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魔法薬あります  作者: 坂野真夢
魔法薬あります
13/34

13.魔法薬あります

 それから半年ほど経ったのどかな秋のある日。窓から差し込むお日様の光で暖められた室内で、私とお師匠様は、一緒にランチ中です。


「これ、おいしいですねぇ」

「だろ? さすが町の本屋、いい本置いてあるぜ」


 お師匠様は定期的に三つ先のカタルイ町から仕事を請け負っていて、配達の帰りに色んなお土産を買ってきてくれます。昨日は【おいしい献立集】というご飯のレシピ本と【女の子向け、自分を上げる魔法薬】という魔法薬のレシピ本。急いでいて中はよく確認してこなかったんだそうですが、タイトルで私向けかと思って買ってきてくれたそうです。


私たちのお昼は当番制なのですけど、今日はお師匠様が【おいしい献立集】の一ページ目の豆とお肉の煮物を早速作ってくれました。


「アミ、明日これがいいな。レシピがありゃお前だって作れるだろ」

「はい、頑張ります!」


 お師匠様が指し示すのは五ページ目のキノコと鶏肉の香草焼き。大丈夫なはずです。材料揃えて焼くだけですし。


 でも、アミダが戻って以降、またドジなアミに逆戻りしてしまって。水の量を間違えたり、砂糖とお塩を間違えたり、既に思いつく限りの失敗をやりつくしてはいるのですが。

 

 

 食事を終えた後は、今日は急ぎの薬が無いので勉強をします。早速、お師匠様が買ってきてくれた魔法薬の本を読んでみましょう。お師匠様のレシピ集は風邪薬だったり胃の薬だったり、腹痛の薬だったりと実用的なものが多いのですけど、この本は体から薔薇の香りがする薬とか肌のキメを整えるお薬とか、あまり見たことのない不思議なお薬が沢山載っています。


「お師匠様、この【媚薬】っての作ってみたいです」

「ぶはっ!」


 お師匠様が食後のお茶を吐き出しました。いやん、汚いです。


「な、な、お前っ」


あら? お師匠様ったら顔が真っ赤です。


「薬作りたいときは言えって言ったじゃないですか」

「意味も分かないくせにアホなことばっかり言うな! ガキが!」

「媚薬って惚れ薬って意味じゃないんですか?」

 

 眉をひそめて聞くと、お師匠様は頭を抱えてしまいました。


「その薬はお前にはまだ早い。作りたいなら別なのにしろ!」


 お師匠様が珍しく顔を真っ赤にしているので、これ以上追及するのは諦めましょう。

 でも私、綺麗になりたいだけなんですけど。もっともっと素敵な女性になってお師匠様に好かれたいです。


「……じゃあ、これでいいです。肌艶を良くする薬」

「それもお前には要らない。まだピチピチだ」

「じゃあ、この唇がプルプルになる塗り薬」

「それも要らん! ああもう、お前にこの本はまだ早い。こっちでも読め」


 私の手元から本が奪い去られてしまいました。ああー、面白そうなのがいっぱいでしたのに!

 代わりに投げてよこされたのは、『消毒薬・傷薬の作り方』という本。いやん、全然そそられないタイトルです。


「……これじゃあつまらないですぅ」

「つまらんのが勉強だろうが。色気づいてんじゃねぇよ!」

「だって、お師匠様にもっと好かれたいんですもん!」

「それなら別に薬なんて必要ない」


 お師匠様はそう言い捨てると、お家から出て行ってしまいました。

 あらあら、怒らせてしまったのでしょうか。でも、かなり嬉しいことを言われたような気もします。


 とはいえ、これだけ年の差があるのですから、私も頑張って色気というものを出していかなくては。


 それにはさっきの本が最適だったんですけどもねぇ。まあいいです。いつかお師匠様に頼らなくても媚薬とやらをつくって見せましょう。


 お師匠様は畑に行ったらしく、土を掘る音が聞こえてきます。と、それが一瞬止まったかと思うと、窓を叩かれました。


「どうなさいました?」

「忘れてた。そう言えば朝、道具屋のおっさんが風邪薬持ってきてくれって言ってたんだった。悪いがアミ、配達行ってくれないか? 三本な」

「はい! お任せください!」


 わあい、お仕事です。

 棚から作り置きの風邪薬を三本取り出し、袋に詰めます。


 アミダが居なくなってから、私はやっぱり注意力が散漫になり、一度は上手になった薬作りがなぜだか上手く作れなくなりました。そのため、薬作りはお師匠様の仕事で、私は配達とラベル書きとかき混ぜ係という前の役割に戻ってしまいました。

 それでもごくたまにですが、お師匠様に手直ししてもらわなくても上手くいくこともあります。それって、少しは進歩してるってことですよね?


 私はまだまだ未熟ですけども、いつかちゃんとお師匠様のお役にたてるようになります。だからずっと、一緒にいてくださいね?


「では、お師匠様、行ってきます」


 肩掛けカバンにお薬を入れて、歩きやすいぺたんこ靴で出発です。


「おう、気をつけて行けよー」


 お師匠様は、汗を拭いながら見送ってくださいます。ああもう、陽の光が反射して眩しい。お師匠様がキラキラして見えます。



 村の東側にポツンとある、魔法使いのお薬屋さん。

 ここでは口の悪い魔法使いとドジな魔女見習いが、毎日楽しく暮らしています。

 これからもずっと、ずーっとです!



 めでたしめでたし




 ……と、言いたいところですが、実はもうちょっとだけ続きがあります。


 アミダが消えてから二年が経ちました。私は今日、白いドレスに包まれて、同じく白いシャツに格好良く黒のローブを羽織ったお師匠様の手に自分の手のひらを重ねています。


「誓います」


 そして、念願の宣言。


 私は十八歳の花嫁さんになったのです。うふふ、憧れの幼妻です。


 村長さんの前で誓いの言葉を告げた途端、後ろにいた観客たちから歓声が上がります。


「おめでとうー、アミちゃん!」

「えへへぇ。ありがとうございます」

「まさか、こんな早くに嫁に出すなんてなぁ……」


 最前列にいたパパが、お師匠様をじろりと睨むと、お師匠様は目を瞑ってただただ頭を垂れています。こんなに低姿勢なお師匠様はなかなか見られないので貴重です。


「なんか、ホント……すいません」

「いやいや、いいんだよ。今更君を責めても仕方ないし、聞けばもともとはアミのせいらしいしね」

「いいえ。僕の責任です。すいません、順序が逆になってしまって」


 お師匠様の一人称はいつもは『俺』なのに、パパの前だと『僕』になるのも面白いです。


「まあ、君がアミを幸せにしてくれればそれでいいんだ」


 パパ、言っていることは格好良いですが、顔が涙でぼろぼろです。


「アミ、腹、大丈夫か?」


 ようやくパパから逃げ出してきたお師匠様は、私の隣にたち、労るように肩を支えてくれます。


「はい! このドレス、お腹を締め付けないようになってるから大丈夫ですよ?」


 大体予想付いていると思うのですけど、私達、出来ちゃった結婚です。


 というのも今を遡ること半年前、私はこっそりと、昔取り上げられた【女の子向け、自分を上げる魔法薬】をこっそりと持ち出し、媚薬とやらを作ってみたのです。


 だって、お師匠様ってばお互いの気持ちを伝えあってから一年半も経っているのに、全然甘い雰囲気になってくれなくって、ギューはしてくれてもチューは殆どしてくれない。つまらないです、せっかく両思いですのに。


 それで、二人の間の起爆剤になればと作ってみたわけですよ。


 でもね、私、未だに薬作りでは暴走してしまうらしく、出来上がった薬を試飲してみてからの記憶が無いのです。


 出来た薬を、前みたいに試しに自分で飲んでみたんですが、頭がカーッと熱くなってしまって、その後の醜態を覚えていないのです。


 お師匠様に聞いたところ、騒いだい泣いたり、服を脱いだりと色々してしまったらしいのですが、この話をするといつも真っ赤になってしまって最後まで教えてくれないのです。


 まあでもやることはやってしまったみたいです。その証拠に、二ヵ月後、お腹に赤ちゃんがいることが分かりました。


 お師匠様はすぐさまうちにきて、パパとママの前で土下座して、「アミさんを僕にください」って言ってくださいました。

 

 パパはそのまま失神してしまいましたが、ママは一瞬怖い顔をしたかと思うとすぐさま立ち上がりどこかへ行ってしまいました。起こってしまったのかと心配に成りつつ、私とお師匠様はずーっと顔を見合わせつつ、パパの介抱をしていました。


 すると、しばらくしてママはドレス用の生地を持って帰ってきたのです。



「アミちゃんがお嫁に行く時は、手作りドレスで送り出すって、あなたがこーんな小さいころから決めてたのに。困るわ、間に合わないじゃないの」

「ママ」

「今から作るから、出来上がるまではダメよ?」


 ママはピントがずれてるけど可愛いです。

 その頃には目を覚ましていたパパは、そんなママを見て、もう反対する気力がなくなったらしく、その日のうちに、私たちは結婚のお許しをもらったのです。


 そして、ようやく出来上がったドレスで、形だけですが結婚式をしたのです。お客様はお師匠様のお薬を愛してくださる村の方々。

 私、幸せです。こんなに沢山の村の人達が、私達の為に集まってくれたんですもの。


 少しふくらみの目立つお腹をひとさすり。


「この子は男の子ですかね。女の子ですかね」

「男だよ」


 なぜか自信ありげにお師匠様が言います。


「どうしてですか?」

「もう名前も決まってる。この子はアミダだ」

「……お師匠様」


 お師匠様がプイとそっぽを向いてしまって、耳を見ると真っ赤になっていて。いつもの照れ屋さんが顔を出したのですねって、ちょっと嬉しくなりました。


「こんな名前をつける親の顔が見たいとか、前に言ってませんでしたか?」

「存分に見ろよ。こんな顔だ。誰が何と言おうと、男が生まれたらアミダだ」


 ふっきれたかのように赤い顔を私に近付けて、おでこをコツンと合わせます。


「こんな早くに家庭に縛るつもりなんかなかったんだけどなぁ。出来たもんは仕方ねぇ。代わりに世界で一番幸せにしてやる」

「もう十分幸せです!」


 飛びつくようにお師匠様の首に手を回すと、お師匠様は私をお姫様だっこしてぐるりと一周回ってくれます。冷やかすような口笛が辺りから沢山響いてきます。


 ねえ、アミダ。もう一度あなたに会えるかもです。

 ううん。きっと会える。あと半年お腹の中でゆっくりして、もう一度私の中から出てきてください。


 そして今度こそ、ずっと、ずーっと一緒に暮らしましょう!



 これでホントに、めでたしめでたしです。





【fin.】


最後まで読んで下さりありがとうございました。


次回から番外編を書きますので、良かったらまたお付き合いください。

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