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魔法薬あります  作者: 坂野真夢
魔法薬あります
10/34

10.告白と返答


「一体、何がどうなってるんですかぁ?」


 泣きながら喚く私をなだめるように、お師匠様は隣に座って背中を撫でてくれています。


「あー、説明すると長いんだが」

「いいです」

「ここがどこか分かるか?」


 さて。長いこと馬車に揺られてきたのは分かりますけど。あ、でも、おヒゲさんのお家は確かカタリ村から三つ先の……


「カタルイ町?」

「正解。冴えてるな、アミ」


 斜め前で動く、お師匠様の唇。お師匠様の声には、鎮静作用があるのでしょうか。私はすっかり安心してしまって、涙は止まり、全身がほこほこと温かくなってきました。


「このカタルイ町には薬作りの魔法使いがいないんだ。で、以前から、あのおっさんが仲買人として、他の町の魔法使いから薬を仕入れていたらしいんだよ。一ヶ月前に、それまで頼んでいた魔法使いが引退して、新たな入手先として候補に上がったのが俺だ」


 そういえばあのおじさんの最初のご依頼は一ヶ月ほど前でしたっけ。


「で、ここでおっさんが悪だくみを働いた訳だ。つくる人間が変わったから、売値が変わるのも仕方ないっていう理屈をつけて、俺の薬を正規の値段の二倍で購入したことにしていたらしい。

実際は注文数を倍にしていて、頼まれたところに半分納品して、残り半分は闇ルートで売りさばいて二重の利益を得ていたようだ。どうも注文数が多すぎるなって前から思ってたんだよ」

「確かに。大きな町とはいえ、自白剤50個って多いですよね」


 自白剤を必要とするのはきっとおまわりさんです。悪いことして捕まった人がそんなにいたら怖いですぅ。


「自白剤とか睡眠薬とかは、使い方によっては悪さも出来る。だから闇ルートではかなりの高値で売買されていたらしい。おっさんは味をしめて、正規の販売ルートよりも、どんどん闇ルートの方に手を広げてしまったんだな」

「でも、どうしてそれがわかったんですか?」

「滅多にはないが、たまに闇市場じゃないと手に入らない材料とかもあるから、俺もそっちへツテはあるんだよ。

そこでの知り合いが教えてくれたんだ。お前の薬が出回ってるぞって」

「ひどい!」


 お師匠様が作る薬は、優しい気持ちがこもっていますのに。それを悪いことに使おうとするなんて、おヒゲさんは酷い人です。ああもう、私、大嫌いになりました。


「それを知ってからはおっさんに売るのは断ってたんだ。だけど、おっさんはおっさんで闇ルートの方から脅されてたみたいだな。薬を流さないと今までの悪事をばらす的なことを言われてな。で、思い余ってアミを誘拐して、俺に薬を作らせようとしたってわけだな」

「なるほど。そうだったのですか。お師匠様詳しいですね。おまわりさんみたいです」

「実際、この町の警察から聞いたんだよ。最初に自白剤を頼んだのは警察で、あまりの高額に不審に思ったらしく、密かに調査をしていたらしい。俺も証拠集めの為に呼ばれて、実は今日はこの町に来ていたんだ。

で、帰ったら脅迫状だろ? トンボがえりで慌ててきたって訳だよ」


 じゃあ、随分前からお師匠様はおヒゲさんの正体に気づいていたのですね。

 私にも教えてくだされば良かったですのに。わざわざ配達だなんて嘘ついて出かけるなんて。

 それに、一緒に連れて行ってもらえたアミダは、知っていたんですよね?


 考え込んでいたら、お師匠様は私が怯えているのと勘違いしたみたいで、もう一度優しく肩を叩いてくれました。


「でももう大丈夫だからな」

「あ、でも、おヒゲさんは?」

「とりあえず腹下しの薬をアミダが飲ませたから、トイレにこもってんだろ。しばらくは出れんよ。警察にも通報してあるから直に来る。捕まったら今度は自白剤のお世話になるんだろうな」

「自業自得ですね」

「その通り」


 お師匠様はニヤリと笑うと、おもむろに私の縛られていた腕を見分し始めました。


「ところでお前怪我はないのか。あー、ちょっと痣になってるな。……悪かったな、俺の仕事のせいで」

「何の! お師匠様の仕事は私のお仕事です!」


 元気に言ってみましたが、顔はなんだか引きつっているみたいです。

 そう思っているのは、私だけ? 私だけ教えてもらえなかったのは、信用出来ないからですか?

 

 私の不安を見透かしているのか、お師匠様は私の腕を離さず、ずっと優しく撫でています。暖かくてドキドキします。でも同じだけ嬉しいだけじゃなくて、なんでしょう、胸が苦しい。後ろめたいというか……そういえばアミダはどこに行ったのでしょう。おヒゲさんを見張ってトイレ前でしょうか。


「後で薬つくってやる」

「はい、ありがとうございます」


 そんなに責任感じることありませんのに。


「……良かった、無事で」


 お師匠様の声が優しい。……なんか、気持ち悪いですね。いつもは怒鳴っている方が多いですのに。

 それに、なんだか視線が熱っぽい? いつもふたりきりでも甘い雰囲気などなったことがありませんのに、なんか今は、見られているだけで気恥ずかしくなるというか、顔を見てられなくなるというか。

 心臓がバクバク暴れ始めて、呼吸も上手くできなくなってきました。


「お、お師匠様?」

「……ホント、気をつけろよな。わざわざお前を外出禁止にしてた意味ない」

「え?」


 お師匠様のゴツゴツした指が、私の髪を一筋つまんで、そのまま髪を撫でていきます。


「おっさんを警戒して、お前には薬作りだけさせてたのに」

「そ、そうだったんですか。だから私最近外出させてもらえなかったんですか?」


 裏にはそんな意図が? それはびっくりです。


「まあな。でも、薬作りも成功してたから、これは使えるって思ったのも嘘じゃねーけど」


 ガクン。お師匠様、正直すぎです。盛り上がった気持ちが一気に下降しちゃったじゃないですかあ。

 まあいいです。お師匠様と私にそんな甘い出来事が起こると思っている方が間違いですもの。


「でも今回はかなり焦った」


 気を取り直した途端に、お師匠様が私の肩をぐいっと引き寄せました。驚いて顔をあげると、見たことないような切なげな眼差しとぶつかります。あまりにドキドキして、心臓の所在位置がわからなくなるほど全身の血液が高速移動しています。


「おししょ……」

「アミが居なくなったらと思ったら、気が気じゃなかった。……今度ばかりは観念したよ」

「な、何を」

「認める。……アミが好きだ」

 

 そのまま、お師匠様は私を胸に抱きしめます。


 え? ちょっと待ってください。今何が起こっていますか?

 

 時間が止まったみたいに、すべてがスローモーションに見えます。


 好きって。私が好きって、言いましたか? 本当? 空耳じゃない?

 てか妄想じゃないですか? 私ちゃんと起きてますか?


 ドキンドキンを通り越してバクンバクンいう心臓。嬉しいはずなのに、私の脳裏を駆け巡るのは妙な考えです。


――お師匠様が好きになったのは、どの私ですか?

 ドジでドンくさいアミですか?

 それとも、薬作りの上手になった役立つアミですか?

 今の私は、本当のアミなのですか?


 アミダを作ってしまってからのことが、頭を駆け巡ります。今の私、アミダ、昔の私。どれも似ていて、でも違う。お師匠様が好きだと言ってくれるアミは、どれですか?


 ああ、あんなにお師匠様の気持ちが知りたかったはずなのに、今の私はお師匠様の言葉を素直に受け止めることができません。


 

「お師匠様、警察がきまし……」


 倉庫に駆け込んできたアミダは、抱き合っている私達を見て言葉を切りました。

 

 アミダはわざわざ女装してきてくれたみたいです。全く私と変わらない姿で、傷ついた表情をしています。


 ショックですよね。アミダ、お師匠様が好きなんですもの。

 毎日キャーキャー騒ぐくらい、ほんのちょっとの優しさに、いくらでも頑張る気持ちをもらえるくらい。


 私知ってます、その気持ち。私も、そんな風にお師匠様が好きなんですから。

 アミダの気持ちが私に重なる。苦しい。辛い。まるでそっちが自分のように。


 今の私はどこか違うんです。今までのアミじゃない。

 アミは、そこにいるじゃないですか。泣きそうな顔で、お師匠様に抱き締められている私を見つめてる。


――アミダのほうが、元々の私に近いじゃないですか。


「アミ?」


 お師匠様の問いかけに、涙しか出てきません。私、分からないんです。自分が分からない。

 私だってお師匠様が好きなはずなのに、今は何かが違うとしか思えない。


 絡みつくようなアミダの視線が理解できて苦しくて、私の中からはこんな言葉しか出てきません。


「……ごめん、なさい」


 お師匠様は絶句して、体をこわばらせました。私は、言ってしまった言葉が悲しくて、再び涙が溢れだしてきました。


 やがて、がやがやと人の声が近づいてきて、我に返ったお師匠様は私を離して立ち上がりました。


「アミダ、アミを頼む。俺はあっちの様子見てくる」


 そう言うと、お師匠様は私に視線を送ること無く出て行ってしまいました。


残された私とアミダも、金縛りにでもあったかのように、身動きが取れません。


「……アミ、なにやってるんだよ」


 やっとのことで出したようなアミダの声はかすれていました。


 ああ、アミダ。私にも分からないんです。ただ、今のアミが好かれてるのだとしたら、それは本物じゃないって思えてしまっただけ。


 私はゆっくり立ち上がると、アミダに抱きつきました。


「う、うええええん」

「アミ」

「もう、……帰りたい、です」

「……うん。分かった、帰ろう?」


 アミダは私に背中に乗るように言いました。「重たいからいいですよ」といったのですけど、「男だから大丈夫」と言って聞かなかったので、のせてもらうことにしました。


 身長が同じなのですから、絶対大変なはずですのに、アミダは私をおんぶして、ひょいひょいと歩き出しました。


 私は背中で揺られているうちにいつのまにか寝てしまって、途中馬車に乗せてもらった覚えはなんとなくありますが、そこから先は覚えていません。


 次に目を覚ました時はお家のベッドで、慌ててアミダを探したら、別のお部屋でうるさくいびきをかいていました。


「……疲れちゃったんですね、アミダ」


 私と同じ寝顔を見ながら、じわりと涙が浮かんできます。

 せっかくお師匠様に好きだと言ってもらえたのに、素直に受け止めればいいはずですのに、それができません。


 明日、私はどうしたらいいんでしょう。いつも通り、お師匠様のところへ行ってもいいのでしょうか。


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