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魔法薬あります  作者: 坂野真夢
魔法薬あります
11/34

11.出勤停止令

 次に目が覚めたとき、すでにお日様は南の空高くまで上がっていました。

 いけません、遅刻です。


 慌てて居間にでていくと、ママがいてにっこり笑いました。


「あら、アミちゃんようやく起きたのね?」

「ママ、どうして起こしてくれなかったんですか。アミダは?」

「アミダちゃんはお仕事に行ったわよ。あのね、イーグさんが朝早くにお薬を持ってきてくれて、傷が治るまでアミちゃんはお休みしていいって」

「お師匠様が?」

「ええ。責任感じてらしたのかしら。お薬、机の上に置いてあるから塗ってみなさい? イーグさんのお薬は良く効くもの」

「うん」


 私はすっかり勢いをなくし、椅子に体を預けました。机の上の小さな平たいケースに手を伸ばしふたを開けると、ふんわりハーブの香りがします。

 手にとった薬は、まだ少し温かいです。


 きっと、つくりたての塗り薬です。お師匠様、もしかして夜なべしてこれを作ってくれたのでしょうか。


 塗るとミントを嗅いだ時のようなスーッとした感覚があって、気持ちいいです。傷と言っても痣になっているだけなのですから、直ぐ治ります。お師匠様の薬はとても良く効くのですし。


「お師匠様……」


 会いたいです。

 でも、【お休みしていい】の本当の意味は、多分【来ないでほしい】ですよね。でなきゃ、こんな大したことない傷にわざわざお薬まで作って来てそんなことを言うはずがありません。

 つまりお師匠様は、私には会いたくないと思っているわけで……。


 じわりと視界が潤んできて、私はうつむきました。ママに見られたら、心配かけてしまいます。


「ママ。私やっぱりもう少し寝ます」

「あら、また? お腹空かないの? きっとすごくショックだったのね、アミちゃん」


 そんなことはありませんよ。お師匠様が助けに来てくれて、私は無事だったのですから。

 でもそれを言えずに、私はお部屋のベッドに飛び込みました。


 せっかくお師匠様が好きって言ってくれたのに、どうして私は自分も好きですって言えなかったのでしょう。こんなに大好きですのに、馬鹿みたいです。そもそもお師匠様の気持ちを知りたいから、自白薬をつくったはずでしたのに。

 こういうのなんて言うんでしたっけ。ああそうだ、あれですよ、七転八倒ではなく。そう、本末転倒ってやつです。



 それから数日が経ちました。


 アミダは朝出かけたら帰るのは夕方で、私は暇な日中を寝ることで過ごしていました。痣は翌日にはすっかり治ったのですが、お師匠様に会いに行っていいのかよく分からなくて、動くことができません。


「ただいまー」


 アミダは私がいない分余計に仕事を任されているのか、家に帰ってご飯を食べるとバタンキューでゆっくり話すこともできません。

 

 私は昼間に寝てばかりいるせいか、夜はすっかり目が覚めちゃって、ここ最近は一人で長い時間を星を見ながら過ごしています。

 

 お薬作りもしていない私は、お師匠様の何のお役にも立てませんね。むしろ、傷つけてしまっただけです。


 もう、消えてしまいたい。アミダが残って、私が消えればいいんです。そうしたら、きっとお師匠様だって皆だって幸せになるに決まってます。きっと私のほうが偽物なんです。


 でも、どうやったら消えられるのかも分からない。何にもできない役立たずです。


「ううう」


 暗闇ってどうしてこうなんでしょう。いい考えがちっとも浮かんでこない。悲しくなって自分が嫌いになるだけです。



「アミ」

「え?」


 名前を呼ばれて振り返ると、そこにはアミダがいました。ママがパパのものをお直しして作ったブルーの縦縞のパジャマは、アミダにピッタリです。

 

 アミダはベッドに上ってくると私の横に来ました。鏡で映したようにそっくりな私達。でももう、着ているお洋服も違うし、アミダは最近仕事のジャマになるからと髪を短くしたので、誰も私達を間違うことはなくなりました。


「眠れないの?」


 アミダはにっこり笑って私の隣に座り、おろした足をブラブラとさせています。


「うん。……アミダはどうして? 疲れてるんじゃないのですか?」

「うん。でも、少し寝たら目が覚めた」

「そうですか。私は……星を見ていたんです」


 窓からは満天の夜空が見えます。私はお師匠様に昔教えていただいた星座を思い出しながら、指でなぞりました。

 アミダは「ふうん」と言いながらそれを目で追います。

 二人並ぶようにして窓の外を眺めていると、なんだか不思議な気分です。


「……ねぇ、アミは、なんであんなこと言ったの?」


 『あんなこと』が何を指しているのか、分からないふりをしたかったけどそれも出来ません。アミダは優しいけれど真剣な眼差しで私を見つめています。


 アミダに、嘘ついたって仕方ありませんよね。私の分身なんですから。


「……だって。よくよく考えると、私のほうが偽物みたいなんですもん」

「どうして? アミは女の子だ。アミがオリジナルなのは最初っから分かっているじゃない」

「でも、今の私は昔とは比べようもないほど薬作りが上手になりましたし。前よりヤキモチ焼きで僻みっぽくなりましたし、嘘もペラペラ出るようになって」


 そう。以前よりずっと要領が良くなっているのです。まるで別人のように。


「今の私は、お師匠様が知ってるアミなのかなって、そう思ってしまったんですもん……」


 私の中の皆に好かれる部分は、すべてアミダの中にあるような気がします。ドジだけど一生懸命で、いつも元気なアミ。お師匠様が好きになってくれたのは、そんなアミだったのじゃないのですか?


「アミはアミだよ」

「うん。そうなんですけどね」


 まっすぐに私を見つめてくるアミダ。そんな風な真っ直ぐさも、今の私には無くなってしまったような気がして。確かに私はアミなんですけど、なんて言ったらいいんでしょう。


「……お師匠様を騙してるみたい?」


 アミダが続けた言葉は、私の心の内を正確に表現していました。

 ふわりと涙が浮かんできて、私は黙ったまま頷きます。


 そうです。自分のミスで分裂剤を作って迷惑をかけた挙句に、私はまだそのことをちゃんとお師匠様にお話しても謝ってもいない。しかも、そんなズルい私を好きだなんて言わせてしまって、苦しいんです。

 

「うん。そう……です」


 ちゃんと、言わなきゃいけないのに。

 隠し事をひとつすると、どんどん嘘を積み重ねていくことになるのですね。嘘はいつの間にか本当の私さえ覆い隠してしまった。今ではもう私にも、本当の自分を見つけることはできません。


「ふふ。僕だったら、すぐ浮かれて『じゃあお付き合いしましょう!』って言っちゃうけどねぇ。アミは優しいね」


 違います。優しいのはアミダの方。もし私が、アミダの立場だったら。目の前で、お師匠様に抱きしめられるアミダを見たとしたら、こんな風にアミダを気遣うことなんてできません。


 私がフルフルと首を横に振ると、アミダは静かな声で続けました。


「僕ね、今、楽しいよ。それってアミのお陰だなぁって」

「どうして?」

「だって僕、いきなり現れたんだよ? しかもアミにそっくりだ。本当だったら色々疑われて、住むとこも見つけられなくて人間不信になっちゃうところだよ。でも、アミがうまい嘘をついて僕の居場所を作ってくれたから、僕は受け入れてもらえた。アミが僕を大事にしてくれるから、皆も僕を大事にしてくれてるんだよ」

「そんなことないです」


 私がアミダを助けるのは当然です。自分で作り出してしまった分身ですもの。


「アミが好かれてるから、皆が僕に優しいんだ。だから、ありがとうね」

「……アミダぁ」


 好かれているのは、アミダ本人が優しくて素敵だからです。だって私も、ヤキモチを焼くことはあっても、アミダが大好きですもの。


 私、自分が誰にも必要じゃないような気がしてました。だけど今、アミダが来てくれて、『ありがとう』って言ってもらえて、私は孤独じゃなくなりました。


 “ありがとう” 

 そう伝えたいのに、なぜだか恥ずかしくて言えません。アミダはこんなに素直に伝えてくれましたのに。

 

 代わりと言ってはなんですが、アミダの手を握りました。アミダは一瞬驚いたような顔をして私を見ましたが、すぐに握り返してくれました。


 私たち、元は一つだったのに、二人に別れちゃってかなりパニックしちゃいましたが。でもだからこそ分かったこともあるかもしれないです。




 そんな風にしばらくしんみりしていた後、アミダが頬をかきながら、「そう言えば」と話しだしました。


「僕ねぇ。お師匠様に告白してきちゃった」

「はぁ?」


 なんですかその爆弾発言。


「好きって言っちゃった!」

「えええええ」


 ちょ、待ってください。だって、アミダは男の子で。だから言わないって約束してたじゃないですかー!


「お、お師匠様はなんて?」

「うん。俺もアミダは一生懸命で頑張り屋で好きだよって」

「ええええええ!」


 カップル成立ですか! お師匠様。いくら私がごめんなさいって言ったからって、男の子に走るとは何事ですか。


 アワアワしていたら、アミダが笑い出しました。


「アミダ、笑わないでください!」

「ごめんごめん。アミの顔、おかしくって。……まだ続きがあるんだよ。『でもごめんな』って言われたんだ」

「……アミダ」


 心の奥底でホッとしている自分に気づいて、首をブンブン振ります。喜んじゃダメです。アミダが振られてしまったのに。


「アミダの事は男だって意識が先に立ってるから、恋愛感情では見れないって。はっきり言ってくれた。……ねぇアミ。やっぱりお師匠様は格好良いよね。男の僕が言った告白を笑い飛ばすんじゃなく、ちゃんと答えてくれるんだよ?」

「……はい」


 そうです。顔は怖いですけど、とても優しいんです。お客さんのどんな困り事だって、ちゃんと聞いて合うお薬を作ってくれるんです。


「だからアミもちゃんと言おうよ」

「え?」

「お師匠様が好きなこと。僕見てられないよ。お師匠様落ち込んでるの。あの時のごめんなさいは本気じゃないって、ちゃんと伝えないと」

「……でも」


 お師匠様のことは好きです。でも、本当に今の私が好かれているのか自信がないんです。


「僕が頑張って失恋してきたんだよ? アミだって頑張ってよ。もう痣も消えたんでしょ? 明日一緒に仕事行こうよ」

「……」


 アミダの言うことはもっともだって、そう思えるのに。なぜだか私の心は言うことを聞いてくれません。


「もう一日だけ、待ってください」


 先延ばしにしたところで何も変わらない。

 分かっているのですけど、私はそう言うことしかできませんでした。


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