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夏まで届け、パンクロック

作者: こーたろー

絶望の目覚ましが鳴り、昨日がまた始まる。六月上旬の蒸し暑い朝だ。

汗ばんだ体をなんとか起こして考える。

「働きたくねえ…。なんといって休もうか」

今日はアルバイの出勤日だ。しかし、まったくもってやる気がわかない。

四畳半の狭い部屋をウロウロすること三十分。いよいよ外出しないと出勤時間に間に合わない時間となった。

カップラーメン、古雑誌、エロ本、灰皿、焼酎の空きビンなどが散乱するテーブルの前に腰かけて一服。

もうだめだ、諦めよう。

こうして私はバイトをさぼった。何度か携帯電話に店長から着信があったが、すべて無視した。

いいようのない絶望感に襲われた。


バイトをさぼったはいいものの、特にすることがない。

意味もなくまた部屋をうろつきだしたり、湿った布団に寝転がったり、二か月前にもらってきた無料求人誌を眺めてみたりしたが、何の暇つぶしにもならない。

「ああ…ああ…ううう…」

とわけのわからない声を出していると玄関の呼び鈴が鳴った。

一瞬ドキッとした。

まさかバイト先の店長が来たのではないか。

恐る恐るドアを開けると、高校時代からの友人であるタカという男が立っていた。

右手にはコンビニ袋を持っている。その中にはいくつもの缶ビールとつまみ。

一気にハイテンションになり、

「おう。まあ上がれよ」

とゴミ処理場のような自室にタカをあげた。

タカも私と同じように一言で表せば、ダメ人間だ。

昔からよくこうしてどちらかの家に集まって、俺たちってダメだな、ははは、などと言いあっている。

そんなことをしてたらもう二十二歳のフリーターになっていた。

挙句、私はたった今フリーターからニートになったのだ。

まったく我ながら救いようのない人間だと思う。


タカが来てから二時間ほどたち、昼間から酔っ払っていい気分になってきた。

すると、「どうしたら楽をしてお金を稼げるのか」という話題から一変して、

タカが真面目くさった顔で、

「もう一回バンドやらないか」

と言ってきた。

高校を卒業してから数カ月だが、私たちは音楽活動をしていたのだ。

結局私の怠惰な性格が原因でそのバンドは解散したのだが。

「やるか。別にすることもないし」

私は適当に返事をした。

「ほんとか? じゃあメンバー集めとくから。またそのうち連絡する」

「おう。パンクロックだな。この夏をさらに暑くさせるぐらいすげーやつやろうぜ」

そう言って再び飲み始め、いつの間にか深い眠りについた。


目が覚めると外はもう真っ暗だった。となりで寝てたはずのタカも帰ったらしい。

台所に行き、水を飲むと、ふとラップのかかった御飯が目に付いた。横にはお茶漬けの素がある。

どうやらタカが用意して行ってくれたみたいだった。

私はありがたくそれを食べて、友達って素敵だな、と柄にもないことを思った。


それから二週間ほどがたち、タカからは何の連絡もなく、私はバイトもせずに、空虚な日々を送った。

自転車をこいで一日をつぶしてみたり、競馬やパチンコをしたり、家で求人誌を眺め、

時給がちょっと、時間がちょっと、場所がちょっと、などと言って働くことを先延ばしにしたり。

最初のうちは自由になれたと思って楽しかったのだが、だんだんと気分が暗くなっていった。

何で生きてるのか分らなくなり、死にたくなってきた。

絶望しかないのだ。私の心の中には何もない。無力で無欲。ただただ絶望。


さらに一週間ほどたち、このままひとりでいると本当に自殺しかねないと危惧して、タカの家に向かった。

錆ついて今にも壊れそうなアパートの階段をあがり、呼び鈴を鳴らす。

二、三度鳴らすと、中からタカが出てきた。部屋の中は何やら騒がしい。

「あれ、誰か来てんの?」

「ああ、うん。バンドやろうかって」

一瞬目の前が真っ暗になった。

「は? 俺とやるんじゃないの?」

「まあ、そう言ったんだけどほら、俺らが一緒にやるとさ、だらけちゃうじゃん」

「いや、まじめにやろうよ」

「無理だよ、俺たちは。前のバンドもそうだったし。それに…」

「分かったよ。じゃあいいよ、もう」

私は怒りと悲しみでいっぱいになって一目散にアパートを後にした。

家について二人で飲もうとして買った缶ビールや焼酎を空っぽの胃の中に片っ端から流し込んでいった。

結局私たちは傷をなめあっていただけだったのだ。友達とそんなんじゃなく、ただダメなもの同士集まって安心してただけだったのだ。タカが何かを言いかけたのはきっとそのことなのだ。

私は何を勘違いしていたのだろう。結局人間なんて一人じゃないか。孤独の群れなのだ。


私はそれから三日間、何十回嘔吐しても、ひたすらアルコールを体にぶちこんだ。

そして四日目の朝、頭と視界に霞がかかったみたいにぼやけたなか、心の底から死にたいと思った。

もう何も考えられなくなった。逃げ道もない。進む道もない。

目をつぶったら見えるのは暗闇だけだ。夢も希望も金も愛もない。

友達もいない。彼女もいない。ひたすら孤独だ。

寒い、寒い、寒い、寒い、六月下旬、夏間近なのに寒い。

心も体も寒い。



そうして私は自殺した。

私の腐敗して異臭を放った死体が私の最初で最後のパンクロックだ。

死体が発見されたのは七月に入ったばかりのある暑い午後だった。

私のパンクロックは違った形で夏に届いたのだ。


死体を発見したのは、心配して私の家を訪ねてきたタカだった。

読んでくれた方、本当にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 前半はいい感じに読み進んで、ラストで一気に鬱になりました。 良い意味で作品に引き込まれていたからだと思います。 出来ればハッピーエンドバージョンも見てみたいな、とか思ったりもしました。
[一言]  「俺たちの夏がこれから始まる」という感じの構想を読みながらイメージしていたのですが、最後の落ちに見事にはめられました。私は大好きですよ、このような落ち。とてもはじけた小説ですね。
[一言] 前半の文章がとてもよく、読みやすかったです。特にバンドマンの生活っぷりが非常にリアル。(私はバンド妻です)
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