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初級レベルの魔術士

恋愛系? の話。恋愛チック風味。むしろ、恋愛に巻き込まれ系。その恋愛に興味のない主人公と、その他。

 両親は魔術の素養はなかったので、ごくごく普通の人でしたが、幸いにも、隔世遺伝のほうが頑張ってくれたようで。優れた魔術士でもあった誇るべき祖父の血が、私の希望する魔法使いとしての道を、後押ししてくれました。

そんなこんなで、本日も無事、酸素を吸い吸い生存しています。

なんせ、初級レベルですから!

魔術士としてのレベルが最底辺なんです。

君、レベルなんぼ? あぁ、貴方のほうこそ、なんぼだね? と、話題を逸らさなければならない程度の。回復魔法でさえ、ひねくれた爪、の間際にあるサカムケをどうにか元通りに癒すぐらいなんです、このような低レベルでは、魔術士協会はおろか、派遣の仕事にすらありつくことはできません……。


「嗚呼……、お腹すいた……」


ひもじいです。

私は、空腹に身悶えする胃の欲求に耐えながら、必死こいて杖を振ります。

そうです、初級レベルなので、魔法瓶と補助してくれる杖がないと、詠唱でさえ心許ないのです。ちなみに、普通レベルだと、魔法瓶は不要です。すごく、こすとぱふぉーまんす、とやらがかかりまくりなのです。とはいえ、ご安心ください。後述しますが、労力はあるものの、金銭的なコストはないのです。それよりも、目の前の問題にとりかからねば。集中します。眉間に力を入れて……。


「ええと……あとは、こうして……」


地面に、よたよたとした筋道の、円を描きます。

中には、文字。

下手くそな、私の筆記が付け足されていき、辛うじて魔術語が完成しました。教科書通り、と言われた私の魔方陣。


「ほいさっさ、と……」


本来、この魔法陣、初級レベルの私用に、魔歌とか、お香を立てるとか、そういった魔術的な道具を与えたほうが、さらなる安定を生むのですが、無念ながら、私は金無し。貧乏なんです。魔法瓶だけは、なんとか確保できているので、幸いなのですが、問題は、魔法瓶だけ、ってところでしょうか。ちら、と我が家の裏に生えて入るジャングルのごとき雑草の群れを思い出します。必要なもの以外、あとで除草しないといけません……そういった意味で、コストはかからないのです、が、……嗚呼。杖を片手に、片膝を床にくたりとつけます。


「お腹すいた……」


だからこそ、こうして飢えてるわけですが、ま、しょうがないです。

なんせ私、初級レベルの魔術士ですから!

やせ我慢は、お手の物です!




「ありがとうございましたー!」


 祖父から譲り受けた、魔術を生業とする古い家を綺麗にして、魔術屋として開店、魔法系女子、サブカル女子な性格の常連に支えられて三年目。

どうにかこうにか、商売としてはやっていけるようにはなりました。

黒字、というには少々、危なっかしいレベルですが、日々の食事を、三食ではなく、一日二食にしてまかなって、ようようやっていける、といったような塩梅です。お客さんを見送り、扉を閉める。本日も無事に客商売を終えることができたようです。思わず安堵の吐息がこぼれます。


「ふぅ」


今日は、これで終わりかな。

私は、そうして、お客さんに見せるために出した見本の品々を、片付けようと精を出します。小汚い、いかにも魔術士っぽい机の上には、丸っこい水晶や魔法瓶、羽ペンやら、魔法の粉など、魔術的要素満載の品々がちらかっています。

常連さんは、こういった品々が大好物です。


「ふふふ……」


今日は久方ぶりに売れました。思わず、邪な笑みがこぼれます。

なんでも、恋のおまじない、に関係する商品が欲しかったらしいのです。

幸い、当店にはそういった類のものが、いくつか継承されています。


「今日は、鳥肉が食べられそうです」


バーゲンセールで三十パーオフ!

ホクホク顔で、私は、お金の数をかぞえます。

鳥のもも肉、200gはいけそうでした。

知らず知らずのうちに、口の中が涎で溢れかえります。ぎゅっと、小金を胸の上で羽交い絞め、もとい、抱きしめました。今日は良い夢がみれそうです。




 魔術を商売として扱う以上、お客さんへのリサーチは忘れられない、商売上、重要なファクターです。

 私は、へっぽこ低級魔術士です。

そのため、細かな需要は見逃ぬ、という訳です。

私の店にある、恋愛に関するレパートリーは他店に比べ豊富、ではありますが、それでも数に限りがあります。なんといっても、祖父は優れた魔術の使い手。かつては、王妃様御用達であった、なんて噂もあったらしいのです。

 今は、代が移り変わってさっぱり、ですが。


「むむむ……」


 つまりは、祖父のその豊富なレパートリーを、孫である私が活用して使い続けてきたというわけなんですが。

 ずっと、同じものばかり扱っているばかりでは、常連さんが満足しなくなる、というのも道理です。

 常連さんの買い物量が、目に見えて減っているのです。

私は、空腹とともに、危機感を覚えます。


「お腹すいた……」


商売部屋の埃を叩き落としながら、掃除をしています。

本日はとうとう、常連さん以外のお客さんは来ませんでした。

笑顔だけは、素晴らしいスマイルをいくらでも無料提供しますが、やはり、品目が不足、ということでしょう。

 我ながら、目新しさがありません。

雑巾で床を拭き拭きしつつ、今後の金儲けを考えます。


「やはり、恋愛グッズを増やすべきですね」


丸っこい水晶に、ハー、と生暖かい息を吐きつけながら、きゅきゅっと綺麗な布で汚れを除きます。ぴかり、ぴかぴか。この輝きがあるまでに、なんとしても、安定した生活を送らねば……。




 閑古鳥が鳴きっぱなしのお店に、クローズ、と看板を出し、早速、敵情視察へと向かいます。

まあ、基本ですね。敵を視殺、いえ、見守り……。

 自然と、力強く地面を踏みしめてしまいます。どうやら気合が入りまくりのようです。さすがの私も、この程度でビビることはありません。いいえ、小心者ではありません。決して。とにかく、あの煌びやかな店、というか、ファンシーな店に突撃するのに足踏みしているわけではありませんよ!

といいましょうか、どう入ればいいのでしょうかね……。一人で来たのはいいものの……おや、あれは…………よし、今だ!

あの女性の群れに、ついていくのだ。紛れるのだ。


『いらっしゃいませー』


 思わず双肩がびくりとしてしまいましたが、そうです、今日の私はお客です。お客様なのです。店員さんの視線が私から逸れるのをしり目に、なんとか、冷静を取り戻すことができました。緊張で熱い体を持て余し、見せの中をぐるぐると歩き回ったことが功を奏したようです。ふぅ、やっと客になりきることができた。いえ、一応客なんですけどね。ふむ。商品を、手に取る手が客っぽくさまになってきました。いや、客なんですけどね、ほんと。駄目だ、まだ平然といられていない模様。もう少し、ファンシー店内を見回ることといたしますか。ぐるぐる、ぐるぐる……。

 ……さて、入店当初は動揺してしまいましたが、平静な心で、真贋を見極めることができそうです。


「ふむふむ……」


ライバル店、と私は思ってますが、相手はどう考えてもそう思ってないと思われる他店の中は、とてもキャピキャピとした、若い女の子がわんさかといらっしゃいました。なんという繁盛っぷりでしょう。けしからんです。


「きゃー」

「王子様のレプリカよー」

「可愛いー」

「かっこいー」


へー、と私は聞き耳を、いや、盗み耳をします。


「こっちは騎士様のー」

「うわあ、すごいかっこよすぎ」

「これは魔術士長様の!」


基本的に引きこもりな私は、彼女たちの話題についていけませんでした。とりあえず、店で販売しているカラフルで女性向けの商品を隅々まで観察したあと、本日の晩飯を諦めて、ひとつ、品物を買いました。

敵情視察の基本です。

 受け取る際、


「ありがとうございます」


商売人のサガか、ついつい敵にフルスマイルで感謝の言葉を述べつつ、私はそそくさと、お店を出ることになりました。




 ということで、空腹に染みる胃袋を叱咤しながら、女性に可愛がられるお店を目指し、敵と似たような店づくりを開始します。

祖父からの伝来の品々も女性に手に取られやすいように、色味鮮やかなものに入れ替えたり、当店に入りやすいよう、看板を設置して、全体的にポップでキャッチーなものに様変わりさせました。

 古臭さ全開の、昨日までのお店とは、さようなら。


「ふふ……」


これで少しは、お財布の中身がましましになるはず。

 私の野望は、三食昼寝付き。

店への投資により、今週の晩御飯代がなくなってしまいましたが、これにてどうにか、黒字続きになるはずです。

 とはいえ、今日は疲れました。

ベッドに横たえ、ぐうすかと眠ることにしました。大金の夢と、お客さんの感動の眼差しを瞼の裏に浮かべつつ、夢見心地……明日が楽しみです。





「……」


 小粒のガラス玉を丁寧に片付けながら、窓に目をやります。

人通りは、しっかりとあります。


「……」


天候は晴天、魔術屋日和であるはずです。

あんまり晴れすぎる、というのも、まあ、陰気な私の目には眩しいものですが、外出日和なのは良いことです。店の中で、じっとお客さんを待ち続けます。


「……」


常連さんは、いかめしい顔をしたまま、買い物もせずに帰ってしまいました。


「……」


一般のお客さん、は冷やかしです。

まず、買ってくれません。

改装による物珍しさ、なだけで寄っていたようです。

お財布のヒモは堅いようです。


「……」


じわり、と目尻が緩みます。




 ……どうやら、失敗してしまったようです。


「はあ……」


私は、私なりに敵情視察をし、女性に好かれそうな店づくりを頑張ったつもりですが、かえって、良くはなかった。

 一ヶ月、猶予を見ましたが、祖父伝来の、昔ながらの店、という雰囲気を壊して欲しくなかった常連さんの足は遠のいてしまいましたし、普段から寄り付かない一般客は、ライバル店が扱っている品々とはまた別の商品を求めていたようで、目当てのモノがないと分かるやいなや、さっさと帰って行きました。キラキラしいものが少なかったせいでしょうか? 

頭を捻ります。

 私は、低レベルの魔術士。

商品開発、なんて高レベルな行為、とてもじゃありませんが、難しいことなのです。意気消沈しながら、帳簿をつけます。真っ白です。


「これじゃいけない……」


まずいです。

私のお腹も、ぐーぐー、唸ります。




 翌朝、私はその足を、魔術士協会付近へ近づけます。

這い寄る私。こっそりと、その外観を眺めます。

 魔術士協会は、お城の中にあります。立派なことこの上ないです。

魔法の才能がある人材は、さほど生まれないのも理由のひとつです。

ですので、その確保を国が推奨、税金もかなり使われています。

 それほどに、重要なものなんだそうです。

昨今、戦争などの行為はありませんが、人材保全ということなんでしょう。

まあ、私は……、登録するほどに、優れた才能を持ってはいません。

 残念ながら、落第生なのです。

卒業、できなかったのです。

かじりついてでも、と思ってはいましたが……、ふるふると、頭を横に振り払い、消し去ってやります。

 過去は過去。

今は、明日のメシです。

私の手には、交渉材料のひとつを持っています。

 すなわち、祖父の持ち物である、遺物の杖。

それを携え、誰でも入れる城内をこそこそ侵入、やってきました。

私がこの魔術士協会の影で狙うは、高レベルの魔術士たちの生きがいです。つまりは、研究物。

魔術士は、基本、研究大好きです。

その中で、人間への感情に関与する魔術、もちらほら散見されます。魔術協会に属する魔術士は、国からの税金が生活できるほどに潤沢に支給されます。

 ですので、いくらでも研究しまくって、むしろしまくり、国へ、引き換えとして、その研究成果を渡しています。勿論、国益に叶うなら、それに越したことはありませんが、中には、大して関係がないと、捨て置かれた研究もあります。

研究した手前、あまりに想像と違うものになったと判断され、報告するまでもないデータや研究物だって、あるのです。

 ……つまりは、そのおこぼれに与ろう、というわけです。

彼ら魔術士は物持ちが良い性質があります。

したがって、くだらないものだって、いっぱい持っている可能性が多々ありました。

 話しかけるべきです。

この祖父伝来の遺物の杖ならば、彼らも興味を持って交渉してくれるに違いありません。祖父の杖は、貴重な物質で構成されています。

 プロ魔術士の興味を引くはずです。


「むむむ」


 なのですが……。

私の二の脚が、動きません。

ごくり、と生唾を飲み込む、自身の生々しい唾液の音が、私の耳に木霊します。


「……」


 視線の先には、ちゃらんぽらんな格好の、魔術士たち。

無論、彼らは魔術士協会に属する、立派な国家機関魔術士なんですが、すごく、見目が良いです。

 つまりは、格好が良いのが、すこぶるいるのです。

女性なんて、ほら。

すごい、ナイスバディーとやらです。

胸なんて、どれだけ強調しようが別にどうでもいいのですが、素晴らしいタワワな実りを成し遂げ、往来を闊歩しています。きゅきゅっと引き締まったお尻が、目のやり場を困らせます。豊富な魔力は、彼らの魅力を際立たせる効果があるようです。魔力美人、とはよくいったものです。


「……」


翻って、私なんて。


「……絶壁!」


自身を返り見ることはやめます。

とにかく、彼らは、魔術士らしく人生を謳歌しているのでした。

 しばらく、そうして、立ち止まっていました。

……どれだけ、私はこの影に身を潜めていたことでしょう。

結局、話しかけるどころか、何もできませんでした。切羽詰っているのはそうなんですが、かつて同じ魔術学校に通っていた同級生の、その充実した顔をまざまざと目にしてしまい、とうとう躊躇してしまったのです。




 人生に勝ちとか、負けとか、そんなものはないと思っていました。

それはそれで、人生なのです。

でも、今の惨状は、とてもじゃありませんが、褒められたものではありません。

優れた祖父の孫であるというのに、その孫は、空腹に我慢しまくるという、悲しい現実があり、のたうちまわることしかできませんでした。




 世界は、いつものように、巡ります。

太陽も、今日も元気いっぱい、その顔を覗かせています。

 私は、いつもどおりに店をあけます。ファンシーなキラキラしい空気を、吹き飛ばすかのように、風を取り入れます。雰囲気は、前よりは明るくなりましたが、またほんの少し、雰囲気は暗く、古臭い店に戻りました。

品揃えはいつもと変わりはありません。

 でも、敵情視察の効果が、今更ながらに発揮したのでしょう、使いやすい魔法瓶や、粉、可愛らしいものだけじゃなく、祖父伝来の、昔ながらの魔術道具もしっかりと用意し続けていたら、それなりに客足は戻りはしました。

 全部を変える必要はなかったのです。

使い勝手が良くなった、と褒められはしました。

 でも、私の胃袋は、前と変わらなず二食なままで、決して三食昼寝付きにはなりませんが。以前と変わらず戻っただけ、

 これはこれで、よし!

としましょう。

 食べていけるのは、幸せです。義務です。




 魔法の杖を持ち、出歩きます。

魔術士協会は、登録した魔術士には恩恵を与えますが、低レベルの魔術師には冷淡です。

受付では、話さえまともに聞いてはくれません。一見さん状態です。

魔術士との直接交渉や、魔術士協会での会話を早々に諦めた私は、とにかく魔法屋の道具を増やすこと、つまりは、レパートリーを増やすことに注目しました。

 さすがの私も、諦めきれないものはあります三食昼寝付き。

変わらないことは結構ですが、さすがに一般人の基本的な食事までは、変化なし、では困ります。私も、三食は欲しい。人並みに生存したい。

 今日もまた、暇があったので、祖父の遺物である杖を携え、魔法道具を開発していそうな人を探すことにしました。

 常連さんは、祖父伝来の、昔ながらの空気が好きなようなのです、ですので、それさえ壊さなければ、なんとか、二食は確保できる模様です。

 ということは現状維持そのまま、魔術屋の品数を増やせばいい、ということになります。そうすれば、私の野望である三食は確保できると算段しました。


「むむむ」


今後の行動方針は決まりましたが、

肝心の魔法道具の買い出しが厄介です。

レパートリーを増やしたい。

でも、その目的を達成するために必要なものが、やはり、魔術士関係に、案の定、終始するのです。




 私の店の商品は、基本的に自給自足、自分で作っています。

裏庭に、薬草がたっぷりと生え茂っています。

 時間どおりに水をやり、影に日向に、成長具合を見詰める。

当店の草花は枯れるということを知りません。肥料いらずの、完成された自然形態のお庭から採取した緑、それらを選別し、陰干し、ゴリゴリとすり鉢ですりすり。水溶液とまぜまぜ。あとの手順は、祖父に教わったとおりに魔法瓶は作ればいいので、楽といえば楽です。

 ですが、それでは、常連さんだけがわずかばかりに買ってくれるだけで、新たなお買い上げにはなりません。新規顧客も狙えず。

ですので、こうして、新たなものを、ということになると、やはり、難易度が明らかに高くなってしまいます。ただの、低レベル魔術士、それも落ちこぼれでは、なかなか。うまいこと、ことが運びません。

 ましてや開発なんて私には難しいことです。

だからこそ、魔術士たちの研究物を狙ってはいたのですが、話しかけるという人として基本的なことができませんでした。

 ですので、今度は、魔法道具を作っている人たち、に目をつけたのですが、彼らもまた、魔術士が大半であり、自給自足が基本です。

というか、同一がほとんど、です。

魔法道具を開発している彼らもまた、魔術士協会に属し、研究に熱心。

やっぱり、話しかけるのが第一となるようです。が、

 無理です。

やはり、彼らのキラキラしい美貌に、私の二の足が踏んでしまうのです。魔力を持っているからか、あまりの綺麗さに、私の眼がつぶれそうです。くそう。

ああ、美形なんてこの世から消えてしまえばいいのに。

並列化したら、ちょうどいいのに。

どうして、この世界の美しい人たちは、その綺麗さを一般人に分け与えるようにしてくれないのですか。神様は不機嫌なんですか。そうですか。


「あのう」


私は、しばらくそうして立ち尽くしつつ、壁と壁の隙間から、彼ら魔術士兼開発者らを見守っていました。私自身驚きですが、器用なことです。気分を高揚させるための自画自賛していると、背後から何やら怪しげな声がします。なんだ風の囁きか。にしては、煩い。片手でぱっぱっ、と払いのけてやります。


「あのう」


私は、とても冷や汗をかきました。

背筋にたらり、と。

 未だかつてない、冷や汗が湧きつつあります。いけません、これではお風呂が臭くなります。私は綺麗好きなのです。でも、お風呂を沸かすためには水が必要です。つまりは、水道代金がかかってしまうのです。臭い汗を流すために、いったいどれだけのお金がかかるというのですか。いや、そんな問答を脳内でこなして逃避している場合ではありませんね。はい。


「あのう」


私は、背後を振り返りもせず、全速力で駆け抜けることにしました。




 王城は、美しい夕日に染められています。

白亜の城と、名高い我が国の王城です。

それらを背後に、私は息もぜいぜいと、立ち尽くしていました。

傍らに杖を支えとしながら。

変なものに、巻き付かれた気配を感じたのです。

ですから、必死こいて、逃げました。

曰く、人は余計なもんに巻き込まれやすい。

祖父はそう言いながら、王妃様との過去を思い起こしていました。苦虫潰したかのような顔をしながら。祖父と王妃様は、腐れ縁の幼馴染み、とやらだったそうです。ですので、祖父の言葉はとてもありがたいものと思って、幼心から聞いていました。ありがたいお説教です。


「ふぅ」


さて、と。

キョロキョロと、誰もついてこないことを確かめた私は、息を整え、早速、自宅へと帰ることにしました。

 さあて。今日の晩御飯は何にしよう、とウキウキしながら。

二食のご飯は、私にとってすっかり、生きがいとなっていたのです。

そういう意味では、私は魔術士としては、低レベルなんでしょう。





 なんでも、王子が婚約をした、という話を聞いたのは、しばらくしてからでした。

 常連さん曰く、まったく、やっとだ、ということです。

どういう意味でやっとなのか、よくわかりませんが、常連さんは王子に迷惑をかけられっぱなしの兵で、色々と苦労をしているそうです。

 雇われというものは、世知辛いものです。

事情はよくわかりませんが、そういった意味で、同情はしました。

おかげで、うちのお店にも、そのおめでたい景気がやってくるかもしれない、そう考え、ますます、品数を増やさなくては、などと決意を新たにしたのでした。

三食昼寝付きが、足並みそろえて近づいてくる予感がします。

これは、やらねばなりません。グッときました。





 ご婚礼祝いの魔法の綺羅粉、幸せの魔法瓶、うーん。

ガラス製の入れ物は完璧です。

 ですが、私は、悩んでいました。

王子婚約ということで、国の中は沸き返っています。

どうやら王子は、若い女の子が黄色い声を上げ続けていたほど、ずいぶんと人気があるらしく、結構な賑わいを見せています。三食、できれば昼寝をも所望している私には、よくわからない景気ですが、まあ、便乗商売を企んでいるのは確かです。 早速、ない頭を悩ませているわけですが、なかなか、良いアイディアが浮かびません。やはり、遺物で取引してこなければならないのでしょうか?

 壁にかけてある、祖父伝来の杖に目をやります。

とはいえ、追いかけられるのは嫌です。

どうも、魔術士協会とは私は相いれぬもののようです。不幸が絡んできます。

……私も魔術士の一応の端くれであるはずなのに、どういうことなのかよくわかりませんが、変な物事には巻き込まれたくはありません。最近はなるたけ、王城には近づかぬようにしています。

 それに、ああ、よしましょう。

常連さんにも、春がきたようなのです。

なんでも、良い人ができた、とかなんとか。

嬉しそうに、頬を染めていました。

可愛らしい人なので、きっと、結ばれるに違いないと、私は太鼓判を押しました。以前はお店の中が女性過ぎると、ご立腹だったし、しかめっ面な、気まぐれなかたでしたが、文句いいつつも、私の店に定期的に現れては買っていくので、私としても、良き常連さんだと、喜んで受け入れています。

 さて。

と、私は息抜きのため、散歩にでることにしました。

いくら机上であーだこーだと、魔法瓶をこねくり回しても、私に開発力がさほど上がるはずもありません。仕方ないので、気晴らしをすることにしました。

 でないと、足腰がおばあさんになってしまいます。

元々、引きこもりのケがありましたから、これはこれでまあ、体を動かす理由ともなりますし、良いアイディアが浮かべば、御の字です。とにかく、歩きましょう。




 途端、私は良くないものを目にとどめてしまいました。

大きな大樹。往路に生えてる目印みたいな大樹なのですが、そこに、とあるヤバげなものが、落ちてました。

 なにやら、おどろおどろしい気配を感じます。


「これは……」


私は、そのぬいぐるみを、拾い上げます。

背中には、呪いのアイテムが縫い込まれていました。

一応、魔術士の端っこに座する私ですから、見破れたことです。

これは、呪怨の道具です。


「……」


こんな、人気のないところで。

呪い。


「……」


 ちょっと、寒気がしました。

捨て置くことにしました。さすがに、何かがこもっているような物質を連れ歩く気はしません。

 しばらく、そうして出歩いていると、出るわ出るわ。

呪いのアイテムたち。

 どうやら、私の散歩コースに直撃のようです。

……なんということでしょう。足の踏み場もない所もあるではありませんか。私は、そこまでジャンプ力はありません。これでは踏みつけてしまいます。

 なんというトラップ。罠なんでしょう。酷いです。非道です。


「……」


 立ち昇ってくる怨みの気配に、気分はさらに悪くなりました。


「うっぷす……」


 吐き気を催します。が、ここはぐぐっと我慢の子です。観察せねば。

にしても、こんなにも呪いの道具が散見されるとか。

どういうことなんでしょう。

 私は早速、その意味を考えます。理由も。


「ふむふむ……」


わかりません。

ですので……。

 隠れることにしました。

非常食を、伴って。勿論、晩御飯も込みです。一石二鳥。まぁ、元より一日二食ですけど……。ぐぐっと物陰に隠れます。気配を消すのは得意です。さて。

 犯人は、必ず現れるはずです。

誰が、何をしているのか。

 とにかく、調べることにしたのでした。

気の長い亀のような私は、首を竦めて待ち続けます。

月も星もない、暗夜でした。

そうしたら、出てくるわ、出てくるわ。女性たちの、あられもない姿。

 いわば、呪い、の姿です。

彼女たちばかりではありません。

一部、見た目女性と思わずにはいられない、男性の姿もあったりもしましたが、彼らはとある言葉をつぶやきながら、やることはやっていたのです。

 つまりは、人気ある王子様の婚約相手を呪っていたのです。

……だからといって、私の散歩コースを、呪いロードにしなくてもいいのに。

私は、心底、彼らを呪いました。

 呪いに、呪ってやります。心の中で。




 興味はありましたが、呪い。

それは、祖父とはまさに管轄が異なる分野です。

したがって、私も、その分野はまったくもって、知らぬ分野、ということになります。なんせ、私は、祖父の研究物もそのまんま、そっくりいただいている身なのです。

 ですので、呪いの研究をしなかった祖父である以上、私もまた、呪い、なんてもの、よくわからないのです。

 ただし、その込められたおどろおどろしいナニカ、は、魔術士らしく読み取ることはできます。黒々しくもおどろおどろしい、煙のような恨みつらみがよく見えます。ははっ。などと、高笑いしたくなるほど、ヤバい匂い。私の腕や頭に絡みついてきます。慌てて振り払いますが、正味な話、怖いです。



 物理的に、私は何かが出来る訳がありません。

一応、これでも貧弱な人間です。

魔法商売に傾倒した、ただそれだけの、落ちぶれ魔術士。

私にできることとは、さほどありません。

 ですが、出来ることはあります。

つまりは、彼ら呪いを敢行する行動力を、見つめ、見守るということです。

 どうして、そうなったのか。

 どういう理由で、そうしたがるのか。

考察しがいがあります。

……やはり、私も魔術士の端くれ、興味のあるものには、とことんな性質を持ち合わせているようです。

 いくらでも、彼らの動きを、私は見張り続けました。

毎週、私はやり続けました。

彼らの呪いもまた、同じくやり続けていました。よくも飽きないものだと、一部、習慣化している呪いのスペシャリストたちを感心しながら、晩ご飯にありつきます。

 しばらくその興味本位を続けていると、どうやら王子の婚約者のみならず、別の問題があることが浮上しました。というか、気付けました。

 なんでも、今度は、騎士様の想い人への呪い、というのも、増え始めたのです。

……あれ? 騎士様? 誰だっけ。





 そういえば、聞いた覚えがあるような、ないような。

私は、脳の記憶をひっくり返します。

 記憶力を試します。そうです。思い出しました。

 あれは、そう。

敵情視察のとき、です。ファンシーな店の中、きゃっきゃと楽しそうにしていた、女の子たち。彼女たちの話題に登っていたのです。

王子、騎士、魔術士長。

そう、彼ら三人が、よく出てきました。

背後で忍ぶ萎びた私をよそに、キャピキャピな女の子が、黄色い声を……俗にいう、ガールズトーク、というやつでしょうか。ただひたすら観察に勤しみ、空腹にもだえる私には意味がよくわからなくて、聞き耳立てていただけなのですが、魔法道具たちは、そんな彼女らに使われています。

 といっても、基本、魔法道具、まじない関係は、所詮、てぐさみなものです。

清らかな心と、相手を思いやる心、それと縁、運がなければ、なかなかうまい具合に働きません。

 つまりは、うちの店に来て買い物したらいいじゃん、ということです。

ライバル店よりも、うちの店の方が、王妃様ご活躍の品々ばかりです。効果抜群。下手な店よりも、力はあります。いえ、ほかのファンシー店が、下手くそ、って訳じゃあありませんが。力がないわけじゃあないんです。ただ、使う本人の資質によって、左右されてしまうんです。それと、魔法道具の質。

 とはいえ、宣伝とかしてませんが。

 一応、王妃様も人の子、恥ずかしいらしいので、祖父が内密に売買していたようなのです。ですので、孫の私も、内緒にしています。さすがに一国の王妃様が、大々的に恋愛ものに手を出していた、というのは、噂にしてもよからぬことになりかねないからです。

 ……まあ、結局噂にはなって、国王の耳に入り、祖父の顔を盛大に困らせたようですが。当時の祖父は、売れっ子の商売人であり、有名な魔術士でもありましたから。つまりは、魔術士らしく、見目の良い祖父であったのです。

 国王様に嫉妬される祖父は、さぞ見ごたえがある光景だったでしょう。





 だいたい人の行動する呪いパターンも読めてしまい、そのうち、呪いロードを観察するのにも飽きてしまったので、私は品々確保に奔走、務めるようになりました。

 裏庭へ向かい、魔法瓶を造り続ける作業を行います。

結局、開発はできなかったのです。

ですので、既存の商品に、名前を与えました。

……単に、名前を変更しただけのもので、人はそれ、在庫処分ともいいますが、少しだけ、安くはしています。記念です。

 ほら、持って行き給え。心は錦。

一応、私にも人の心とやらがあるのです。

三十パーオフ! 

 大判振る舞いです。鶏肉食べたくなってきました。


「ふふふ……」


 我が国に降って湧いた幸福なのです。

一見さんを懐に入れまくろうと、今から対策を練りましょう。

常連さんは、そんな私に呆れ顔なようですが、口に出さないあたり、大人のお付き合い感が感じられます。





 そんな日々に、珍しく当店に、その一見さんがやってきました。

早速、新作とは名ばかりの魔法瓶をスタンバイさせます。


「初めてきましたが……」


 どこかで聞き覚えのある声に、私はなんとなく怪訝な顔をしてしまいがちでしたが、今後、この通りすがりのお客様が、いつの間にやら常連さんの可能性を秘めています。

 ここは、にこやかに微笑みをたたえます。

すると、お客さん、すごく動揺していました。


「あ……」


 顔は帽子で深く隠され、なんとも陰鬱な感じがするお客さんですが、うちの店はだいたい、サブカル女子と、そういった一部の変わった人々に支えられ、私の胃袋、もとい、食事代となっています。

 ですので、これは良い常連さんになると、期待が大になっています。

というよりも、既になっていました。私の心の中で。

私は、これ幸いとして、色んな魔法瓶や粉を売りつけ、いや、ご紹介、これからもよろしくと、握手までして、今後の取引につなげようと、努力をします。一見さん、私の持つ魔法道具をまじまじと見詰め、そうして、私の説明に熱心に耳を傾けていらっしゃいました。私も無論、そんなお客様のために、熱弁してしまいます。

 いやあ、良い仕事をしました。

たくさん抱えて帰るお客さんの後ろ姿、頼もしいです。

普段より安めなので、お得ですよ?

なんせ、三十パーオフ!

そう滅多にないことです。

良いタイミングでお客様はお買い上げなさいました。




 そんな日々の最中、時折、呪いロードへたまの散歩に出かけたら、今度は魔術士長の初恋を折り切る女性陣の群れに遭遇し、私の散歩コースはすっかり、呪怨コースへと変貌してしまいました。

 なんということでしょう。

私の数少ない散歩という趣味が、すっかり消えてしまったようなのです。

 でも、いいのです。

とうとう、二食にオヤツ、が付くようになりましたから。

……確実な常連さんが、ひとり、増えたのですから。私の言われるがままに買い求める変わったというか、流されやすそうな常連さんですけれども、私の食費になっていただける、その幸せで私の胸は膨らむいっぽうです。

 いえ、胃が。お腹いっぱいになりそうです。はい。

すみません、訂正すべきでした。






 雨が、降っていました。

その日、私は早めの店じまいをしています。

この日に限り、お店は早く閉めねばなりませんでした。

これは、祖父からの命であり、やらねばならぬことでした。

 こん、こん。

扉を叩く物静かな音がします。

定時連絡のごとき、このノック音。

私は、いつもの掃除を手早く終えたその脚で、裏の扉を開きます。

すると、いかにも馬車、といった風の、実態は完璧な護衛馬車といってもいい、見かけだけは一般的な風貌を装う馬車が、止まっていました。

 そこから、一人の人間が、飛び降りてきました。

ノックをした人は、御者のようです。一礼されました。

 これもまた、いつもの光景です。

御者は、まるで影のように、馬車とともにどこかへと立ち去り、とある人間だけが、その場に残り、


「……久しぶりだな」


彼は、そう言って、強盗のごとく私を押しのけ、うちの店の中へと、のうのうと入り込みます。

 そうして、いつもどおりの椅子に、腰掛けるのです。

勝手知ったる、主のような態度です。

 まあ、いつものことなので、お茶を出してやります。

あっついお茶を。

彼は案外と猫舌なのです。

これぐらいの嫌がらせ、微笑みながら受け取るのですから、まあいいんでしょう。きっと。私もまた、ほくそ笑んでやります。

 彼は、腐れ縁ともいってもいい、祖父伝来の遺物、遺言ともいってもいい、縁。

私はため息混じりに、彼の愚痴に、明け方まで、付き合わされるのでした。

 曰く、父への不満、予算、国家運営の肝、枢機卿たちの信頼選定、ライフラインの建築姿勢、他国への結ぶ外交ルート構築、とかく、私の平凡な頭を悩ませる話を、持ってくるのです。相変わらずの弁舌。貴族らしい振る舞い。でも、貴族らしく傲慢です。祖父はこんな面倒な人、どうやって知り合ってしまったのか。不運としか言いようがありません。いくら付き合っていけ、かえって面倒になってしまうから、と疲れ切った顔で祖父に言われたとはいえ……。

 そんなもん知るか!

と、毎回言ってるのですが、鉄面皮の腐れ縁にはあまり響かないようです。

面倒臭いことばかりの、この腐れ縁。

 今度は、


「婚約相手が俺の話を鵜呑みにしない」


 そのことに、苦労しているようなのでした。

婚約するためにサインとはんこを押して欲しいそうなのですが、私にその代わりにはんことサインをと迫ってくるのです。嫌ですよ、保証人なんて……祖父伝来の、この家を担保にでもされたら、たまったもんじゃありません。食べていけません。


第一、

私は、初級レベルの魔術士。

そんなことまで、付き合い切れません。


いくら見目が良くても性格が難だから、人材不足なのはわかりますが、私のような者にまで執拗に迫るとは。

 よっぽど、切羽詰っているようです。

こればかりは、身代わりに仕立てるために、信頼できる人間が良い、とのことらしいのですが、私には、この店があります。

食費もままならぬ日々ですが、愛着があるのです。

 無理です。

 前にだまされてハンコを押したら、私の実家が売られてしまいましたし。

元々、祖父の家を継ぐ予定ではあったので、慌てることはありませんでしたが……

この腐れ縁にはだまされっぱなし。家族のいない私には、もう、この家が実家そのもの。こればかりは死守せねばなりません。

 もう、この腐れ縁には、ホトホト、愛想が尽きてしまいました。いくら幼馴染みとはいえ、振り回されすぎるのは、これ以上、ご勘弁願いたいです。




 お店を開くと、珍しく、常連さん同士が、顔をかち合わせました。何故か、この時ばかり、彼らは顔を晒して当店へお越しいただいてしまったのです。いつもは兜・帽子をかぶっていたりして来店してたので、珍しい姿なのですが。その珍しい人が、二人も。同時刻に何故か来訪し、顔と顔を見合わせていました。


「ま、魔術士長?」

「き、騎士殿!」


 途端、彼らの顔が、はっきりとガラスの向こう側にまで、見晴らしよくみえてしまいました。私も、見てしまいました。

 女性の群れです。

いえ、老若男女です。まごうことなき、お客様……になりそうで、ならない野次馬です。

 どうやら、私は、とんでもないことに、巻き込まれているようです。

私はこれ幸いなことに、売りつけてやろう、とか考えていましたが、あまりの人の集まりように、恐ろしさのほうが先立ち、二人の常連を追い出し、店の戸締りを敢行しました。


「わ、私……初級レベルの、魔術士なのに……」


ドキドキと、末恐ろしい予感が、ひしひしと感じられ、ズルズルと、その場に崩れ落ちました。初めて、目にしました。あんな人の群れ。いえ、それ以上に。

 彼らは、なるほど、さすがに世間を騒がせるほどの評判を持つ、美しさの持ち主でした。

 魔術士長も、その帽子の奥には、宝石のような目がありましたし優美、騎士も、いつものフルフェイスからやけに整った頭を出すと、精悍なお顔立ちが周囲を威圧し、尊敬の念を集めます。ありあまる魔力を持つことの証左です。


「まさか……」


さらなる恐ろしい感じがし、私は身震いをしました。

あの、定期的にやって来る、愚痴ばかりの、小難しい冗談とばかり思っていた彼のことも、薄々と、察せられました。ただの成金貴族としか思ってませんでしたが……胸中に、不安が広がります。


 確かに、彼もまた、見目の良い男です。

でも、子供の頃からの付き合いです、別段特に、何も思っていなかったのです……。


「わ、私……、」


言い訳、できるのでしょうか?

腐れ縁は、昔っから、無茶な要望ばかり要求してきて、私を振り回してきました。幼少の頃から。虚栄を張ったり、いい加減な物言いをしたり……。

国家予算にまで言い募られたとき、どうせまた冗談だろう、なんて大して取り合わず、追い返していました。

 いつも、それで喧嘩を繰り返してきました。

思えば、あの上から目線の言い方、王族であれば、納得できます。

 というか、私は何故、気づかなかったのか。

祖父が王妃と仲が良かった、そうして、その祖父から、頼まれた。その事柄からして、少しは察しがつきそうなものを。

 だから、私はいつまでたっても、初級レベルの魔術士なのでしょう。

思えば、実家を売りとばされたのも、腐れ縁の涙が原因でした。

はんこを押して欲しい、と。

理由は聞きませんでした。腐れ縁とはいえ、たった一人の、昔馴染み。

深い訳があるのだろうと、男気ならぬ、女気出したのがいけなかったのでしょう。

気付けば、辺境にあった実家は、防衛用の城になっていました。

ぽい、と実家から放り出され、茫然としている間に、区画整理に巻き込まれた実家、もとい土地柄。高値になってお金は戻ってきたため、これ幸いと祖父から引き継がれたこの家に、その投資資金をことごとくつぎ込むことができましたが。

 そういえば、あの腐れ縁。まるで偶然だな、と言わんばかりに、祖父から引き継いだ、この家の中に入り込んできましたっけ。なぜ住所を知っているのか。王妃の息子であるとつゆ知らず、腐れ縁にだまされたと怒りに打ち震えていた私には、そこまでの知恵が回らず。想像するに、辺境に住み続けていた私を、首都にまるで呼び寄せるための工作のようにもも考えられ……穿ちすぎでしょうか。否、気のせい。そうです、気のせいです。想像するだに恐ろしい……。

 

「……」


 カーテンを慌てて引き、薄暗くなった魔術屋の中で、私は必死こいて、凡庸な頭を悩ませ続けます。

 なぜならば、未だに、店の前に、人の気配が感じられるのです。恐らく、色んな人々の口の葉に、私の店のことが、噂としてのぼっていって伝播してしまったのでしょう。

 どうしよう。

売れるのは、良いのです。

でも、こういった売れ方は、良くはありません。私は、一人です。

商品も、それほどではありません。一日で捌けると、他の常連さんやお客さんに、品物が渡せず、かえって、お客さんを逃してしまうことになりかねないのです。

色んな、考えが頭の中をグルグルと、マラソンしてみせます。

 決して、ゴールには近づけぬ、走りをしてみせています……。


うかつでした。


足元には、謎の花束が二つ、あります。

常連である彼らが、道端で拾ったとか、なんとか、むにゃむにゃ言って持ってきたものです。にしては、綺麗にラッピングされすぎ……いえ、き、気のせいにしたいな……む、無理かな……。

がくっ、と両手両足を床につけ、降参ポーズをとります。


 どうして、こうなってしまったのでしょうか。


私は初級レベルの魔術士。

これでは悲劇であり、喜劇です。

呪われかたが、半端じゃあ、ありません。

ああ、そうか。私、売ったんだった。魔法瓶を。

彼ら、三人に。

祖父伝来の、恋愛ものです。

だから、よくわからない効果を、発揮したのだ。

相乗効果も倍で、しがない魔術士レベルの私に、幸も不幸も覆いかぶさってきています。きっと、通りすがりの呪いにも、興味本位に近づいてしまったことが、要因のひとつなんでしょう。ちょっとした積み重ねのまじないが、絶大な効果を発揮した、というわけでしょうか。これは危険です。

 どうにか、この騒ぎを落ち着かせるには、しばしの間、この魔術屋を閉じていなければならないようです。よろよろと、四つん這いから杖を基点として立ち上がります。


「三食昼寝付きが……」


遠のいていく、そんな悪寒がして、寒気も催してきました。

店を閉める、ということは、しばらくの間、私の食事がひもじいことは、確実なようです。

……嗚咽を漏らしそうになりました。

ついで、腹もたってきました。

何故、こんな目に遭わねばならぬのか。

意を決し、とにかく、魔法陣を描くことにしました。私のレベルでは、さほどの効果は期待できませんが、やらぬよりはマシです。

とかく、この騒ぎを、どうにか無効化せねばなりません。

そうすれば、きっと、いつもの日々が戻るはず。

変わらぬ日常になるはず、なのです。


「嗚呼……、お腹すいた……」


私は、空腹に身悶えする胃の欲求に耐えながら、

必死こいて杖を振ります。そうです。

初級レベルなので、魔法瓶と補助の杖がないと、詠唱でさえ心許ないのです。


「ええと……あとは、こうして……」


地面に、よたよたとした筋道の、円を描きます。

中には、文字。

下手くそな、私の筆記が付け足されていきます。

まじない、人の意識、恋愛無効化、の文字です。


「ほいさっさ、と……」


本当なら、この魔法陣、魔歌とか、お香を立てるとか、そういった魔術的な道具を

与えたほうが、さらなる安定を生むのですが、無念ながら、私は金無し。貧乏なんです。


「お腹すいた……」


だからこそ、こうして飢えてるわけですが、仕方ありません。

なんせ私、初級レベルの魔術士ですから!

巻き込まれ系主人公でお送りしました。ちなみに、祖父も巻き込まれ系。王妃にずいぶんとしこたま、色んな騒動に振り回された模様です。

ちなみに、この恋愛興味なしの暢気主人公、

なんだかんだで、腹すかせてるので、うまいご飯与えたら、多分、ホイホイついていく感じの人間かもしれません。つまり、花束ではなく、メシです。飯が良いのです。

……そういえば、何を主題にしたかったのか……。

わかりません。ヘンテコな主人公になってしまいました。

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