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魔法薬あります  作者: 坂野真夢
番外編
14/34

Episode1 お師匠の苦悩(ややR15)

本編最後のあたりの補足になります。

お師匠視点。

 呆れるくらい平和なことで知られるカタリ村。俺がそこに薬の店を開いたのは、二十歳の時だ。

薬作りのお師匠の元で修行をし、いざ自分がどこかで開業しようという時に、故郷の街から離れ人の噂も村の外からはでなさそうなこの村を選んだのにはまあ色々な思いがあるのだが、それは今は置いておこう。


 俺はここでアミに出会い、そして彼女に振り回され続けてきた。

 可愛いナリしてあり得ないほどの強引さで弟子のポジションに入り込み、あり得ない失敗を繰り返し続けたこの不肖の弟子を、俺は呆れつつ目が離せなくなり、気がつけば彼女がいないと逆に落ち着かないくらいにはハマってしまったのだ。


 そんなアミが起こした最大の事件が、分裂剤の作成(本人は自白剤を作るつもりだったらしいが)。

 事もあろうにそれを自分で飲んで、彼女は自分の分身・アミダ(男)を作り出してしまった。


 それは俺でも気づかないほど綺麗な分裂の仕方をしていた。

 色々あって、アミダは再びアミに同化したわけだが、あれから一年半、俺は心の一部がぽっかりと空いてしまったような感覚で過ごしている。


 アミダをアミの中に戻す手はずを整えたのは俺だ。そのことに後悔は無いくせに、納得はできずにいる。

 他に方法は無かったのか。アミダを残しつつアミを元のように戻す手立てはなかったのか。答えのでない問いをずっと考え続けている俺は、自分が思っているほど冷酷ではなかったんだろう。





「あ、またこのお香ですか?」


 薬の作成室でいつものお香に火をつけるとアミが眉を寄せて鼻を押さえる。


「お師匠様この匂い好きなんですか? 私あまり得意じゃないのですけど」

「いいんだよ、消すな。そのままつけとけ!」


 水をぶっかけそうな勢いのアミを慌てて止める。

 このお香は、鎮静効果がある特製のものだ。


 俺の師匠は薬とお香作りが得意な人で、一年ほど前からレシピを送ってもらい自分で作っている。

 と言っても、これは売るためじゃない。自分の興奮を抑えるためだ。


「お師匠様! 出来ましたよ。ラベル」


 両手でラベルを持って、得意げな顔をしてアミが近寄ってくる。そのキラキラした瞳は期待に満ちている。


「おお。ご苦労さん」


 さらりとそう言って逃げようとすると、服の袖を掴まれた。


「ああん。ちょっとは盛り上がって褒めてくださいよう」

「盛り上がってって何だよ」

「“おお凄いな、アミ。いつもありがとう”とか言ってみるとか、ギューとかチューとかしてみるとか。色々あるじゃないですか」


 この調子でアミは無邪気にスキンシップを求めてくる。しかし、男はそれだけじゃ終わらない時もあるんだよ。


 言動とは裏腹に、アミは最近歳相応の女らしさを手に入れた。くりっとした瞳も、プルプルの唇も男の視線を引き付けずにはおかないし、くしゃりとわらう笑顔は自ら虫を引き寄せる香り立つ花のようだ。普段はゆったりとした服ばかりきているが、たまに体のラインが出るものを着れば出るところは出ていてくびれてるところはちゃんとくびれている。


 そのアミが、好意むき出しにして寄ってくるので、俺としては欲情を刺激されない訳はない。一応両思いとはいえ、俺は彼女の雇い主であり、七つも歳上だ。羽目を外すような真似は、アミの両親に誓って出来ない。


「アホ、これは仕事だ。終わったんなら次はラベル張り!」

「ええん。もう。分かってますよう」


 内心の葛藤を押し殺して冷たく言うと、アミはぷんぷん腹を立てた様子で、ラベルを持って薬瓶を取りに、別の部屋へ行ってしまった。


「……勘弁してくれよ」


 俺は思わずお香を拝んだ。俺の中の男の部分を抑えてくれるこのお香。これがないといつ理性が飛ぶか分からない。


 それに。


 俺は薬瓶を並べながら、小瓶を一つ手にとった。


 この瓶に、魔力増強剤を作った。アミダをアミの中に戻すために俺が作った薬。

 アミダを消しておいて、自分だけ幸せになるのはなにか違うんじゃないかという気持ちが消えない。

 俺たちだって少しくらい代償を負うべきだろうとか思ってしまうのは、俺の頭が固いのか。


 そんな訳で、天然お色気娘の前でなるべく平静を保つべく、俺は毎日お香を焚いて気を静めているのだ。何の修行だろうと思わなくもない毎日である。




 ある日、アミがこそこそと何かを作っている。また悪戯でも企んでいるのだろう。やってることはいつも子供みたいだ。


「アミ、俺は配達に行ってくるからな。遅かったら帰ってていいぞ」


 声をかけるとビクリと体を軽く浮かして、ぎこちない笑顔で振り向いた。


「は、はぁい。お気をつけて行ってらっしゃいませ!」

「んー」


 今日の配達は三つ先の町。正確にはカタルイ街という名前があるんだが、この方がアミの理解が早いのでそう言っている。この辺りでは一番大きな街で、病院も警察署も師範学校もある。しかしカタリ村同様、あまり魔術に強い土地柄ではない。そこは馬車でないと行けないくらい遠いので、アミのお使いには出来ない。

 

 自白剤事件の後、首謀者のおっさんは逮捕され、俺はあの町の各施設から直接注文を受けるようになった。儲けにはなるが、配達が手間だ。ぶっちゃけ、おっさんがまとめてくれていた方が楽は楽だったんだがな。誰か真面目な奴がとりまとめの仕事をしてくれりゃいいのに。


 俺はまず村役場に向かった。この村自体はこじんまりとしているため、あまり馬車を必要としない。なので、馬車を持つ人間は世話も含めてしてくれる村役場の厩舎を借りている。俺もその一人だ。


 馬車で配達に出たのは朝の十時ごろ、注文各所を周り、魔法薬作成の材料を買い込み、土産を買ったりしていたら、村に帰りついた時にはもう夕方だった。


 もうアミは帰ったかな。

 そう思って扉を開けると、やたらに甘い匂いが鼻に付く。


「なんだ?」


 朝から何かやってたみたいだし、菓子でもつくったんだろうか。入ってすぐのリビングには特に何も見えないが。


「アミ? いるのか?」


 薬の作成室の扉を一気に開けると、広がる甘い香り。薄暗い室内で、椅子にはトロンとした目をしたアミが、若干服を着崩した状態で座っている。その足元には何かの液体がこぼれ、小鍋が転がっていた。


 アミはどうやら泣いているようだ。俺に気がつくと、鼻をスンスン鳴らしてすがるような視線を向けてくる。


「お師匠様ぁ。ああああん。こぼしちゃいましたぁ」

「は? 何をこぼしたんだ」

「せっかくお師匠様に飲ませようと思ったのにー。えええん。えええん」


 めそめそと泣くアミ。どうも様子がおかしい。泣き方もまるで子供のようだ。


 テーブルの上には、いつぞや買ってやった魔法薬の本がある。よりによって開いているのは【媚薬】のページだ。


「お前、まさか」

「試しに自分で飲んでみたんですよう。そしたら、ふらぁってなって、ガシャンでバシャンです」

「……ホントお前ってアホ」


 頭が痛い。頼むから、勝手に薬作って飲んだらどうなるかくらい学習してくれ。


 ああもう、どうして俺はこんなヤツに惚れてしまったんだ。


 とにかく、媚薬を飲んだんだとしたら大変だ。体は熱くなるだろうし、ひたすら、その、なんだ、疼いてくるはずで。こんな時に男と出会ったら何をやらかすかわからない。

 かといってこの状態のアミを家に帰すわけにもいかないじゃないか。

 効果が消えるまで何とか部屋に閉じ込めて、効果を消すような何かを考えなければ。


「とりあえず誰も客はこなかったな?」

「来てないでぇす」

「じゃあこれから来ても入れるなよ!」


 俺は急いで玄関にでてカギをかけ、大きい通りに出て通りすがりの知り合い・キートンに伝言を頼む。


「すまんがアミの家に行って、新薬の作成で少し帰りが遅くなりますって伝えてもらえるか?」

「いいよー。通り道だから」


 村人は皆、人が良い。それだけに、嘘をついた罪悪感が俺の胃をチクチクと痛めつける。


 そして戻って今度は案内板を【close】に付け替え、内カギをかける。これで、しばらくは誰も入ってこれない。


「後は、媚薬の効果を抑えればいいんだろ? 鎮静剤とかでいいかな」


 そうと決まれば行動あるのみ!

 俺は意気込んで薬作成室に入る。と、今度はアミが半裸の状態でめそめそ泣いている。


「ちょ、なんで脱いでるんだ!」


 一気に顔の表面に集まる血液。心拍数は半端ない。甘い匂いが再び俺に絡みつく。アミは濡れた瞳で俺を見つめ、はだけた胸を手で申し訳程度に隠している。


「だってぇ、泣いてたら熱くなってきたんですもん。うえええん。お師匠様に嫌われてしまいました」

「誰も嫌ってはいない」

「だって。呆れて出ていってしまいましたもん」

「色々手はずを整えに行っただけだ!」

「そうなのですか?」


 小首をかしげて見あげるな。上目遣いとか今やられると俺の理性が飛んでしまう。今日のアミはいつもよりも妙に色気がある。それにこの匂いにも薬効成分があるかも知れない。なんだかこう、ムラムラしてきたというか。


 しかもアミの白い肌は薄暗い室内で一際存在感がある。

 まるで自分から発光してんじゃないかって……あれ? 本当に発光してないか?


「アミ、光ってないか?」

「ひっく。さっきから、熱いって思ったらどんどんピカピカ光っていくんですう。

どうしましょう。私、電球になってしまいました」

「お前、また分量間違えたかなんかしたんじゃねーの」


 口の中に湧き上がる生唾を飲みこむ。なるべくアミを見ないようにしよう。これは鎮静剤より先に睡眠薬が必要だ。アミを寝かせてしまおう。

 しかしこんな時に限って作りおきの睡眠薬が切れている。今直ぐ作らねば。

 ああもう。なんで俺は、七つも下の小娘にこんなに振り回されているんだろう。


「私、また失敗しちゃったんですねぇ。うわああん。だめだあ。こんなんじゃお師匠様に嫌われちゃう」

「嫌ってないって言ってるだろ」


 しつこいぞ。


「だって、冷たいですもん。こっち見てくれないんですもん」


 わんわん泣くアミ。そっち見たら正気で居られないからだよ。

 ふざけんなよ、愛は溢れてんだろ。愛がなきゃこんなアホのやらかしたことの後始末なんかしない。


「ちょっと落ち着け、アミ」


 なるべく肌を見ないようにして、彼女の肩をぽんと叩く。すると、俺が触れた部分だけ光が消えた。


「あれ?」


 試しにもう一か所。やはり、俺が触ったところは手の形そのままに一部だけ光が消えた。


「アミ、お前自分で自分の体触ってみろ」

「ええ?」


 アミが触っても変わらない、相変わらず発光したままだ。なんだろう。俺が触れば消えるのか?


――なるほど。


 少し考えて、閃いた。

 アミが作った薬は媚薬。本来なら飲んだ本人の性欲が上がるものなのだが。どうもホタルとかが発光してメスを誘うのと同じような原理で、光で男を誘う薬になってしまったらしい。


 さすがアミの作る薬。何が起こるかわからない。


「あれぇ? お師匠様が触ったところだけ消えてますね」


 その現象に気付いたアミが、キョトンとした声を出す。


「私このままじゃお家に帰れないです。お師匠様ぁ。触ってください」

「は?」


 俺は思わず彼女を凝視する。お前、自分が何言ってるのか分かっているのか?


「触って……って。お前俺に触られたらどうなるか分かってる?」

「どうって。光が消えるじゃないですかぁ」


 そういう問題じゃない。光っているのはアミの全身だ。

 つまり彼女の発光を抑えようと思ったら俺はお前の腕や足や、……胸とかも触らなければいけないわけで。

 ただでさえ今の俺は媚薬の甘い匂いにやられつつあり、何とか抑えてはいるが、かなりの興奮状態にはなってる。だから今そんなことをさせられた日には、俺の鉄の理性も持ちそうにないのだが。


「だって、お師匠様以外に触られたくないです。くすんくすん」


 いや、泣くなよ。しかもそんな男を喜ばすようなこと言うな。


 頼む、行かないでくれ理性。俺は一応、こいつのお師匠な訳で。好きあってるとはいえそんな簡単に羽目を外すわけには……。


「お師匠様ぁ、助けてください」


 うるんだ目で見つめられて、俺の心拍数は通常範囲を超え、呼吸も荒くなっていく。


「お前ホントに分かってる? 俺、お前の事好きだって言ってるだろ?」

「ホントですかぁ! 嬉しい」

「だからっ、ただ触るだけじゃ済まねぇんだよ。最後までいっちまうぞ」

「分かってます」


その時、アミはふっと正気に戻ったように姿勢を正した。


「私ずっと、お師匠様に触ってほしかったんです」


 この一言で、俺の理性は殺された。

 まばゆく発光したアミを、腕の中に閉じ込め、唇を自分のそれで塞ぐ。


「……っ、ふっ」

「アミ、アミ」


 彼女の全身から媚薬の香りがして、俺はますます酔ったようになり、熱に浮かされたようにアミの名前を呼びながら、彼女の体を手のひらでなぞっていく。


「んん、お師匠様ぁ。体冷たいですねぇ……気持ちいいですぅ」


 そりゃ冷や汗かいてるからだよ、と心のなかで突っ込みつつ、崩壊した理性が何処か飛びたつのを、俺はもう止められなかった。



 俺の理性が戻ってきれくれたのは、結局最後までしてしまってからだ。

 外はすっかり暗くなり、アミの家では夕飯も終わってしまっただろう。


 肩肘をついて彼女を上から見つめる。

 アミの額を撫でてやると、彼女はにっこりと笑い、荒くなった呼吸を寝息へとスライドさせた。


 幸せそうな寝息を聞きながら、俺は頭を抱える。


 最低だ。アミが普通じゃない状態でするなんて。しかも、初めてなのに……。

 ……でもその割に痛がらなかったな。媚薬の効果か? 俺は凄く良かったけど……とか考えて、ますます落ち込んでくる。俺って最低。


 それにしても、これ以上帰りを遅くするとアミの両親が心配するだろう。


 俺は服をはおって、アミの体をチェックした。

 一応、光は消えた。呼吸も今は正常。多少、薬の効果は残っているかもしれないが、眠っている分には問題ないだろう。


 眠ったままの彼女に何とか服を着せて、半寝ぼけの状態のままおぶって家まで送り届けた。

 両親になんと説明しようか迷ったが、本当のことを言う訳にもいかない。しらばっくれることにする。


 出てきたのはアミの母親で、俺を見るとにっこりと人のいい笑顔を向ける。


「あらあ、アミちゃんったら寝ちゃったのね?」

「す、すいません。遅くまで」

「いいのよう。キートンさんがちゃんと伝言してくれたし。ねえイーグさん、申し訳ないけどアミちゃんをお部屋のベッドまで運んでもらえる?」

「はい」


 アミの母親の純真無垢な返事にまた胃が痛む。


 すいません。すいません。すいません。すいません。すいません。


 念仏のように謝罪を唱えながら、俺はアミの家を後にした。



 翌朝、アミはいつもどおりに出勤してきた。俺はといえば、昨日のことを思い出すと照れくさくて顔が見れない。


「おはようございます、お師匠様!」

「あー、おはよう」

「……お師匠様、どうしました? こっち向いてください。なんか怒ってます?」

「別に」


 顔を合わすことが出来ないまま返事をしていると、脳天を突き刺すようなセリフが降ってきた。


「ところで、私昨日、お師匠様に迷惑かけませんでした? 薬飲んでから覚えがなくて、気がついたら家で寝ていたんですけど」

「はぁ?」


 純粋無垢なその顔。今日は悪戯書きしてやりたいほど憎らしい。


「お前っ、覚えてないのかよ」

「やっぱり何かしました? すいませーん」

「どうすんだよ。俺。痴漢みたいじゃねーか」

「え?」

「何でもねぇ。忘れろ!」


 酷すぎる。昨日の一線越えちゃった出来事を俺はどうすればいいんだ。この際、なかったことにすればいいのか?

 アミといずれ家庭を持つ気はある。だから、遅かれ早かれ彼女の初めてを奪うのは俺だ。

 とすれば、今ごまかしても問題ないだろ。


 キリキリキリと胃が痛む。悩む俺に、必要なのはこの薬。


「アミ、今日お前胃薬作りしろ」

「はぁい!」


 元気よく返事をするアミに、結局本当の事を伝えられないまま、俺はなんとか自分を納得させた。


 そしてニヶ月後、アミの吐き気で、俺はこの日の出来事を誤魔化しきれないことを知る。




【fin.】




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