブンブンと振り切れんばまりに手を振る。
「おかえりなさい。凄いですよう、お師匠様。木材さんがおうちまで飛んできたんですー!」
「はっはっはっ。わしの魔法だぞう、アミちゃん」
「凄いですぅ。お父さまー!」
アミに褒められてデレデレの親父。アホは放っておこう。俺はキートンと図面を確認する。
もともと、この家は店と居住区域を分けていない。
まず玄関、入ってすぐが受付兼リビング。壁無しで右手側の奥まったところにキッチンスペースがある。
その水場を仕切りだけで分けた北側の部分が薬作成の作業場、これらは共にリビングから様子が覗ける。
作業場の東側の窓からは裏に広がる畑が覗け、反対側にあたる西側が貯蔵部屋。この部屋は四方が壁で仕切られていて、北側が寝室、東側が作業場、南側がリビング、西側が窓で外と繋がっている。
簡単にいえば、部屋はこれだけで、余裕は少しもない。寝室はアミの分のベッドを入れただけで足の踏み場も無く、いちいちベッドの上を移動しないとクローゼットの中身も覗けないような状態だ。
これを改善すべく、俺は寝室の奥にもう一つ部屋を作るつもりだった。いずれ生まれた子供の部屋にしてもいいし、しばらくはアミが自由に使える部屋にしてもいい。
キートンが建築計画を披露する。俺はそれに従い、親父に指示を飛ばした。
「親父、ここの土掘ってくれ」
「はいよ」
「次、木材立てて」
「ほいさ」
人間だけでやればそれだけで半日かかる作業を、親父は魔法の力で数分でやってのける。
まあ、役には立つな。夕飯ぐらいはご馳走してやってもいい。
キートンが土台をしっかりさせるためにとセメントを混ぜ始めた。
自分の仕事が無くなって暇になったのか、親父が傍にやってくる。
「これをさせたくてバーグを呼んだのか」
「ああ。魔法の家具職人だろ? うってつけかなと思ったんだが」
「いや、わしのほうが向いているな。あいつの作るもんはなんだかチマチマしててつまらん。なんといっても家は大きいからな。派手で楽しい!」
「あっそ」
言うと思ったよ。俺と兄貴が地味に育ったのは、親父が派手好きなせいだと思う。反面教師ってやつだ。
「でも家を建てるんなら、ミニチュアハウスを大きくしちゃうほうが楽じゃないか? わしがやってやろうか」
「いつ小さく戻るか分からないような所には住みたくない」
「そう簡単に戻らないぞ? 少なくともわしが死ぬまで」
「あんた、どんだけ長生きする気なんだよ」
でも確かに、長生きはしそうだよなと思う。
かれこれ親父に会うのは十年ぶりだが、家を出る前とまったく変わりが無い。老ける老けないも実は魔力の影響があるのだと言う。体を成熟した状態に保つために自然と魔力を使っているのだそうだ。
親父とお袋を比べると、お袋のほうが年下だが、家を出る時点で親父のほうが若く見えた。
「すいません、また木材運んでくださーい」
「ほいほい」
親父が木を立て、キートンが釘を打つ。そんな調子で家作りはとんとんと進んだ。
とはいえ一日で済ますのはさすがにオーバーワークだ。親父は家に泊めることにし、また翌日の仕事となる。




