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えふじたんぺん

 辺境の村パルマの付近で、ローパーの異常増殖が確認された。

 ローパーは、獣とも植物ともつかない、体躯の殆どがロープのような触手で構成されている魔物だ。

 現在では既に失われた、古の魔法生物の生き残りなどとも言われているが、詳しい生態は分っていない。

 ただ一つはっきりしているのが、人畜にとって非常に危険な存在であるということだ。

 ローパーは、自身の繁殖に哺乳類の体内を利用する。

 苗床にするというわけではなく、植えつけた種子を発芽させるための養分として利用するのだ。

 養分として利用する哺乳類に、種類や雌雄の別は一切関係ない。触手をもぐりこませるための穴があればそれでよい。

 植えつけられた種子は、宿主の養分を吸収して瞬く間に生長し、宿主の身体を内側から破壊して、数十体もの子ローパーが溢れ出て来るのだ。

 強さ自体は然程では無いが、出現するときは数が多く、見た目の醜悪さとおぞましい習性も手伝って、冒険者ギルドでは、重要討伐対象に指定されている。

 事態を重く見た村長が、なけなしの金銭を村中からかき集め、行商人を通じて、王都の冒険者ギルドに依頼を出したのが、今から一ヶ月以上前のことだった。


「一人も出迎えがねえってのは、どういうことだ……?」


 Aランク冒険者のエズラートンは、不快そうに顰めた。

 彼と共にパーティを組んでいる他の四人の男達も同様だ。

 Aランク冒険者といえば、王国でも指折りの腕利き冒険者であり、一目どころか数目置かれる存在である。

 娯楽の少ない辺鄙な村ともなれば、一躍人気者で、酒にも女にも不自由しないぐらいだ。

 そうでなくとも、王都から態々こんなド田舎まで、化け物退治に出向いて来てやったのだ。

 挨拶の一つぐらいあって然るべきはずだ。


「おい、そこのガキ!」


 エズラートンは、苛立った様子で、近くで見つめている子供に声を掛けた。

 村の子供だと思うが、奇妙な斑色の小さなチョッキを羽織っていた。

 声を掛けられた子供は、びくりと身体を竦ませると、エズラートン達に背を向けて、一目散に走り去ってしまった。


「おいこら!」


 エズラートンが怒鳴り声を上げるが、もちろん子供は立ち止まらなかった。


「クソが! いったい、何だってんだ!」


 仲間の一人が吐き捨てた。

 エズラートンに劣らず、粗暴で粗野な言動だった。

 彼らもエズラートンと同じ、Aランクの冒険者で、これまでにも、オークやゴブリンといった幾多の害獣討伐を行い、時には傭兵として人間同士の戦争で華々しい戦果を上げたこともある。

 そんな自負があるからこそ、子供の不可解な態度が気に入らなかった。


「おやおや、もしかして、ギルドの冒険者の方々ですかな?」


 そんな彼らの元に、好々爺然とした老人が現れた。

 身形からすると、おそらくはこの村の村長だろう。

 その背後には、隠れるようにして、先程の奇妙なチョッキの子供が上目遣いにエズラートン達を伺っている。


「ようこそ、おいでくださいました。随分と、お早いお着きでしたな」


 慇懃な言葉とは裏腹に、老人の表情や声音には歓迎する意思は全く感じられなかった。


「お気をつけてお帰りくださいませ。では……」


 呆気に取られる一行に背を向けると、村長と思しき老人は、子供を伴って立ち去ろうとした。


「お、おい! ちょっと待て!!」


 エズラートンの怒鳴り声に、村長はゆっくり振り返った。


「はて。まだ何か御用ですかな」

「『御用ですか』じゃねえ! 俺達は、ギルドの依頼でローパーの退治に来てやったんだぞ!?」

「ふざけてんのか、ジジイ!」


 エズラートン達の剣幕に、怯えた子供が身体を竦ませた。


「ああ、そうでしたな。しかし、もう済みましたので、お帰りいただいて結構です」


 彼らの剣幕に怯えることも無く、村長は慇懃無礼を絵に描いた態度で言った。

 村長の態度に怒りを覚えながらも、もう済んだという言葉の意味が気になった。


「済んだっていうのは、どういう意味だ!?」

「どういう意味と仰いましても……」


 村長は苦笑を浮かべた。


「ローパー共は既に別の方々にお任せしておりますので……」

「な、なんだと!」


 いきり立つエズラートンら冒険者に向かって、村長は訥々と語り始めた。

 行商人に頼んで、ローパーの大量発生をギルドに報告したのが、今から一ヶ月前のことだ。

 その間、村から被害者が出ることを恐れ、村長は森への立ち入りを硬く禁じた。

 しかし、村の子供の一人が、うっかり森に入り込んでしまい、ローパーの大群に襲われたのだ。

 森の動物を養分にして、更に増殖していたらしい。


「あわや、ローパーの餌食になりかけたところで、不思議な身形の方々が助けてくれましてな」

「なんだそりゃ。そいつらは、冒険者なのか!?」

「ワシらも始めはそう思いました。なにせ、全員が超一流の魔道士でしたからな」


 子供を助けたのは、森に溶け込むような斑色の服を身に着けた魔道士の集団だった。

 助けられた子供の話では、手にした杖から迸る魔法で、あっという間にローパー達を蜂の巣にしてしまったのだという。

 俄かには信じられない話だったが、子供を保護して村を訪れた彼らが持ち帰ったローパーの死体から、それが真実であることが分った。


「そいつらは、一体何者なんだ!?」


 エズラートンはいきり立って村長に詰め寄った。

 もし、自分達と同じ冒険者であれば、依頼の横取りに他ならない。

 絶対に許すことの出来ない、重大な違反行為だ。


「さあ、分かりませぬなぁ。奇妙な格好ではありましたが、規律正しく人当たりも良く、実に紳士的な方々でしたよ」


 言外に、アンタらと違ってな、というニュアンスが含まれていたが、獲物を横から掻っ攫われた事で怒り心頭のエズラートン達は気付かなかった。


「たしか、ジェ……ジェータイ、などと名乗っておりましたな」


 冒険者のパーティ名だろうか。

 売り出し中のパーティならいくつか知っているが、聞いたことの無い名だった。


「おい、村長……そいつらは、何処に行った?」

「隠し立てすると為にならねえぞ、あ?」


 凄む男達に村長は、顎鬚をしごきながら、山の一角を指差した。


「あの山の中腹に、どうやら、ローパー共の巣になっている洞穴があるそうなのです」

「何でそんなことが分るんだ?」

「彼らがそう言っていたので。なにやら、斑色の奇妙な羽虫を飛ばしたりして調べておりましたよ」

「虫だぁ? 何でそんなもので分るんだ?」

「さあ……? 何しろ、魔道士のすることですからなぁ」


 とぼけたような村長の態度に、エズラートンの我慢は限界を迎えようとしていた。


「そういえば、明日の朝、山狩りをすると言っていましたなぁ」


 こうなったら、締め上げて吐かせようかと思った矢先、村長が思い出したとばかりに言った。


「……行くぞ!」

「ガセだったら、どうなるかわかってんだろうな、あ?」


 仲間の一人が去り際に凄むが、何処吹く風とばかりの涼しげな表情で、村長は受け流すのだった。


「まったく、今頃やってきて偉そうな態度をしおって……ゴロツキ共が」


 男達が見えなくなった後、村長は鼻を鳴らし毒づいた。


「なあ、村長」


 一言も発せず、一連のやりとりを見守っていた子供が、村長のローブの裾を引っ張った。


「ジェータイは、危ないから村の人は、山に近づいちゃ駄目って言ってた」

「うむ。そうじゃのう。だから、お前は近づくんじゃないぞ?」

「うん、わかったー」




 翌朝。

 朝も明けやらぬ内から宿を出たエズラートン達は、村長から聞いた山に向かっていた。

 山の中腹に足を踏み入れた途端、待ち構えていたように、ローパー達が遅い掛かってきた。

 始めのうちは、危なげなく蹴散らしていたエズラートン達一行だったが、進むにつれてローパー達の数が目に見えて増えてきた。

 今はまだ、なんとか撃退できているが、このままのペースで数が増えれば危険だ。


「お、おい! いったん引いたほうが良いんじゃないのか!?」

「馬鹿言え! ジェータイとかいう連中に、手柄を奪われたいのか!?」

「だ、だけどよぉ……」


 仲間内からも弱気な声が聞こえ始めた頃、彼らの目の前に、山肌にぽっかりと口を開ける洞窟が現れた。

 そして、そこから這い出してくるおびただしい数のローパーの大群も。

 村長の話にあったやつらの巣になっている洞穴とは、あれのことだろう。


「行くぞ!」

「おい、マジかよ!?」

「無茶だ! あの数を見ろよ!?」

「なに怖気づいてんだ!」


 本丸を前にして言い争いを始める彼らの耳に、奇妙な音が近づいているのが聞こえてきた。

 遥か空の彼方から徐々に近づいてくる聞きなれない轟音に、口論をやめて空を見上げると、森の木々の合間から見える空に、大きく羽根を広げた青い鳥のようなものが、一瞬だけ目に入った。

 その次の瞬間、凄まじい爆音と衝撃が5人を襲った。

 悲鳴も出せずに地面に叩きつけられ、冒険者達は無様に地面に転がった。

 そんな彼らの頭上から、砕けた石とともに、ローパーの肉片が降り注いでくる。


「な、なな、なに、が……!」


 何が起きたんだと、エズラートンが口にしようとした時、再び轟音が近づいてきた。

 反射的に空を見上げたエズラートンは、青い鳥が何かを地面に落とすのを見た。

 鳥の落とした何かは、まるで吸い込まれるようにして、ローパーの巣である洞穴に叩きつけられた。

 そして、またしても大爆発が巻き起こり、降り注ぐ土砂とローパーの死骸の雨を浴びることになった。

 状況がまるで飲み込めない。

 ただひとつ、確実に分るのは、このままここにいては、間違いなく死ぬということだけだった。


「ひ、ひいいいいい……!」


 腰を抜かしたエズラートンは、這い蹲るようにして、必死にその場を離れようとしていた。

 依頼を横取りされたことに対する怒りや、Aランク冒険者の矜持などというものは既に無かった。


(やめてくれ、もうやめてくれ……!)


 そんな彼の願いもむなしく、3度目の音が接近してきた。




「うわー、すっげー!!」

「おおお、山が爆発してるみたいだ……!」

「あれが、ジェータイの使役する、音を超える青い鳥か……!」


 パルマでは、村人達が、ジェータイによる山狩りを眺めているところだった。

 空の彼方から飛来した青い鳥が、山の上空を横切ったかと思うと、その下の地面が猛烈な勢いで爆発し、その様子は、さながら山が噴火したかのようだった。

 飛来した青い鳥は全部で4羽。

 遠雷にも似た轟音を纏いながら現れたその鳥は、まるで線で引かれたかのように、全く同じ進路同じ高度で順番に進入し、ローパーの巣に対して、次々と強大な火炎魔法を叩きつけていった。

 恐るべき火炎魔法で山肌を焼き払った青い鳥は、優雅に上空で身を翻すと、大空に白い糸のような雲を引きながら飛び去っていった。

 陽光を浴びてきらめく姿は、ルリカケスのように美しい。

 凶悪な破壊をもたらしたとは思えないほどの神々しさだった。

 4羽の青い鳥による饗宴は、時間にして数分、ほんの僅かな間の出来事だった。

 村人達が、興奮冷めやらぬ様子で、未だに煙が立ち昇る山肌を見つめていると、少し離れた場所から、先程の鳥とは全く違う横長の蟲が飛び立っていった。

 斑色で上部に二つの回転する羽が着いた奇妙な蟲だ。

 これも、ジェータイの魔道士達が調教して使役しているらしい使い魔だ。

 彼らは、苦笑しつつ魔法ではないと言っていたが、それ以外にはとても考えられないことだった。

 やがて、ジェータイの一人が、村長のところへやってきた。

 例の奇妙な羽蟲に命じて確認させたところ、運よく生き残ったローパーが居たらしく、それを殲滅しに行くのだという。


「まだ危険ですので、今しばらく、山には近づかないように願います」

「ええ、ええ、わかっております。よろしくどうぞ、お願いします」


 好々爺然とした笑みで深々と頭を下げる村長に向かって、兜を被った男は、右手を折り曲げこめかみの辺りに指先を付けるような奇妙な敬礼を残し、去っていった。

 他の連中にあれこれ指図しているところを見ると、おそらく指揮者なのだろう。


「がんばれー!!」


 無邪気に手を振る子供達に手を振り替えしながら、奇妙な横長の荷馬車のようなものに乗り込んだ斑色の男達は、鉄のルリカケスの放った爆炎魔法の影響で、未だ煙を上げている山のほうへと向かっていった。




「……それでは、彼らはこの村の人間ではないのですね」

「ええ、知らん顔ですなぁ」


 日が落ちた頃、ジェータイの荷馬車が戻ってきた。

 彼らは、全身擦り傷だらけの、5人組の男達を連れていた。

 命に別状は無いが、何れも放心状態であり、発見したジェータイの呼びかけにも全く反応が無かった。


「ふうむ。武装しているところから見ると、野党の類かもしれませんなぁ」


 村長は思案顔で首を捻った。


「では、我々が一時的に拘束します」

「そうしてもらえると、助かりますわい」


 村長の態度に若干の違和感を感じながらも、ジェータイの指揮官らしい壮年の男は、それ以上は何も言わなかった。

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