1.見習い魔女の恋
春に日差しが降り注ぎ、畑には蝶々が飛び交う素敵な季節です。
ここは村人全員が顔見知りなんじゃ……ってくらい小さく、平和なカタリ村。東端にある木造の小さな家の煙突からは、今日もモクモクと煙が出ています。
その煙の元は、今私がかき混ぜている大鍋です。中では、ゴボゴボとあぶくを立てながら緑色の液体が沸き立っています。色から想像できる通りの強烈な匂いで、私の鼻は麻痺して他の匂いを受け付けられない状態です。
「お師匠様ぁ。まだですかぁ?」
「うるさい。今商談中だ」
戸口のところで、ビラビラしたフリルの付いたご立派な服装をした太っちょおじさんを相手にお話ししているお師匠様は、少し機嫌が悪そうです。
お師匠様ことこの家のご主人、イーグ・ジャスト様はこの村でたった一人の魔法使いです。
魔法使いって言ってもおじいちゃんじゃないんですよ。とーっても格好いい、若い男の人です。
角ばった顎には無精ひげがありますけど、むさくるしいほどではないですし。目つきはちょっと鋭いですけど、でもとっても優しいですし。服装も、黒のローブ……とかではなく、クリーム色のシャツに茶色のズボンをはいていて、一見普通の村人と変わりないんです。
魔法使いって一口に言っちゃいましたけど、いろんなタイプがいるんですよ。空を飛べたりする人もいれば、呪いをかけるのが得意な人もいます。
お師匠様は薬作りの名人です。お客様が望む薬を、特別魔力を込めて作るのです。
それはもう、すごく効くと評判で、遠くの町からも注文にやってくるほどです。
今私がかき混ぜてるのは、『しつこい咳を治す薬』。
お師匠様が作る薬の中では至極まっとうなものなのですけど、いかんせん匂いだけはものすごいんです。
でも効くという評判がついているということは、この薬を本気で飲んでいる方がおられるわけで。
私はお客様の方を尊敬してしまいます。
そうそう、私が何者か、皆さんきっと気になっていますよね?
私の名前はアミ。アミ・ホワイトウェストと言います。可愛い名前だねって、両親には評判です。
しゃべり方が幼いとよく言われますが、実際は十六歳のピチピチの女の子ですよ。
村で唯一の学校を卒業してからはただの家事見習いをしていましたが、一年ほど前からお師匠様に弟子入りして魔女見習いになりました。
そもそもの発端は一年前。学校を卒業し、ただの家事見習いになった私は、両親のお使いでおばあさんの家までリンゴを届けに行きました。
その途中、ものすごい勢いで走ってくる馬車に引かれそうになったのです。
でもそれは避けたんです。それはもう軽やかなステップで。私ってすごいーって自画自賛するほどですよ。
なのに、その後ぬかるみに足を突っ込んでしまい、そのまま前のめりに転んだら、そこには木の枝があって、右足に枝が深く突き刺さってしまい……結果、大けがを負ってしまったという訳です。
痛くて泣いていたら、馬車から慌てて降りてきてくれたのがお師匠様。私は痛くて周りが見えていませんでしたが、凄く焦ったような声だったことは覚えています。
「大丈夫か?」
「うわーん。痛いです、痛いです。もう私歩けません」
血がダラダラ出ていました。お師匠様が足に刺さっていた枝を引っこ抜いてくれたら、もっとどばーっと出てきて、もう私は失神しそうでした。
お師匠様は馬車から水筒を持ってくると、私の傷口を洗い流して服の袖を破ってぐるぐる巻きにしてくれました。
「悪かったな。家まで送ろう」
そしてお師匠様はすぐさま、私の膝の裏に腕を突っ込むと軽々と抱えあげてくれたのです!
人生で初めてのお姫様だっこですよ?
すっごく興奮しました。ドキドキして、足の痛みも忘れてしまったほどです。そして、そのまま顔をあげマジマジと見ると、すごく近くにとても端整なお師匠様の顔があって。
もうね。すっごく格好よかったんですよう。
角ばった輪郭に、スッと伸びた鼻。落ちくぼんだ目は二重で切れ長で、口は大きめで存在感がありました。今みたいな無精髭もなく、とても爽やかだったのです。少し長めの茶色の髪はサラサラで、まるで物語にでてくる王子様みたいでした。
私は一目でポーっとなってしまったのです。
その後、お師匠様は私を家まで運ぶと一度出ていき、またやってきたかと思ったら今度は薬をくれました。その時初めて、この人がよその村からやってきたという噂の魔法使いだってことに気付いたんです。
お師匠様の薬はみるみる効き、痛みが止まったかと思ったら、翌日には傷口さえもうっすらとしかなくなっていました。
それまではお師匠様にぽーっとなっていただけでしたが、この時から魔法薬というものの効果にも興奮しました。
だってあんなすごい大怪我を簡単に治しちゃうんですよ?
私もこんなものをつくってみたいって、本気で思ったんです。
私は一念発起して、お師匠様の弟子になることを決めました。
「アミは不器用だから」と反対する両親を押し切って、「弟子なんていらねー」って冷たくあしらうお師匠様に、押して押して押しまくって。
ようやく弟子入りさせてもらえたのは怪我した日から一ヶ月後でした。
最初は雑用ばかりでしたが、最近ではこうして薬作りの手伝いをさせてもらえるようになったんです。
どうです、すごい進歩でしょう。
ただね。私、もともとちょっとのんびりとしていて大雑把なのです。
だから、一日の大半はお師匠様に怒られているのですけど、お師匠様が私にお仕事を任せてくれるのが嬉しいので、私は一生懸命頑張るのです!
でもまあ、うん。きっちり計ったりするのはやっぱり苦手で。私がお手伝いに来るようになってから、お師匠様の薬の評判が少しだけ落ちてきたのは、内緒の話です。
やがて強い音とともに扉が閉まりました。薬の匂いがさっきよりも部屋の中に立ちこめます。
「アミ、次の仕事が入ったぞ。今度は『自白薬』だ」
「自白……ですか? だれか悪いことでも?」
「三つ先の町で事件発生だとよ。……あー、いい匂いになってきたな。右に何回かき混ぜた?」
「三十回です」
「よし、じゃあ、左に三十回で終了だ」
「はあい」
魔法のお薬は手順が面倒くさいのです。
材料は薬草だったりトカゲの干したものだったりと、それほど特別なものはないのですが。やれ、煮込む時間だとか、草を切るときに十個以上切り口を作ってはいけないとか。
お師匠様曰く数にも意味があるらしく、魔法薬のレシピも書いてくれているのですけど、私の頭では読んでもちゃんと頭に入ってこなくて、しょっちゅう間違えては怒られているのです。
「ストップ、アミ。また考え事してたな。今三十回だ。手を止めろ」
「あ、すみません。これで火を消せばいいですか?」
「ああ。……お前ちゃんと右に三十回混ぜたかー? なーんか色がちょっとおかしいなぁ」
お師匠様は私をじろりとにらんだ後、薬のチェックをします。
まだ熱いはずのそのお薬を、スプーンですくい口元に持っていって。お師匠様の濃いソース顔が、熱さにちょっとゆがむのを見て、私はすぐにぽーっとなってしまいます。
「ん、やっぱちょっと違うな。言われたことぐらいちゃんとやれ。そんなんじゃ一人前の魔女になれねーぞ」
「す、すみませぇん」
「あーもう。これ魔力を入れなきゃダメだ。お前ちょっと下がってろ」
私の失敗は、ものすごい大失敗じゃない限りは、お師匠様の魔力で何とかなるらしいです。魔力を加える事で微調整をするのやらどうやらで。今年に入って私は薬作りをお手伝いするようになったのですが、今までのところ、必ずお師匠様の魔法が掛けられています。つまり成功したことがないってことで、それは私的にはちょっと恥ずかしいことなのですけど。
呪文を唱えるとき、お師匠様は服の上に黒のローブをはおります。黒は魔力を高める色なんだそうです。
邪魔になってはいけないので、キッチンの椅子に腰かけて、目をつぶって呪文を唱えるお師匠様を観察することにしました。
端正な横顔。小さく動くその口元。呪文を躍らせるように手が動き、お師匠様はゆっくり目を開けてお薬の鍋を確認します。
ああ、格好いいですぅ。
これが見れるってだけで弟子はやめられません。
ちなみに、お師匠様は二十三歳。私は十六歳です。
七歳の年の差って一般的にどうなんでしょう。何とかなるって私は思ってるんですけど。
だって相手は魔法使いですもの。
常識になんて、囚われたりしないでしょう?
私の夢は、いつかお師匠様から告白されること。
『一生一緒に薬作りをしよう』とか、『アミがいないと生きていけない』とか、言ってくれないかなぁって毎日毎日願ってるんです。
お師匠様が私のことをどう思ってるか、今は全然わかりません。
口は悪いし、どっちかと言えば馬鹿にされている方が多いですし。呆れられてる? って疑う時もあったりはするのですけど。
私以外の弟子をとらないこととか、失敗してもさりげなく助けてくれるところとか、全く脈がないわけでもないと思んですよね。
ねえ、お師匠様。私、お師匠様の気持ちが知りたいです。
でも自分から「好き」っていうのは怖いんです。
だってだって。もし好きじゃないって言われたら、もう平気な顔でここに来れなくなってしまいますもん。
それは困るんです。お師匠様が好きってこととは別に、薬作りの上手な魔女になりたいとも本気で思っているんですから。
……待ってくださいよ? 薬?
そうだ薬。さっき、お師匠様が次につくるといった薬は確か。
「自白薬」
それっていいかもです。だって、本心を口に出す薬ってことでしょう?
さすがにこの薬を奪ったら怪しまれるだろうから、作り方を覚えて自分でも作ってみるってのはどうでしょう。
そうして、こっそりお師匠様のお食事に忍ばせたら、薬の効果で私への本当の気持ちを教えてくれたりしませんか?




