第1話【失恋記録更新中】
「好きです! 俺と付き合ってくだ」
「無理無理。話ってそれだけ? じゃ、帰るね」
言い切る前に遮られ、俺の告白は風に消えた。
「あ、はい……」
そのまま立ち去る彼女を、俺はただ見送ることしか出来なかった。
終わった……俺の人生で七回目の告白が……こんなにもアッサリと……。
◆ ◆
「またフラれた……!!」
「だと思ったよ」
項垂れる俺――柊啓太を、幼馴染の篠塚怜央は軽く笑い飛ばしやがった。
「何だよその反応! まるでこうなるのが分かってたみたいに!」
「ほぼ分かってたよ。高岡先輩、啓太に全く興味なさそうだったし」
「そ、そんな……でも俺の話に笑ってくれたんだ……」
楽しそうに「えー、柊くんウケるw」とか言ってくれたのに……何故……!
「前から思ってたけど、啓太はもう少し……何と言うか、人を見極める目を磨くべきだと思うよ」
「どういう意味だ……?」
「そのうち分かるよ。あと、そろそろ守備範囲を広げてみたら? 一つでも年下ならダメっていうの厳しくない?」
「いや、だって年下は……」
俺が喋りかけた瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれた。
遠慮なく入って来たのは、中学の制服を着た女子二人組。
「あー、やっぱり怜央君来てるじゃん! やっほー」
「やっほー、美咲ちゃん」
「お前、ちゃんとノックしろよ」
「だって面倒くさいんだもん」
プライバシーを守る気がないこの女は、俺の妹だ。
そして妹の後ろにいるのは――
「あ、鈴音も一緒だったんだ」
怜央の問いかけに視線だけで応えた彼女は、怜央の妹だ。
俺たちはお隣さん同士で、同じ年子の兄妹。
偶然にしては凄い類似点をキッカケに、俺が二人にガンガン話しかけて仲良くなった結果、小さい頃から家族ぐるみの付き合いをしている。
なのでまあ、俺の部屋に怜央がいるのも、美咲が鈴音を家に呼んでいるのも、割といつものことだ。
「ちょうどよかった。怜央君にこれ渡したかったんだ」
そう言って美咲が手渡したのは、洒落た紙袋。疎い俺でも知ってる、有名なチョコレート専門店のものだ。
「学校の子から!」
「わざわざありがとう」
「全然全然。じゃぁ用も済んだし、鈴音、部屋で配信見よ!」
「ん」
そのまま妹たちは部屋を出て行った。
静かになった室内で、俺は大きな溜め息をつく。
「バレンタイン以外でも女子からチョコって貰えるんだな……」
「まあ、僕くらいになると割とね」
言い方は腹立たしいが、怜央がモテるのは事実なので何も言えない。
カッコいいって噂だし、成績もいいし、物腰も柔らかいし。思い返してみると、幼い頃からずーっとモテ続けている人生だ。羨ましい。
「話を戻すけど……やっぱ年下はないって。あいつと被って見えちまう」
「確かに下に弟妹がいると、年下を好きになりにくいっていうのはあるみたいだね」
「だろ? それに俺は、包容力のあるお姉さんタイプが好きなんだ! 優しく包み込んでもらいたい!」
「で、それを求めた結果、すげなく突き放されたと」
「思い出させるなよ……」
まさか「付き合ってください」を全文言い終わらない内に切り捨てられるとは思わなかった。
今までの最速敗北記録じゃないだろうか。
「次は良い人が見つかるといいね」
「……ああ」
とはいえ、そんなにすぐに先輩を忘れられるものだろうか……。
◆ ◆
怜央が帰った後、宿題を片付けている途中に喉が渇いたので、飲み物を持ってこようと部屋を出た。
「あ」
すると、ちょうど廊下に出てきた鈴音と鉢合わせた。
「なんだ、まだいたのか」
「なに、いたら悪いの?」
「別にそういうわけじゃないが……」
じとりと睨みつけてくる鈴音の顔は、怜央の妹だけあって雰囲気が似ている。
ただ、あいつと違って表情が薄いから、たまに何を考えてるか分からないことがあって恐い。
うっかり怒らせたりなんかしたら、美咲の奴がうるさいし気を付けないと……そう思って見ていたら、ふと違和感に気が付いた。
「そういえばなんか……もしかして髪の毛切ったか? 若干雰囲気が変わったような気が……」
「え、よく分かったわね……美咲ですら気付いてないのに」
言いながら、髪の毛先をいじりはじめた。
真っ直ぐな髪が指の間を滑っている。
「女子の変化に気付く男はモテるって聞いたからな! だから常に女子のことは凝視している!」
「きも」
なんてストレートな暴言……!
しかし、確かに幼馴染の変化に逐一気付くなんて気持ち悪いと思われても仕方ないか……どうせなら先輩の変化に気付ける男になりたかった。
「啓太も飲み物取りに行くの?」
「ああ。そっちの分もついでに取って来るよ」
「別にいい。一緒にいこ」
軽くあしらわれたので、素直に隣を並んで歩くことにした。
冷蔵庫の中を開くと、昨日買ったばかりのジュースが何本か入っている。
「コーラとミルクティーとオレンジジュース、どれがいい?」
「コーヒー」
「選択肢にないのを選ぶなよ……」
「インスタントあるでしょ。お湯沸かしていい?」
俺の返事は待たず、既に湯沸かし器に水を入れている鈴音。
わざわざ沸かしてまでコーヒーを飲みたいなんて、中学生なのに渋い味覚だ。
そんな鈴音と違って子供な俺は、大人しくコーラをコップに注ぐ。
「じゃ、あんまり遅くまで遊ぶなよ」
「ちょっと、まさか部屋に戻る気?」
「そりゃそうだろ」
「……私、お湯沸くまで暇なんだけど」
まさか俺に暇つぶしの相手になれと? 宿題の最中なんだが……。
「俺はそんなに話題豊富じゃないから、話しててもつまらないと思うぞ」
「別に面白さとか求めてないし。……というかさ、最近あんまり四人で遊んでないよね」
「美咲が俺と遊ぶの嫌がるからな……生意気にも反抗期なんだよ」
「あー……確かに、最近よく”怜央君がお兄ちゃんだったらよかったのにー”って言ってる」
「あいつ……」
誰しもが思うことだろうが、実際言われると腹が立つ。
まあ、中学生になった辺りから俺に対してだけ反抗期が始まってるから、今更腹を立てても仕方ない。
「お兄ちゃんなんて別に大したことないのにね」
「いや……怜央は学校でも超モテるぞ」
「あっそ」
なんてどうでもよさそうな反応……確かに鈴音からしたら、実の兄がモテていようがどうでもいいか。
それにしても、お湯はまだか。話題も全然思いつかないし、手持ち無沙汰になってきたぞ。
「そういえば、高校楽しい?」
「ああ。といっても、まだ五月だからそんなに分かってないけどな」
今思うと、先輩とも会ってまだ一ヶ月も経ってないんだよな……今にして思うと、告白は時期尚早だったのかもしれない。
もっとお互いのことを知る時間さえあれば何とか……なってるとは思えない脈の無さだったな、あの断られ方は。
「そっちこそどうなんだ、最近。元気でやってるのか」
「親戚のおじさんみたいな聞き方やめて」
「失礼なこと言うなよ……今年受験だろ? 勉強頑張れよ」
年上ぶってそう言ってみたものの、鈴音の成績の良さは昔からよく知っている。特に国語においては、高校生の俺よりも出来るんじゃないだろうか。
「それ、美咲にも言ってよ。勉強目的で集まってもすぐ遊んじゃうんだから」
俺が言ったところで全く聞いてくれなさそうなのが何とも……あいつ、受験の時に絶対泣き喚く羽目になるな。
未来の美咲の悲惨な姿を頭に思い描いていると、鈴音がインスタントコーヒーの瓶のふたを指でなぞり始めた。
それから視線をあちこちに彷徨わせる。
こういう風に分かりやすくソワソワしている時は、大抵何か言いたいことがある時だ。
「どうかしたか?」
「いや、大したことじゃないけど……お兄ちゃんが人気あるって言ってたでしょ」
「ああ」
何せあいつは、この一ヶ月で既に十回も告白されている。俺がフラれている間に、大した奴だ。
「ということは……啓太も?」
「え?」
何故俺が怜央と一緒だと思った?
……まさか鈴音の中では、俺と怜央は同じようなものに見えてる、のか……だとしたら色々と心配になる。
「あ、ああ……まあ、ど、どちらとも言えない感じ……」
思わず嘘混じりで濁しまくった回答をしてしまった。
すまない鈴音……しかしこんな状況で”今日ちょうどフラれてきたばかりなんだ”なんて、カッコ悪いこと言える奴はいないと思う……。
「ふーん……なんか高校生って進んでるね。あ、沸いた」
「じゃ、俺戻るな」
「あ、ちょっと待って」
その言葉に動かしかけた足を止めると、鈴音が近付いて来た。
何かと思えば、ポケットから取り出した何かの包みを開き、口の前に差し出してくる。
「口」
短く指示されて大人しく口を開くと、その何かが放り込まれる。
やたら距離感が近いが……女子ってこんなものなんだろうか。
そんなことを考えながら口の中のものを転がして、ようやくそれがチョコレートだと気が付いた。若干苺の味も含まれている。
「あげる。さっきお兄ちゃんのチョコ羨ましそうに見てたでしょ」
「気を使ってもらって悪いな」
「全然。コンビニで三十円のやつだし、好きじゃない味のだし」
なんで好きじゃない味のを買ってるんだよ……。
「はい、ついでに包み紙もあげる」
「これはゴミを押し付けてるってことでは……?」
「考えようだと思う」
どう好意的に考えたって、嬉しくはなかった。
◆ ◆
勉強に飽きてベッドに寝転んで漫画を読んでいると、廊下から扉の開く音が聞こえてきた。それから微かな話声と、階段を降りていく足音。
すっかり日は暮れているけど、ようやく鈴音が帰ったらしい。
これで鉢合わせる心配もなくなったし、安心して部屋を出られる。
別に鈴音のことが苦手ってわけじゃないが、どうも年頃の女子っていうのは何を話したらいいか分からない。
夕飯前に小腹を満たしたいと思い、部屋を出て一階へと向かった。
そして、
「げっ、お兄ちゃん……」
そんな俺を見つけた美咲は、心底嫌そうな反応をしやがった。
というか、二人揃って玄関で立ち止まってるけど、まだ帰ってなかったのかよ……どうせ美咲がダラダラと話に付き合わせてるんだろう。
「いい加減帰さないと、おばさんたちが心配するぞ」
「あたしが話ししたくて呼び止めちゃったんだから、鈴音を責めないであげてよ」
「最初からお前を責めてるんだが……」
「え、そうなの? それはそれでなんかムカつくね」
なんだこいつは。
生意気な妹から視線を外すと、奥に立っていた鈴音と目が合った。
その時、不意に先ほどのチョコのことを思い出したので、ポケットに入れっぱなしだった包みを取り出した。
「ちょっと夕飯前に何か食べたい気分なんだが、さっきのチョコまだ持ってたらくれないか?」
嫌いな味だったら貰っても文句は言われないだろう。
そう思いながら包みを見せると、何故か美咲の方が反応が速かった。
「わ、ちょっとお兄ちゃんサイテー」
「なんでだよ」
「だってイチゴ味って鈴音が一番好きなやつじゃん」
「え? でもさっき……」
ドスッと、軽い衝撃。
視線を下に向けると、胸元辺りにカラフルなカップを押し付けられていた。
押し付けてきた本人――鈴音の方を見ると、その顔は何故か赤くなっていた。
「おい、これ……、ちょっ」
急に手を離されたものだから、落下しかけたカップを慌ててキャッチする。
その中には色々な味の一口チョコが入っていた。
「……帰る」
「「え?」」
俺と美咲の声が綺麗にハモッた。
それと同時に回れ右して、走って出て行ってしまった鈴音。
残された俺たちは、しばらく閉められた扉を呆然と眺めていた。
「今のは……怒ってたのか?」
「さあ……? あ、でも恥ずかしかったのかも」
「……チョコが?」
「じゃなくて、ちょうど話してたんだけどさ、鈴音、今日告白されたんだって」
「それ、俺に言っていいやつなのか……?」
少なくとも俺は、自分の失恋事情を妹たちに知られたいとは思わんが。
「でも断ったんだってさ。好きな人がいるからって」
「へえ」
「……まあ、お兄ちゃんには関係ないか」
そりゃ幼馴染の恋愛沙汰に首を突っ込むほど野暮じゃないからな……と思っていたら、美咲が当然のようにチョコを取っていきやがった。
続く




