第1話
「オッサンーーーー!!」
地の底から響くような重低音がハルを追いかける。
「ぎゃああああああああ!!来るな!」
お願いだから来ないでくださいと力の限り叫ぶと、ダミ声でオッサンと鳴く主の速度が上がる。
「気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い」
「ふむ。桃色ベアーか、村から距離が離れてる訳では無いのじゃがな?珍しいのぉ」
契約者で在る青年のハルは村まで後一時間歩けば到着する距離まで来ていた。だが、道中突然と森から桃色の3メートルは優に超える巨大な熊が襲う。全速力で逃げたが巨大熊の足は異常に早く、余り距離を離せないで今に至る。
「おい!アレの弱点は無いのか!!このままじゃ村まで追いかけて来るぞ、あの熊!」
「ギルドならばランクAのモンスターじゃぞあの熊は。本来は森の奥深くに居るのが普通なのじゃが・・・・」
青年ハルが連れてこられ、魔女が産まれたこの世界には魔獣やモンスターが存在する。魔獣は魔法を使い攻撃し、モンスターは野生の動物が突然変異した変異種。その為か、通常の野生動物以上に力や速度、攻撃力、知識が高い。
「それってフラグだよな」
魔石に封じられた魔女アリスは考える。力の加減を知らないハルが魔法を、それも魔女が持つ力を使った時、加減が出来るかを。自分と契約出来た適合者にやっと会えたのだから詰まらない事で彼を失いたく無い。
(どうするかのぉ?魔法の概念が理解出来ぬ者に我の攻撃魔法を準備も無く使わせるのは・・・・ん、まて!ハルの世界では魔法は使えぬが魔法の知識は在る!!)
魔女アリスは思い出した。青年の記憶から彼が過ごした世界の知識がハルに最も力を与えるだろう事実に。
「ハルよ、汝に適した力を与える。受け取れ我が主よ!」
青年はアリスの言葉に驚くが、願った異世界にやっと来て数時間後に気色悪いモンスターに捕食されて死ぬのは嫌だと魔女の言葉に頷く。
「モンスターを倒せるならどんな力でも良い!」
キィーンと右腕の手の甲に埋め込まれた紫色の魔石が美しく光り輝く。封印された筈の魔女アリスは惜しげも無く膨大な魔力でハルが望む力の具現化を果たす。それは彼の世界ならば馴染み深く、異世界では恐らく誰もが羨む力。
「え?」
ハルの身体は一瞬眩い光に包まれ、瞬時に光は霧散する。そこには連れてこられた時に着ていた服は消え、違う服を着ていた。
「あああああああ!俺がプレイしてたゲームの装備だああああああ!!」
アリスの魔力で具現化された力は彼がプレイしていたゲームの装備、ステータス、魔法、攻撃、知識だった。
「凄い、凄いぞアリス。俺は初めてお前を尊敬した!!」
「当たり前じゃ!我は偉大なのじゃ」
改めてアリスの凄さを確認するハルは、魔女が行った行為が彼の記憶を媒体に完全では無いが、天地創造の一部で物質創造を己が魔力だけで行っている事に気付かない。
「良し、これで戦える。取り敢えず初戦で剣は怖いから魔銃剣銃で仕留めるか」
(アリスが意識を集中させれば装備やステータスの一覧表が見えるって伝わる)
魂の契約を結んだ契約者同士は、言葉を意識するだけで伝達する。
「ツっ、ビックリした」
意識を集中した直後、目の前に自身のデータが表示されて驚く。そこには見慣れたステータスが映し出されていた。
種族:不明 レベル:90 職業:魔銃剣士・魔法師 スキル:英雄5・熟練5・大精霊達の加護4・召喚5・魔法5・剣術5・命中5・思考5・加速5・生成4・運勢低下2・射撃4
「スキル運勢低下とはなんじゃ?」
真っ先に表示された情報を読み取りハルに質問すると彼は渋々答える。
「倒したモンスターの呪いらしいくて、勝手に発動してはドロップするアイテム数が極端に減る、滅多に合わないモンスターに遭遇したりだよ」
「この状況はお主の所為ではないか!」
「違うだろう!それは違う!!そもそもステータスが現れたのはアリスが作った後だろ?モンスターと遭遇したのは表示される前だぞ!」
ハルが桃色ベアーに奇襲を受けたのは確かに魔女がステータス表示を作った後だった。
(元から運勢が良くないのか?ま、アンラッキーとラッキーと呼ばれるスキルはこの世界エデンにも存在するしの)
存在はするがアンラッキーのスキルはラッキー以上に保有者は少ない事実を、彼には伝えない決意をする魔女だった。
ジャキーーーン、ヒュンヒュンヒュンヒュンと音が鳴り響く。
黒いローブを身に付ける彼の手には真っ赤な45口径の銃が握られていた。グリップから口径全てが真紅に染まり、光沢が有り滑らかな曲線を描く銃を包むのはレッドドラゴンの鱗。美しく妖艶な輝きが真紅の銃を照らす。
ズドオオオオン、ズドオオオオン!!
「ガッフウゥゥゥゥゥ」
ハルが熊に標準を合わせ獲物を捕らえ、引き金を押した瞬間、口径から火の弾丸が発射され速度は音速に至る弾が3メートルを越す熊に着弾。
「これは・・・・」
弾が着弾したモンスターは上半身が消し飛び元が熊だとは認識出来なかった。
「威力が強すぎたな。まぁ、UR武器だったから当然の破壊力か?」
「ありえん。ランクAのモンスターを一撃で倒すとは。はて、これから始まる旅は大変じゃろうな」
ブツブツと武器の威力を確認する青年を余所に魔女は静かに溜息を吐くのだった。